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第一章 精霊王、冒険者になる

5 訓練?

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1・

冒険者ギルドを離れてから、再びの瞬間移動で世界樹のたもとのお城に戻った。

もうすぐ夜になる時間だったので、タンジェリンとの訓練は明日の朝からにしてもらった。

世話係の精霊さんたちに胃に優しい感じの野菜スープを貰い、それだけで眠って気付いたら、もう翌朝になっていた。

生後三日目の筈の俺は、力の使い方の訓練に付き合ってくれるタンジェリンと一緒に、世界樹の見える位置にある沼地に向かった。

精霊たちの住まいが少ないので、もし俺の力が暴走しても被害が少なく済む場所だからだそうだ。

「でもその……壊すと申し訳なく思うんですが?」

深い森の奥、沼のたもとで歌うカエルを眺めつつ、タンジェリンに言ってみた。

タンジェリンは昨日と同じように、あっさりした態度を見せた。

「気になさらずとも、トーマ様は暴走されませんよ。ここに来たのは念の為です。それに空を飛ぶのに失敗して落下しても、柔らかい沼地がクッションになりますし」

「落下って……あの、そういえば俺って何の化身でしたっけ?」

「おおとり……鳳です。天を飛ぶだけで地上に暴風を引き起こす、巨大な鳥です。生まれたてのトーマ様の本体はまだそこまで巨大ではないでしょうが、世界樹の枝に生っていた木の実の状態を観察するだけではハッキリした大きさの目安は立てられませんでした。とにかく変身してみましょう」

「もし大きければ、この至近距離だとタンジェリンさんを押し潰すのでは?」

「ですねえ」

傍に立っているタンジェリンは、にこやかに笑った。この悠長なのはタンジェリンの性格なのか。

「しかし、大人しく押し潰されたりしませんから、ご安心を。トーマ様は上空を見つめ、その場で顕現するとイメージされて下さい。もし地上で変身したとしても、即座に私の力で上空に瞬間移動させます。なのでどちらの状況にしろ、一生懸命に天に向かって羽ばたいて飛ぶ努力をして下さい。そうすれば落ちません」

「はい……」

何か、やりたくなくなってきた。でもここまで来てそうもいかないだろうから、ノロノロと動いた。

「あ、少しお待ちを」

「ん?」

「トーマ様の力のコントロール方法は、変身すればその時に全て理解完了できますでしょう。故に、変身できれば訓練はお終いです」

「へ? なんで?」

少し変な調子の声を出してしまった。

タンジェリンが黙り込んだから、その変なのを気にしたのかと恥ずかしくなった。

でもよくよく見ると、タンジェリンは俺のことを畏怖や尊敬するかのような、真剣な眼差しを向けてきている。

「どうして?」

タンジェリンが何も言わないので、重ねて聞いてみた。するとようやく、口を開いてくれた。

「……精霊王という存在は、はるか太古の昔から一続きの存在です。世界の精霊の全て、つまり神たる大地の命をその手に把握しており、世界樹の記憶に繋がる魂の部分で、他者の記憶の一部も己の記憶のように取り出せる存在です。けれどそれだけでなく、連綿と継がれてきた精霊王ご自身の魂の記憶も、当然ながら一部を受け継げるのです」

「……うん」

一通り聞いてから、理解できるように考えてみた。

精霊王は世界中の精霊を統べる存在。精霊は魔法的存在なので、魔法世界であるこの星の創造神ウィネリアの命に直結するのか。そして精霊王は、精霊の転生システムである世界樹、ウィネリアの管理システムにアクセスできる。

アクセスしたら、他人の魂の記憶を閲覧できる。簡単にいえば、俺だけ使える魔法世界全体のネット検索だろうか?

「ええと……精霊王って、ずっと同じ人物が転生している存在で、過去の精霊王も実は自分って事ですか?」

「はい、その通りです。鳳に変化して己の正体に気付けば、過去の記憶もおのずと呼び覚まされるでしょう。そうなれば、私が教える事など皆無です」

「えっ……」

自分ってどんな存在なんだと、さすがにビビった。本気で変身するのが嫌になってきた。

俺が大人になっちゃうって、こういう意味だったんだ。怖い。

「あの、変身しなくても構いませんか?」

「はい。お好きなように。しかし記憶が無い故に、暴走し易いままになります」

「うーん、ちょっと待って……」

俺は頭を抱えた。物凄く悩んだ。前世の精霊王たちだった記憶が戻れば、確実に俺はもう俺じゃなくなるだろう。膨大な記憶に、この体を乗っ取られる感じじゃないんだろうか。そういうのは嫌だ。

「あんまり記憶が……戻ってもらいたくはないんですが?」

「ならば、そう願われては? 願いは魔法そのものです。そうすれば以前の精霊王だった時の記憶は、それほど戻らないでしょう。元々、今現在の精霊王様の個性と命が保たれる程度の記憶の取得らしいので、そう怯えずとも大丈夫かも知れませんよ」

「早く言えよ!」

悠長なタンジェリンに、俺は全力で突っ込んだ。

再び気合いを入れて、鳳という自分の本体、正体、そういうのに変身できるように考えてみた。

この点で要注意なのは、前世の記憶をあまり思い出さないように願うのと、世界樹の管理システムにも即座に繋がらないように調節すること。

どちらも、膨大な情報量に押し潰されて、この佐伯斗真という俺を失わないための処置だ。俺は、新しい俺でも俺のままでいたい!

俺として鳳に変身する。そう強く願った次の瞬間、吹きすさぶ風の中に存在していた。

瞬時には上空だと理解できなかったものの、タンジェリンに説明されたように必死になって羽ばたくと、空気が俺を持ち上げて、空高くまで舞い上がらせてくれた。

どこが上空で大地がどちらか理解できると、すぐに体勢は安定してまっすぐ飛べるようになった。

高揚しつつ翼を動かす度に、大量の空気を切り裂いて大森林が下方へと流れ去ってゆく。

自分の真っ白な翼や、身体のどこを動かせば速く飛べるか分かるし、遅くも飛べるし、円を描いて飛ぶこともできる。自由自在だ。

以前、自分はこうして飛んでいた事がある。その実感がジワジワと湧いてきつつあるものの、けれども不要でハッキリした知らない過去など思い出さずにいれている。

遠くに見えている山脈の名前や、現在地から世界樹周辺の地理、その向こうにある人間たちの国の名前も、思い出そうとすると脳裏に浮かぶ。

俺は俺のまま、新しい知識を入手できている。記憶の制御に成功したらしい。

喜びに溢れて叫び声を上げると、周辺の大森林の木々が暴風により音をさせてなぎ倒されかかった。

マズイと気付いて、落ち着くように自分に言い聞かせた。それから良い対処方法を思いついた。

過去の精霊王の経験と記憶を使い、それなりに巨大な鳳の姿から、普通のハトやカラスほどの大きさに変身した。

この大きさになると、針穴に糸を通すような細かい力を制限できるようになったと感じた。

この小さな姿なら、他の冒険者に迷惑にならずに迷宮に挑めるだろう。

それがとても嬉しくて、元いた沼地まで文字通り飛んで帰ると、俺をただ見送ったのだろうタンジェリンの前に舞い降りて、沼の草地でゴロゴロ転がった。

「トーマ様!」

「ああ、大丈夫、大丈夫だから!」

慌てるタンジェリンに向かい、俺は小さな白い鳥の姿のまま草地の上で寝転がり笑い声を上げ続けた。

暴風じゃなく、そよ風が俺の回りから湧き起こった。

2・

しばらく笑って気が済んだところで、人の姿に戻ってみた。

その姿は先ほどと変わらず、少年のままだ。

そういうものだろうかと思いつつ、座り込んでいた草の上から立ち上がった。

そして、近付いてきて俺を見下ろすタンジェリンを見た。何故だか無表情に近い。

「トーマ様」

「何?」

「残念なお知らせがあります」

「……な、なに、どこに?」

周囲や自分を確認したが、何もおかしいところはない。

「一度変身すれば、化身の姿が大人になると思ったのですが、子供のままなようです」

「うん? いや、大人の姿にも変身できるんじゃあ?」

鳥の姿では大と小に変身できたのだから、できるのでは。そう思って大人になるぞと気合いを入れまくったのに、どうしても人の姿では大人になれない。

「なぜ……?」

あてもなく世界から情報を引き出そうかと躍起になる俺に、タンジェリンが囁いた。

「おそらく、記憶の取り込みを制御し過ぎたせいです。数代前の精霊王様の身にも起こったという記録がありましたので、きっと同じ現象かと思われます。大人になるには、かなりの歳月が必要になる可能性があります」

「……二十歳で大人になれたりは?」

「精霊王様は、ただでさえ長寿の精霊よりも長寿ですので、人間のようには成長できない可能性もありえます」

「…………まあ、百歩譲ってしばらく外見が子供のままでもいいですよ。だって、精霊王として覚醒を果たして本来の力を取り戻したのですからね!」

やせ我慢を発揮してみた。

タンジェリンは同情する表情で、黙って彼の剣を持たせてくれた。重い。

……そう、重たい。俺に取り、タンジェリンの長剣を振り回すのは大変だ

「この子供の化身の姿では、魔力は良いとしても筋力は普通の人間の子供と大差ないかも知れません。ですので、外出しても決して無理をなさらぬように」

タンジェリンは現実を指摘してくれた。

「…………ふにゃああ!」

俺は変な声を上げて、その場に倒れた。

せっかく覚醒したってのに、やっぱり犬程度かよ!
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