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第五章 アーサーと異世界の少女

7 重要な設定

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森に入る直前。

エルフ達に待っていてもらい、試しに咲夜の手を握りしめて意識を集中して、彼女の中にある魔力の流れを確認してみた。

案の定、契約の魔法と同じような、いわゆるタグ付けのような魔法の痕跡があった。

封印と契約の魔法が得意な俺には、効果もさほど強くないこんな魔法を打ち消すことなど容易かった。

これで咲夜はもう、人間たちに居場所の特定はされないだろう。

そうして安全になってから、森に入って奥地に進んだ。

手を組んだエルフ達が時折使うという狩り小屋に到着したのは深夜で、そこでようやく休憩が取れた。

こちらの世界にやって来て一度も眠っていなかった俺は、先に四時間ほど眠らせてもらった。

それだけで十分に回復できたので、深夜過ぎから俺も見張りに立って夜の闇を警戒した。

空が白みはじめた頃。もう目覚めた咲夜が、俺の傍にやって来た。

昨日は昼まで良く眠ったので、目が冴えたようだ。

俺たちは並んで倒木に腰掛け、話をした。

まだ確認していなかった、咲夜のテイマーという職業について。

「テイマーという職業は、高位の職業じゃないものの珍しいものだと、トレシス王国の学者さんが言ってたわ。天空都市には野生動物がいないし、家畜しかいないから生かしようがない職業だって」

「でも大地に降りれば、チャンスさえあれば強い獣を使役できるのかな。それとも、レベルが伴わない獣は使役できないのか」

「分からないわ。まだこっちの世界の動物に、あまり会った事がないの。唯一、はぐれた野犬を見つけて使役できたものの……」

コボルトの住みかで失ったと言っていたか。召喚士ではなく使役をするテイマーなので、自分の魔力で復活させる事はできないのか。

俺はそれを疑問に思って質問した。

咲夜は幾度も呼び出そうとしても無駄だったと、教えてくれた。

「あのね、召喚された勇者の私たちは、人の能力を数字と文章の情報で受け取れる鑑定の力を持っているんだけど、それで私のステータスを見ても、もうあの子……犬は装備欄にいないのよ」

「ああ、そうか。聞いてごめん」

「いいの。私、色々とついて行けない事ばっかりで、説明しようにも下手だから、そうやって疑問を聞いてくれる方がありがたいわ。私、頭が良くないのよ」

「いや……その、咲夜はやれば出来る子だろ」

俺は、彼女を捨てたクラスメイトたちが言っただろう台詞を、ここで使ってしまった。それ以外に、上手い励まし方が思いつかなかった……。

気まずいかなと思ったものの、咲夜は柔らかい感じで微笑んでくれた。良かった。

「で、ええと、そうだ。レベルアップしないっていうのは?」

「それね。誰に聞いても、魔物を倒してもレベルが一つも上がらないなんてあり得ないっていうの。パーティーを組んでいたら、普通は後方支援でも経験値が貰えて上がるらしいのに、私は全く上がらないの」

「じゃあその、犬を使役していた時に、レベルアップしないけれど咲夜の基礎能力値が上がっていたりは?」

「ん?」

咲夜は俺の目を、不思議そうな表情で見た。俺も見つめ返した。

人に対する鑑定という能力は、ウィネリア魔法世界にいた時の精霊王の世界の検索システムに似ているようで、少し違うようだ。だからレベルアップの方法も多数あるんじゃないかと予想して、日本で読んだ漫画の設定みたいなのじゃないかと言ってみたが。

「…………確認してなかったわ。だってみんな、レベルしか聞いてこなかったの」

「そうか……じゃあ何か適当に捕まえて来るから、契約して確認してみようか」

「嫌」

気軽に言って倒木から立ち上がったら、瞬時に答えが返ってきた。

振り向いて見ると、咲夜は俯いて震えていた。

当たり前だ。また契約した獣を失う恐怖と、自分がまた戦って何かを殺す恐怖。何より戦場に立って自分が死ぬかもしれない恐怖に、再びさらされる事になるんだから。

「ごめん。気遣えなかった。俺って本当に馬鹿だ。許して」

必死になって咲夜を抱き締めると、彼女はより体を震わせて泣き始めた。

「もう嫌なの。誰も殺したくないわ! 誰も失いたくもない! 早く家に帰りたい……帰らせて! ここは嫌なの! もう嫌なのよ!」

咲夜は酷く泣きじゃくり、俺に強くしがみ付いてきた。

今すぐ帰せない俺には、抱き寄せる以外にはどうしようもない。

だけど咲夜は、自衛の為にも少しは戦えるようにならなくては危険だ。

それに手を組んだエルフ達は、彼女に勇者としての仕事を期待するかもしれない。出来る限り俺だけが戦うつもりだけれど、もし不測の事態で俺が先にいなくなって、咲夜が一人でここに残されてしまったら……誰もかばってはくれないだろう。

一人でも生き残れるように、彼女を鍛えられるなら鍛えたいが……。

深い悩みに突入しかけた時、ふと良い方法を思いついた。それに咲夜はテイマーなのに俺を異世界から召喚できた。もしかしたらこの世界ではテイマーは、召喚士の下位職業かもしれない。その繋がりで、俺を呼べたのかも。

「咲夜、動物じゃなく、俺と契約しないか? 俺が術を使って、俺を君の使い魔、従者にする。そうしたら俺は、君を残して家に帰らなくて良くなる」

「……えっ?」

「契約できれば、お互いの能力……咲夜のいう基礎能力値が上がる。俺が傍にいない時でも、いつでも俺を傍に呼び出せるようになる。そして俺の持っている技のいくつかを、使えるようになるかもしれない。良いことだらけだ」

「え、でも、そんな、人と契約ってできるのかな?」

「試すだけでもしてみないか? 結婚とか、そういう重苦しいものじゃない……って、例えが悪いか。ごめんごめん」

一気に照れた咲夜を離し、笑って手を合わせて謝罪した。

「ん……んもう。悪い冗談ね」

「ごめんなさい。それで本題の方だけど、どうかな? 俺が強いのはもう知ってるだろう? 俺は、咲夜を日本に返すまで全力で君を護ると誓う。俺を君の騎士に任命してくれ。よろしく頼む」

俺は映画やアニメで見たように片膝を地面について、片手を差し伸べた。

深い森の奥にも、夜明けの光が差し込んでくる。朝の美しい光が、俺たちを照らす。

咲夜は、顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

「あ、アーサー君は、どうして私にそこまで良くしてくれるの? 出会ったばかりなのに」

「あ……」

当たり前の疑問だ。一瞬、嘘で言いくるめようと思ったが、それは誠実じゃないと思い直した。

「俺は、君の父の弟だった。前々世では佐伯斗真という名前の日本人で、二十二年前に水路に落ち込んで溺れて死んだんだ。その間抜けな叔父の存在を、知らないだろうか?」

咲夜は、俺が何を言っているのかという表情をした。でも俺が続いて家族の秘密を暴露していくと、最後には信じざるを得なかったようだ。

「えっ、えっと、じゃあ、本当に叔父さんなの? あの父さんの、亡くなった弟さん? 仏壇に写真があったわ」

「あのって……うん。とりあえず本当なんだ。だから俺は、咲夜を叔父として生きて日本に返す義務がある。兄の代わりに保護者として、この世界で君を護る」

「それって……そんなあ」

咲夜は酷くがっかりして、しばらく立ち直らなかった。それでも俺が生き延びる為にと頼むと、最終的に手を取ってくれた。

「分かりました。アーサー叔父さんを、私の騎士に任命します!」

「ありがとう。じゃあ契約してみよう」

俺は立ち上がり、咲夜の手を握りしめて、俺が彼女を主人として第二段階の主従契約を結んだ。

一瞬で結べた絆により、彼女の心がほんの少し伝わってきた。まだある強い恐怖と寂しさの上に、俺への好意と現状を楽しむ温かい気持ちがある。

「ご主人様、これからよろしくお願いします」

丁寧に言うと、咲夜は照れて俺の腕を思い切り打った。

「んもう、そういうの無しね! 友達でいいじゃない!」

「……分かった。よろしく咲夜」

にこやかに笑うと、咲夜も楽しげに笑ってくれた。

主従関係での契約後。お互いに笑い合いつつ咲夜が確認した鑑定魔法でのステータス画面には、職業欄に召喚士という文字があった。

契約して俺も確認できるようになったが、能力値も補正値により大幅に上がり、俺の使える魔法のレベルが少し低いものも扱えるようになっていた。

解毒と怪我の回復魔法に、十八番の防御魔法。最高位防御魔法は使えないようだけれど、通常の物理と魔法防御の盾の魔法はしっかり覚えてもらえた。

こうして、優秀な後衛が誕生してくれた。

俺の予想通り、彼女は契約することで成長するタイプだった。それが知れた瞬間、咲夜は心から泣き出した。自分が役立たずじゃなくて震える程に嬉しいようだ。

本当に、本当に良かった。
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