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四章 魔界を駆け抜けて
二十一 陸君と僕の未来
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1・
図書館の地下から出た後、クルール様のお城に招待されて一泊させてもらえ、翌朝を迎えた。
盗まれた本が何かも分からないまま、それが僕らへの報酬となり、見た目は全く儲からなかった。
それでも何だか幸せそうな陸君が広間の窓辺で黄昏れているのを見ると、何があったか知らないけれど良かったなあと思えた。
それと真逆に地下から戻る時から様子が変だったアルフリードさんが、今日もどんよりしている。
何があったか知りたいので、カイさんを捜して廊下で質問してみた。
「もしかして、戦って負けましたか?」
「いいえ、全然戦いませんでしたよ。向こうはノア様とそのおじさんを中に入れたかっただけなので、私たちが入らないでいると普通に雑談してくれました」
「雑談? それでどうして、あのように?」
「まあ……相手が思った以上にフレンドリーだったんですよ。同じ影の魔人だねって」
「……」
もう聞くのを止した。
「さて、それじゃあ、次にウィリアムさんを捜さないと」
「さっき広間に入っていきました。でも追いかけるべきはソヨンでしょう? 部屋に戻ったようなのでチャンスです」
「何がですか。もう朝ですよ」
「ノア様、分かってるなら夜のうちに行きましょうよ!」
「私は私のペースで行くので、構わないで下さい!」
「とか言って、本当は怖いんでしょう? 高校二年生で十七歳なんて、もっと本能に従って生きるべきです! がっつくべきです! 素敵な青春時代を送りましょう!」
叫んだカイさんを、横から出てきた手が張り倒した。
レオネルさんかと思ったら、眉間に皺を寄せたウィリアムさんだった。
「あっ、丁度良かったです。ウィリアムさんに聞きたいことがあります」
「はっ? 私にですか?」
ウィリアムさんが怪訝そうに言ったので、慌てて付け加えた。
「いえその話題ではなくて……あれ、その話題かな?」
「……ノア様?」
「とにかく僕じゃなくて、陸君の話です」
「ああ……」
ウィリアムさんは視線を逸らした。
「自由恋愛ということでご理解を」
「昨日今日の話ではなく、スタインウェイさんだった頃の陸君の話です。ウィリアムさんは、当時のスタインウェイさんのことをご存知ですか?」
「いくらかは。しかし私が見習いで入った時に、彼は既に護り人のトップでしたからね。そう詳しくは知りません」
「スタインウェイさんは、結婚されてましたか?」
「……いいえ」
「なら、付き合っている方とかおられましたか?」
「それは、バティスタ様の事件がありスタインウェイが死んだ時に噂で聞いた程度ですが、いなかった筈です」
「そうですか。とすればやっぱり……ここでお別れさせたくありませんよね」
ウィリアムさんとカイさんは、そういう事かと理解した表情をした。
僕は、どうにかなるかもしれない作戦を二人に相談してみた。二人とも、陸君なら出来るかも、という意見をくれた。
じゃあ本人に話そうと思って広間に戻ると、陸君だけじゃなく他のみんなも揃っていた。
窓辺で空を眺めている陸君に近づいていき、前で立ち止まった。
「陸君、ちょっと話してくれないか」
「嫌です」
「じゃあ聞いてくれ。陸君は、ここに残っても良いと思う。問題はない」
陸君は驚き、ようやく僕に視線を向けた。
「貴方は一人でお家に帰れますか?」
「魔界から元の世界に戻るまでは、是非とも手助けしてもらいたい。でもその時、陸君が望むなら残ってくれても良い」
「帰らなければ麒麟の転生実験は出来ないし、アリスリデル様を見捨てる事になります。残ってしばらくして、飽きたから帰るという訳にはいかない状況にあることは、理解されているのですよね?」
「それは分かってる。だから、帰らないでいいんだ。六千年後の世界で、待ち合わせをすれば良いんだ」
陸君は、眉をひそめた。
「私に、六千年もの時間を耐えろと? この私といえど、さすがに少し無理があります」
「生き続けるのが無理と言うなら、記憶を残したままの転生でいいと思う。今の陸君は、そういう転生を出来るだろうか?」
「……それは、確かに、一度死んでも次ぐらいならば……なんとか記憶を保てますがね。六千年後の未来へも、魂の状態ならば普通に向かえます」
「じゃあ決まり。陸君はここに残ること」
「……」
陸君は無表情になって僕の顔を見つめ、そのうちゆっくり動いて俯き、顔に手を当てた。
「今、貴方を物凄く殴りたいです。ぶち殺したいです」
「ええっ、なんで!」
「人の心にいちいち土足で踏み込まないでください。しばらく消えますが、そのうち戻ってくるので捜さないでください」
怒りで震えているのだろう陸君は、すっと瞬間移動して消えた。
僕は彼がいた場所をしばらく見つめ、人を気遣うって難しいとため息をついた。
2・
昼前に、ヴァール国ナイジェル様の下に帰還する飛行艇を見送りに行った。
生きてまた会えるとは思えないハルサイスさんたちと別れるのは、物凄く寂しい。
けれど陸君との話し合いで、実はみんなは未来で既に知っている人たちかもしれないと考えられるようになった。
一度限りで、この世に生まれた魂もあると思う。でも麒麟の力で垣間見える世界は、とても多彩で色とりどりに光り輝いている。
それらの光の粒たちは、肉体を乗り継ぎつつ進化していく魂そのもの。
だから、僕らは望めばまた会える。そう思えば寂しくない。
それに、飛行艇には新しいお客さんが一人増えた。
クルール様と一緒に僕が助けた鳥の魔人の彼女が、ハルサイスさんの隣で僕らに手を振ってくれている。
落ち込む彼女をどう励ませばいいかと思っていたものの、僕の関与は全く必要なかった。本当に良かった。
そうして飛行艇を見送った後は、クルール様との別れが待っていた。
僕らが大魔王領にある麒麟の森に向かうというと、そこまでの足となる馬車を貸してくれた。
城の玄関先で、僕とクルール様は握手した。
「色々とあったが、結果としては良い出会いだった。お主に与える筈の情報は失ったが、そちらも構わないと言うしな」
「はい。図書館の防衛を完全には果たせなかったのが心残りですが……そんな事は関係ない、実りおおき出会いでしたね」
「まさしく」
クルール様は今は、本気で笑ってくれたように感じた。
お互いが手を振り、僕らは九人が乗れる馬車に乗り込んだ。
知能ある魔界の馬は言葉を解すると言うことで、出発と告げただけで南に向けて歩き始めてくれた。
クルール様のお城が、徐々に遠ざかって行く。
一人で御者台に座っている陸君は、結局返事を聞かせてくれていない。
どういう選択を取ったか分からないけれど、一緒に著てくれたということは、僕らが帰るまでは世話をしてくれるということ。それはとても、心強い。
しかしもう一つ、別の問題がある。
それは、僕自身が未来に帰るかどうかというもの。
色々と情報を知った上で考えた、この事件の根本には、父が時空召喚士の取り決め通りに僕を未来に託した事から始まっている。
セシリア王女の問題は、僕を未来に差し出した見返りだ。
セシリア王女はいま、別の問題で未来に帰らないと考えているようだけど、もしその問題が解決できたなら未来に帰りたがるかもしれない。
その場合、僕はこちらに残ってセシリア王女を帰してあげようと思う。そうすればもう、父は未来に対して無理は言わないだろう。
もちろんその取り引きをするためには、父に認めて貰えるような一人前の魔人であるという証明をしなくてはいけない。
きっとそれは、実力行使の戦いになるだろう。僕はどうしても、それに勝たなくてはいけない。
けれど、今の僕で勝てるだろうか。まだまだ実力が足りないとしか思えない。
その悩みに苛まれ続けた、麒麟の森への道中。
殆どが人家のある道を旅できたものの、幾度か野宿をすることになった。
大魔王領に入ってすぐの森では、今までの殺伐とした魔界の雰囲気は無く、穏やかな気配が漂っている。
圧倒的な支配者のいる土地では、野生の魔物ですら萎縮するのだろうか。
しかし、おかげで安全に寝泊まりできる。
夕方、僕がキャンプ地の周囲を薪を拾って歩いていても、誰にもとがめられない。
久しぶりに一人で出歩けて、それだけで心が落ち着く。よほどストレスがたまっているようだ。
キャンプ地近くの川辺の岩の上に腰掛け、夕暮れ時の空を見上げた。
未来の空と同じに見える。雄大な自然の美しさは変わらない。
背後から足音が近づいてきて、黙ったまま僕の隣に腰掛けた。
馬車の中でもいつも隣に座ってくれているソヨンさんとは、あまり会話できていない。
僕が過去に残っても、ソヨンさんには未来に帰ってもらう。もし一緒に帰れたとしても、向こうでは……。
「ノア様」
「なに?」
「一緒に、未来に帰れますよね? 一緒にいて下さいますよね?」
「うん。一緒に帰る」
僕が不安がっているのは、ソヨンさんだけじゃなく他のみんなにも伝わっているだろう。
僕が生きて帰らないと、陸君は僕の魂を連れ戻るために、ここに残る事は無い。
だから余計に死ねない。だけど、それは願いなだけだ。現実にどうなるかは、まだ分からない。
僕はソヨンさんの手を取り、握りしめた。
ソヨンさんは僕に寄り添い、夜になるまでずっといてくれた。
深夜。
寝付けないで馬車の馬を相手にお喋りしていると、背後から陸君が近づいてきて、僕の傍で立ち止まった。
陸君は冷たい目をしているものの、それは向こうに見える焚き火の下にある野営地に向けられている。
「私は夢魔の王であり、その所業にいつも悩まされる存在でしかありませんが、それでもそれなりのプライドを持っています。……いえ、それを持ち、生きようとしています」
「ああ。分かってる」
「ですから、あのような方法は好きになれません。貴方がどう思っていようが」
「それも……分かってる」
「麒麟は人より聡い生命体ですものね。分かっていて、騙された振りをしますか」
「騙されたというか……そうでもしないと、僕は帰れないような気がする」
「この世界に情が湧きましたか。私は、まったく好きになれないですよ。世界だけが相手なら、一刻も早く帰りたいものです」
「……」
「一応忠告しておきますが、貴方よりもあの子の方が負担は大きいです。貴方のことが本当に好きなのに、貴方を騙して未来に連れ帰る任務を帯びてしまったのですから」
「後の方のは要らないって、言えば良いだろうか」
「言っても、向こうの罪悪感は消えないでしょうね。他にも問題は、色々とあるでしょう? 私はその問題には立ち入れません。貴方がどうにかすべきです」
「……そうする」
僕が答えると、陸君は頷いて森の闇の中に消えて行った。
図書館の地下から出た後、クルール様のお城に招待されて一泊させてもらえ、翌朝を迎えた。
盗まれた本が何かも分からないまま、それが僕らへの報酬となり、見た目は全く儲からなかった。
それでも何だか幸せそうな陸君が広間の窓辺で黄昏れているのを見ると、何があったか知らないけれど良かったなあと思えた。
それと真逆に地下から戻る時から様子が変だったアルフリードさんが、今日もどんよりしている。
何があったか知りたいので、カイさんを捜して廊下で質問してみた。
「もしかして、戦って負けましたか?」
「いいえ、全然戦いませんでしたよ。向こうはノア様とそのおじさんを中に入れたかっただけなので、私たちが入らないでいると普通に雑談してくれました」
「雑談? それでどうして、あのように?」
「まあ……相手が思った以上にフレンドリーだったんですよ。同じ影の魔人だねって」
「……」
もう聞くのを止した。
「さて、それじゃあ、次にウィリアムさんを捜さないと」
「さっき広間に入っていきました。でも追いかけるべきはソヨンでしょう? 部屋に戻ったようなのでチャンスです」
「何がですか。もう朝ですよ」
「ノア様、分かってるなら夜のうちに行きましょうよ!」
「私は私のペースで行くので、構わないで下さい!」
「とか言って、本当は怖いんでしょう? 高校二年生で十七歳なんて、もっと本能に従って生きるべきです! がっつくべきです! 素敵な青春時代を送りましょう!」
叫んだカイさんを、横から出てきた手が張り倒した。
レオネルさんかと思ったら、眉間に皺を寄せたウィリアムさんだった。
「あっ、丁度良かったです。ウィリアムさんに聞きたいことがあります」
「はっ? 私にですか?」
ウィリアムさんが怪訝そうに言ったので、慌てて付け加えた。
「いえその話題ではなくて……あれ、その話題かな?」
「……ノア様?」
「とにかく僕じゃなくて、陸君の話です」
「ああ……」
ウィリアムさんは視線を逸らした。
「自由恋愛ということでご理解を」
「昨日今日の話ではなく、スタインウェイさんだった頃の陸君の話です。ウィリアムさんは、当時のスタインウェイさんのことをご存知ですか?」
「いくらかは。しかし私が見習いで入った時に、彼は既に護り人のトップでしたからね。そう詳しくは知りません」
「スタインウェイさんは、結婚されてましたか?」
「……いいえ」
「なら、付き合っている方とかおられましたか?」
「それは、バティスタ様の事件がありスタインウェイが死んだ時に噂で聞いた程度ですが、いなかった筈です」
「そうですか。とすればやっぱり……ここでお別れさせたくありませんよね」
ウィリアムさんとカイさんは、そういう事かと理解した表情をした。
僕は、どうにかなるかもしれない作戦を二人に相談してみた。二人とも、陸君なら出来るかも、という意見をくれた。
じゃあ本人に話そうと思って広間に戻ると、陸君だけじゃなく他のみんなも揃っていた。
窓辺で空を眺めている陸君に近づいていき、前で立ち止まった。
「陸君、ちょっと話してくれないか」
「嫌です」
「じゃあ聞いてくれ。陸君は、ここに残っても良いと思う。問題はない」
陸君は驚き、ようやく僕に視線を向けた。
「貴方は一人でお家に帰れますか?」
「魔界から元の世界に戻るまでは、是非とも手助けしてもらいたい。でもその時、陸君が望むなら残ってくれても良い」
「帰らなければ麒麟の転生実験は出来ないし、アリスリデル様を見捨てる事になります。残ってしばらくして、飽きたから帰るという訳にはいかない状況にあることは、理解されているのですよね?」
「それは分かってる。だから、帰らないでいいんだ。六千年後の世界で、待ち合わせをすれば良いんだ」
陸君は、眉をひそめた。
「私に、六千年もの時間を耐えろと? この私といえど、さすがに少し無理があります」
「生き続けるのが無理と言うなら、記憶を残したままの転生でいいと思う。今の陸君は、そういう転生を出来るだろうか?」
「……それは、確かに、一度死んでも次ぐらいならば……なんとか記憶を保てますがね。六千年後の未来へも、魂の状態ならば普通に向かえます」
「じゃあ決まり。陸君はここに残ること」
「……」
陸君は無表情になって僕の顔を見つめ、そのうちゆっくり動いて俯き、顔に手を当てた。
「今、貴方を物凄く殴りたいです。ぶち殺したいです」
「ええっ、なんで!」
「人の心にいちいち土足で踏み込まないでください。しばらく消えますが、そのうち戻ってくるので捜さないでください」
怒りで震えているのだろう陸君は、すっと瞬間移動して消えた。
僕は彼がいた場所をしばらく見つめ、人を気遣うって難しいとため息をついた。
2・
昼前に、ヴァール国ナイジェル様の下に帰還する飛行艇を見送りに行った。
生きてまた会えるとは思えないハルサイスさんたちと別れるのは、物凄く寂しい。
けれど陸君との話し合いで、実はみんなは未来で既に知っている人たちかもしれないと考えられるようになった。
一度限りで、この世に生まれた魂もあると思う。でも麒麟の力で垣間見える世界は、とても多彩で色とりどりに光り輝いている。
それらの光の粒たちは、肉体を乗り継ぎつつ進化していく魂そのもの。
だから、僕らは望めばまた会える。そう思えば寂しくない。
それに、飛行艇には新しいお客さんが一人増えた。
クルール様と一緒に僕が助けた鳥の魔人の彼女が、ハルサイスさんの隣で僕らに手を振ってくれている。
落ち込む彼女をどう励ませばいいかと思っていたものの、僕の関与は全く必要なかった。本当に良かった。
そうして飛行艇を見送った後は、クルール様との別れが待っていた。
僕らが大魔王領にある麒麟の森に向かうというと、そこまでの足となる馬車を貸してくれた。
城の玄関先で、僕とクルール様は握手した。
「色々とあったが、結果としては良い出会いだった。お主に与える筈の情報は失ったが、そちらも構わないと言うしな」
「はい。図書館の防衛を完全には果たせなかったのが心残りですが……そんな事は関係ない、実りおおき出会いでしたね」
「まさしく」
クルール様は今は、本気で笑ってくれたように感じた。
お互いが手を振り、僕らは九人が乗れる馬車に乗り込んだ。
知能ある魔界の馬は言葉を解すると言うことで、出発と告げただけで南に向けて歩き始めてくれた。
クルール様のお城が、徐々に遠ざかって行く。
一人で御者台に座っている陸君は、結局返事を聞かせてくれていない。
どういう選択を取ったか分からないけれど、一緒に著てくれたということは、僕らが帰るまでは世話をしてくれるということ。それはとても、心強い。
しかしもう一つ、別の問題がある。
それは、僕自身が未来に帰るかどうかというもの。
色々と情報を知った上で考えた、この事件の根本には、父が時空召喚士の取り決め通りに僕を未来に託した事から始まっている。
セシリア王女の問題は、僕を未来に差し出した見返りだ。
セシリア王女はいま、別の問題で未来に帰らないと考えているようだけど、もしその問題が解決できたなら未来に帰りたがるかもしれない。
その場合、僕はこちらに残ってセシリア王女を帰してあげようと思う。そうすればもう、父は未来に対して無理は言わないだろう。
もちろんその取り引きをするためには、父に認めて貰えるような一人前の魔人であるという証明をしなくてはいけない。
きっとそれは、実力行使の戦いになるだろう。僕はどうしても、それに勝たなくてはいけない。
けれど、今の僕で勝てるだろうか。まだまだ実力が足りないとしか思えない。
その悩みに苛まれ続けた、麒麟の森への道中。
殆どが人家のある道を旅できたものの、幾度か野宿をすることになった。
大魔王領に入ってすぐの森では、今までの殺伐とした魔界の雰囲気は無く、穏やかな気配が漂っている。
圧倒的な支配者のいる土地では、野生の魔物ですら萎縮するのだろうか。
しかし、おかげで安全に寝泊まりできる。
夕方、僕がキャンプ地の周囲を薪を拾って歩いていても、誰にもとがめられない。
久しぶりに一人で出歩けて、それだけで心が落ち着く。よほどストレスがたまっているようだ。
キャンプ地近くの川辺の岩の上に腰掛け、夕暮れ時の空を見上げた。
未来の空と同じに見える。雄大な自然の美しさは変わらない。
背後から足音が近づいてきて、黙ったまま僕の隣に腰掛けた。
馬車の中でもいつも隣に座ってくれているソヨンさんとは、あまり会話できていない。
僕が過去に残っても、ソヨンさんには未来に帰ってもらう。もし一緒に帰れたとしても、向こうでは……。
「ノア様」
「なに?」
「一緒に、未来に帰れますよね? 一緒にいて下さいますよね?」
「うん。一緒に帰る」
僕が不安がっているのは、ソヨンさんだけじゃなく他のみんなにも伝わっているだろう。
僕が生きて帰らないと、陸君は僕の魂を連れ戻るために、ここに残る事は無い。
だから余計に死ねない。だけど、それは願いなだけだ。現実にどうなるかは、まだ分からない。
僕はソヨンさんの手を取り、握りしめた。
ソヨンさんは僕に寄り添い、夜になるまでずっといてくれた。
深夜。
寝付けないで馬車の馬を相手にお喋りしていると、背後から陸君が近づいてきて、僕の傍で立ち止まった。
陸君は冷たい目をしているものの、それは向こうに見える焚き火の下にある野営地に向けられている。
「私は夢魔の王であり、その所業にいつも悩まされる存在でしかありませんが、それでもそれなりのプライドを持っています。……いえ、それを持ち、生きようとしています」
「ああ。分かってる」
「ですから、あのような方法は好きになれません。貴方がどう思っていようが」
「それも……分かってる」
「麒麟は人より聡い生命体ですものね。分かっていて、騙された振りをしますか」
「騙されたというか……そうでもしないと、僕は帰れないような気がする」
「この世界に情が湧きましたか。私は、まったく好きになれないですよ。世界だけが相手なら、一刻も早く帰りたいものです」
「……」
「一応忠告しておきますが、貴方よりもあの子の方が負担は大きいです。貴方のことが本当に好きなのに、貴方を騙して未来に連れ帰る任務を帯びてしまったのですから」
「後の方のは要らないって、言えば良いだろうか」
「言っても、向こうの罪悪感は消えないでしょうね。他にも問題は、色々とあるでしょう? 私はその問題には立ち入れません。貴方がどうにかすべきです」
「……そうする」
僕が答えると、陸君は頷いて森の闇の中に消えて行った。
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