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第一章 惑星クリスタにて

9・魔法使いの素質

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二日後。

「ノイエ君、俺の嫁が悪いことしたな!」

「嫁ちゃうわ!」

ドーン。

という、どつき漫才の襲来を受けた。

いつも通りのロックに、前と同じ感じのルーチェ姫。ロックはドカドカ殴られても身じろがず、全く気にしていない。本当に嫁なのかも知れない。

とりあえず窓辺のテーブルに、お茶とお菓子を出した。少し大人しくなった二人を置いておいて、銀髪長髪の上品な女性に挨拶した。

ルーチェ姫の魔法の先生ということが分かり、僕は控えめながらテンションを上げた。

ルーチェ姫は言った。

「前のお詫びに、ノイエ様に白魔法をお教えしようと思ったんです。ですので、私の家庭教師を捧げます!」

「捧げるって……でも教えてもらえるんですか? じゃあ、お願いします!」

この数日とてもアンニュイだったけれど、自分が魔法使いになれるのは正直うれしい。

けれど、それも素質があればということだ。

ここで登場したのが、やはりファンタジー物のお約束の魔力を測る機械。

一個の大きな水晶玉が二本の線で繋がれた、箱形の電子機器。画面があって、そこには白黒灰色という三つの項目に分けられた目盛りが映っている。

もう一つある線の先には、普通の人が頭にかぶるのにピッタリな大きさのヘルメットがくっついている。

見た目には医療機器のようだ。ヘルメットをかぶり水晶に触れれば、魔力が測れるらしい。

「どのように測るものか、ご説明いたしましょうか?」

「お願いします」

興味があるので、魔法の先生に頼んだ。

人が持つ魔力の質は、大まかに治癒系の白、物理的破壊力を持つ黒、そして両者を繋ぐ補助系の灰色に分類されている。

その素質というのは、個人の脳の発達がどの程度のものか測れば大体分かるのだという。

走るのが得意な人の場合、脳の運動をつかさどる部分の発達があったり、計算が得意な人はその脳の部分が発達しているという風に、三つの魔力が関係する部分の発達具合を診るのだとか。

あと、素質とは別に出力となる潜在的な能力の強弱は、水晶に触れることで計測可能だという。

こっちは完全に魔法かと思ったら、何故か物理の話が始まった。

なんとなく理解した話を地球バージョンに無理やり変換してみると、少し違うかもしれないがシュレディンガーの猫の話だ。

箱の中の猫が死んでいるのかどうかは、箱の外にいる観測者が実際に見てみないと不確定なまま。

見る人がいて初めて物事が決まる。それは魔法使用の原理も同じで、魔法使いが炎がそこにあると決めて、イメージすることで実際に発生させることが可能。

この機械の水晶には、触れて意識を向けてきた存在の、そのイメージ力の大きさを測れる魔法がかけられている。魔力を測れるのだと、誰かが水晶に向かってそう決めたようだ。

まとめて簡単にすると、魔法の素質はノイエが培ってくれたもので、イメージ力の強弱はその肉体をもらった僕の能力そのものということになるだろう。

魔法って物理学なの? と不思議に思いつつも、僕はヘルメットをかぶり、片手で水晶に触れた。そして、水晶の中を凝縮して集中した。

何かの力が動いたような気がしたのち、画面にある三つの目盛りに色がついた。つまりは色がついたところまで才能があるという事なのだろう。

「ノイエ君、どうなんだ?」

僕が詳しく見る前に、飼い主の邪魔をする犬のごとくどこからか湧いてきたロックは、一瞬のちに目を丸くしてこちらを振り向いた。

「才能、三つともあるぜ。それで白と灰色が特級の前ぐらいの上級で、黒が特級のギリギリライン」

「えっ!」

僕はそれがどういう意味なのか知らないので驚かなかったものの、周囲の人たちが驚いた。

「黒が一番得意って、どういうこった? 絶対に白オンリーのキャラしてるのになあ。まあとにかく良かったな。就職に困らないぞ」

「ええと、どういう基準?」

「簡単に言うと、中級で民間の魔術師、上級でこのお姉さんみたいな国家公務員、特級はあんまりいないんだけど、魔法学校の校長先生とかだな」

「はあ、なるほど。その、この実力の魔法だけで、どこかの国に喧嘩売れたりするのかな?」

「ノイエ君、なんか物騒だぞ。でもまあ、それは出来ないと言っておく。龍神の力なら、だいたい滅ぼせるぞ!」

「そっちが物騒だろ!」

龍神の重圧がまた復活しかかったが、魔法の先生が冷静に話し始めたので少し落ち着けた。

「素質があっても、それが実力ではありません。魔法は実践して学び、身につけることで安定した使用が可能となります。経験が無いのに使用すれば、暴走するだけです」

「やはりそういうものですよね。僕は、白の治癒魔法を学びたいです。自分のためもあるし、みんなを助けられますし」

「よしよし、良い子だな」

「止めなさい」

僕が振り払う前に、僕の頭を撫でたロックの手をルーチェ姫が振り払ってくれた。

その後すぐに肩を叩かれたので、これは誰の手だと思って見てみたら、今までただ傍観していたクロフォードさんだった。

「魔法の授業は、体に負担がかかります。まずは、軽い回復魔法を一つだけ教えて頂けばどうでしょうか」

それ以外は許しませんという勢いを込めた笑顔なので、従った。

そうして僕は、この日の夕方には簡単な魔法を使用できる魔術師デビューを果たせた。

2・

翌日、初めて自分からロックの部屋に行ってみた。

ロックの部屋は、神官さんたちが日々掃除をしているだろうに、物が多すぎてゴチャゴチャしている。これが神殿暮らし十年の結果か。

「俺、今日は空飛んでくるけど、ノイエ君はどうする? まだじっとしてなきゃ駄目なのか?」

「体調のこともそうだけど、今まで一度しか変身したことないから、怖くて外に出られないよ」

「それじゃあ、室内で先に慣れておかないとなあ。よっしゃ来い。何でも受け止めるぜ?」

「いやいや、質問があって来たんだ。時間があるなら教えてもらえないかと」

「宇宙で訓練がない時は、だいたい自由行動だから暇だぞ」

「そういう仕事のことを聞きたいんだよ。宇宙で何をしているのか」

「いつか一緒に訓練に行こうな!」

ロックは体育会系の爽やかな笑顔で、僕の聞きたいことを教えてくれた。

宇宙訓練とは、軍の最高司令官としての任務で、宇宙艦隊との連携を取るために定期的に行っていること。ちなみに王様が、政治的な立場での最高権力者だそう。

龍神は基本的に単独宇宙航行が可能なので、小回りが利く小型船扱いになる。

戦艦の船長たちとはテレパシー能力で連絡を取り、共に敵と戦う。

僕は、それを聞いて頭が痛くなった。

「宇宙に生身で出るの? 信じられない。怖いよ」

「すぐ慣れるから、一緒に行こう? ああ、でもさすがに今は無理か」

ノイエ君、この体でありがとうと思った。

「せめて三メートルぐらいは成長しないと、餌を放流したのと同じでわんさか時空獣が寄ってくるからなあ」

「なにそれ! 違う意味!」

その恐怖の話によると、龍神だけでなく力のある存在が自衛できない状況で宇宙に出てしまったら、時空獣という獣たちが美味しく食べて力を頂くためにたくさん寄ってくるらしい。

もちろんそんな獣など、今ならばアレンデール様やロックがいてくれるから退治できるようだけど、もしいなかったら宇宙に出ていなくても獣の方が地上に降りてきて、食べられる可能性が大とのこと。

こんなところで思いがけず、獣に食べられてパワーアップさせ、星を全壊させて皆に恨まれる説が濃厚になってしまった。絶対に嫌だ。

「三メートルぐらいになるのは、何年後だろ?」

震える声で、何故か笑ってるロックに聞いた。

「分からないけど、五十年後ぐらいかな?」

それまで宇宙に出るのは延期と決めた。せめてそれまでは、黒魔法の使い手として名を馳せるぐらいに修行しよう。

「でさ、ノイエ君。龍神の力、まだ使ってないだろ? それも練習しておいた方が良いぜ。じゃあ俺は、この神殿周辺のパトロールしてくるわ。時折、ちびっ子獣が宇宙から降りてきてる時があるんだよ」

「お願いします」

本気で頼んだ。

それにしても、転生物の定番としては即座にチート能力で人々の役に立てる状況が多いのに、自分は何故にこうも弱々しいのだろうか。

……龍神としても魔術師としても、地道に修行するしか無さそうだ。

仕方ないから、それを楽しもうと決めた。

3・

ポドールイ族の質素な村の、とある冬の日。

広々とした畑で麦を蒔く黒髪の男性の元に、一つの影が近づく。

「もうそんな時間ですか」

土で汚れた頬をタオルで拭いつつ、男性は影に話しかけた。

「この麦を収穫してからでも間に合う」

話しかけられた影の方の男性、黒い長髪をしっかり束ねてまとめ上げ、農作業で汚れないようにしているカシミアは、自分の村の様子を眺め改めて人の少なさを実感した。

「冗談止してください。それじゃあ向こうで観光もできません。働くことに文句付ける気はありませんが、せめて助言を与えた人からガッポリ頂いてきてくれたら嬉しいのに」

「今の我らに大金は不要だ」

「はいはい、分かってます。でもね、薄給で働かされる身にもなってもらいたいんですよ」

「好きにするといい。カルラ、頼んだ」

「……」

カルラはどっちなのと思いつつも、結局自分が旅立つことを了承していた。この簡素な村で、最近宇宙に出て行ったのはカシミアを除けば彼のみだから。

「やれやれ、分岐点がなにを示すか自分で探し出せない存在というのも、憐れなもんだな」

カルラは呟いたのち、再び麦を蒔き始めた。
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