蛇と龍のロンド

海生まれのネコ

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四章 宇宙の龍神様

十三 ノアからの電話

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1・

その日の夜。

ユリウスは戻ってこず、グラントが夕食の給仕と少しばかりの世話をしてくれた。

ミラノとアリスリデルがどうなっているか知らないまま、消灯時間を迎えた。

グラントが電気を消して行ってしまってから、スマホに電話がかかってきた。

ノアからだ。

今日はもう情報過多だし眠いと言って切っていいかも知れないが、しかしノアだからそういうのは止す。

電話に出ると、ノアは謝罪してきた。

「夜分遅く失礼します。もう休まれているかと思いました」

「そっちも夜中なのか?」

「いいえ、昼間です」

「時差はしょうがない。宇宙には、星が沢山あり過ぎる」

「そうですねえ。一つの星の中でも、時差はありますものね」

「それで、何の用なんだ?」

「ああ、実は本当はホルンが電話したがっていたのですが、喧嘩してしまいそうだとのことで、代理で私がかけました」

「なるほど。代理ありがとう。それにあの本も、前に一度感謝したけど、今は既に活用しているところだ。本当にありがとうな」

「どういたしまして。あれを執筆されたご先祖様も、活用されて喜んでいると思います」

ノアとの電話は、穏やかでいいなあと感動した。

「エリック様、こうして電話を差し上げた事情はいくつかあります。その一つは、時空獣とその巣に関する情報を伝えるためです。何故あれが、そこにあるかという疑問の答えです。これも魔界に残された資料の一部です」

「ええと、確か宇宙文明を作った神がやって来る前に、余所の宇宙の神々が、ここに創造の失敗作を封じた……って奴か」

「はい。最近よく見られる小さな時空獣は、人の魂や感情が闇落ちして生み出されたものですが、時空獣の巣にいる大型のものは、ほぼ過去の遺物です。あれらは、生物実験を行う神々の失敗作です」

「……ちょっと思うんだけど、その神々って何をしたかったんだか」

「神といっても、色々といます。その者たちは自分たちの知識欲を優先し、他の生命体を実験体としました。自分たちに都合のよい召使いのようなものを作っていたようではありますが、その実験内容は非情なものだったようです」

「まさかノアは、時空獣まで救いたいのか?」

博愛主義者の麒麟ならあり得ると思った。

「結論としては、その逆です。どうにか救いたくて情報を集めてみましたが……可哀想に、遺伝子を粉々にされてまともな生命体ではなくなり、感情すら動かなくなり、救おうにも救えないと結論付けました。彼らは、消してあげる事でしか救えません」

「それは……本当に無情だな。そういう失敗作を、作った奴らは封じただけで、ほったらかしにしたのか」

「異次元に牢屋を作って手に負えない物を封じ込めたのと、後々に再利用できると思って閉じ込めた物の二種類あるかと思います。そして再利用する前に、この宇宙の僻地を領土とする神が出現したので、二度と関与しないようになったのでしょう」

「ああ、我ら古代種を生み出した神様な。じゃあその彼……が来なければ、ほったらかしじゃなかっただろうか」

「より実験に使われて、苦しんだでしょうね」

「なら、閉じ込められてるだけの、今の状況の方がいいのか」

「ええ。そして、既に我らの神はこの宇宙から立ち去り、その子供である古代種と、他の宇宙からの移住者の人間が支配するようになりました。だから残された時空獣は、ここに宇宙文明を与えられた私たちが解決すべき問題です」

「なるほど。古代種の龍神としては、その先頭に立って頑張らないといけないなあ。全部、消してやらないとな」

「はい。ですので、その時が来れば躊躇されませんように」

「分かった。じゃあ……ホルンと喧嘩しそうだったネタは何だ?」

「ええと、ホルンによると、諦めずに立ち向かえって事です」

「やっぱりな。でも俺は、何というか、これでいいと思うんだ。色んな事情があって感情があって、その中で俺が選んだのは消極的な案でしかないけれど、それで幸せになる人がいるなら、俺はそれで嬉しいんだ」

「はい。よく分かります。エリック様の他者への愛情は、全てを見守る父の博愛ですからね。ホルンがエリック様に望む愛情は、人の愛なんです。その認識の差で、喧嘩が起こります」

「よく分からない」

「説明します。私の憶測の話もありますが、聞いていただけますか」

「よっしゃ来い」

「では話します。魂は魂として生まれてから、幾度か転生して修行を積み、己に磨きをかけて成長していく事を目的として存在しています。人に生まれて一度目の魂の人生と、数多くの転生を経たベテランの魂の人生では、能力の差が顕著に見られます」

「俺はまあ、前世があるから一度目じゃないな」

「ええ。一度目どころか、かなり古くから生きている部類じゃないかと思いますよ。だからこそ今現在の人生では、人々の代表の龍神なのです」

「ああ、そういう事か」

「そうです。そして数多くの人生の中で、幾度も結婚を繰り返して子供を持ち、孫もひ孫もいたでしょう」

「俺は生まれた時から爺さんかよ!」

「まあ、そういう事です。表面では何も覚えてないとしても、魂では覚えています。他の人々の喜びを自分の事のように喜べるのは、多くの経験がある故に全員が家族みたいに思えるからですよ」

「俺、若いんだけど。まだ二十歳になってないんだぞ」

「それでも、魂はお爺さんです」

「止めてくれよもう! こんなにピチピチしてるのに! せ、性欲だって人並みにあるわい!」

「そうですね。肉体は若いですからね」

真面目に返されると余計に恥ずかしい。

「で、だ。俺の愛情は爺さんの愛情で、ホルンが言うのは……」

「自分と相手しか見えていない若い愛ですね。ホルンはポドールイ人として優秀ですが、今だに若い魂なんだと思います。ですから、それが幸せだと思って結婚を勧めてくるんです。エリック様には、重荷ですのに」

「いやいや、俺も結婚したいよ。マジで言うと、明日にも結婚したいよ。幸せになりたい!」

「でも、お爺さんの感覚が邪魔してますねえ」

「あ―――っ!」

ノアとの会話も疲れると判明した。

もう電話切ろうかと動くと、ノアがストップをかけた。

「待って下さい。まだもう一つ、話題があります」

「まだかよ。何だよ」

「先ほどの、魂の熟練に関連する話なのですが――」

「もういい」

「ウルフィール様だった時の話です」

「あ……それな」

しぶしぶ聞いた。

「親に虐待を受けたり、先天的な病を持つ子供に生まれるような魂は、大体が分かっていてその場所に生まれます。困難を乗り越える事で成長したいか、もしくはそこにいる誰かを救いたい場合に」

「そこにいる誰かって?」

「虐待してくる者や、病の子を持つ親をです。エリック様の場合は、虐待してきた実の父を助ける為でしょう」

「……なんで、虐待してくる方を助けようと……するんだ?」

「エリック様には理解して頂けるかと。虐待する者の心は病んでいます。エリック様はウルフィール様として生きた時、父親の心を助けようとその子供に生まれたんだと思います」

「……でも、殺されかかっただけだ」

「結果としては、残念ですがそうですね。でも……ウルフィール様の願いは、そうだったのだと思います」

「……願い」

俺の願い。あの時は、俺は。

周囲が全て闇に包まれた。真っ暗な中で、圧倒的な力が俺を押さえ込む。

それが知らない人だったらまだ良かっただろう。でも俺はそれが、自分が大事にされたい父親だと知っていた。

幾度蹴られて殴られても、いつか自分を抱き締めて撫でてくれると信じていた。

だから傍に居続けた。いつか分かってもらえると思っていた。それで俺は……。

気付いたら、今現在の俺は誰かに縋り付いて泣いていた。

取り落としたスマホから、ノアの声が聞こえる。それに対応したのは、クロの声だ。

クロだと分かると安心できた。余計に涙が出てきて、止められなくなった。

知らないうちに、眠っていた。

2・

翌朝、目覚めるとベッドと寝間着がぐしょ濡れしていた。

掃除してくれる方々には、悪夢を見ましたと説明した。

掃除が終わるまで出ていようと、着がえてから部屋を出て散歩に行った。

何故か一人で出歩いてもいいようなので、前にクロが隠れていた室内果樹園に行った。

果樹園は航行中に新鮮なものが食べられる癒しの場であり、もし宇宙の星のどこかで遭難したら、これを苗木にして栽培して生きていこうというたくましい意味合いの場所でもある。

そして普通に、自然のものに囲まれて楽しむ場所でもある。

ベンチが一つだけあり、そこに座った。
まだ朝早いから、他に誰も通りかからない。

一人で昨日の事を思い出し、疲れのこもったため息をついた。

色々と確認したいことがあるが、スマホを忘れてきた。

スマホが無いと自分は無能だと笑っていると、クロがやって来て俺の前で立ち止まった。

「おはようございます」

「お、おはよう!」

少し気まずいが、笑顔で挨拶しておいた。

クロは、俺の横に腰を下ろした。もっと気まずい。

「あの、クロ。昨日は済まない……ありがとう。すぐ寝ちゃったから、どれだけ泣いてたか覚えてないんだけど」

「これも役目です。しかし、本当に何も覚えてないのですね? 色々とありましたのに」

クールなクロの視線を真横から受け、冷や汗が出てきた。

「いや俺、もしかしたら何か……やっちゃったのか!?」

「いえ、からかってみただけです」

俺は頭を抱えた。

「俺の精神点が残り少ないのは知ってるだろうに、そんな冗談言うな」

「申し訳ありません。お好きな方の冗談かと」

「だから誤解だって言ってんだろ。ああ、もうこの話題はおしまいな。リデルとミラノはどうなった」

「ミラノはリデルに告白され、少し特殊な友人から始めようと告げたそうです」

「なるほど。その作戦は使えるな。振ってはいない」

「しかし、両者共にまんざらではない様子です」

「……あ、そう」

落ち込んだ。精神点がまた減った。

でも昨日の悪夢よりマシだと考えてしまい、思い出したことによるマジの精神攻撃で、馬鹿な事に精神点がより減った。

怯えた俺は咄嗟に、味方のクロの手を握り締めた。

あっと思って離したが、既にクロに睨みつけられていた。

「私は忠告しましたよね? なのに正式にフラれてすぐに、次の女に手を出すんですか。しかもこの私に!」

「ごめん。違う。今のは事故だ。少し弱気になったから、咄嗟に掴んでしまっただけだ」

変に慌てず騒がずどっしりと構えていたら殴られないだろうと思ったから、そうしてみた。

しかし、素早い一撃が俺の頬に放たれた。

帰るまでに、自力の治癒魔法で治した。
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