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第五章 私たちの選ぶ未来

6 防衛対策

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1・

学校からできる限り急いで中央神殿に戻り、通信室へ向かった。

しかしその時には既にラスベイ襲撃は終わっており、この戦いの隠された意味についての議論が始まろうとしていた。

僕が通信室に入ってすぐ、大画面の向こう側にいるエリック様に、ラスベイにいるというホルンさんから電話が入った。

ホルンさんはクリフパレスがラスベイを襲撃した意味、おびき出せた闇の神との戦い、戦いにおいて深手を負ったロゼマイン様に僕の母さんが憑依して命を救ったこと、そして闇の神と時空獣からユールレムの方々を護り仰せたことを報告してくれた。

そして最後に、ホルンさんが将来父親になるホークアイ一族の男の子が未来からやって来て、戦いに助力したことも教えてくれた。

「彼の名はオズ。この宇宙を追放された馬の神その人です。私は将来、彼を自分の息子としてこの宇宙に召喚できるようです。そして過去の罪については、とても反省している、ごめんなさいだそうです」

通信機に繋がったスマホからの台詞に、画面の向こうのエリック様が席を立ち、怒っているのか震えながら画面に背を向けた。

「先に説明してから出掛けろよ! どうしてそんなに秘密主義なんだ!」

「ただでさえ多忙なエリック様に、重荷ばかり背負わせてストレスを増やしたくないからですよ。それに闇の神は本来、誰よりも勘が鋭く耳ざとく、頭の良い神なのです。秘密の話としても馬の神のことを話し合えば、帰還がバレて強襲が失敗に終わる可能性もありました」

「ちくしょう、正論ばっかり言いやがって! 俺がどれだけ心配したと思ってんだ!」

怒って叫ぶエリック様を、画面の向こうにいるマーティス様やレン様たちがなだめ始めた。

母星がそんな状態でも、ホルンさんは話し続けた。

「我々の作戦が功を奏して闇の神の力を削げましたが、彼はまだ本気を出して戦ってはいませんでした。戦力の殆どを、そちらに……バンハムーバ周辺に配置しているのです。彼は元々、古代種族が生きた神の楽園を異次元に生み出す程の力を持つ神です。生き餌としてショーン様を狙っていなければ、彼はこの宇宙に帰還してすぐに数多の星を片っ端から壊していたことでしょう」

その台詞に、誰にも取り押さえられないエリック様が振り向き、彼のスマホに話しかけた。

「なあ、その表現じゃあ、闇の神はここの宇宙文明創造の魔界の神のようじゃないか。その助手でもしてたのか?」

「いいえ、その当人です。フリッツベルクさんもオズも、あの彼は我らの宇宙文明の産みの親、全ての古代種族の父である魔界出身の神だと言います。我々は、この宇宙を統べた存在を敵に回しているのです」

ホルンさんの言葉に、僕らだけじゃなく、さすがのエリック様も絶句した。

「闇の神と化したかつての大神は、これから私がバンハムーバに帰還する前に、四日もせずにクリスタに赴き、ショーン様を捕らえます。同時に彼の操り人形である時空獣たちにより、星の全土に大規模な襲撃が行われます。その標的はクリスタとバンハムーバ母星だけじゃなく、ファルクスとアデンも襲われるようです。彼はまず、この三つの近隣国家を滅ぼすつもりなのです」

ホルンさんが話し終わっても、誰も発言しなかった。

僕が状況をよく理解できずに困っているのに気付いたのか、オーランドさんが傍に来て腕に触れてくれた。

「ショーン様。貴方は、転生する前のショーン様ですよね?」

オーランドさんは、僕の目を覗き込みつつ言う。僕は辛くなり、視線を逸らした。

「あ、あの、ごめんなさい。こんな時なのに、役立ちそうな彼が……僕ですけど、どこかに行っちゃいました。僕、その、彼みたいには、世界から情報を得られません」

こう言うとみんなが驚いて、僕に注目した。

イツキが何も言わずに迫ってきたから叱られるんじゃないかとビクついたんだけど、彼は僕をしっかりと抱き締めてくれた。

「ショーン様、大丈夫ですよ。不安にならなくても、味方は大勢います。みんなで力を合わせて、敵を退治しましょう」

「うん……」

そうできると良いけどという不安を抱えると、心が痛くなった。辛くなった。何も分からず力もろくに使えない僕より、やっぱりあっちの僕の方がいい。

あちらに変化しなくては。

僕はイツキを押し離し、ここにいる全員に向かって言った。

「僕は、どうして元に戻ってしまったのでしょう? これからの戦いには、あちらの僕の方が役立ちます。だから、どなたか、変化のメカニズムを、解明していただけませんか?」

「今のままでも十分に対応可能ですよ」

イツキが言うが、それは僕を慰めるだけの言葉だと分かる。

僕はイツキ以外の、クラレンス様や役所の方々、ジェラルド先輩とその関係者さんたち、画面の向こうのエリック様とマーティス様たちに視線をやった。

誰か何か言ってくれると期待して。

「一応、ショーン様の転生による変化について、先に予想をつけて仮説を立てていましたが、正しいかどうかは分かりません」

そう言ったのは、僕の背後にいたウィル先輩だった。

振り向いてウィル先輩に近付くと、彼はとても優しい笑顔で僕の肩を軽く叩いてくれた。

「取りあえず落ち着かれて下さい。椅子に座られて下さい。あ、ジェラルド様ありがとうございます」

ジェラルド先輩が画面の前の一番良い席を譲ってくれ、ウィル先輩がそこに僕を画面を背にして座らせた。そして彼はその前でしゃがみ込み、僕の右手を握り締めてにっこり笑った。

何故か、出会った時のウィル先輩のことを思い出した。ほんの一ヶ月前の姿なのに、あんなにピリピリして厳しかった彼が、笑顔で僕の前にいる彼と同一人物と思えない。

一ヶ月でもウィル先輩は変わった。僕も、変われる……。

「頭で考えただけで立てた仮説ですが、聞いていただけますか」

「はい。教えて下さい」

僕は落ち着き、ウィル先輩の話に素直に耳をかたむけた。

ウィル先輩はまず、人が死んだ魂が向かう時空世界、天国には時間の流れがないと教えてくれた。

僕らの人生はレコード盤の針が落とされた場所で奏でる音楽であり、同じレコード盤には過去も未来も既に同時に存在する。それらはそれぞれの位置で、人の意識という針を向けることで演奏され、時間の概念がないから実は全てが同時に演奏されていることにもなる。

そしてそのレコード盤は柔軟で、天国とこの物質世界、宇宙が生み出された瞬間のことわり、生まれて成長している特徴を兼ね備えているので、時間がない世界の中でも常に新たな形に進化し続けている。既に完璧でありつつも、より進化し続けているのが僕らの世界の真理。

「ショーン様のレリクスとしての魂は生まれたてで、今現在の存在としてはヒヨッコで駆け出しです。けれど時空世界には時間がありませんので、あちらに戻れば未来の熟練した魂を持つショーン様も同時に存在するのです」

「あ……そういえば」

僕は必死になって考えた。

「では、先程までいた僕は、その未来の僕ですか?」

「いえ、少し違います。人の魂の核となる存在は、時間がない世界の中で常にそこに居座り続けています。時間がないので、現在と過去と未来の魂が時空に戻ると、時代は離れていようが同じ存在としてくっついて同時に存在することになります。イメージとしては、イカかタコが時空にいて、足を物質世界に垂らすとそれが一人の人として生きますが、足を引き上げて時空に戻ると、そっちに本体のあるイカかタコの足の一本だったと思い出す感じです」

「うーん。何とか、分かるような?」

「ショーン様が転生された時に神族の力が暴走して、ショーン様の魂と意識がイカの胴体の方にズレたのだと思います。ですので、時空世界にある世界の情報が常に傍にある状態となったのでしょう。ですが、そのズレが修正されたために、元のショーン様に主導権が戻ってきたのです」

「ああ……ええと、うん。なるほど。彼は胴体だから僕の記憶も能力も持つけれど、イカの足の僕はあの世にいないので、世界や彼の意識を共有できないと、そういう意味ですね」

「そうです。その通りです。仮説ですけれど」

ウィル先輩が言うと、これを聞いていた皆さんが同意し始めた。その可能性は限りなく高いと。

褒められたウィル先輩は少し照れて嬉しそうだ。僕も嬉しくなった……けれども、僕はあの僕に戻りたい。

僕は椅子を立ち、決心して言った。

「僕は、イカの胴体の僕に戻りたいんです! その方がみんなを守れます!」

すると、僕の背後の画面の中でエリック様が言った。

「確かにスイッチがあって自由に変化できれば便利で、それに越したことはない。どうやって今のショーンに戻ったんだ? 覚えているのか?」

「ええそれは、彼が消えるまでの記憶は残っていま、す……が……」

僕は、ここで問題に気付いた。ミンスさんとの事を、ここで全員に説明しなくちゃいけないという。

「…………」

僕はゆっくりと俯き、その場にしゃがみ込んで小さくなった。

覚えてないのかとエリック様が呟くと、イツキがそれに返した。

「たぶん、ミンスという女生徒と会話をしている時に変化をしました。自分が龍神シャムルルであると話す前にです」

「あー、くだんの女神か。なるほど。だからショーンはそんな感じになっちゃうのか」

何故かエリック様が納得した。

「とすれば、スイッチはミンスさんに対するトキメキだな? ショーン君、彼女のことを思い出してときめいてみるんだ」

エリック様が無茶を言うので、何も言えない僕はモジモジした。

僕がしゃがみ込んでただモジモジしている間に、防衛戦対策について本格的な話し合いが始まった。

バンハムーバ母星はエリック様が主導して護る。アデンとファルクスはそれぞれの政府に連絡をした上で、クロさんが助けに向かう。

ここクリスタには僕を狙って闇の神とその主力の手下が絶対に来るから、ジェラルド先輩が盾として主に戦う。

僕はそれを聞いて、胸が締め付けられた。

「ジェラルド先輩。その、僕のためには、戦わなくても……」

「いやいや、何を言うんだ。よく考えろ? 栄養たっぷりのショーンが喰われれば、俺たちの負けが確定する。俺はお前の盾になる。それが俺の仕事だと決めた。だから護らせろ」

ジェラルド先輩は、物凄く男らしく格好いい様子で、僕の頭を撫でた。

撫でられた僕は、頷いて受け入れるしかできなかった。

「僕は、闇の神と戦います。でも、今のままでは駄目ですよね。ですから……ホルンさん? まだ通話中ですか?」

「はい、まだ荒野のど真ん中で立ち尽くして電話していますよ」

通信設備のスピーカーから、彼の声が聞こえてきた。

「えっと、あの……僕はどうすれば良いのですか?」

今ここにいるポドールイ人で一番力を持つのがホルンさんだから、彼に聞けば間違いない。

みんなも意見を聞けばいいのにと思った。

「ショーン様、私や他のポドールイ人も万能という訳ではありません。そこのところを、まず理解していただけますか?」

「あ……はい。済みません」

僕は焦った。ホルンさんは普通に続けた。

「先ほどまではショーン様がすべき事は、闇の神の到来を待ち受けて強い光で浄化する事だと思っていました。けれどウィル様の話を聞いて、違う展開が思い浮かびました。敵の懐に入り込む、危険な作戦ですが」

「それは、効果的な作戦ですか?」

「はい。成功すれば、闇の神本人という強力な味方が得られます」

「は?」

「正確には、闇の神の胴体、もしくは足の数本です。闇の神がイカの胴体でなければ、光に存在する筈の胴体に出会うことで力を借りられます。そして惜しくも胴体であったとしても、光の存在であった足の方の魔界の神の力を借りられるかもしれません」

「そういえば、そうですよね。偉業を為した神ですから、時空のどこかに必ず光の彼がいますよね! しかしその、どうやってその存在を探し出せば良いのですか?」

「その頃の闇の神を知る存在に手引きしてもらい、フリッツベルクさんの行使した過去へ向かう術を使ってみればいかがですか? ただこれは、本当に危険な賭けです。行うかどうかは、熟考されてください」

「はい……アイデアとご忠告をありがとうございます。しかしその当時を知る存在とは、馬の神様のことですか?」

「そうですね。ちょっと聞いてみます」

ホルンさんがそう言うと、すぐに答えが小さく聞こえてきた。

「僕は、クリミア様がこちらに来られてから生み出された神なんだ。魔界にいた当時の、あの方のことは知らない」

闇の神の真名が聞こえてきたから、意識しないようにした。

「こちらに来た後の闇の神様は、人に転生していましたか?」

「うーん、神の楽園を無くした後で、何度か人に生まれていたようだけれども、傍にいなかったから僕は知らない。だから魔界出身の神に頼むしか、あの方の足に会えないよ」

「闇の神は、胴体部分なのですか?」

「……うん。たぶん。残念だけど、あの方の魂は本当に闇に染まってしまった。魔界にいた当時の足に、光の意識が残っているだろうけれど……」

オズ様の声は、そこで終わった。もう話してくれないのかなと思うと、小声で付け加えた。

「兄さんたちに頼むしかない。また電話すれば?」

「どなたにですか?」

「フリッツベルクさんと……うん、フリッツベルクさん」

その名を聞いてみんながやっぱりねと思っているのが、しゃがみ込んでいる僕でも分かる。

「では一度電話を切って、向こうに連絡いたしましょうか」

「待てホルン。電話を切るな。彼の新しい電話番号を寄越せ。こっちでかける」

エリック様がそう言うと、通信室のコンソールの使用補助をしてくれている神官さんが、何か言いたげに手を上げた。

「あの……宇宙海賊クリフパレスの戦艦を名乗る者からの通信が入っています。どうされますか?」

「繋いでくれ」

エリック様が言うと、神官さんはコンソールの一部をポチポチした。

そうすると大画面に、新しい分割の画面が出現した。

そこに映っているのはフリッツベルクさんだ。

「個人情報漏洩禁止!」

「ああはい」

叫ぶフリッツベルクさんに、ホルンさんが答えた。

「戦艦の通信機ナンバーはいいのか?」

エリック様が言うと、フリッツベルクさんは笑った。

「この戦艦は、戦いが終われば売り飛ばすからな。まあとにかく、俺の手を借りたいって腹づもりだろう? 俺、まともに彼と戦う作戦しか立ててなかったけれど、そっちの作戦もいいなと思う。協力しよう」

僕は嬉しくなって立ち上がり、即座に感謝した。

「あ、ありがとうございます! でもフリッツベルクさん、今はラスベイ近隣にいらっしゃるんじゃないんですか?」

「俺みたいな神にとっては近所にいるのと同じ事だ。すぐそっちに行けるぞ。俺の艦隊は、このまま時空獣退治に向かわせるがな」

「そちらもありがとうございます。えっと、どの近辺に来られますか?」

「まあ、一応はファルクスに向かうとだけ言っておく。ただ戦いに間に合うかは分からない。だから一部の戦闘員を先にクリスタに転送する。受け入れてやってくれないか? 街で時空獣の退治を手伝わせてくれ」

「分かりました。お待ちしています。一度、中央神殿に来られて下さい。それで……それで、ええと、いいんでしょうか?」

僕は勝手に決めてしまう事に戸惑いが生まれてしまい、ジェラルド先輩とクラレンス様の顔色を窺った。

二人とも頷いてくれた。良かった。

すると、フリッツベルクさんが言った。

「彼は四日以内に来るとは思うが、俺と同じで足の速い神だ。向こうの戦闘準備が終わっていれば、今日中にもクリスタに出現する可能性がある。だから出来る限り早く準備を終えて、そちらに派遣する。夕方頃でいいだろうか? あと、俺も準備を終えてその時に同行する。神殿に直接出現したらそっちの具合が悪いだろうから、宿舎の方の玄関ホールに瞬間移動して行く」

「分かりました。夕方……こちらの時間で十八時で大丈夫でしょうか?」

「ああ、了解した。ショーン、おっと、シャムルル君はそれまでに、仕事と準備を終えていてくれ」

「はい、お待ちしています」

彼がどれほどの数を連れて来るか分からないものの、先ほどまでラスベイで戦争をしていた人たち。

色々とあると分かっているから僕は信頼はしているけれど、バンハムーバのみんなは神殿への受け入れに複雑かもしれない。

それでも今は、何も追求せずに力を合わせるべきだと思う。

こういう時、龍神の権力というものは便利なのだと、ふと気付いた。

問題がある決断に、誰も文句を言わずに従ってくれる。

でもその重責が怖いとも、思ってしまった。

「……」

不安定げな表情をしてしまったのか、イツキが顔を覗き込んできた。
僕はハッとして、笑った。

僕はただ、みんなを救いたい。だからこの重責に見合うだけ、命を賭けよう。

僕は、大好きなみんなも知らない人たちもクリスタも宇宙も護る。

そう決めた。
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