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第五章 アーサーと異世界の少女

6 敵と味方

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1・

咲夜は、テントとたき火の間に座っていた。その前に武器を構えてやる気十分な俺が出現すると、彼女だけでなくこの場にいる全員が慌てた。

「ちょっと待って! アーサー君、お客様だから!」

「お客様?」

咲夜に味方がいたのかと普通に考えて、改めて見回した。長い耳に中性的な外見に、あまり背が高くなくて細身だ。その外見から彼らがこの世界のエルフ一族っぽいことに気付いた。

この世界の彼らも温厚なのだろうか。種類によっては好戦的な筈だ。見定める必要がある。

「分かった。でもどうしてここに?」

たき火の前に座る、咲夜と話をしていただろう位置にいる中年だろう男に質問してみた。

「我々は人間の動向をうかがう為に活動している者です。あなたの敵ではありません」

彼は身構えずにそう答えた。咲夜は人間だが、人間に利用される立場だ。彼らは利害の一致からこちらに接触してきたのか。

「咲夜が目当てで話しにきたのか? とすると、召喚された勇者だって知ってるんだな?」

「はい。コボルトの住みかで何があったかは、おおよそ知っています。人間の敵となったあなた方と話がしたいと思い……こうして……訪れたのです」

話している間に、彼の様子が変化した。身構えずに仲間だろうという態度だったのに、何かに気付いた瞬間に壁を作り、勝手に一歩下がった。

俺はため息をついた。日本は平和だったけど、色んな思惑が渦巻いた場所だった。そこで三十年もいれば、この手の差別意識にもすぐに気付ける。

「咲夜」

「えっ、何?」

「彼らを俺の客として受け入れたんだな?」

「ええ。だって同じエルフだし、彼らもそうだっていうから」

「違う。彼らは俺と同じじゃない。彼らは混ざり物のあるエルフをエルフと思わない。味方じゃない」

言い切ると、しんとした。

俺は、持っていた短剣をしまい込んだ。

「けれど、敵でもない。微妙な距離にいる」

俺の外見は、エルフそのもののタンジェリンと人間の外見を持つエリスの合いの子だ。この世界のエルフの特徴の一つである長い耳が、俺は短めだ。それだけで彼らは一歩下がった。

でも彼らは用があって来ただろうから、即座に決裂とはならない。

「俺と咲夜に、何の用があって接触してきたんだ? 人間との戦争に向けた、戦力確保のためか」

「はい……正直に言うとその通りです」

「さっき、人間たちのだろう飛空艇が東……あちらに向かっていた。森と山地が、エルフの領地なんだろう?」

「奴らはそうは思っていません。数ヶ月前、数百年ぶりに使者を突然寄こしたかと思うと、侵略行為を始めました。無論、殆どを生きて返しませんでしたが、それでも執拗に狙ってきます」

「そこの……コボルトの住みかである事も、侵略行為の一つなのか?」

「それ以外になにがあります? 彼らはこの世界では温厚な部類ですよ? 我らとも、物々交換が出来るほどの付き合いがありました」

この真実に傷付くのは、俺じゃなくて咲夜だ。

弱みを握られて、虐殺に加担させられた。そしてそれを選択した自分がいると知っている。

「咲夜。君は悪くない」

座る咲夜に声をかけ、傍にしゃがみ込んだ。でも彼女は昨日と同じように震え、地面を見つめて動かなくなった。

「全部、この世界の人間が悪いんだ。誘拐して、殺しを強要させた。罪を償うのは彼らだ」

「でも……私も、彼らを殺してしまったわ。他にも、他の人たちを……」

「俺たちも償おう。手にかけた分の命を助けよう。そしてそれ以上の命も助けよう。俺と一緒に、この先に歩いて行こう」

手を差し出した。咲夜は精神的苦痛のせいで少し様子がおかしいものの、それでも俺の手を取ってくれた。

元気づけたくて、座ったままの咲夜に腕を回してギュッと抱きしめた。

「あっ」

誰かが声を上げた。ほんの一瞬の出来事で、振り向く暇もない瞬間に、周囲全てが破壊される激しい一撃が襲いかかってきた。

2・

直前の声とかすかな風の動きに、反射的に最高位防御魔法を三度使用した。

それでもダメージが突き通ってきて、地面に転がされて舞い散る砂埃の中で体の痛みを感じた。

「咲夜! 怪我はしたか!」

「う、ううん、すり傷ぐらいよ」

俺が抱きしめていたのもあり、彼女は無事なようだ。

起き上がって風を起こして砂埃を一部撤去してみると、俺が見える位置にいたエルフ達も全員が無事だった。ただ打ち身や擦り傷を負い、砂埃を吸って咳き込んでいるだけのようだ。

衝撃がやって来た南の方には、砂埃を煙幕として残した。

咲夜から離れて砂埃の向こうが見えるギリギリの位置に移動して、それなりに遠い空の中に、さっき見たのと違う飛空艇が一隻あるのを発見した。

敵対しているといえエルフが狙われたにしては、大げさな攻撃だ。そしてピンポイントすぎる。きっと……最悪なことに、どういう方法でかは分からないが、咲夜の位置情報が彼らには掴めるんだろう。

むかっ腹が立った。トーマとして転生してからこれまで、ここまで怒った事がないという怒りを感じた。

「アーサー君、どこ……?」

咲夜が戸惑いつつ呼んでくる。

もう一撃食らわせられない保証はない。

「落としてくる」

俺は唸るように言い残し、この周囲に最高位防御魔法を四度重ねがけしてから、鳥に変身して飛空艇に向かった。

鳥の羽ばたきと風の魔力を使えば、全長が百メートル以上はある巨大な飛空艇に追いついて取り付くのも簡単だ。

内部に侵入するにも、ろくに魔法防御力もない外壁と窓を通過するなんて本当に簡単だ。

最初は皆殺しにしたい気分だったものの、飛空艇の内部に入ってすぐに強い魔力を数カ所に感知できたから、興味がそちらに向いた。

まだ俺が侵入したと知らない人間たちに遭遇する度に、全員の意識を失わせて素早く通路を進んで行った。

最終的に機関部だろう部屋に到着できた。突っ立って周囲を見回すと、機関士なのだろう人間の数名が俺を見て不思議そうな表情をした。

「エンジンの心臓部分ってどこでしたっけ?」

「え……」

俺があまりに堂々と聞くからか、下っ端っぽい彼らは巨大な炉のようなものを指差した。

内部から強い魔力を感じる。しかも複数だ。

炉の内部を確認する為の小窓を開けてみると、中にいくつか見覚えのある石が見えた。

ウィネリア魔法世の迷宮内部で一部の敵が落とす、燃料として良く使用される魔石の大きなものだ。

偶然にも、平和になったウィネリア魔法世界の人間たちの国では、飛空艇の開発と建築がブームになっていて、その魔石確保のために冒険者たちが忙しくしているという話を幾度も聞いた事がある。

この二つの世界が似ていると思ったその通り、こんな部分にも共通項があった。ウィネリア魔法世界では開発が始まったばかりの飛空艇のたどり着く可能性の一つに、この飛空艇があるのだろう。

炉の中を覗いていると、ようやく追いついてきた兵士たちが攻撃を仕掛けてきた。

俺はそっちは魔法で完全に防御して気にするのは止して、炉の中にある魔石を瞬間移動させて取り出して床に転がした。

突然にエンジンの燃料が無くなった船は大きく揺れて、落下し始めた。しかしすぐ、どこかに臨時かサブエンジンみたいなものでもあったのか、不安定ながら浮遊だけ再発動した。

しかし他の魔石のありかも、魔力の親和性が高い精霊の俺にとっては探すのは容易い。

少しは痛む心があるものの、無慈悲に殺されかかった後では放っておけない。

俺はこの船にある他の魔石、あの強烈な主砲だろう武器攻撃用のエネルギー源としても使われていたものも素早く回収して、本格的に落下し始めた飛空艇から逃げ出した。

空高く舞い上がった俺の前で、巨大な飛空艇は真っ逆さまに大地に落下して、大破した。

幾人かの兵士が脱出したのは見えた。でも彼らは置いておいて、俺は咲夜の元に帰った。

3・

俺が瞬間移動で帰ってくると、テント前で大人しくしていてくれたのだろう全員が動揺した。

目が合った咲夜は泣きそうになり、走って抱きついてきた。

「アーサー君、大丈夫?」

「え……うん。大丈夫」

咲夜は俺を励ましてくれているようだ。アーサーとして初めて自分で選択して人間を殺した後の顔が、まともに見えるとは自分でも思っていない。

それでも俺は、冷静に振る舞った。

「本当に大丈夫だ。飛空艇は落としたけれど、奴らはまた来るだろう。本格的に、追っ手を放つかもしれない。だから……」

俺は、落ちた飛空艇の方を眺めていたエルフ達を見た。

「色々と気に入らない事もあるでしょうが、手を結びませんか? 俺の味方が迎えに来るまで、俺と咲夜に居場所を下さい。俺はその間、エルフの国と領地を護るために力を貸します」

「あなたには味方がいるのですか? 他の地方のエルフ一族ですか?」

「いいえ。しかし似たようなものです。人間ではありません。俺の家族です。それで、どうされますか?」

「話し合う必要もないほど、歓迎いたしますよ。あの手際を見せられては、このアルダリアのどの勢力も嫌とは答えません」

「良かった。では、今日から味方ですね。よろしくお願いいたします」

俺はエルフ達と握手した。

それから人間たちからの報復を警戒して、素早くこの場から離れた。

夜になるまでに、エルフ国の領地だという森の入口まで移動できた。
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