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一章 転生魔王

5 魔王の条件

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1・

翌朝。嫌がる陸君も一緒に朝食のために台所に行くと、当たり前だけれど家族に驚かれた。

しかし昨日から見張りしてくれていたと説明すると、一応納得してもらえた。

雰囲気はおかしいものの美味しい食事を感謝して頂いたのち、応接間のテレビでニュースを見た。

やはり僕の姿が映っている。一応顔にモザイクがかかっているけれども、何となく自分だと分かりそうな感じ。

「いや……僕と分からない?」

「あなたを知っている人は分かりますよ」

陸君のツッコミが真横から来た。彼がいると姫が飛び付いてこないので、少しありがたい。

「とすると、あまりばれてないかな」

「そうですね。剣道日本一のニュースを見た人が少ないと良いですねえ」

「……親しい訳じゃないから、分からないだろう!」

「ちょっと済まないが」

叔父さんが割って入ってきた。

「一応、俺はお前の親だ。何故ああなのか、説明してもらえるか?」

「はい。それは実は――」

あまり詳しい話をしても仕方がないので、前世の記憶があり、そこでは魔王と呼ばれた程の魔術師だったと説明した。
立ち聞きした叔母さんと姫が、格好良いと言ってくれた。叔父さんは呻りながら考え込んでしまった。

再びニュースチェックすると、夜間は襲撃事件が起こっていないと分かった。僕が頑張ったおかげだろうか。

学校が休みなので勉強しようかと陸君と話していると、玄関のチャイムが鳴った。

何だか予感がしたので玄関に行き、ドアを開けた。
夏なのに、むさ苦しい格好をした男たちが立っている。
その背後にいるはずの女性たちはおらず、代わりに警察官と自衛官たちがいる。

なんか既視感があると思いつつ、日本政府の人たちらしいお客様の話を聞いた。

「僕が魔王って、それは違います。僕じゃありません」

「さっき魔王って名乗ったよな?」

叔父さんが背後で呟いた。

「前世が魔王じみた魔術師だっただけです! 今は魔王じゃありません!」

「あの戦闘力は魔王だろう!」

叔父さんがやけくそになって叫んだ。味方になってくれないのでショックだった。

結局、魔王じゃなくていいので昨日の取り調べをするためという名目で連行されてしまった。陸君の腕を掴んで離さないでいると、彼も一緒に拉致された。

2・

車でどこかの建物まで連れて行かれ、まあまあの距離を歩かされて、一つの部屋に到着した。

とても真剣な中年男たちが、僕を前に緊張している。僕はここでも、魔王じゃないと訴えた。でも聞いてもらえない。
陸君まで、認めろという。

「だから、違うんですって!」

「ならば、別人で良いですので、隣の部屋に移動してもらえますか?」

「……」

何だか怪しいものの、陸君が知らん振りしているので大丈夫かもしれないと思った。
聞き分けのない大人たちの前から退場し、隣の部屋とやらにしぶしぶ足を踏み入れた。
普通の会議室のような場所に机と椅子が並べられていて、昨日見かけたかもしれない魔人たちがたくさんいた。

回れ右しても陸君に押されて、舞台の方に移動させられてしまった。
仕方なく舞台に上がった僕は、マイクを使わず叫んだ。

「僕、魔王じゃないですってば!」

会ったことある人も、ない人も無表情だ。

舞台袖にいる金髪長髪の線の細い青年が、すっと手を挙げた。

「……なんでしょうか」

「発言の許可をお願いします」

「僕のですか? 僕の許可など必要ないので、どんどん喋って下さい」

「では、お言葉に甘えまして、フロストドラク所属の私フリューゲルスが司会を担当させて頂きます」

なんか始まった?

「では、状況の飲み込めておられない如月様に対して、ご説明をさせて頂きます」

説明が始まった。
ここに集まっているのは、魔界から渡ってきた十二の国の代表者たち。
魔王が発見されたことで他の者の襲撃を止めたところ、とても迷惑がっている日本政府の働きかけにより、こうして一カ所に寄り集められた。

ここで魔王と話し合い、とりあえず仮定としてだが所属国を決めてもらおうという思惑があるようだ。

だからと言って、僕は魔王ではない。

「あの……本物の魔王は、どうやって区別するんでしたっけ?」

簡単に違うと言っても聞いてもらえないから、説明してもらうことにした。

「まず、魔王と呼んでいますが、本当は大勢の魔王様がおられるので、それ以外の尊称で呼ばれます。夢の君、薔薇の王、魅惑の君に、麗しの君などです。今の我らが求める魔王は、夢魔の最高位のものです」

夢魔だったのか。

「元々大勢の民の見た夢のエネルギーが集まってできた高水準の力が、強く夢見る人間の魂に宿り、生まれることから誕生が始まります。繭としての機能の人間が死ぬか、もしくは激しい動揺を得た時に、羽化をします」

昆虫かもしれない。

「繭としての人間の特徴は、報われぬ生活をしている者です。抑圧された環境に生まれる者は、強く夢を見ることになり、その呼び水を夢のエネルギーが嗅ぎつけて憑依するらしいです」

らしいか。

「繭の他の特徴は、歴代の夢の君の特徴から心優しいとされています。そして本来は、特徴的ではない姿形をしているとのことです」

「……ぼ、いや私は、特徴的ではないですか?」

「いいえ、とても特徴的ですね」

「では、私は魔王ではありませんね?」

「個体差がありますので、それでは判別できません。そして誕生は強大な魔力が発生するために、幾人もの予言者に予言されることになるのです。人間として生まれた時と、羽化する時の両方です」

「予言ですか。個人の未来を見る目で読み取る世界の記録ですね。宇宙そのものである世界の神から伝えられる、預言ではないのですね?」

「えっ、はい、その通りです。よくご存じで」

前世で勉強したから……って、あれ? 異世界だけど同じ常識?

「その……魔界の予言者たちにより導きだされた夢の君の誕生日を前提にすると、今現在はこの地方の高校生男子と思われます。そして羽化は、この数日のうちに起こる可能性があるとのことです。ですので、我らは大急ぎで参ったというわけです」

「もっと前に、余裕を持って来られなかったのですか?」

「異次元間の移動を可能にする門の作成は、とても骨の折れる仕事なのです。この度の門は、大勢の協力により発生させました」

「……そうでしたか。それで、何故私を魔王だと決めたのですか?」

「夢の君とすればまだまだ見劣りする魔力ですが、普通の人間ではあり得ない力をお持ちですから。それに、あなたからは微量ながら魔人の気配がするのです」

「……私は人間です。魔人ではありません」

「羽化される直前ですから、漏れ出ているように感じます」

「違います。ああもう、言葉だけでは説得できませんよね。じゃあ、私が魔王ではない証拠をお見せしますので、信じて下さい」

僕は観念し、この見知らぬ大勢の前で証拠を見せることにした。

舞台袖で体育座りをして僕を睨む陸君を見て、ごめんなさいと呟いた。

精神集中し、この人生では数度しか使用していない魂の能力を発揮した。

僕の姿は白銀に光り輝く、一頭の麒麟のものになった。

「その姿はキリンか! 本当に魔王ではないじゃないか!」

魔人の一人が椅子から立ち上がり、悔しげに叫んだ。

他の魔人も、当てが外れた表情をしている。しかし数人は興味深げに……え?

「ちょっと待って下さい。皆さん、麒麟をご存じですか?」

慌てて聞くと、僕が最初に出会った魔人のオーリンが立ち上がり、目を輝かせた。

「知ってるもなにも、ミネットティオルの麒麟は有名だからな。そしてあまり知られてないが、そのご先祖は我らが大魔王の血族だとされている。お前……いや、ノアと名乗ったようだな。ノアは本当に大魔王の馬だったのか」

「え……え?」

沢山の情報が頭に入り、混乱した。

人の姿に戻り陸君を見ると、目を見開き固まる彼は、震えが止まらない様子だった。麒麟は転生すれば麒麟でなくなるのが通説。でも僕は麒麟だ。
陸君は、かなり衝撃を受けただろうし、それに――。

「ミネットティオルは、我らが魔界から、船……宇宙船で二週間の距離にあります。魔界は宇宙国連加盟国であるものの、人の出入りを厳しく取り締まる星の一つです」

司会の彼が教えてくれた。
かつて、僕らが前世で共に旅をした世界が、彼らの宇宙なのか? 僕が目指し、結局生きて到着出来なかったミネットティオルが、船で二週間の近場にあるなんて。

僕は陸君を抱きしめに行った。彼はその衝撃で正気に戻り、誰に問うでもなく叫んだ。

「では、麒麟のバティスタ様のことを、ご存じですか!」

一拍置いて、司会の彼が言った。

「バティスタという麒麟は、十八年ほど前に麒麟の道を外れて闇落ちし、化け物となりました。そしてその場で、同じ麒麟のノアに退治されたとか。ところで……あなたはノアという名の麒麟ですか? その英雄のノアと、どういう関係が……」

空気が酷くざわめく。陸君を抱きしめる身が、ビリビリ痺れるようだ。

周囲の人々も異変に気付き、それぞれ逃げ出したり身構えた。

陸君は幼い子供のような表情で、大粒の涙をこぼす。

「バティスタ様……本当に、私の不手際で……闇落ちを……」

悲しみが彼の魂に穴を開けた。その隙間から、凄まじい魔力が発せられるようになった。傍にいれない程の圧力を持つ、人ではない者の発する魔力。

強い光のフラッシュが立て続けに起き、目を閉じた。

同時に強烈な力で弾き飛ばされ、部屋の壁に激突して床に倒れてしまった。

痛みを辛抱して、すぐ飛び起きた。舞台袖から一歩も動いていない陸君の姿が変化していて、髪の毛がサラサラ流れる白髪の長髪になっている。

「ノア、お前が英雄など決して許されない! 命を以て償え!」

陸君の手から放たれた魔法は、僕だけではなく周辺もことごとく巻き込み、破壊した。
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