蛇と龍のロンド

海生まれのネコ

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三章 宇宙軍士官学校にて

5 帰りたい場所

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1・

不意に目覚めた時、目の前に大きく口を開いて俺を食おうとしている何かがいた。

「ギャー!」

「うわっ、目を覚ましやがった!」

一気に目が冴え、喋ったそいつをよく見ると龍神姿のロックだった。

「な、何しやがる! お前も時空獣か!」

「いや、ただ連れて戻ろうと思っただけだ。食いたい訳じゃない」

いつも通りの調子のロックは、青白い星のエネルギー流の中で、泳ぎ辛そうにしながらも俺の周囲をゆっくりと巡ろうとしている。

「連れて戻るったって……俺は帰らん」

「そう言うなよ。ホルンがまだ話したいことがあるってさ」

「知るか。俺もう、龍神辞める。ユールレムの蛇になって、向こうで大人しく暮らす」

「自棄になるなよ。今は昔とは違う。エリックは、幸せになれる」

「昔の俺は、不幸にしかなれなかったのか」

「問題が深くて難し過ぎたんだ。癒やすにも色々と問題があって、誰も踏み込めなかった」

「ふうん……そういえば、前世の俺とお前は、知り合いだったのか」

「ああ、まあ。仲良くはなれなかった」

「だろうな」

性格が相容れない。

「じゃあな」

「ちょっと待て。その……俺が説得できないと、シーマ様が来る」

「だからどうした」

「最近、前より調子が悪いんだ」

「……」

シーマは龍神を引退した。それは龍神としての力を上手く発揮出来なくなり、体が弱り徐々に身動きが取れなくなっているという意味。
龍神は、外見は若くて美しいままそうして弱り、最後に眠るように死んでしまう。

「……だからどうした」

「おお。もうちょっと長生きさせてあげような?」

「来なきゃいいだろ!」

「エリックが戻ってくれば来ないんだよ!」

俺とロックは、しばらく頭突きの応酬をした。

当たり前ながら俺の方が圧倒的不利だから、途中で身を引いた。

「帰ってきてくれるのか?」

「頭突きで帰る気になるか!」

「じゃあ、どうしたらいいんだ」

「そっちが帰れ」

また食われそうになったので身を引いた。そのまま逃げようとしたら、ロックは言った。

「シーマ様を長生きさせてあげてくれ。今度、子供が生まれるんだって」

俺は動きを止め、震えつつ振り向いた。

「今の俺になんでそのネタを振るんだ! ぶっ殺されたいのか!」

「え? いやでも、普通のお知らせ――」

「あ~っ! もう嫌だ、絶対逃げてやる!」

「双子なんだってさ。男の子と女の子。うちと同じ家族構成だ」

「ああ~っ!」

精神的攻撃に耐えられなくなってきた。

2・

妥協案で、俺は森林公園の中に潜むことにした。
星の中にいなけりゃ、シーマがクリスタに来ることもない。

茂みに隠れてスマホで時間を確認すると、おやつの時間になっていた。俺、そんなに寝ていなかった……というか、ロックが素早く出動したという事か。

絶対にホルンの命令で動いただろうと思い、周囲の気配を察知しようとしていると、本当に来た。

ホルンはとても悪びれた様子で、手に大きめのバスケットを持っている。

「ピクニックしましょう」

「お前、どこの女子だ」

そう返してみたものの、お腹は空いている。それに俺も、本当は話し合いたい。

石塔の見える芝生の上にピクニックシートを敷き、そこに座った。

男子向けじゃないが趣味の良いカトラリーに囲まれ、美味しい卵サンドに紅茶とお菓子をいただいた。
話をする前に、美味しすぎて全部食べてしまった。

「そういえば、話をしに来たんだった」

「そうですね。今日は適度な曇り空で風もあり、とても涼しくて、話し合うには良い夏の一日ですねえ」

「ホルン……あのさあ、俺も一応は分かるんだ。危険すぎる奴がいたら、万全の体制で迎え撃つのは一般常識だ」

「今のエリック様は、それほど危険ではありません。一度生まれ変わられたので、辛さを忘れられたところもあるようでして」

「虐待の辛さか。でもお前に肩を掴まれた時は、マジで恐ろしかったぞ。あれで、忘れた事もあるっていうのか」

「ええ。ですから、今度こそ貴方を救えると思いました」

ホルンは、本気の目つきで俺を見る。

「過去の貴方も、出来る限り傷つけずに癒して差し上げたかった。そう出来なかった私は、生まれ変わった貴方を探して発見し、そして見守りました。それは私の意地であり、都合です。私の事情なのです」

「うーん、まあ、縁があってそれだけ思い入れてくれて、ありがたいと言えばありがたい。俺はお前の事情のおかげで、なんとかマシな人間になれたし、それに命も救ってもらえたようなもんだ。さっき、龍神にならなきゃ良かったって思ってたけど、俺を罪人としか思ってくれないユールレムに行ったって、今頃同じようにユールレムの蛇にならなきゃ良かったって、運命を呪っていただろう」

「ですね」

「はは……結局、俺は身勝手なんだな。責任があるって分かっていて選んだ道で、嫌になったから逃げ出した」

「いえ、普通は誰でもよく逃げますよ。だから、逃げてもいいんです」

「さすがに、龍神がユールレムに逃げるのはダメだろうに」

「そうされたいなら、手引きしますよ?」

「え?」

「過去にはバンハムーバに属さない野良の龍神もおられました。ユールレム空域で、海賊をしていたようです」

「マジか! 本には書いてなかった……ああ、改ざんされてるのか。俺の前世の事も、嘘で塗り固められてるし」

「ええ」

「全く、どれが真実やら」

「私は、嘘は言いません。冗談だけです」

「ああ……冗談も言わなくなったホルンは本物の悪魔だから、冗談ぐらい言ってくれ」

「お許しが出て嬉しいです」

……もしかしたら早まった?

「早まっているかもしれません。私は、ポドールイ人ですからね。みんなが恐れる闇の一族ですよ」

「それ、いつもおかしいと思ってるんだが。ゲームとか小説とかじゃ、普通は闇の一族って敵役だぞ。なのに本物の闇の一族は、なんで宇宙一善良な民なんだ」

「それは、理由が三つあります。ポドールイ人は誰よりも長生きな一族ですので、数百数千と生きる間に、感情をどこかに置き忘れてしまいます。動く感情が無くなれば、その者は死に向かいます。私たちの聖地に、死出の旅に向かうのです。けれど、出来る限りはその時を遅らせたくて……短い人生を輝きながら生きる貴方がたと共にいることで、みずみずしい感情を維持しているのです」

「……思った以上に重い話だな。死出の旅にって……まあいいや。あと二つは?」

「私たちは、四万年ほど前に神の楽園から移り住んだ記録を、一度も失わずに保持し続けた民です。楽園の生き方が、文化として身に付いているのです。ですので、困っている者は助けます」

「神の楽園か……天国だよな?」

「一応は、それに似た場所でした」

「龍神もユールレムの蛇の王も、そこでは一般市民だったんだよな。考えられない」

俺自身の事情も相まって、笑ってしまった。

「で、最後の一個は?」

ホルンはそれを聞かれると、俺から目を逸らして遠くの方に視線をやった。

「私たちは長寿です。混血で血の薄まった私ですら、生きようと思えば若い姿のまま数万年は生きられるかもしれません。けれど心が保たず、その前に死ぬでしょうけれど」

「さっきの話か」

「ええ。でもそうして長寿の私たちでも、かなり数を減らして絶滅危惧民族に指定されています。これからもっと先の話になりますが、宇宙文明が滅びる前に、私たちは先に滅びます」

ホルンは、こっちを見て俺と視線を合わせた。

「私たちは、滅びた後に遺す事になる貴方がたの役に立ちたいんです。滅びた後では、何をどうしようが貴方がたを救えません。ですからせめて、今はまだ姿があるこの時に、貴方がたを助けます。これは、私たちの事情です。遺される貴方がたが少しでも幸せであり続けてくれるように願い、それを滅びの瞬間まで生きる糧にしているんです。ですから……」

俺の視界が、涙でかすんできた。

「エリック様、幸せになって下さいね。我々のためにも」

「…………しょうがないな。分かったよ。取りあえず寮には帰る」

「そうされて下さい。でも、逃げたくなったら遠慮無く連絡して下さい」

「カート商会の船で海賊ってのも、やってみたいんだよな」

「私もです」

「随分と物騒な海賊の一味になれそうだ」

俺とホルンは一緒に笑った。

それから、気が重いものの帰るために変身しようとしたら、呼び止められた。

「そうそう。エリック様、この度の恋は普通に相手を大事に出来たようですね」

「うるさい! その話に触れるな!」

せっかくいい気持ちで帰ろうとしたのに、それを笑顔で言うなんて!

「私は遠くから応援しています。男らしく、告白ぐらいしましょうよ」

「下世話野郎め! 彼女は彼氏持ちだ!」

「いいえ、彼氏はいません。今まで一度も、いたことはありません」

……ん?

「お前、分かってて何も言わなかったのか?」

「聞かれませんでしたから。でも、いま教えましたよ?」

「てめえ、朝に教えろよ! でもありがとう! 帰る! ロックにもお礼言っておいてくれ!」

ショックで変なテンションになった俺は、勢いで龍神の姿に変身して飛んで帰った。

寮の俺の部屋のベランダに降り立つと、そこで待っていたのかジーンとミラノに発見された。

「エリック様、髪を切らなかったんですね!」

ジーンの叫びで、問題はそれだったと思い出した。

嬉しそうに駆け寄って来てくれた二人を見て、自分がいていい場所がここにあると気付いて嬉しくて、また涙が出てきた。

「勝手に抜け出してごめんなさい」

俺が泣いて謝罪すると、二人はとても驚き戸惑った。そして教官を呼びに走って行ってしまった。

残念ながら、俺と二人……ミラノとの間は物凄く離れている。これをどうにか傍に寄せるためには、それこそホルンが言ったように告白するしかないのだろうが。

今は大騒ぎになったので、また次のチャンスを狙うことにしよう。

決して、怖じ気づいた訳ではない。たぶん。
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