蛇と龍のロンド

海生まれのネコ

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四章 宇宙の龍神様

2 宇宙での生活

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1・

龍神であることの苦しみを分かってくれるのは、同じ龍神しかいない。

そう思うので半年間に及ぶ実習旅行の一カ月と少しが経過した頃、夜時間になると俺の部屋にわざわざ風呂に入りに来るクロを呼び止めて、話を聞いてもらうことにした。

しかし、俺は覚えていないが前世で敵対していたからか、態度がかなり素っ気ない。

「苦しいのは最初だけだ。宇宙の歴史はきちっと押さえる必要があるものの、星々の法律や政治形態は他と似通った部分が多く、差をまとめた部分のみの丸暗記でいいはずだ。憶えろ」

「まあ、分かってはいることなんだけどさ……」

会話がそこで途切れた。せっかく取っておいた俺のおやつまで進呈したのに、気まずい状況だ。

「失礼します」

そこに、天の助けかユリウスが来てくれた。

「あー、ユリウス。あのさあ――」

適当に話しかけようとしたら、クロが席を立って挨拶もなく部屋から出て行った。

見送った我々が、何か気まずくなった。

「エリック様、邪魔をしてしまいましたか」

「いいや、グッドタイミングだった。どうもクロは俺が嫌いなようで、ろくに話してくれないんだ」

「他の生徒たちとは、比較的仲が良いですよ。前世がアレンデール様という噂が広がり、生徒のみならず軍人たちからも話しかけられているようです」

「うんまあ、閉じ込められた環境で独りきりじゃなくて、良かったとは思う。でも、俺とはほぼ喋ってくれない」

「前世で龍神であっても今世でそうでなければ、信仰心が向けられる事はありません。その立場を配慮して、距離を置いているのかもしれません」

「その割に、ほぼ毎日俺の部屋に風呂を借りに来るぞ。あいつの部屋には風呂がないからな」

「共同のシャワー室では、見かけたことがありません。浴槽が欲しいのかもしれません。狐の姿の方の毛の手入れに必要だとか?」

「うーん、謎だな。じゃあ俺の方から、あいつの部屋に行ってみるか。少し探りを入れてやる」

さっき帰ったばかりなので、寝てはいないだろう。

そういう安心感の下で、俺の部屋の近所のクロの部屋に行ってみた。

そしたら、扉に暗号付きの電子錠がかかっていた。

「ここまで拒否するのか……」

マスターキーを持っている身としては開く事が可能だが、心の中の壁は撤去できない。

しょうがないので、帰ることにした。

廊下を歩いて角を曲がってすぐが俺の部屋で、その通りに歩いて角を曲がりはした。

しかしその瞬間に俺たちが来た方からミラノが紙袋か何かを持って歩いてきたのが見えたので、振り向いて角に隠れて彼女を盗み見した。

こっちに歩いてくるから、俺のところに来るのかとドキドキした。

見ていると、ミラノはクロの部屋の前で立ち止まり、インターフォンを押してミラノですと名乗った。

扉は開き、ミラノは部屋に入っていった。

「エリック様――」

ユリウスが体を張って止めようとしたが突撃していき、また錠がかかっている扉をマスターキーのカードで開いた。

室内には女子用下着を持つミラノと、その彼女の傍に立ち手を差し伸べる風呂上りのクロの姿がある。

一歩下がると扉が自動的に閉まってくれる親切設計に救われ、俺はそのまま自分の部屋に逃げた。

ユリウスが何度か声をかけてきたが無視し、ベッドに入って毛布を頭からかぶり、あまりの虚脱感に死にそうになった。

気付いたらマルティナが俺の横に座り、毛布越しに頭を撫でてくれていた。

こんな時こそマルティナに思う存分慰めてもらいたいのに、彼女ではなくユリウスが俺の視界の中にいるので何もできない。この野郎め。

「エリック様、エリック様、聞こえていますか?」

マルティナが言う。

「お教えしようかどうか迷っていたのですが、今ここで伝えます」

「いやいい。言うな」

「クロさんは女子ですよ。エリック様と同年代の女子ですよ」

「……」

どっと疲れが出た。ミラノはただ、友達に会いに行っただけなのか。

しかしその、別の問題が発生した。

あの時、ミラノの姿をしていたとはいえ、俺はクロに抱きついてキスしようとした訳だ。

もしかして素っ気なかったり嫌われているのは、それが原因か。

誰にも相談できないので、毛布から出ずにそのまま横に転がった。

「もう寝る。寝させてくれ」

「一人で大丈夫ですか?」

ユリウスがいない時に言ってくれと思ったものの、ミラノは無事にフリーだからマルティナと一緒にいちゃいけないと気付いた。

「大丈夫だ。お休みなさい」

宣言し、本当に眠った。疲れた。

2・

翌日からクロは俺の部屋の風呂に来なくなった。どうやら、艦長室の風呂を借りているらしい。

この実習船のライジェル艦長は、話に聞いたところによるとあのロックの息子なので、一応は緩い繋がりがあって借りられるようだ。

そうやってクロに避けられると、何が問題で素っ気ないのか余計に聞けなくなった。

俺の護衛としたまに見かけるものの、遠くにいたり顔を逸らされたりしてしまう。

仕方ないから、しばらく放置の方向性に決めた。

それよりも気にしなくてはいけない仕事が、沢山あるんだから。

クロと話さなくなって数日後、次の寄港地の手前で、救難信号を送ってくる航行不能状態の民間の宇宙船を発見した。

メジャーな航路ならばあまり無いものの、マイナーな航路では行き来する船が少ない分、宇宙海賊に襲われたり時空獣に襲われたり、故障や事故で身動き取れなくなってなかなか助けが来ないなんてことも多い。

今回の船は時空獣の雑魚っぽいのに襲撃された後に、何とか逃げおおせた船のようだ。
既にその脅威はないものの、軍人たちの見立てによると、下手に船に触れると外壁がこれ以上壊れて乗員が宇宙に放り出される危険性があるようだ。

こういう時もプロの軍人たちが指導し、幾人かの生徒たちも救助活動に参加する。

俺は今回は出動してと頼まれなかったが、どうもまだ子供の俺を宇宙空間で危険に晒したくないだけで、本当は行ってもらいたそうな意味ありげな視線を幾人かがくれる。

なので自ら志願して、救助艇での救助が完了する前に向こうの船の外壁が壊れてしまった時の補助係として、龍神に変身して宇宙に出て行った。

宇宙に出ずっぱりだったロックとの長期旅行のおかげで、見知らぬ空域といえども傍に味方の船がいる状況では全く怖くない。

こうして実習船で旅をしてみて、時空獣がほぼ寄ってこない結果も示されているので、奴らのことも怖くない。
なんなら、俺から追いかけて食ってやる。

そういう自信がついてきた上での余裕を見せつつ、それでも壊れた宇宙船の状況を注意深く観察もして、その近くでウロついた。

救助艇が無事にドッキングでき、その地点まで逃げようとしている人々の姿が、宇宙船の窓の向こうに見えた。

最初、彼らはギョッとして俺の方を見たものの、時空獣じゃなくて龍神だと気付いたのか突然にテンションが上がった。

窓に群がってキャッキャしている。
いや、早く逃げてくれよ。

俺がいたら救助活動の邪魔みたいだから、窓から見えない位置に移動し、宇宙船の外壁近くに浮いた。

そして、普通の船の周辺で聞こえる筈のないピシピシいう音が船体から発生しているのに気付いた。

全員が既に宇宙服を着ている状況といえ、普通の人間には宇宙の環境は過酷すぎる。壊れた船の破片で、宇宙服が破ける恐れもある。その場合、化け物じゃない限り即死だ。

破壊させないのが一番だ。

宇宙船には、生活用水と船の機能維持のための液体状態の水が常に適度に保管され、再利用で使用され続けている。

外壁に設置されている送水用パイプなどが破損した場合には、その近辺に存在する水は宇宙の冷気によりすぐ凍り付く。

本来は水神である龍神の力を使えば、その氷を水に戻して膜状に広く展開して、外壁補強をするのが可能だ。

宇宙の歴史の授業で習ったが、この手段で歴代の龍神たちが救い出した宇宙の旅人の数は思った以上に多かった。

今、俺も同じように壊れた宇宙船の内部から水をもらい、俺の力を混ぜた薄い膜にして壊れそうな壁を全体的に覆い尽くした。

その壁を維持したまま、救助活動が終わるのを待った。

変身する前に耳に取り付けたイヤーカフ状の通信機器で救助活動の進行状況を確認し、全員の退避が完了したところで膜を解除した。

救助艇は無事に、戦艦に戻っていった。

それから全部見届けた俺が最後に、戦艦まで泳いで帰還した。

この後、国連の救助部隊にここの座標を連絡しておけば、彼らが調査に訪れて、民間のサルベージ船を使って壊れた船を回収してくれる。

救助した人たちは、その国連の船を現場で待って引き渡すか、近くの星まで連れて行って国連の支部に引き渡すかする。

実習船である以上、出来るかぎり予定通りに進みたいライジェル艦長は、救出したのがバンハムーバ人だったこともあり、このまま連れて次の寄港地に行くと決定した。

それから二日間、救助した中にいた無邪気な子供たちに遊んでもらえて、精神力が少し回復した。

龍神になって、ほんのちょっとだけ良かったと思えた。
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