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第六章 世界と仲間を救うために
6 お互いの絆
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1・
無重力の暗闇の中を彷徨っていた。
しかし不意に光の中に転がされ、まだ余韻の残る痛みがある腹を押さえた。
岩山内部の廊下で転がる俺の前に、顔色が青くて恐怖に怯える咲夜がいる。
「なんてことなの」
咲夜が切羽詰まった様子でしゃがみ込んで触れてきてから、俺はようやく状況を理解した。
呆気なく死んだ俺は、主人の咲夜の魔力を消費して生き返ったようだ。もしくは死にかけのところを、契約のおかげで治癒されたか。
咲夜が泣いて混乱しながら回復魔法をかけてくるので、起き上がってその手を掴んで止めさせた。
「咲夜、もう俺は平気だ。傷は治っている」
「ほ、本当に?」
「うん。ちょっと血まみれで服が真っ二つなだけだ」
微笑んでみせると、咲夜はようやく魔法を止めた。でもまだ俺の死にショックを受けていて、ガタガタ震えて怖がっている。
先に気配がしてから、得物のハルバートを手にした真剣な表情のユリアヌスが傍に瞬間移動してきた。
「生きているのか」
「ああ……心配かけて済まない。油断しすぎた。とにかく、今は咲夜を頼めるか?」
「分かった。お前は水浴びしてこい。集落の外れに簡易浴場を作ってある。服も後で届ける」
「ありがたい。頼んだ」
血まみれな俺は咲夜を押し離して、ユリアヌスのいう簡易浴場まで行った。
すれ違うエルフ達にも恐怖と心配を与えてしまったものの、俺がずっと笑顔で明るく接すると安心してくれた。
2・
身だしなみを整えた後で咲夜と対面してまた泣かれ、困りつつも彼女を置いてアーガスに会いに行った。
俺がやられて帰って来たことを不安がるものの、アーガスはそれほど取り乱してはいない。
「エスタルドラから、先に報せでもありましたか?」
「いや、それは無かった。ただ、駒が揃っていても油断すれば返り討ちにされると聞いていた。ならば、アーサー殿は油断しなければ良いだけだ」
「そうですね……本当、申し訳ないです」
勇者はあれだし飛空艇も落とせるし、重要拠点の警備も紙のようだから、人間たちに自分並みの実力者は一人もいないと思い込んでいた。
しかしこのアルダリアにも手強い魔物はいる。それを倒せる者もいて当然だ。
「伺いたいのですが、私を倒した猛者に心当たりはありませんか?」
「トレシス王国が勇者を呼び出したのは、この千年間に知られているだけで五度はある。その勇者たちは魔物退治に駆り出され、不必要になれば始末されたものだと思い込んでいた。しかし、もしかしたら根付いた者もいたのかもしれない」
つまり、俺を斬ったのは過去に呼び出された勇者本人か、その子孫か。
「噂は聞いたことがなかったのですか?」
「ああ。よくよく考えれば、予言を覆そうとして巨大飛空艇を建造して、卑怯な手を使った輩だ。この時の為に、予言の勇者と神を始末する手の者の育成も行っただろう。決して我らに存在が悟られぬように、慎重にだ」
「とすれば、その数は一人とは限りませんね。これは本当に、気を引き締めてかかる必要があります」
アーガスは、静かに頷いて同意してくれた。
「アーサー殿、先ほどエスタルドラから報せは無いと言ったが、それは彼らの本拠地周辺に天空都市同盟軍が侵略を開始したからだ。アグネス殿は、我らに構う余裕がないと思われる。助けは期待できぬぞ」
「……分かりました」
助けをもらうのではなく、助けに行きたい。しかしそんな余分な手はない。
俺にできるのは、神石を完成させて、神を生み出す事だ。そうすれば、エスタルドラもこの聖地もすぐ助けられるだろう。
次の神石の回収に、早く出た方が良いと決めた。
3・
岩山内部の自分の部屋に戻ると、扉の前でユリアヌスが待ち構えていた。物凄く真剣なので、彼について歩いて行った。
岩山内部の見張り台のような場所に到着して、他に誰もいないそこで話を聞いた。
「済まない。敵の戦力を見誤った。まさかアーサーが倒されるとは、思ってもいなかった」
「いや……そんなに気にするなよ。油断しまくった俺のせいなんだからな」
「しかし、タンジェリンに顔向けできない。お前の子守りを自信満々で引き受けたのに、殺されてしまった。復活できたのは奇跡だ。お前が咲夜と契約していなかったら、今はもう失われてしまっていた」
「あの……さ、ユリアヌス。そんなに真剣に考えないでくれ。だって俺って、ただの子供じゃないんだぞ。精霊王だった者の魂の一部なんだぞ。それにお前をよく殴り倒したエルフ王レオンだ。それだけ豊富な経験があるのに殺されたのは、完全に自己責任だ。お前は悪くない」
「でもまだ子供だ。魂に経験があっても、その思考能力に未発達な脳が追いついていないんだ。お前自身が気付いていないだけで、子供っぽい見落としをよくしているように見える。だから俺が守ろうと思ったんだが」
ユリアヌスは、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「恩返しするって言って、全然だ。自分の無能に驚いた」
「いやいや、本当にもう止してくれ。俺はユリアヌスがこうして一緒に戦ってくれて、物凄く心強いんだ。お前の強さは、俺が良く知っている。それはお前も理解しているだろう? だからこれからも、変わらず頼らせてくれ。頼む」
この世界で唯一、絶対的な安心感で背中を任せられる男だ。信頼と感謝しかしていない。
手を差し出してジッと見つめていると、ユリアヌスはそのうちため息をついて、仕方なさそうに握手してくれた。そして質問してきた。
「そういえば、聞いたことがなかったが、どうしてレオンに嫌がらせしかしていない俺を友人だと思っているんだ?」
「うん? いや……友人だよな?」
「今はそうだが、八大英雄になった当時の話だ。生まれがエルフ王族でお星様並みに気位の高いお前が、どうして奴隷出身の人間を友人だと思ったんだ」
「ああ……いや、遊んでくれたのがお前だけだったからな。成り上がりでエルフ王になり、実力主義者な上にイケメンで人気者だった俺に、常にタメ口で色々と仕掛けてくるのがお前だけだったから」
「俺はレオンの全てが羨ましくて、嫌がらせをしていたんだぞ?」
「今もそうか?」
「今はサービスだ」
「じゃあ友人だ。それでいいじゃないか」
「まあな」
ユリアヌスは笑った。俺も笑った。いつもこんな感じがいい。
「あ、そうだ。タロートがお前を救えなかった事に、相当ショックを受けている。救いに行けなかった俺のせいなんだが、彼は真面目すぎて自分の無力を嘆いている。だから彼を慰めてみる」
「俺と話はできないのか?」
「落ち込んでいるから、出たくないようだ。後でお願いする」
「分かった。頼んだ」
ソワソワしてしまったが、タロートに対して俺ができることは今はない。
ユリアヌスは手を振って立ち去った。俺は部屋に帰った。
部屋の扉を開けると、咲夜が待ち構えていた。
ベッドに座り、目を赤く腫らして俺を睨み付けてくる。
「咲夜、心配かけてすまなかった。救ってくれてありがとう。それで、俺を復活させるのに多くの魔力が必要じゃなかったのか? 体に負担はかかっていないか?」
「負担がかかっても、放っておける訳がないでしょう? 叔父さんがいきなり死んだっていう感覚がして、物凄く混乱したわ」
「本当にごめん……俺が気を抜いていて、凄腕の兵士に不意打ちされたんだ」
「それは、ユリアヌスさんも言ってたわよ。それで……神石、返すわ」
「あ、うん……ちゃんと咲夜に届いていたのか」
最悪無くしたかもと思っていたから、咲夜の手元にあって良かった。
返してもらいに近づくと、気まずい雰囲気になった。
とりあえず受け取り、首にかけた。
「ええっと……咲夜?」
「叔父さん、昼食まだよね?」
「あ、ああ」
「ちゃんと食べなさいよ。大森林の果物と木の実じゃないと、魔力が回復しないんでしょう?」
「うん」
「はい、空間収納から出して」
「咲夜は?」
「私は後でいいの。叔父さんは今よ」
やっぱり怒っている咲夜に凄まれてしまったから、大人しく従って俺もベッドに座り、遅めの昼食を取った。
隣に座る咲夜にも果物を分けようとしたけれど、俺の分が無くなると断られた。
「向こうからいっぱい持ってきたから、無くなる前に神石を集められるよ」
「駄目よ。油断したから死にかけたくせに!」
「あ……でもこっちで俺が生やした果物も、魔力が多く含まれているから──」
「駄目よ!」
咲夜は本気で怒った。
その顔を見て、悪いことをしたと本気で反省した。まだ高校一年生なのに、戦場に駆り出されて血にまみれた人ばかり見て、どれだけショックだろうか。こんな生活、咲夜の前から永遠に消してあげたい。
俺が黙って果物を食べ始めると、咲夜は満足げに頷いた。
「あのね、叔父さん」
「うん」
「叔父さんが帰ってくる前にね、アーガス様と話してたの。私って召喚士っていう職業だけど、叔父さんだけとしか契約できないのかって」
「それは俺と話し合うべきじゃあ?」
「もし他と契約できるなら、どういった存在と契約すべきかって相談してみたの」
「ああ」
「召喚された勇者だから、この聖地の守護者のハヤブサと契約しても遜色ないって言ってもらえたんだけどね。叔父さんが倒れた時に……私から失われた魔力の量を考えたら、二人同時には契約できないわ。まさか叔父さんを捨てるわけにいかないから、私は叔父さんとだけ契約していることにする」
「ウーン、確かにそうだよな。俺が補佐に回れるなら、契約を切って新しい戦力を迎え入れてもいいだろうけれども。今は……俺がポカをやらかすと判明したばっかりだし、咲夜が捨てられる訳ないよな」
食べている果物は甘くて美味しいけれども、苦笑いしてしまった。
「俺はまだ子供なんだよ。中身は咲夜の叔父さんなのに、体は赤ん坊なんだ。だから、最終的には咲夜に守ってもらうしかない。お願いします」
「ん?」
俺の隣に座る咲夜は、驚いたようで目をぱちくりした。そして、にっこり笑った。
「私が叔父さんを守るのね。頼られたら嬉しくなっちゃった」
「これから何があるか分からないから、お互いがお互いを守ろう。改めて、よろしく」
右手を差し出すと、咲夜は嬉しそうに握手してくれた。
「よろしく、叔父さん」
機嫌を直してくれたし、気分も良くなったのだろう。咲夜の顔色が、とても良い。
見つめていると気恥ずかくなってきたから、手を離して顔を背けて、じゃあ次に何の話題を振ろうかと考えた。
その瞬間に、襲い来る何かの殺気と威圧感を察知して、咄嗟に最高位防御魔法の重ね掛けをした。
無重力の暗闇の中を彷徨っていた。
しかし不意に光の中に転がされ、まだ余韻の残る痛みがある腹を押さえた。
岩山内部の廊下で転がる俺の前に、顔色が青くて恐怖に怯える咲夜がいる。
「なんてことなの」
咲夜が切羽詰まった様子でしゃがみ込んで触れてきてから、俺はようやく状況を理解した。
呆気なく死んだ俺は、主人の咲夜の魔力を消費して生き返ったようだ。もしくは死にかけのところを、契約のおかげで治癒されたか。
咲夜が泣いて混乱しながら回復魔法をかけてくるので、起き上がってその手を掴んで止めさせた。
「咲夜、もう俺は平気だ。傷は治っている」
「ほ、本当に?」
「うん。ちょっと血まみれで服が真っ二つなだけだ」
微笑んでみせると、咲夜はようやく魔法を止めた。でもまだ俺の死にショックを受けていて、ガタガタ震えて怖がっている。
先に気配がしてから、得物のハルバートを手にした真剣な表情のユリアヌスが傍に瞬間移動してきた。
「生きているのか」
「ああ……心配かけて済まない。油断しすぎた。とにかく、今は咲夜を頼めるか?」
「分かった。お前は水浴びしてこい。集落の外れに簡易浴場を作ってある。服も後で届ける」
「ありがたい。頼んだ」
血まみれな俺は咲夜を押し離して、ユリアヌスのいう簡易浴場まで行った。
すれ違うエルフ達にも恐怖と心配を与えてしまったものの、俺がずっと笑顔で明るく接すると安心してくれた。
2・
身だしなみを整えた後で咲夜と対面してまた泣かれ、困りつつも彼女を置いてアーガスに会いに行った。
俺がやられて帰って来たことを不安がるものの、アーガスはそれほど取り乱してはいない。
「エスタルドラから、先に報せでもありましたか?」
「いや、それは無かった。ただ、駒が揃っていても油断すれば返り討ちにされると聞いていた。ならば、アーサー殿は油断しなければ良いだけだ」
「そうですね……本当、申し訳ないです」
勇者はあれだし飛空艇も落とせるし、重要拠点の警備も紙のようだから、人間たちに自分並みの実力者は一人もいないと思い込んでいた。
しかしこのアルダリアにも手強い魔物はいる。それを倒せる者もいて当然だ。
「伺いたいのですが、私を倒した猛者に心当たりはありませんか?」
「トレシス王国が勇者を呼び出したのは、この千年間に知られているだけで五度はある。その勇者たちは魔物退治に駆り出され、不必要になれば始末されたものだと思い込んでいた。しかし、もしかしたら根付いた者もいたのかもしれない」
つまり、俺を斬ったのは過去に呼び出された勇者本人か、その子孫か。
「噂は聞いたことがなかったのですか?」
「ああ。よくよく考えれば、予言を覆そうとして巨大飛空艇を建造して、卑怯な手を使った輩だ。この時の為に、予言の勇者と神を始末する手の者の育成も行っただろう。決して我らに存在が悟られぬように、慎重にだ」
「とすれば、その数は一人とは限りませんね。これは本当に、気を引き締めてかかる必要があります」
アーガスは、静かに頷いて同意してくれた。
「アーサー殿、先ほどエスタルドラから報せは無いと言ったが、それは彼らの本拠地周辺に天空都市同盟軍が侵略を開始したからだ。アグネス殿は、我らに構う余裕がないと思われる。助けは期待できぬぞ」
「……分かりました」
助けをもらうのではなく、助けに行きたい。しかしそんな余分な手はない。
俺にできるのは、神石を完成させて、神を生み出す事だ。そうすれば、エスタルドラもこの聖地もすぐ助けられるだろう。
次の神石の回収に、早く出た方が良いと決めた。
3・
岩山内部の自分の部屋に戻ると、扉の前でユリアヌスが待ち構えていた。物凄く真剣なので、彼について歩いて行った。
岩山内部の見張り台のような場所に到着して、他に誰もいないそこで話を聞いた。
「済まない。敵の戦力を見誤った。まさかアーサーが倒されるとは、思ってもいなかった」
「いや……そんなに気にするなよ。油断しまくった俺のせいなんだからな」
「しかし、タンジェリンに顔向けできない。お前の子守りを自信満々で引き受けたのに、殺されてしまった。復活できたのは奇跡だ。お前が咲夜と契約していなかったら、今はもう失われてしまっていた」
「あの……さ、ユリアヌス。そんなに真剣に考えないでくれ。だって俺って、ただの子供じゃないんだぞ。精霊王だった者の魂の一部なんだぞ。それにお前をよく殴り倒したエルフ王レオンだ。それだけ豊富な経験があるのに殺されたのは、完全に自己責任だ。お前は悪くない」
「でもまだ子供だ。魂に経験があっても、その思考能力に未発達な脳が追いついていないんだ。お前自身が気付いていないだけで、子供っぽい見落としをよくしているように見える。だから俺が守ろうと思ったんだが」
ユリアヌスは、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「恩返しするって言って、全然だ。自分の無能に驚いた」
「いやいや、本当にもう止してくれ。俺はユリアヌスがこうして一緒に戦ってくれて、物凄く心強いんだ。お前の強さは、俺が良く知っている。それはお前も理解しているだろう? だからこれからも、変わらず頼らせてくれ。頼む」
この世界で唯一、絶対的な安心感で背中を任せられる男だ。信頼と感謝しかしていない。
手を差し出してジッと見つめていると、ユリアヌスはそのうちため息をついて、仕方なさそうに握手してくれた。そして質問してきた。
「そういえば、聞いたことがなかったが、どうしてレオンに嫌がらせしかしていない俺を友人だと思っているんだ?」
「うん? いや……友人だよな?」
「今はそうだが、八大英雄になった当時の話だ。生まれがエルフ王族でお星様並みに気位の高いお前が、どうして奴隷出身の人間を友人だと思ったんだ」
「ああ……いや、遊んでくれたのがお前だけだったからな。成り上がりでエルフ王になり、実力主義者な上にイケメンで人気者だった俺に、常にタメ口で色々と仕掛けてくるのがお前だけだったから」
「俺はレオンの全てが羨ましくて、嫌がらせをしていたんだぞ?」
「今もそうか?」
「今はサービスだ」
「じゃあ友人だ。それでいいじゃないか」
「まあな」
ユリアヌスは笑った。俺も笑った。いつもこんな感じがいい。
「あ、そうだ。タロートがお前を救えなかった事に、相当ショックを受けている。救いに行けなかった俺のせいなんだが、彼は真面目すぎて自分の無力を嘆いている。だから彼を慰めてみる」
「俺と話はできないのか?」
「落ち込んでいるから、出たくないようだ。後でお願いする」
「分かった。頼んだ」
ソワソワしてしまったが、タロートに対して俺ができることは今はない。
ユリアヌスは手を振って立ち去った。俺は部屋に帰った。
部屋の扉を開けると、咲夜が待ち構えていた。
ベッドに座り、目を赤く腫らして俺を睨み付けてくる。
「咲夜、心配かけてすまなかった。救ってくれてありがとう。それで、俺を復活させるのに多くの魔力が必要じゃなかったのか? 体に負担はかかっていないか?」
「負担がかかっても、放っておける訳がないでしょう? 叔父さんがいきなり死んだっていう感覚がして、物凄く混乱したわ」
「本当にごめん……俺が気を抜いていて、凄腕の兵士に不意打ちされたんだ」
「それは、ユリアヌスさんも言ってたわよ。それで……神石、返すわ」
「あ、うん……ちゃんと咲夜に届いていたのか」
最悪無くしたかもと思っていたから、咲夜の手元にあって良かった。
返してもらいに近づくと、気まずい雰囲気になった。
とりあえず受け取り、首にかけた。
「ええっと……咲夜?」
「叔父さん、昼食まだよね?」
「あ、ああ」
「ちゃんと食べなさいよ。大森林の果物と木の実じゃないと、魔力が回復しないんでしょう?」
「うん」
「はい、空間収納から出して」
「咲夜は?」
「私は後でいいの。叔父さんは今よ」
やっぱり怒っている咲夜に凄まれてしまったから、大人しく従って俺もベッドに座り、遅めの昼食を取った。
隣に座る咲夜にも果物を分けようとしたけれど、俺の分が無くなると断られた。
「向こうからいっぱい持ってきたから、無くなる前に神石を集められるよ」
「駄目よ。油断したから死にかけたくせに!」
「あ……でもこっちで俺が生やした果物も、魔力が多く含まれているから──」
「駄目よ!」
咲夜は本気で怒った。
その顔を見て、悪いことをしたと本気で反省した。まだ高校一年生なのに、戦場に駆り出されて血にまみれた人ばかり見て、どれだけショックだろうか。こんな生活、咲夜の前から永遠に消してあげたい。
俺が黙って果物を食べ始めると、咲夜は満足げに頷いた。
「あのね、叔父さん」
「うん」
「叔父さんが帰ってくる前にね、アーガス様と話してたの。私って召喚士っていう職業だけど、叔父さんだけとしか契約できないのかって」
「それは俺と話し合うべきじゃあ?」
「もし他と契約できるなら、どういった存在と契約すべきかって相談してみたの」
「ああ」
「召喚された勇者だから、この聖地の守護者のハヤブサと契約しても遜色ないって言ってもらえたんだけどね。叔父さんが倒れた時に……私から失われた魔力の量を考えたら、二人同時には契約できないわ。まさか叔父さんを捨てるわけにいかないから、私は叔父さんとだけ契約していることにする」
「ウーン、確かにそうだよな。俺が補佐に回れるなら、契約を切って新しい戦力を迎え入れてもいいだろうけれども。今は……俺がポカをやらかすと判明したばっかりだし、咲夜が捨てられる訳ないよな」
食べている果物は甘くて美味しいけれども、苦笑いしてしまった。
「俺はまだ子供なんだよ。中身は咲夜の叔父さんなのに、体は赤ん坊なんだ。だから、最終的には咲夜に守ってもらうしかない。お願いします」
「ん?」
俺の隣に座る咲夜は、驚いたようで目をぱちくりした。そして、にっこり笑った。
「私が叔父さんを守るのね。頼られたら嬉しくなっちゃった」
「これから何があるか分からないから、お互いがお互いを守ろう。改めて、よろしく」
右手を差し出すと、咲夜は嬉しそうに握手してくれた。
「よろしく、叔父さん」
機嫌を直してくれたし、気分も良くなったのだろう。咲夜の顔色が、とても良い。
見つめていると気恥ずかくなってきたから、手を離して顔を背けて、じゃあ次に何の話題を振ろうかと考えた。
その瞬間に、襲い来る何かの殺気と威圧感を察知して、咄嗟に最高位防御魔法の重ね掛けをした。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
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