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第三章 シルバー迷宮での攻防

十三 最深部ボス戦

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1・

タンジェリンが俺にくれた武器は魔力アップの為の杖で、防具はミスリル製の胸当てなどだ。

本当は体が成長できて筋力がアップしたし、昔に覚えた戦い方も何となく分かるので前衛でも良かったんだけれど、誰が死んでも俺だけは死んだら駄目だという全員の意向で後衛に徹することになった。

前のように世界の根源の魔力を使っての回復はできないけれど、普通の回復魔法は思い出せた。そしてこのパーティー戦では全体にかけられない最高位防御魔法も、前衛で素早く移動して攻撃のできる攻撃役に個別で展開して、維持をすることで役立てる。

背の高さだけで軽く十メートルオーバーしている巨大なヒドラがもし突撃してきた時、素早くない後衛は逃げ切れずに、捕らえられてゆっくりと押し潰される可能性がある。その攻撃は、最高位防御魔法では防げない。

その為に後衛は、防御力に劣るけれど普通の防御魔法で保護をすることにした。

ヒドラには爬虫類の巨大な体に長い首が三つついており、それぞれの頭が別々の攻撃を一度に与えてくる。

正面には大人の勇者たち、リーダーをジェフリーが務めるパーティーの前衛たちが基本的な囮として出てくれる。

右手にレナードたちのパーティーが展開して、盾役にレナードとクロエが立つ。そして後衛のマリエルとプリムベラは距離を置いて後方から支援をして、攻撃役の残り三人はそれぞれの優位な距離から右側のヒドラの首を主に受け持つ。

左側からはハルセトとタンジェリンが攻め込み、左側の首から中央の首、そして本体も相手取ると言ってくれた。

そしてタロートは俺の護衛として傍にいる。探している時はとても役立ってくれた黒髪長髪の美人お姉さんルチアと彼女の仲間の回復魔法使いのお兄さんは、同じくタロートに護られつつ一緒に全体をサポートをしつつ、本体を狙う。

ヒドラに勝つには、とにかく超回復能力のあるヒドラに負けない火力で押し切り、本体の中央に位置する胸の心臓を破るしかないそうだ。落とした首が別固体の敵になってしまう脅威の性質まであるので、何があろうが攻撃を止めない事でしか勝てない。

これが、仲間になって短時間で決めた俺たちの計画だ。

ウラ技として単独で挑んでヒドラの体に取り付き、首に攻撃されないで肉を穿って心臓を破る方法もあるらしいが、それは今の俺たちには無用な作戦だ。

俺たちは過酷なゴールド迷宮に挑む経験を積むために、ここでパーティー同士の連携を覚えなくてはいけない。どうしても、避けて通れない道だ。

ただ、別のボスを順番に退治してから最奥地のヒドラに挑む方が経験が積めて優位に立てたかもしれないけれど……。

脇道の一つから俺を見守るリヒトが、絶対にできるという余裕をかました笑顔をくれている。それに理由は分からないが、俺の中の何かが強く働きかけてくる。

今すぐここで退治しろと、強い衝動が心から溢れ出てくる。

もう一度、期待に満ちた目をするリヒトを見て気付いた。ここで倒すことに
、何かしらの意味があるのだと。

俺はまだそれを知らないけれど、俺は俺も彼も信じる。

俺は、俺たちが待ち構える広大な広場の隅までヒドラをおびき寄せる為に、ハルセトに手を振って合図を送った。

ハルセトは光の鳥に変身して、広場の奥にいるヒドラに向かっていった。

俺たちはここで周囲に明るい光をいくつか灯して、迎え撃つ準備を完了させた。

2・

素早く飛び回って逃げるハルセトの攻撃を受け、憤った巨大なヒドラは俺たちの待つここに向かって突撃してきた。

ヒドラは俺たちに気付いたところで立ち止まり、深く息を吸い込む動きをすると、三つの口から同時に高エネルギーの息を吐き付けてきた。

三つの首はそれぞれが属性が違い、火と氷と雷の嵐が俺たちに同時に襲いかかる。

事前情報があるから、俺の防御魔法でしっかりと防げるようにしたものの、思った以上に威力があり、実際耐えきれているのに破られるかもしれないという不安を感じた。

同時に巻き上げられた砂埃が視界を遮り、すぐ動いてヒドラの気を引く筈だったジェフリーたちの攻撃を妨げる。

レナードたちも戸惑い、行動に移れないでいる。

どうしようと思ったところで、左側から二つの風が通り過ぎ、舞い上がる砂埃を除去しながらヒドラの首と胴体に一撃を食らわした。

さすがに戦闘に慣れているタンジェリンとハルセトは、他の行動の遅れをそうして補助しつつ、作戦通りにジェフリーたちが中央前方に走り出て行くと一旦引いた。

風属性の二人ができるなら自分もできると理解して、次にヒドラがジェフリーたちの防御壁に突撃をした時に舞い上がった砂埃を、誰が処理するよりも早く消し去った。

クリアな視界が確保できた為か、みんなの攻撃に戸惑いが無くなった。最高位防御魔法で前衛たちを護りつつ、それが圧倒的な力で破壊されても焦らずに即座に張り直した。

俺はそうして戦場全体に気を配り、俺と同じように保護魔法の維持を気にかけるプリムベラと連携する。

戦いは俺たちが絶対的な防御魔法の駆使と共に、常に押し気味に連続攻撃を加えることで、圧倒的有利に運んでいる。

ただしヒドラ自体からのダメージはほぼ受けていないものの、その巨体が動くことで崩落する洞窟の岩などに当たって幾人かが予想外のダメージを負った。

それに加えて洞窟内であるという意味で足場が悪く、前衛がヒドラに攻撃を加える時や攻撃を回避しようとした時に、小さな鍾乳石や瓦礫に足を取られて倒れる事まであった。

囮役のジェフリーが水たまりで滑って転んでヒドラの巨大な足に踏みつけられた時はどうなるかと思ったが、俺の最高位防御魔法が本当に紙一枚程度で優れていて、彼を無傷で起き上がらせる事ができた。

前衛たちはそうしつつも注意を引きつけ続けてカウンター攻撃を加え、中衛から後衛の遠距離攻撃でヒドラの心臓を狙い続ける。

俺が勇者にした全員の攻撃力は凄まじいものがあるが、無論仲間を巻き添えにしていい訳はなく、慣れない連携のために位置取りに失敗して好機に攻撃できずに下がることもある。

それでも俺と共にいるルチアの使う炎の槍の魔法は威力と命中率が高く、仲間を巻き添えにすることなく連発することで心臓を護る分厚い装甲を確実に削っていく。

弓の精霊が放つ矢はヒドラの三つの頭全ての目を射り続けて視界を奪い続けてくれるし、アリアスの氷の魔法は洞窟の崩落を引き起こす原因の一つである巨大な尻尾を凍り付かせ、動きが取れないようにしてくれている。

そこにハルセトとタンジェリンが首の攻撃を掻い潜り、もしくは落とすほどにはダメージを与えずに押し離して進路を確保して、心臓部分に一撃を与えては素早く後退してゆく。

一分間隔ほどに一度の割合で吹き付けられるヒドラの息も、タイミングと威力が肌で感じ取れ始めた俺とプリムベラの防御魔法で完全に防ぎきれる。

それでも自分の力を過信せず、ただ必死になってみんなを護る事に集中した。

そしてヒドラが目に見えて弱りはじめ、激痛に吠えて苦しみつつ暴れだそうとした時に。

レナードとジェフリー、そしてタンジェリンとハルセトが同時に心臓に攻撃を加え、とうとう装甲を突き破ってそれを破裂させた。

ヒドラは瞬時に硬直して、真横にゆっくりと倒れていった。

俺たちは勝った! しかし。

ヒドラの巨大な体が洞窟の壁に激突した轟音と振動で、沢山の岩を崩落させた。

天井から、ヒドラと同じぐらいの巨大な岩が落ちてくると感じた。

時が止まったように思える一瞬、瞬間移動で逃げ切れない仲間がいるかもしれないと感じていた。

俺は洞窟、この迷宮を構築する魔力の流れにアクセスした。

どす黒い世界。苦痛と恐怖に支配された闇の迷宮の力が、周囲に充満する。

真っ暗闇に俺だけが一人立っていて、目の前にヒドラが出現した。彼はとても大人しく、大きな頭の一つを垂れて俺の頭にコツンとぶつける。

彼の、身を切り裂かれる激痛を感じた。俺の中にも、それが流れ込もうとした。

けれどその痛みは、すんでのところで俺の皮膚の中には入らなかった。

彼と俺は違うと、誰かが囁く。そして、それでも同じなのだ、とも。

俺はその意味を考えず、迷宮を構築する魔力を操って崩落する岩を全て消し去った。

もういいと思って迷宮から意識を離すと、元の世界に戻ってこれた。

タンジェリンとタロートとハルセトが目の前にいて、俺を真顔で見つめている。

落ちてくる筈だった岩は、確かにどこにもない。ヒドラは完全に息絶えて、洞窟の壁に寄りかかりつつ、全く身動きしない。

「良かった。みんな無事だよね?」

俺が言うと、脇道に逃げ込んでいたみんな、俺のお付き以外の彼らが恐る恐る出てきてくれた。

「トーマ様は、何事もございませんか?」

タンジェリンが不安げに聞く。

「うん、何もない……ですよ。大丈夫です」

俺は心から笑った。みんなホッとしたようで、ようやく本格的にヒドラ討伐の成功を喜び始めた。

喜びの輪の中で、俺はタンジェリンにさっき何があったのか聞いた。

天井が崩落すると分かってすぐ、それぞれの精霊たちが契約者を脇道に逃がした。

俺はこの場で目を見開いて硬直して、タンジェリンたちが動かそうとしても、足が迷宮と同化したかのようにどうしても動かなかった。

しかしそれも三秒ほどで、その間に崩落した部分は消え去った。洞窟内は落ち着き、騒ぐ仲間たち以外は静けさしかない。

「俺が迷宮を構築する魔力の流れにアクセスして、崩落を消したんです。先にこの力に気付いていれば、もっと楽に討伐できたんですけどねえ」

俺は苦笑いして頭を掻いた。そうしたらようやく、タンジェリンもタロートもハルセトも笑ってくれた。
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