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第五章 アーサーと異世界の少女
2 叶った二つの願い
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1
散歩に行こうと思えば、東西南北全てが千キロメートル以上も続くカルゼア大森林のどこまででも歩いて行ける。
水場は多いし、果物は色んな種類が常に実っていて好きな時に食べられる。何の不都合もない。
今日は本当に遠くに行きたい気分だから、自分が知らない地域に向かってみた。
タンジェリンとエリスの風属性の力を受け継いでいる俺は、その気になれば大森林を一日もかけずに巡れる。
そんな俺が知らない場所というのは大森林の奥じゃなく、人間の国との境目に近い高山地帯のある方向だ。
適当に瞬間移動したり空を飛び、到着したのはペールデール国に流れ出る大河の麓。
時折、この川を船でさかのぼり深い渓谷を通過して、ペールデール国から人間の冒険者がやって来るらしい。
もちろん、不法侵入だ。それでも彼らは何故か来る。何かを盗みにというよりは、知的好奇心の成せる業らしい。
気持ちは分かると思いつつ、綺麗な川辺の風景を眺めて歩いた。
そのうちに、白い蓮の花に似たものが群生する場所に到着した。
オゼロのシルバー迷宮で、プリムベラと会話した時のことを思い出す。
あの時は幸せだったんだなと、今さら分かった。
切なくなった。そしてふと、ここならいいかと思った。
指輪を取り出し、プリムベラが本当に幸せになるようにと願掛けして水面に放り込んだ。
自分の利益に決してならない自分の願いごとだから、指輪も離してしまいたかった。ただそれだけで。
指輪は蓮の花の間に沈んでいった。
もう帰ろうときびすを返すと、目の前にプリムベラが立っていた。
「うわ! びっくりした!」
「アーサー君。さっきのこと、ごめんなさいね。キツく言い過ぎたわ。謝ろうと思って」
「え、いや。別に謝る事なんてないよ。確かに俺、トーマとは別人だし」
転生したといえ、別人は別人だ。プリムベラの言うことも分かる。
プリムベラは、悲しげに笑った。
「うん。アーサー君が私を好きで、一生懸命に元気づけようとしてくれるのは分かってるわよ。そのことについては、感謝してるわ。ありがとう」
「……ん?」
「でもね。アーサー君はアーサー君でいいのよ。確かに弟としか考えていないけれど、トーマって嘘つく必要ないのよ。私はね、アーサー君がいてくれるだけで楽しいんだからね」
「……」
それは、俺が気を引きたがってトーマだと嘘を言ったと思ってるって事か。
「姉さん。実は、あの、その」
どう説明すりゃいいんだと困ったところで、プリムベラが俺の背後を見て驚いた表情をした。
俺は振り向いた。
蓮の花の咲く水面から、新たな花のつぼみが一本、すすっと伸びてきた。
とても成長速度が早い花だと思っていると、つぼみは段々と巨大化していった。
プリムベラが川岸のギリギリのところまで近づいた。
「何これ? 普通の花族の精霊の力じゃない強さを感じるわ」
「あ」
その白い花は、俺が適当に投げ入れた指輪が沈んだ地点から生えている。
まさか……。
「妖精の、王様じゃないのかな」
俺は言った。
プリムベラは目を丸くして、俺を見た。
「妖精の王様ですって? まさかそんな。だって私の時と違って、何も肥料になってないわ」
プリムベラの時は人間だったけど。
「あの、実は、創造神ウィネリアから頂いた種を、さっきまいたんだ。それが王様だとは決まってないけれど、その可能性も……」
プリムベラの顔が、驚愕から喜びに変化した。
「えっ、えっ、そうなの? どうしてアーサー君が種を持ってたの?」
「誕生日プレゼントに貰ったんだ」
「そんなの有りなの! 信じられない! ……でもこの花、普通じゃないわ!」
プリムベラは歓喜して、部下の妖精たちを大勢呼び出すと、この花を見守るように命じた。
プリムベラは本当に喜んでいる。妖精の女王様としてたった一人の存在だったのに、もし王様じゃないにしろ並び立てそうな存在が出現したんだから当然か。
久しぶりに、満面の笑みのプリムベラを見た。この王様がいつかプリムベラと結婚するかもしれないものの……俺は嬉しい。
と、年寄りぽく見守ろうと思っているところに、別の妖精たちがやって来た。
そしてみんなが、必死になって口々に訴える。
世界樹の幹に、精霊王が生まれる筈の黄金に光る実が生え始めたって!
プリムベラは混乱して、瞬間移動して消えた。
俺も世界樹へと瞬間移動した。
2・
既に大勢の精霊たちが集まっている、世界樹の大きな幹の上。
俺もその隅っこに混じり、まだまだ小さな木の実の調査をする知り合いたちの姿を遠巻きに眺めた。
木の実を調査するうちの一人、ユーリシエスが振り向いて言った。
「精霊王トーマ様の決断により、魔王因子を含む彼の肉体は滅びた。そして歴代精霊王たちの魂は全てが世界樹に取り込まれ、二度と彼として転生しないようになった。ここに実った精霊王は、これまでの精霊王様方とは別人格を持ち生まれてくるだろう。しかし、精霊王である事には違いない」
その言葉を聞いて、ここにいる全員がわっと湧いた。
「新たなる精霊王様の誕生を静かに見守るため、この近隣には関係者以外は立ち入らぬように。これは命令だ」
ユーリシエスの本気の言葉に、関係のない精霊たちは立ち去り始めた。
俺は少しだけ残ったものの、もう俺のいる場所じゃないとひしひしと感じたから立ち去った。
疎外感しかない。たった一人になった気がした。
そもそも今の俺は、精霊王の部分を切り取った人間の魂の部分でしかないし。
つまり精霊王トーマと魂を共有した佐伯斗真だった俺と、俺の中にいる人間の部下だったイヴァンと、エルフ王レオンの魂だけがある。
それだけでも十分に強いんだけれども、もう精霊王じゃない。俺のかつての居場所は、次の精霊王に明け渡す必要がある。
そうは分かっているものの、やるせない。
どこか遠くに行こうとして、止めた。
最後になるだろうから、思い出の場所に入り込み壁ぎわで座り込んだ。
トーマが暮らした精霊王の城の、奥の客間。
今でも世話係たちが、精霊王が帰ってくる時の為にと毎日整え続けている。
俺がお気に入りだった鉄の棒まで、そのまま壁に立てかけてある。
新しい精霊王が生まれたらそれはもう撤去されるかもと気付いて、手元に召喚して手に持った。
鉄の棒だけは貰っていこうと思って立ち上がると、目の前にユーリシエスが出現した。
彼は真顔で、俺に向けて手を差し出した。
「はい飴」
「だから俺は……まあいいや」
飴玉を受け取り、口の中に突っ込んだ。
「あなたらしい願いの叶え方ですね」
「悪いことに使えなかっただけだよ。そして、自分の首を絞めた」
「妖精の方にも動きがあるようですが」
「俺はプリムベラのために祈っただけだ」
「お気の毒に」
嫌味には聞こえないが、嫌味みたいな台詞だ。
俺はユーリシエスに苦笑いして、それだけでこの懐かしい部屋から立ち去った。
俺は、アーサーとして新しい自分を発見しなくちゃいけないと気付いた。
3・
家に帰って見ると、もう誰もいない部屋の中に俺の誕生日プレゼントとお菓子だけがいくつかあった。
こんな日だ。もう誰も来ないだろう。
そう思って片付けをしていると、それでもお客様が来た。
もうプレゼントは貰っている、ユリアヌスだ。
「よう。お前にタロートを貸しに来たぞ」
「ええっと、ユーリシエスから色々と聞いたから?」
「まあな。慰めてもらえ」
いつもはちょっと鼻につく行動もするユリアヌスだが、必要な時は必要な行動をしてくれる。
そして今は、自分の首を絞めた俺のために、タロートを寄こしてくれた。
今度は応接間でお茶を出した。タロートは昔は緑茶の似合う温和なお年寄りだったのに、今や優雅なティーパーティーが似合いそうな好青年だ。
外観は違うものの、彼は彼らしく冷静に、俺の馬鹿な話を聞いてくれた。
そして生み出された結果に、タロートはにっこり微笑んで俺の頭を撫でてくれた。幼い頃はともかく今は他の人にされると嫌だけど、タロートにだけは撫でられても嬉しい。
俺、日本ではバリバリのお祖父ちゃん子だったからか。
「アーサー君は、今も立派な王様ですね。私はあなたの知り合いで居続けられて、とても誇りに思いますよ」
「まあ……うん。もう王様じゃないけどね」
少し照れつつ、でも嬉しくて返した。タロートにそう言われただけで気が晴れるなんて、俺は本気で落ち込んでいるようだ。
もう少しタロートと雑談して落ち着いた頃に、さっき世界樹で見かけていたタンジェリンが帰ってきた。
「アーサー、父さんたちは今日中にはもう家に帰れないから、一人で先に眠りなさい。まだ夜は冷え込むから、ちゃんと戸を全部閉めるんだよ」
「分かってるよ。もう俺は子供じゃないよ」
と返してみるものの、本当は精霊の子供時代は百年以上もある。上位の力を持つ精霊だと二、三百年間も子供であることが多いらしい。
タンジェリンはタロートに俺を頼み、忙しそうに出かけていった。
本当なら、夜には両親とケーキを食べようと約束していた。その母さんの手作りケーキはあるのだが、一緒には食べられない。
ただ子守のタロートがいるので、彼と分けて食べられた。もう今日はこれでいい。
俺のいつもの就寝時間になると、タロートは笑顔で帰っていった。
言われた通りに戸を閉めて、自分の部屋に戻って寝間着に着替えてベッドに潜り込んだ。
そしてウトウトしながら、今日は久しぶりにタロートと長くいたからか、佐伯斗真だった時のお祖父ちゃんたちを思い出した。
二人とも、俺が幼い頃に立て続けて病で亡くなった。大好きだったのに、すぐにいなくなった。
彼らがいた頃、まだ引きこもりでもない俺は心から幸せだったと思う。
基本的に人が良いものの、子供特有の乱暴さで毎日俺にイタズラをしかけてきた兄と姉。子供が好きだろうに面倒を見るのが苦手な父さん、外での仕事は好きなのに家事全般が苦手な母さん。
全員がチグハグだけど、結構楽しい家族だった。
ああ、あの頃に……帰りたい。
心から漏れた本音が、強く心を揺さぶった。
すると突然、大声だけどテレパシーで、帰りたい! と聞こえてきて飛び起きた。
「誰? 誰だ?」
周囲には誰もいない。家の周りにも気配はない。
だけど頭の中で聞こえる。家に帰りたいという悲鳴が!
「誰だ!」
聞いても答えない声は、帰りたいと悲鳴を上げて泣いている。声の主は女性のように思える。
放っておけなくて、意識を定めてその先にアクセスした。
散歩に行こうと思えば、東西南北全てが千キロメートル以上も続くカルゼア大森林のどこまででも歩いて行ける。
水場は多いし、果物は色んな種類が常に実っていて好きな時に食べられる。何の不都合もない。
今日は本当に遠くに行きたい気分だから、自分が知らない地域に向かってみた。
タンジェリンとエリスの風属性の力を受け継いでいる俺は、その気になれば大森林を一日もかけずに巡れる。
そんな俺が知らない場所というのは大森林の奥じゃなく、人間の国との境目に近い高山地帯のある方向だ。
適当に瞬間移動したり空を飛び、到着したのはペールデール国に流れ出る大河の麓。
時折、この川を船でさかのぼり深い渓谷を通過して、ペールデール国から人間の冒険者がやって来るらしい。
もちろん、不法侵入だ。それでも彼らは何故か来る。何かを盗みにというよりは、知的好奇心の成せる業らしい。
気持ちは分かると思いつつ、綺麗な川辺の風景を眺めて歩いた。
そのうちに、白い蓮の花に似たものが群生する場所に到着した。
オゼロのシルバー迷宮で、プリムベラと会話した時のことを思い出す。
あの時は幸せだったんだなと、今さら分かった。
切なくなった。そしてふと、ここならいいかと思った。
指輪を取り出し、プリムベラが本当に幸せになるようにと願掛けして水面に放り込んだ。
自分の利益に決してならない自分の願いごとだから、指輪も離してしまいたかった。ただそれだけで。
指輪は蓮の花の間に沈んでいった。
もう帰ろうときびすを返すと、目の前にプリムベラが立っていた。
「うわ! びっくりした!」
「アーサー君。さっきのこと、ごめんなさいね。キツく言い過ぎたわ。謝ろうと思って」
「え、いや。別に謝る事なんてないよ。確かに俺、トーマとは別人だし」
転生したといえ、別人は別人だ。プリムベラの言うことも分かる。
プリムベラは、悲しげに笑った。
「うん。アーサー君が私を好きで、一生懸命に元気づけようとしてくれるのは分かってるわよ。そのことについては、感謝してるわ。ありがとう」
「……ん?」
「でもね。アーサー君はアーサー君でいいのよ。確かに弟としか考えていないけれど、トーマって嘘つく必要ないのよ。私はね、アーサー君がいてくれるだけで楽しいんだからね」
「……」
それは、俺が気を引きたがってトーマだと嘘を言ったと思ってるって事か。
「姉さん。実は、あの、その」
どう説明すりゃいいんだと困ったところで、プリムベラが俺の背後を見て驚いた表情をした。
俺は振り向いた。
蓮の花の咲く水面から、新たな花のつぼみが一本、すすっと伸びてきた。
とても成長速度が早い花だと思っていると、つぼみは段々と巨大化していった。
プリムベラが川岸のギリギリのところまで近づいた。
「何これ? 普通の花族の精霊の力じゃない強さを感じるわ」
「あ」
その白い花は、俺が適当に投げ入れた指輪が沈んだ地点から生えている。
まさか……。
「妖精の、王様じゃないのかな」
俺は言った。
プリムベラは目を丸くして、俺を見た。
「妖精の王様ですって? まさかそんな。だって私の時と違って、何も肥料になってないわ」
プリムベラの時は人間だったけど。
「あの、実は、創造神ウィネリアから頂いた種を、さっきまいたんだ。それが王様だとは決まってないけれど、その可能性も……」
プリムベラの顔が、驚愕から喜びに変化した。
「えっ、えっ、そうなの? どうしてアーサー君が種を持ってたの?」
「誕生日プレゼントに貰ったんだ」
「そんなの有りなの! 信じられない! ……でもこの花、普通じゃないわ!」
プリムベラは歓喜して、部下の妖精たちを大勢呼び出すと、この花を見守るように命じた。
プリムベラは本当に喜んでいる。妖精の女王様としてたった一人の存在だったのに、もし王様じゃないにしろ並び立てそうな存在が出現したんだから当然か。
久しぶりに、満面の笑みのプリムベラを見た。この王様がいつかプリムベラと結婚するかもしれないものの……俺は嬉しい。
と、年寄りぽく見守ろうと思っているところに、別の妖精たちがやって来た。
そしてみんなが、必死になって口々に訴える。
世界樹の幹に、精霊王が生まれる筈の黄金に光る実が生え始めたって!
プリムベラは混乱して、瞬間移動して消えた。
俺も世界樹へと瞬間移動した。
2・
既に大勢の精霊たちが集まっている、世界樹の大きな幹の上。
俺もその隅っこに混じり、まだまだ小さな木の実の調査をする知り合いたちの姿を遠巻きに眺めた。
木の実を調査するうちの一人、ユーリシエスが振り向いて言った。
「精霊王トーマ様の決断により、魔王因子を含む彼の肉体は滅びた。そして歴代精霊王たちの魂は全てが世界樹に取り込まれ、二度と彼として転生しないようになった。ここに実った精霊王は、これまでの精霊王様方とは別人格を持ち生まれてくるだろう。しかし、精霊王である事には違いない」
その言葉を聞いて、ここにいる全員がわっと湧いた。
「新たなる精霊王様の誕生を静かに見守るため、この近隣には関係者以外は立ち入らぬように。これは命令だ」
ユーリシエスの本気の言葉に、関係のない精霊たちは立ち去り始めた。
俺は少しだけ残ったものの、もう俺のいる場所じゃないとひしひしと感じたから立ち去った。
疎外感しかない。たった一人になった気がした。
そもそも今の俺は、精霊王の部分を切り取った人間の魂の部分でしかないし。
つまり精霊王トーマと魂を共有した佐伯斗真だった俺と、俺の中にいる人間の部下だったイヴァンと、エルフ王レオンの魂だけがある。
それだけでも十分に強いんだけれども、もう精霊王じゃない。俺のかつての居場所は、次の精霊王に明け渡す必要がある。
そうは分かっているものの、やるせない。
どこか遠くに行こうとして、止めた。
最後になるだろうから、思い出の場所に入り込み壁ぎわで座り込んだ。
トーマが暮らした精霊王の城の、奥の客間。
今でも世話係たちが、精霊王が帰ってくる時の為にと毎日整え続けている。
俺がお気に入りだった鉄の棒まで、そのまま壁に立てかけてある。
新しい精霊王が生まれたらそれはもう撤去されるかもと気付いて、手元に召喚して手に持った。
鉄の棒だけは貰っていこうと思って立ち上がると、目の前にユーリシエスが出現した。
彼は真顔で、俺に向けて手を差し出した。
「はい飴」
「だから俺は……まあいいや」
飴玉を受け取り、口の中に突っ込んだ。
「あなたらしい願いの叶え方ですね」
「悪いことに使えなかっただけだよ。そして、自分の首を絞めた」
「妖精の方にも動きがあるようですが」
「俺はプリムベラのために祈っただけだ」
「お気の毒に」
嫌味には聞こえないが、嫌味みたいな台詞だ。
俺はユーリシエスに苦笑いして、それだけでこの懐かしい部屋から立ち去った。
俺は、アーサーとして新しい自分を発見しなくちゃいけないと気付いた。
3・
家に帰って見ると、もう誰もいない部屋の中に俺の誕生日プレゼントとお菓子だけがいくつかあった。
こんな日だ。もう誰も来ないだろう。
そう思って片付けをしていると、それでもお客様が来た。
もうプレゼントは貰っている、ユリアヌスだ。
「よう。お前にタロートを貸しに来たぞ」
「ええっと、ユーリシエスから色々と聞いたから?」
「まあな。慰めてもらえ」
いつもはちょっと鼻につく行動もするユリアヌスだが、必要な時は必要な行動をしてくれる。
そして今は、自分の首を絞めた俺のために、タロートを寄こしてくれた。
今度は応接間でお茶を出した。タロートは昔は緑茶の似合う温和なお年寄りだったのに、今や優雅なティーパーティーが似合いそうな好青年だ。
外観は違うものの、彼は彼らしく冷静に、俺の馬鹿な話を聞いてくれた。
そして生み出された結果に、タロートはにっこり微笑んで俺の頭を撫でてくれた。幼い頃はともかく今は他の人にされると嫌だけど、タロートにだけは撫でられても嬉しい。
俺、日本ではバリバリのお祖父ちゃん子だったからか。
「アーサー君は、今も立派な王様ですね。私はあなたの知り合いで居続けられて、とても誇りに思いますよ」
「まあ……うん。もう王様じゃないけどね」
少し照れつつ、でも嬉しくて返した。タロートにそう言われただけで気が晴れるなんて、俺は本気で落ち込んでいるようだ。
もう少しタロートと雑談して落ち着いた頃に、さっき世界樹で見かけていたタンジェリンが帰ってきた。
「アーサー、父さんたちは今日中にはもう家に帰れないから、一人で先に眠りなさい。まだ夜は冷え込むから、ちゃんと戸を全部閉めるんだよ」
「分かってるよ。もう俺は子供じゃないよ」
と返してみるものの、本当は精霊の子供時代は百年以上もある。上位の力を持つ精霊だと二、三百年間も子供であることが多いらしい。
タンジェリンはタロートに俺を頼み、忙しそうに出かけていった。
本当なら、夜には両親とケーキを食べようと約束していた。その母さんの手作りケーキはあるのだが、一緒には食べられない。
ただ子守のタロートがいるので、彼と分けて食べられた。もう今日はこれでいい。
俺のいつもの就寝時間になると、タロートは笑顔で帰っていった。
言われた通りに戸を閉めて、自分の部屋に戻って寝間着に着替えてベッドに潜り込んだ。
そしてウトウトしながら、今日は久しぶりにタロートと長くいたからか、佐伯斗真だった時のお祖父ちゃんたちを思い出した。
二人とも、俺が幼い頃に立て続けて病で亡くなった。大好きだったのに、すぐにいなくなった。
彼らがいた頃、まだ引きこもりでもない俺は心から幸せだったと思う。
基本的に人が良いものの、子供特有の乱暴さで毎日俺にイタズラをしかけてきた兄と姉。子供が好きだろうに面倒を見るのが苦手な父さん、外での仕事は好きなのに家事全般が苦手な母さん。
全員がチグハグだけど、結構楽しい家族だった。
ああ、あの頃に……帰りたい。
心から漏れた本音が、強く心を揺さぶった。
すると突然、大声だけどテレパシーで、帰りたい! と聞こえてきて飛び起きた。
「誰? 誰だ?」
周囲には誰もいない。家の周りにも気配はない。
だけど頭の中で聞こえる。家に帰りたいという悲鳴が!
「誰だ!」
聞いても答えない声は、帰りたいと悲鳴を上げて泣いている。声の主は女性のように思える。
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