蛇と龍のロンド

海生まれのネコ

文字の大きさ
上 下
15 / 46
二章 自分探しをしてみた

5 自分で決めた進路

しおりを挟む
1・

ホルンを救うためのメッセージを入れてから、何故だか無性に勉強がしたくなってきた。

ナナに家庭教師になってもらい、本当に龍神に必要な知識の詰め込みにチャレンジしてみた。

思った以上にナナが博学で驚いたものの、そこは表に出さずに純粋に感謝した。

そして夕方まで、久しぶりに有意義な時間を過ごせた。

夜、ナナに給仕してもらった俺の夕食が終わった後で、ホルンが帰ってきた。

「ホルン、あのさあ、クビになりたかったのか?」

「いいえ、全く。エリック様の楽しみを増やしただけです」

「そういえば楽しかったな。よし、マジで許してやるぞ」

「慈悲深きお言葉に、感謝いたします」

「だったら、また写真撮らせろ」

そう頼んだが、ホルンは脱兎のごとく逃げ出した。後ろ姿だけは撮れたものの、誰か判別つかない程度なので掲載は諦めた。

寝る前になり、今日はもうネタがないと思いつつ、つぶやき君にアクセスした。

そしたらまた、沢山の記事があった。

「本物って!? マジでか!」

「許可くれたって、それどういう意味! マジヤバイ!」

「っていうか、エリック様ここ見てんの?」

見てまーす。

「このテンションでも許されるものか? そりゃ、他と比べてかなりマイルドな場所ではあるが」

「そういう堅苦しいことは置いておいて、純粋に楽しみましょうよ。軍人ジェラルド万歳!」

「エリック様バンザイ! 次は風呂場でお願いします!」

「それさすがにヤバイ」

「いや、ジェラルド君の勇気を信じよう。そして尊い犠牲を忘れないようにしよう……」

「死ぬの決定ですか」

嫌だ。なので、風呂場は無しと打ち込んだ。

「来た、当人来た!!」

「逃がすな! 質問し続けろ! どこ所属の軍人ですか?」

考えて無かった。宇宙軍とだけ書いた。

「エリック様、宇宙におられるのね」

「星の上でも宇宙だろ」

「エリック様ってどこにいます?」

秘密と書いた。

「当たり前すぎる。尻尾出して下さい」

「出したら、ジェラルド君は明日の光が拝めないぞ。ここは情報を小出しにしてもらうために、無難なネタの提供を求めたいものだ」

なるほど。無難なネタか。
じゃあ明日、笑顔ぐらい撮影してきますと書いた。

「明日! カモン!」

「寝顔の次は笑顔! その次は泣き顔を拝みたいと望みます!」

「さすがにそれマニアックだわ。エリック様逃げちゃうよ」

「済みません。ごめんなさい。じゃあ煽り顔で」

「よけいアカン。逃げられたな……」

その言葉通り、もう寝ることにした。

2・

翌日は晴れた。それでも自由時間を、勉強に当てた。

今日もこのまま知識が増えていくだけかなあと思っていると、昼前にバンハムーバ軍人たちが部屋まで乗り込んできた。

恐いぐらいの気迫で、つぶやき君の俺の写真について質問された。しょうがないので、全部俺が投稿したことにした。

「暇だったんです」

の一言で分かってもらえはしたものの、止めてもらいたそうな視線を痛いほど向けてくる。

でも楽しいし止めると言いたくないので、口を濁した。

そのうち、お客人の一人が、俺が何を勉強しているのか気付いた。

「エリック様、お暇だというのでしたら、本当にバンハムーバ宇宙軍の所属になりませんか? クリスタのロック様の下でしたら、安全に学べますし」

「え? そういうの……可能ですか?」

「もちろんです。子供時代の龍神様で、宇宙に出て戦う意思のある方は、必ずクリスタの宇宙軍士官学校に通うしきたりとなっています。いまこうしてエリック様が学ばれていることを、より詳しく効率的に教わることができます」

「そうなんですか」

全く知らなかった進路だ。ホルンは何故、教えてくれなかったのか。

教われば、俺の意思に反して選ばされる事になる可能性があったからか。

でも俺、この話を聞けて嬉しくなった。もっと早く聞きたかったと思うほどに。

「頼みます。俺、軍に入りたいです!」

どうしてここまで入りたがっているのか、自分で理解できていない。でも、これが自分の進みたい道だという心は分かる。

軍人たちはとても喜んでくれた。だから彼らを写真撮影したかったのに、それは断られて逃げられた。

なのでナナに、今の俺の笑顔を撮影してもらった。
この写真は、夜になってから投稿しておいた。

翌朝、普通にやって来てくれたホルンに、クリスタの宇宙軍学校に通うことにしたと伝えた。
ホルンも、笑顔で返してくれた。

「よい選択ですね。あちらの星での生活は、とても楽しいですよ」

「そういえば、ホルンの故郷と仕事場はクリスタなんだっけか。久しぶりに帰れるんだな」

「はい。でもそう長くは外出していませんでしたから、まだ望郷の念はありませんね」

「ホルンだったら、宇宙のどこで何年働こうが、全然平気っぽい」

「そうでもありません。私も色々と執着心はあります。なので生きているんです」

「名言だな……まあ、俺みたくありすぎるのは困るだろうけどな」

「エリック様も、最近はとても良くご自身を制御されていると思います。このまま感情に流されず、物事を冷静に見る目を養っていって下さい」

「いや、まだ自覚して数日しか経ってないじゃないか。とても危うい」

「それでも、上出来です。元々素直な方ですので、吸収が早いのです」

「……それ、ガキって意味か?」

「まさか。宇宙軍士官学校は学校と銘打たれていますが、龍神様にとっては実質的な軍への入隊です。ご就職、おめでとうございます。私は安心して、龍神の神殿に戻れます」

……え?

「一緒には……来ないのか? てっきり来るもんだと」

「宇宙軍学校にいる間は、あちらの軍人がたが世話人となります。神官は、宇宙に同行することはありません。神殿の留守を預かるのが役目です」

「そ……そうなのか。じゃあ……まあいつか、神殿に帰るな」

「お待ちしています。ですが、エリック様は母星在駐の龍神となられるかもしれません。そうすれば、なかなかお会い出来なくなりますね。少し寂しくもあります」

え?

「ホルンは……俺の追っかけじゃなかったのか」

「任務があり、付きまとっていただけです。貴方が良くなれば、私は傍におりません」

ホルンは満面の笑みで言った。

思ったよりも、あっさりだ。いや、俺が……期待し過ぎてたのか。

友達じゃなかったのかと考えたが、それは言わなかった。本当にガキの執着でしかないから。

ホルンが立ち去り、次にナナが来たから、今後を質問した。

「ナナはどうなるんだ?」

「どうなるも何も、私はこれからもずっと、この神殿にお仕えします」

「……だよな」

中学や高校を卒業する時、これほど他人と別れるのが嫌だなんて考えた事もなかった。
シナモンと離される時も、こういう気分じゃなく、もっと無機質な味のない暗闇を感じていただけ。

なのに出会って数日の二人と、どうしても別れたくないと思う。とても悲しい。

俺はそれだけ、ここでの生活を……宇宙に出てからの生活を楽しんでいたんだ。

今更行きたくなくなってきた。馬鹿みたいだ。

出てしまった涙を手で拭うと、ナナがハンカチを差し出してくれた。

「これ、もらっていいか?」

「はい。でも、もっと良いハンカチをお持ちしますよ」

「これがいい。ありがとう」

感謝し、俯いた。涙が止められなくて、情けない。

「ナナ、明日はデートしような」

「はい?」

ナナはしばらくのあいだ驚きのあまりか固まったが、後でちゃんと喜んでくれた。

翌日、本当にデートに出かけた。普通に接してくれているナナに違和感を憶えつつも、神殿周辺の観光地巡りをし、記念に写真撮影しまくった。

そして最後に神殿の正面玄関前にあるフルーツパーラーに入って、一人では食べきれないフルーツパフェを前にした。

途中で、二人で食べてもさすがに残す量だと判明した。残したら勿体ないので電話で助っ人を呼んで、お店の人に先に水とスプーンをもらっておいた。

すると、まだ誰もいない席を見たナナが、唐突に激しく泣き始めた。

俺は何が起こったか分からず、最高に焦った。
けれど何かを耐えるように大粒の涙をこぼすナナを見て、何となく分かった。

ウィスタリアの龍神の神殿は、心を癒したいものが頼る場所なんだと。

ホルンがあんなに俺の傍にいないのも、そっちで治療を手伝っているんだろう。

今の俺にできることは、今度は俺がナナにハンカチを渡すだけだ。

それでもナナはハンカチを受け取ってくれて涙を拭き、笑ってくれた。

その後で来た助っ人は、問題の席とは違う席に座り、新しい水とスプーンをもらって参戦してくれた。

俺はここでホルンとツーショットを撮り、ナナとも撮影した。

ナナのは完全に思い出だが、ホルンのとはつぶやき君に載せた。
とてもいい反応が返ってきた。

3・

数日後。
龍神三名とバンハムーバ政府から許可をもらえた俺は、入学が少し遅れることになったものの、今期の新入生としてクリスタの宇宙軍学校に通う事が決定した。

ナナとは神殿を後にする時に別れた。その時にしっかり抱きしめてもらったとしても、前に他人の手に感じていたような恐怖心が無くなっていた。

そしてホルンとは、俺を迎えに来てくれた軍艦に乗ってクリスタまで行った時に、軍港でハグしてお別れとなった。

あれだけ恐かったホルンとも、今はただ別れが寂しい親しい人としか感じない。

もしかしたら、ウィスタリアでの生活は、全部が俺にとっての治療であったのかもしれない。

詳しく聞こうにも、企んだ当人は笑顔のままで素早く立ち去っていった。

俺も、笑顔で手を振って見送った。

これからの新しい生活が、とても楽しみだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

彼はもう終わりです。

豆狸
恋愛
悪夢は、終わらせなくてはいけません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた

リオール
恋愛
だから? それは最強の言葉 ~~~~~~~~~ ※全6話。短いです ※ダークです!ダークな終わりしてます! 筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。 スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。 ※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

処理中です...