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四章 魔界を駆け抜けて

十三 陸君との決闘

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1・

職員の魔法開発用の施設は、昨日戦った決闘場よりも広く、魔法障壁の天井も高く取られた長方形の広間だった。

お互いに剣を持つ僕と陸君は距離を置いて立ち、時間が十時ちょうどになるのを待った。

僕ら以外の人たちは全員、安全がそれなりに確保されているらしい窓の外からの観戦になる。

昨日とは違い、僕に声援を送ってくれていた数名の女学生が、陸君の近くで彼を応援している。

僕の良く見える目で、彼と彼女たちの間に魔法的な繋がりがあるのが分かった。
陸君の夢魔の能力により、彼女らと契約を結んで力を頂いているように思える。

彼は前に戦ったのよりも、もっと強くなっている。しかも今回は本気だ。まともにかかれば、僕はすぐ殺される。

それは、どうしても避けたい。どうにか作戦を立てなくては。

しかし短い準備期間で予想できたものは、陸君の本気を見たことがない以上、確約されたものじゃない。実際に手合わせする中で、勝機を見いだすしかない。

決闘開始まであと一分になった。時間を教えてくれた教員の方が退出するのを見送り、それから……陸君ではなく、窓の外に立つ観客の一人、青い衣装の少女を見た。

彼女の魔力が、不自然な程に感じられない。なのに強者の佇まいで、ただ者ではない気配がある。
大事な決闘でなければ、即座に彼女の対応に行くべきだと思う。

陸君も同じ気持ちなのか、決闘寸前のこの時に彼女を一瞥した。
でも彼も、それ以上は動かなかった。

決闘開始の鐘が鳴った。僕と陸君は、一秒の遅れもなく行動を開始した。

予想通り、陸君は最初の位置から動かずに、強烈な魔法の連続攻撃を行ってきた。
僕はそれを身体強化魔法を使った上で全力で駆けることで回避し、同時に間合いを詰めて陸君に近づいた。

しかし剣の届く範囲に入れず、一撃でも食らったらアウトの魔法の連続攻撃で下がるだけしか出来なかった。

昨日と真逆で、魔法に一度でも当たると駄目だ。今回は剣の攻撃で、どうにか倒すしかないだろう。

陸君は、三つの魔法を同時に使用している。それはきっと、前世で二刀流だった上で魔法を使うという訓練を行っていた賜物だと思える。
そしてその器用さを使い、僕が昨日見せた三つの属性が異なる魔法を一つに練り上げたものを作りだし、放ってきた。

間一髪回避したもののその威力で、防御力が強化されている筈の床石がひび割れ、魔法障壁が破れそうな程に揺らいだ。

ただ、三つの魔法を一つにした場合は、それ一個しか発動できないようだ。
そして僕が魔人の姿でいる間に魔法で素早さを強化した動きは、麒麟にならなくても僕の方が優れている。

そして陸君が使う魔法は、威力の強い魔法を使う時は溜めの時間がほんの少しだけれども発生する。簡単な魔法は、瞬時に発動してしまうのが厄介だが。

勝機はここにあると考え、まず攻撃を避けている間に一つの魔法を使用した。

飛行艇の旅の間にロレンスさんに教えてもらった天候魔法で、室内といえどもいくらかの雨雲を発生させた。

陸君は、それが何かの状態異常を引き起こすものだと思ったんだろう。即座に炎の魔法で、勢いよく消し飛ばした。

水蒸気が蒸発し、部屋の湿度が一気に上がった。
蒸し暑い中、水を吸った衣服が肌に張り付き、逃げ回る僕の動きをほんの少しだけれども妨げる。

髪の毛が顔に張り付き、視界が悪くなる。
それでも条件は、陸君も同じ。

決闘の開始から殆ど移動していないとはいえ、魔王らしいゆったり目の衣装は濡れて重くのし掛かっているだろうし、彼の使用した魔法の爆風で美しい長髪が舞い踊り、肌に張り付いていく。

陸君は何度か片手で髪の毛を振り払ったが、その隙に僕が距離を縮めて斬りかかろうとするので、そのうち止めた。

ただでさえ怒っている陸君のイライラが募っていくのが、表情と態度からでもよく分かる。

僕を完全に狙ったんじゃない、腹いせのような攻撃魔法も幾度か使用した。

追い打ちをかけるために、麒麟に変身して素早く動き、もう一度天候魔法を使用した。

陸君は今度は雨雲を狙わず、室内全体に効果を及ぼす雷の魔法を使用した。

僕の作った雨雲で威力を増した衝撃に襲われ、距離は取れたといえども床に落ちて魔人の姿に戻った。

痛みを堪え、剣をしっかりと握り直しながら顔を上げて陸君を見た。

同じ衝撃を受けただろうに耐えきった陸君が、動きを止めた僕に向けて、怒りのままに威力の強い魔法を使おうと片手を向けている。

思惑通りになってくれたが、もう次はない。

そう感じた瞬間、ありったけの力を込めて剣を振るいつつ、陸君の真正面に瞬間移動した。

怒りに燃える陸君の魔法が誰もいない場所を破壊した瞬間、僕の剣は彼の首を横なぎでとらえた。

防御魔法を使用しているだろうに、僕の剣はそれがないかのように首筋にめり込んだ。

僕は瞬時に剣をどこか分からない遠くに消し去り、血が溢れ始めた陸君の首筋に手を向けた。

歯を食いしばる陸君が、その僕の腕を掴んで治療を遮り、呻るように言った。

「まだ負けを認めてない!」

「だからどうした、黙って癒やされろ!」

自分が出したと思えない力強い声が、腹の底からわき起こった。

陸君は僕の声に驚いたのか、腕を掴む手の力を緩めた。
僕は陸君の首に触れ、早く治るように念を込めて治癒の力を使用した。

雨がぽつぽつ降り注ぎ、陸君の血を少しずつ洗い流してくれる。

傷が消えた後、怒りが収まっている陸君は複雑な表情をして一歩下がった。

「負けました。今日のこの試合は、貴方の勝ちです」

「ああ、うん、良かった。陸君、もう大丈夫か?」

「貴方は確かに麒麟ですね。信じられないことに」

「まあ、その、ごめんなさい」

「どうして謝るんですか。私が負けたのは、私が酷い感情に流されたからですよ。とりあえず、良い経験になりました」

室内の雨がようやく止み、適度に冷えはしたがびしょ濡れの僕らは……窓の外からこちらを見る青い衣装の少女を見た。

「私は先に身なりを整えてきます。貴方は、彼女の意図を確認して下さい」

「分かった」

僕が頷くと、陸君の姿が瞬時に消えた。

僕は水たまりの中、ところどころ壊してしまった石床を歩いて、出口に向かった。

外に出ると、皆が嬉しそうに近づいてきて話しかけてくれた。
あまりに心配し過ぎたのか、ソヨンさんの目に光るものが見える。

本当なら、すぐに心配かけてごめんなさいと謝りたい。しかし今は、緊急事態だ。

みんなの呼びかけに答えず、ソヨンさんの横を素通りし、気高いが意地悪そうでもある少女の前で立ち止まった。

「初めまして。私はノアと言います」

「そうか。なかなか見応えのある試合だったな。下手な魔王より強いと思えたぞ」

背中に突き刺さる視線がとても痛いが、振り向いてられない。

「お褒めいただき、光栄です。ところで、ここで何をしておいでですか?」

「ふむ、やはり見所はあるようだな。妾はお主と……あの魔王に会いに来た。だがその姿では少し不便だろう。一度着がえてこい。その後で、どこかでまた会おう」

「私たちが借りている宿に来て下さいますか。そこならば、立ち聞きされる心配はほぼ無いと思われます」

「あの宿だな。分かった。では、一時間後にな」

少女は愛想良く手を振って、どこかに向かって歩いて行った。

僕は手を振り返し、姿が見えなくなってから……振り向いた。

アルフリードさん以外の、みんなの表情が微妙だ。特にソヨンさんの目つきが悪い上に泣きそうだ。

「誤解があるようなので説明しても良いですか?」

「ノア様、ご自分に素直になられて下さい!」

カイさんが、物騒な事を言う。

「変な解釈はしないで下さい。ええと……あの方、きっと魔王の一人ですよ」

「!」

アルフリードさん以外が驚いた。
だから僕は、アルフリードさんを見た。

「ええ。かなりの確率で、あの方はフロストドラクの建国者、魔王クルール様でしょう。しかし……いえ、そうだと思われます」

「ナイジェル様が連絡を入れて下さった筈ですので、もしかしたらここまで迎えに来て下さったのかも知れませんね」

「あの方も竜魔人なのです。ナイジェル様とは、親しいと思われます」

「様子を見る限りでは、敵対はしてなさそうですよね。とにかく一時間後、今よりましな格好で会わない事には……」

びしょ濡れで、風に吹かれると少し寒い。歩いて帰りたくない。

みんなに断ってから、以前から幾度か訓練していた、時空召喚士として使用できる筈の全員での瞬間移動を試してみた。
セシリア王女が使用していた瞬間移動を思い出して、同じような感覚で使ってみると使えた。

無事にたどり着けたホテルのロビーで一時解散し、僕はそれから一人で自分の部屋に瞬間移動した。

ルナさんが泊まってくれた部屋は、模様替えされていた。

何があったかは、きっと聞かない方が良いだろう。
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