蛇と龍のロンド

海生まれのネコ

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四章 宇宙の龍神様

4 真実への対処法

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1・

その日の夕食時。

いつもミラノとジーンが一緒に給仕に来てくれるのに、ミラノだけが来た。

マルティナという見張りがいるので二人きりではないが、嬉しい。

と思ったものの、ジーンが体調不良と聞かされて心配になった。もしかしたら具合が悪いのに、一緒に外出してくれたのか。

物凄く悪いことをしたかもと思っていると、俺に給仕をしてくれるミラノの目つきが怖いと気付いた。

いつもと違う迫力で、いつもと違う距離感で、椅子に座る俺を見下ろして睨み付けてくる。

「なんかごめんなさい」

心当たりが無いが、謝った。

そしたらミラノは、睨むのを止してくれたが頬を膨らませた。

「もう、分かってるなら、ちゃんと気遣ってあげてくださいよ。ジーンちゃん、さっき泣いちゃいましたよ」

!?

「な、泣いたってなんで?」

「当たり前でしょう? ジーンちゃんがエリック様を好きなのはご存じでしょうに、振っておいて優しくするのは違反です」

!!

「な……」

何の話と聞きたかったが、俺が何も知らないと知らないミラノに聞くのは躊躇われた。

それよりも、微妙な表情のマルティナに聞いた方が早い。

食事は辛抱して食べ、適当なところで切り上げた。

ミラノが帰ってくれたところで、マルティナを凝視した。

マルティナは少し気まずそうにしながら、俺に近付いてきて傍で立ち止まり、言った。

「確かにジーンは、貴方様に優しくされて辛く思ったようです。友人としての振る舞いでしょうが、向こうは未だにそう思えないでいるようです」

「……」

とりあえずマルティナの認識がそれなら、彼ら全員の正式な認識もそれだろう。

しかし、俺は知らない。一年前のクロの問題の時、彼……じゃなくて彼女も誤解した。

しかしその事件の後、事件について報告してきたユリウスは、俺がジーンを好きだという誤解の部分がジーンにバレていないと言った。

でもフラれた云々の話が蔓延してて、当人が知らない筈がない。

俺はマルティナに、ユリウスを呼ぶように頼んだ。

ずっと椅子に座ったまま待っていると、部屋が近いのですぐにユリウスが来てくれた。
ユリウスは何故呼ばれたか聞かされたのか、少し顔色が悪い。

命じた訳じゃないが、マルティナは部屋に入らなかった。

「ユリウス。悪いが、去年お前が俺にした報告についてもう一度聞かせてもらいたい。ジーンについてのことだ」

「はい……分かりました。いえ、分かります。何を問題とされているかを」

ユリウスの顔は、まるで俺の前で萎縮する小さな星の役人と同じものだ。

「じゃあお前は、俺に嘘の報告をしたのか」

「その通りです」

潔くきっぱりと答えてもらえたものの、何か隠そうとしているようにしか見えない。

俺はため息をついた。

「悪いが、あまり時間を取りたくない。俺が追求したり推理したりする手間を省いて、一から正しく事の顛末を教えてくれ」

絶対に嘘をつかせない方向性で命じると、まだ俺との会話で誤魔化せる可能性があると思っていたのだろうユリウスの顔が本当に青くなった。

ユリウスが床に正座して語ったところによると、本当に事の始まりは俺がジーンに贈った誕生日プレゼントの花にあった。

それを受け取ったジーンは、その時からなのかそれ以前からか知らないが俺のことが好きだったようで、望みがあった上でのちょっとした嘘で、俺に好きだと言われたと誰かに言った。

そしたらもう周囲は本気に受け取るしかなくって、ジーンと二人きりにさせるなどして気遣った。

クロの事件の時にロックが暴露した真実は耳にしなかったようだが、周囲が本当に付き合ってるのかどうか質問しまくったようで、その時にジーンは夏休みの修行から帰ったばかりの俺にフラれたと言ったようだ。

他の人たちはそれで納得したものの、俺の傍に居続けているユリウスは違和感に気付いた。俺がジーンの名前を、なんの話にも出していなかったから。

それでユリウスはジーンを追求して真実を知ったのだが、それを正直に俺に言うとどうなるか分からないから、彼は同情して罪を背負い込もうとしてしまった。

ジーンを俺が好きだという誤解を知っていると報告すると、俺の気を引いてしまって追加調査される恐れがあったから、もう最初から何もない誤解だったと思わせるために、知らないと報告した。

誤魔化している間に記憶が風化して、全員が忘れてくれる可能性に賭けた。そして実際、当人がポカをやらかすまで俺は気づかないでいた訳だ。

全部聞いて、疲れが倍増した。

色恋であんなことがあった俺だから、ジーンの気持ちが分からなくもないんだけど、俺はただの同級生じゃない。上司で、国一番の権力者の一人だ。

それを嘘で付き合っているように周囲に思わせた場合、龍神の立場を利用して国に不利益をもたらそうとしたと判断される。

酷く受け取られれば、国家転覆罪だろう。かなりの刑罰が彼女とその家族に降りかかるしかない。

だから、きっと俺相手に一生嘘なんかつきっこなかった筈のユリウスが嘘を吐いて同罪になり、いま俺の前で床に正座して頭を垂れている。

俺が一番見たくないと願い続けてきた光景が、今もこれからも展開していきそうだ。
そんな事になったら、俺は確実に正気を失う。今度は誰に退治されるだろうか。

「ユリウス、もういい。頭を上げろ」

「しかし――」

「いいんだ。そしてお前とジーンも、みんなが言うように俺がジーンと付き合って振ったのが真実だと思え。もう二度と、他の可能性など考えるな」

「エリック様個人はそれで良いとされても、龍神様という偉大なる者に対して反逆した我らの罪はなくなりません。バンハムーバ人でありながら龍神様に背いた重罪は、決して消えません」

「消してみせる。俺は気の良い友達を、もう二度と失いたくないんだ」

なんだろう。俺の前で頭を下げて座り込む姿に、どこか見覚えがある。

状況は違っている。だけど力無くうな垂れて、ただ死を待つようなその姿が、いつかどこかで見た誰かに通じると感じる。

俺は椅子を立ち、両膝を床についてユリウスを抱きしめた。

「本当に、もうこんなの止めてくれ。俺は普通の十九歳なんだよ。龍神だからって有り難がられても、中身は普通の人間なんだよ。なのにみんなして一歩下がって観察だけして、俺を独りぼっちにする。それに加えて、こうして次々と立ち去っていこうとする。そんなに俺を独りで残していきたいのか」

「いえ、そんなことは――」

「だったら! 俺の命令を聞け。俺もユリウスとジーンと同罪で、龍神という高貴な名に逆らい嘘を吐いた者になる。龍神を軽んじた者を許して、同じ罰を受ける。その俺を護りたければ、吐いた嘘を護りおおせ。一生、死ぬまでだ!」

ユリウスは必死になり俺の腕を振り払おうとしたものの、俺が本気で泣いてるのを見たからか抵抗を止めた。

「その、しかしそんな愚かな真似などしてはいけません」

「まあ、本当ならそうだろうが」

段々気恥ずかしくなってきたので、ユリウスを離して涙を手で拭き、彼の横に座った。

「でもさ、親分てのは子分を護れて初めて価値のある存在になれるんだ。俺はユリウスやジーンだからじゃなくて、他の人も同じようにして護りたい。それが俺の……龍神として生きることにした俺の、こだわりだ。俺は名を護らず、弱者を護る」

「……どの権力にも屈しませんか?」

「話し合いはするさ。でも今回の問題では、話し合いは許されないだろうな。だから本当に、嘘を吐き続けてくれ。ジーンを護りたい」

そう言うと、ユリウスは軽く頷いて俯いた。

「……まさかユリウス、ジーンの事が好きなのか?」

「え! いえ、そういう訳ではありません!」

「マジで?」

「マジです。大丈夫です。故郷に婚約者がおります」

「……」

俺は沈んだ。

「と、とにかく、ジーンにもこの決定を伝えておいてくれ。本当に少しの期間は付き合って、すぐ別れたってな。じゃあ行ってこい。いや、そうだ」

まだ用事があると思いだして、立ち上がって棚に向かった。

さっきしまい込んだ物を取り出し、ユリウスに渡した。

「お前の誕生日はもう少し後だけど、先に渡しておく」

別のデザインのマグネットを渡されたユリウスは、一瞬無表情になった。

「まさかこれを、ミラノにも渡すつもりですか? 別の物にした方が良いのではありませんか?」

「え、そんなに趣味悪いか? 俺は好きだぞ。取りあえず冷蔵庫の扉にくっつけて使え?」

「いえ、我々は冷蔵庫の扉にマグネットをつけるような暮らしをしたことがないので……そのう」

……ああ、そういえば三人とも、成績優秀な上に王家の血が混じってたりする支配者階級だった。ブルジョワジーだ。

申し訳なさそうに本音を語ってくれたユリウスを見て、物凄く愉快に思えてきた。

「なんだよ。やっぱり俺の方が庶民じゃねえか! だから俺が面倒見てやるよ。全部、俺に任せろ」

友達や子分っていうより弟分だと思い、その関係性が嬉しくてユリウスの背中を叩いたら、彼は本気で咳き込んだ。自分の力が、龍神として強くなってたのを忘れていた。

ロックに文句言ってる場合じゃないなと反省し、ユリウスに謝って彼を送り出した。

部屋の扉が閉まり、一瞬何か変な気配がした。

すぐ廊下に出て周囲を見ると、マルティナが少し離れた位置で立っており、もう少し離れたところにユリウスがいて、俺がまだ何か言いたいのかという表情で振り向いた。

俺はユリウスに軽く手を振った。それで彼は微笑み、頭を軽く下げてからジーンの部屋がある方に歩いて行った。

俺はマルティナを見た。

「他に、誰かいなかったか?」

「ええ、クロさんがおりました」

「クロが? うーん……まあいいか。後で――」

明日にでも探そうかと思ったところで、スマホに電話がかかってきた。

誰からか確認すると、ホルンからだった。

あの事件以来縁遠くなり、見送りにも来なかったくせに、今更なにをと思ったが……嫌な気配がする。

俺は部屋に戻りつつ、電話に出た。
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