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第二章 学生魔王

5・龍神シーマの願い

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1・

いざという時のために、ポドールイ王の証たる宝石のうち、一つの指輪のみ持ってきていた。まさか、本当に使う羽目になるとは。

それを指にはめ、後は学生服のまま神殿に赴き、シーマ様が待つ広間に向かった。アリアナは、部屋に入る直前に止められた。

クリスタの中央神殿より規模の大きな神殿の、優美に飾り付けられた部屋にシーマ様はいた。

「済まない。私の神官が、まさか本当に貴方を連れてきてしまうとは」

第一声で謝罪してくれたシーマ様は流れるストレートの金髪にターコイズブルーの目を持ち、細身で美しい姿形の男性だ。

それだけで人気が出るだろうに、バンハムーバ本家の王族出身だから、国民たちは熱狂的に彼を支持している。なので誕生祭は、あの盛り上がり様だ。

「全く問題はありません。丁度時間が空いていましたので」

僕はそう喋りながらシーマ様の前まで移動したんだけど、緊張し過ぎて足の感覚がなくなっている状態。

シーマ様にソファーを示されたので、助かったと思って一礼してから着席した。

ここでもシーマ様が先に発言された。

「受験を終えたばかりだろうに、本当に申し訳ない。しかし……どうしても助言が貰いたかった」

ギクッとした。アリアナに僕の能力の不備を指摘されたばかりなのに。

でも、ポドールイ王としても学生の僕を呼び出す程に彼が切羽詰まっているのは分かる。最善を尽くそう。

「できる限りの協力はいたします」

「ありがとう。とても心強い言葉だ。……ところでその指輪は、くだんの指輪なのか」

何のこと?

「これは、ポドールイ王の証の一つです」

「やはり。その指輪の逸話は知っている。亡命した他国の姫に与えられ、ポドールイ王がその後ろ盾になると誓った守りの指輪だ。その誓いのお陰で姫は生き延び、動乱ばかりだった王家に千年の平和を与えた」

「ええ、その通りです」

そう答えながらも、知らないと心のみで動揺した。

今までは受験勉強しかしてなかったけれど、帰ったらもっと詳しくポドールイの歴史を学ばなくては。基本で四万年分。追加で三万年分ぐらいか。

「ポドールイ王の威厳を示す宝石は、かつて宇宙の帝王の座にあったユールレム皇帝に譲渡を命令されても、処刑されようとしても渡さなかったもの。それを、国を失った他国の姫に与えたのだ。当時の王は、よほど姫を愛したのだろうな」

嬉しそうに語るシーマ様を見て、この方は誠実で良い方だと分かった。

ここでお茶とお菓子が届き、話は一時中断した。

再び二人きりになったのち、シーマ様は本題に入った。

「クリスタの首都で、龍神三名の傍近くに生きる者としての意見が欲しい。龍神ロックとは親しいようだが」

「はい。私が小さな頃から、よく会いに来て下さいます。今現在はお忙しいようで、ご子息のみ訪れています」

三人の龍神とは、クリスタの代表格のアレンデール様と、ライジェル様のお父上ロック様。そして僕が生まれた頃に龍神に覚醒されたウルフィール様。

「では、中央神殿に招待されたことは?」

「国民の一人として、お祈りのために訪ねたことがあるのみです」

私がそう答えると、シーマ様は残念そうな表情をした。

「見ての通り、私はこの星で唯一の龍神だ。母なる星を護るため、長く不在にする訳にいかない。向こうの神殿に問題があるとしてもだ」

やはりそういう内容なのかと、思った。

「正直、あの三人の関係はどう見える? 雰囲気がとても悪いように感じる」

「それは……確かに、良いとは言えません。実際、我が家を訪れたロック様は……二人が好きだとは申しておりましたが、複雑な心境であったようです」

「二十年ほど前に、当時四人目の龍神であったルイエを病で亡くしたのち、アレンデールとロックは人が変わってしまった。そしてそこに加入したウルフィールとは、親しくなろうという動きが無い」

「個人的な問題には、口出ししかねます」

「ああ。そう思われても仕方がない。しかしあれを見て、気付くことはないだろうか」

シーマ様が指差した先には机の上に二つの星のホログラムがあり、本当にゆっくりと自転しているのが分かった。

「クリスタの立体映像……ホログラムですか」

お土産用で人気なのだが……今目の前にある二つの星は同じ特徴を持つのに、決定的にエネルギーの質が違っている。それこそポドールイ人や優れた魔術師でなくては判別出来ないレベルでだが。

シーマ様がホログラムの前に移動したので、僕もついていき近くで確認をした。

「これは、実際の星を撮影したものを元に作成されるらしい。二十年前のクリスタと今のクリスタだ。こちらはタイプが違い、今現在のクリスタの様子を表示してくれる高性能のものだ」

「現在ですか? これは……こんな酷いとは思いませんでした。至急、星の生命エネルギーの流れを整えなければいけません」

「そうだ。しかしそこにいる龍神は気付いていない。その……誤解をしているからかも知れない」

「誤解とは?」

シーマ様は一度口を強く閉じ、言いにくそうにした。

「星に変化が見られるようになったのは、力あるポドールイ人の君がやって来てからだ。当初はまさか王子と思わず、ただ力の強い子と認識して観察していた。つまり、闇の民族である君が定住したために、星に影響を与えたのではないかと思っていた」

「私のせい……ですか」

驚いた。まさか自分が星に影響を……いや、闇の民族って言ったって。

「失礼ですが、我がポドールイの闇の力について、どのような事をご存じで?」

「うむ。伝説でしか知らないことだが、真の闇の中で手に負えぬ化け物に変身するとのことだな。王位にあるものとそれに近しいもの以外は、変身すると間違いなく正気を失い他者を皆殺しにする」

「かつて神の園でいた時の我らは、強い光に護られ、その真の体質に気付かずにいれました。けれども園を出て宇宙を旅してからは、それを思い知らされ一つの星に閉じこもることを選択しました」

「現在の宇宙文明創世期、真実を知らない外部のものが弱々しく見えるポドールイ人をさらい、手酷い仕返しを受けたというな」

「はい。そして大勢を手にかけたポドールイ人は、ほぼ全員が宇宙の藻屑となりました。船と共に沈められたのです」

「酷い話だ」

シーマ様が、本気で同情してくれているのが分かった。

「その、つまりは真の闇に接しなければ、いくらポドールイ人でも闇の力を悟られないのです。今の私から、その力を感じますか?」

「確かに、先ほど出会って驚いた。貴方からは闇ではなく光を感じる」

光は言い過ぎかも。

シーマ様は、現在を示すクリスタのホログラムに目をやった。

「我らはてっきり、君が幼い上に……親に捨てられたショックで力を扱いきれていないのだと思っていた。だからしばらくは星のエネルギーの流れが揺らいでも、大人になり力の制御ができるようになるまでは見守ると決定した」

「そんな。星を護るべき龍神様が、何をされているのですか。たった一人の私など、即座に追い出すべきでした」

「あんな可哀相な幼子を、追放できる訳がない」

シーマ様の辛そうな表情を見て、僕がこれまでとんだ誤解をしていたと気付いた。

あの僕を見張る全ての人たちは、僕を利用したいのではなくて、僕を保護して立ち直らせたいから傍にいた。

彼らは、とてつもない忍耐力と愛情で、僕を見守ってくれていた。

そう気付くと、止めようのない大粒の涙が流れ始めた。

シーマ様に謝罪して制服のポケットからハンカチを取り出し、涙を押さえようとした。

でもこれをポケットに突っ込んできた時のアッシュ父さんの過保護ぶりを思い出し、余計に止められなくなった。

それなりの時間、僕は泣いていた。シーマ様に慰められて泣き止んだ時には、既にとっぷりと日が暮れてしまっていた。

シーマ様の誕生日を祝っているのだろう花火が、窓の外で煌めいている。

「済みません。醜態をさらしました」

「いやいや、貴方の気持ちはよく分かるよ。それで……話を戻すと、クリスタのエネルギー流の異常は貴方のせいではなかった。原因は他にある」

シーマ様は、机の上にあるホログラム装置を、もう一つ作動させた。

「この置物には本当は録画機能はないのだが、監視用に手先の器用な部下が作ってくれた。こちらは四日前の映像だ。君がまだ、星にいた時のだ」

腫れた目で確認しても、四日前と現在の星の様子は全く違っていた。二十年近くかけてゆっくりとエネルギーの下降が起こったのではなく、たった四日で滞りがとても酷くなっている。

「偶然かもしれないが、貴方が星を離れてこの状態になったとするなら、貴方は我らの思い込みとは逆に、弱まろうとする星のエネルギー下降を押さえていたのだ」

「しかし、恵まれた生まれの私でも、意図せずそのような力を使うことは無理です」

「とすれば……誰かが意図的に、エネルギー下降を引き起こした可能性もある。そして意図せず、下降させてしまった可能性もある」

「それは……」

僕は、先の話を思い出した。

「エネルギー下降が自然現象ならば、龍神三名で即座に修復が可能だ。まだ気付いていないだけなのだから、それを教えれば良い」

「しかし、人災の場合は、龍神様の誰かに異変がある可能性があるという事ですか」

シーマ様は複雑な表情をして、窓の外で輝く花火に目をやった。

「アレンデールは二十年前に……それこそ星の変化が始まった頃から体調を崩し気味だ。そして同じ頃龍神となったウルフィールも、元々の病を未だ克服出来ずにいる。二人に星の修復作業は重荷となるだろう」

「あの、龍神様が原因ではない場合もあります。かつて、賊により星のコアが狙われた事件もありましたでしょう?」

「ああ、分かっている。しかし、龍神二人の心が星のエネルギー下降を引き起こしている可能性が高い。我らは星のエネルギーと直接繋がっている者だからだ」

シーマ様は振り向き、僕と視線を合わせた。

「ポドールイの力で、どれが真実か判別出来ないだろうか」

僕は、責められた気になった。

「申し訳ありません。今の私の力では、それよりも強い力を持つ者の動向を掴むことは無理です」

「そうか。悪く思ってくれるな。貴方はまだ子供なのだから仕方がない」

「けれど、傍に寄り実際に会うことで、なにか読み取れるかもしれません」

「そうなれば、本格的に巻き込まれるかもしれない。貴方は受験したばかりだ。受かればこちらに引っ越し、学生として日常を楽しむべきだ。私が巻き込んでおいて、今更と思うかもしれないが」

「いいえ、構いません。もし受かっても入学式まで半年あります。それまでに終わらせますよ」

僕はシーマ様に、にっこりと笑いかけた。シーマ様も、笑い返してくれた。

3・

ノアが部屋から退出した後、シーマはしばらくおのれの誕生日を祝う花火を見上げていた。

神官数名が部屋にやって来たので振り向いたシーマは、花火の光を反射するなにかが床に落ちている事に気付いた。

ノアが立っていた場所で、彼の落とし物だと思ったシーマは、神官に踏まないように命じた。

そして近付き、確認をした。

神官が、いくつも煌めくそれを拾い集め始めた。シーマは何気なく自分でも一粒拾い上げ見つめ、そして正体に気付いて激しく動揺した。

「これは、まさか、あり得ない。なんたることだ」

「シーマ様?」

「急いでこの全てを拾い集め、魔法省で鑑定させろ。このことは、関係者以外に決して口外してはならない」

「承知いたしました」

シーマは拾った一粒も神官に託し、震えながら椅子の一つに座りに行った

本当に自分の懸念通りとすると、下手をすればノアは死ぬ。大人になるに従い、あらがえぬ死に近づく。シーマはそう考え、どう説明するか悩んだ。

下手に公表すれば、ノアの命のみでは終わらない問題に発展する可能性もある。

重要すぎる情報という災厄は、時には親しい者にも襲いかかる。

シーマは全ての難を考え、机の上のパソコンから、先ほど交換したばかりのメールアドレスに文字を打ち込み始めた。

どうか、自分の杞憂であってくれと願いつつ。
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