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第四章 決戦に向けて

8 次のステージに向かう者たち

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1・

木曜日の夕暮れ時。

ミンスは校庭の木陰で、肌寒くなりつつある季節の風を感じて震えた。そしてショーンからの電話を取り、しばらくのあいだポーカーゲームについて話をした。

通話を切ると、ミンスの傍にいたレヴィットは、チラリとミンスを見た。

「その彼が、前に言っていた恩人だろう? 俺は文化祭の時に一度会っただけで、話したことはない」

「ええ、はい。そうなんです。私、彼を励ましたくて舞台に立って歌ったんです。本当に……励まさないと、危なっかしい気がして」

ミンスはスマホをカバンに入れながら、ショーンが浜辺で泣いた時のことを思い出した。

「でも……いつの間にか、彼が私を励ましてくれて、前に向かって押してくれていたんです。彼は私の歌が好きだって褒めてくれて、私ならできるって信じてくれて。でも、できなかったですけどね」

ミンスは、レヴィットから視線を外して話し続けた。

「それに、私が励まさなくても、ショーン君は立派に独り立ちして働いていたんです。もう頼りがいのある大人みたいに、仕事があるから学校に来られないなんて言って。私の方が、一人じゃなにもできなくて、決められなくて」

ミンスはため息をついた。

「決めなくちゃ……いけませんねえ。私も、ショーン君を見習って決めます。だけど、みんなに黙ってられないので、事情を話してからにします。そこでどんな風に取られても、どんな結果になっても、私は受け入れます」

「その彼に相談しないのか?」

「しませんよ。ショーン君って出会った時から忙しい人だから、こんなささいな話なんかして手を煩わせたくないんです。それに……レヴィットさんもいてくれるので、大丈夫です」

レヴィットはそう言われて、バンドの話だとしても必要とされて嬉しく感じた。

「ああ。俺も一緒に話し合うさ。まあ、龍神様に取り入りたい目的で君に会いに来る者たちへのガード役で、だいたい一緒にいなきゃならないところだし」

「あ、の、それ、本当に助かってます。お姉ちゃんやショーン君達がいれば、一緒にいてもらうんですけれどね。今はいないから……先輩がいてくれて、とてもありがたいです」

龍神となったジェラルドの親戚で、かつ姉が婚約者となったことで、周囲の者のミンスへの態度が大きく変化した。

教師ですら態度を変える中、レヴィットが前と変わらず接してくれることに、ミンスは深く感謝している。

「じゃあその……感謝ついでに、商店街でコロッケおごりますよ」

「……」

レヴィットはミンスを見て、しばらく黙り込んだ。

「えっと、コロッケ嫌いですか?」

「いや、そうじゃない。いいなあと思ってたんだ。行こうか」

「はい、行きましょう!」

悩んでばかりいても仕方ないと思うミンスは、いつもの元気を取り戻して、レヴィットと共に歩き出した。

2・

僕らを乗せたバンハムーバの戦艦は、何事もなくアデンに到着してくれた。

数時間前にアデンの隣の惑星のファルクスでロゼマイン様と別れる時、ホルンさんが休暇を取るといって一緒に降りてしまったのには驚いた。そしてその代わりかそちらの事情か分からないものの、フィルモア様が僕に同行したいと申し出てきたから、イツキの顔色を窺いつつだけど許可を出した。

イツキはこの決定に、出会って一番落ち込んでいるように思えた。そんなにお父さんのことが嫌いなのは、悲しいと思えた。

そしてアデンまでの同行と最初から決まっていたノア様は、その部下の方々と、アデリーさんとベルタさんも一緒に連れて立ち去っていった。

アデリーさんとはスマホがあればいつでも連絡が取れるので、僕はそんなに悲しまないでいれた。

でも、本当に最後の最後になる幽霊のロック様と別れる時は、堪えた涙が少しは流れた。

それでも、もう重圧もなく自由の身のロック様が晴れ晴れとした表情で手を振って立ち去る姿は、希望に満ちあふれていた。僕もいつか、龍神としての任務を終えるときは、ロック様のように笑顔で立ち去ろうと決めたぐらいに素敵に見えた。

立ち去るべき人々がいなくなってから、僕はアデンの代表者たちと会って話をした。

新しい龍神として今後ともよろしくと伝え、自分以外の問題でもバンハムーバと良好な関係でいてくれるように願ってお土産も渡した。

そうして周囲のみんなに補佐されて外交問題を無事に終わらせた後で、僕個人が行くべき魔法生物たちの故郷である大森林に向かうこととなった。

そのためにまず、大森林を守護する魔法生物たちの代表者であるクロさんと共に、大森林の入口付近にあるという彼女の屋敷へと向かった。

アデンに来てから借りた飛空車の中で、イツキとフィルモア様がどうなるかと思っていたら、二人ともが床を見つめて黙り込んでいるおかげで、なんの衝突もなかった。

数時間の旅を静かに終えて降り立った場所は、森と山と平地の組み合わさった里山と呼ばれる風光明媚な田舎の村だった。

狐族の住居は遠い星からやって来た始祖が伝えた、和式という木造建築のものであり、広々とした玄関で靴を脱いで室内に上がるものと説明された。

クロさんにそう教えてもらって靴を脱ごうとしたところに、屋敷の奥から数人の狐族らしき人々がやって来た。

そのうちの一人、長い黒髪を赤い紐で結っている中年ほどの年齢の女性が僕らに挨拶してくれた。

「ようこそおいで下さいま……ああっ!」

彼女は驚き、僕の方を指差した。

「イツキ! 部署替えしたんか! それに若返ってるやんけ!」

イツキの知り合いだろうかと背後にいる筈の彼を振り向くと、彼はそっぽ向いて誰とも視線を合わせないようにしていた。

「あ、それにフィルモアさん! やー、久しぶり~! って、なんで来たん?」

「……仕事」

「ああ。龍神様が大森林に入りたいからって、その付き添いかいな。それで一緒に入ってしまおうとするポドールイ人は、ほんま抜け目ないなあ。ま、いつも通りやな」

独特の宇宙共通語の話し方をする彼女は、少しキツくなったクロさんの視線に気付いてか、また僕の方を向いてくれた。

「シャムルル様、我ら狐族の本陣にようこそ。ささ、おもてなしいたしますので、こちらへどうぞ」

「は、はい。お世話になります」

僕は言われるがまま、その女性に案内されて屋敷の奥の方に向かった。

案内された場所は畳という若竹色のものが敷き詰められていて、その上に置いた綿の入った座布団というものに座るようだ。

僕らは今日ここに泊めてもらい、明日の朝から大森林の奥に向かう予定になっている。そこに、高純度の光が集まる魔力溜まりがある筈だ。

なので今日、この屋敷でレリクスの王様を生き返らせるしかない。もう時間は無い。

そう思いながらふわふわな座布団に座ってお茶やお菓子、食事をいただき、もてなしてくれる女性としばらく話をしてみた。

すぐ、ミカガミという名の彼女がイツキのお母さんで、フィルモア様の奥さんだったという事実を知った。つまりエリック様とクロさんのお孫さんだ。

クロさんの狐族の血を濃く受け継げたので、生まれも育ちもバンハムーバ母星ながら、アデンに渡って永住権を獲得したという。

そして、アデンの魔法生物たちの故郷である大森林の守護者になったそうだ。

食事の時にその話を聞いて、その後に広々とした岩場にある露天風呂というものに案内された時に、僕は木造の脱衣所で周囲に他の人がいないのを確認してから護衛としているイツキに聞いた。

「お母さんとは、仲がいいんだよね? 良い人だし」

「えっ……まあ、その、根本的には悪人ではないですね」

「ん? でもどうして離婚しちゃったんだろ」

「それは……答えねばなりませんか?」

「いや、独り言だよ」

僕はそう言って、体を洗いに行った。

広々としているから他のみんなも一緒に入ったらいいのにと思いつつ見晴らしの良いお風呂を堪能していて、しばらくしてからチャンスだと気付いた。

イツキだけが見守る中、脱衣所の床に座ってレリクスの王様の宝石を手にして、前に母さんを生き返らせた時のように中をのぞき込むように意識を集中した。

レリクスの王様が、光を帯びた球体の意識としてそこにいるのが分かる。僕は心の中で手を伸ばし、宝石に閉じ込められた王様の体を掴み、外へと引きずり出した。

衝撃を受けて頭がクラクラした。

レリクスの王様は、喜びの感情を周囲に振りまきつつ僕から離れて床に立った。

「ありがとう、女王の息子リュン」

「どういたしまして。でも……王様、ちゃんと復活できていますか? 何か、おかしな部分はありませんか?」

頭がクラクラする僕は、自分の頬に手を当てて聞いた。

「大丈夫、完璧に生き返らせてもらえた。私は隠れているから、リュンは休むといい。明日に、森に入ってから色々と話そう」

そう言ってくれた王様は、母さんより一回り大きな長毛種のトラ猫に見える。

そしてトラ猫の顔で微笑み、この世からスッと消えた。

風呂の扉が開き、何かの気配を感知したらしい狐族の誰かが呼びかけてきた。

イツキが、僕が湯あたりしたと答えた。

僕はそういう設定で、早いこと部屋で休ませてもらった。

3・

ユールレム王国宇宙軍と国連の連合軍の追跡をかわしたクリフパレスの艦隊は、バンハムーバ勢力圏との境に近い滅びた時空獣の巣を再利用した隠れ港に停泊した。

隠れ港内部の基地内には、基地に勤務する者と戦艦の乗務員たちで混雑している。

多くの海賊たちを前に、逃げるに逃げられずここまでやって来たカルゼットは、誰の監視の目もなく拘束も監禁もされずに自由に出歩けることに驚きを隠せない。

常に突き刺さるような憎悪をあちこちから受けるものの、最初のあの時以来暴力を振るわれていない。生きるのに充分な衣食住もある。

この現実に、きっとフリッツベルクが厳しく命令を出して言うことを聞かせているのだろうと、カルゼットは考えた。

今日は基地の食堂で食事を取ることになり食堂に来たものの、誰もカルゼットに構わない。

カルゼットは、自分がユールレム王国の王ではない別人になったように感じた。

他の海賊たちと変わらない内容の食事をトレイで受け取り、隅の方の机に腰掛けて食べ始めた。

同じテーブルに、時折自分の面倒を見てくれる、紫がかった金髪の若い女性が座った。

カルゼットは監視役だろうかと思うだけで話しかけず、放っておいた。

そこに突然、フリッツベルクがやって来た。

カルゼットは緊張した。しかしフリッツベルクは彼を気にせず、紫がかった金髪の女性の肩に腕を回した。

「ルチアナちゃん、今日も物凄く美人だな。どうだろう。今夜辺り俺の部屋に来ないか?」

カルゼットは、権力者とはやはりこういう物なのだと考え、物憂げになった。

笑顔でフリッツベルクを見たルチアナは、素早い動きで拳を顔に入れた。

「セクハラ反対!」

「いやいや、駄目なら普通に断ってくれよ!」

「何度も断ってるでしょうが! 学んで下さい!」

ルチアナに三度殴られたフリッツベルクは、それ以上殴られない為に苦笑いしながらそこを離れた。

ルチアナは料理に向き直り、カルゼットはあ然とした。

「……今のは、構わないのか?」

カルゼットは、あまりの出来事なのでルチアナに質問した。

「え? ええ、全然構いませんよ。フリッツベルク様は、クリフパレスを人権が保護された集団として取り決め、その為に構成員全員の意思がまず尊重されるべきとしたのです。ここは他の海賊集団とは違い、人が人として扱われる場所です」

「……しかし、犯罪者の集まりだろう?」

カルゼットは、今度は自分が殴られるかもしれないと思いつつも言った。

「ええ、それはそうです。けれど、望んで人殺ししたい者は一人も居ません。そういう者は、フリッツベルク様が仲間にしないのです。私たちはただ、人間らしく生きて平和に寿命を全うできる居場所を求めているだけなんです」

「出頭すれば……罪を償えば、通常の国際社会に出て行けるだろうに」

「私たちは子供時代からゴミ溜めのような場所で暮らし、生き残って大人になる頃には立派な犯罪者です。その罪を償うとして、残りの人生を刑務所で過ごすことになるならば、出頭などしません」

「なる程。確かにそうだ。罪を犯さぬ海賊の子供もいれば、犯罪でしか大人になれない子供もいる。このクリフパレスはその両者がいるようだが、犯罪者ではない子供で、そのまま大人になった者ならば、刑務所を通さずに難民として受け容れが可能だろう。だが、調査の間は身柄を拘束することになるな。そして、記録など一切ない世界について正当な調査ができるか不明だ」

ルチアナは、それを聞いてため息をついた。

「その通り、私たちにとって国際社会での自由はとても縁遠いのです。それに大勢の者はフリッツベルク様に拾われるまでは、海賊の中でも弱者の立場にいて、出頭しようにも外に出ることも叶わない奴隷として生きていました。同じ立場の者はユールレムの戦艦などが攻め入ってきても助けられる訳じゃなく、賊として海賊たちと一緒に殺されたり捕まえられたりします。私たちにとり、あなた方と海賊たちは同じ加害者なんですよ」

「……」

カルゼットは当事者からその話を聞いて、解決すべき問題があると素直に考えた。ただルチアナの言うとおり、海賊の子供や奴隷との間には、長年にかけて凝り固まった不信感があると知っている。
このクリフパレスの面々は、ユールレムに攻め入って国民を殺し、自分を誘拐した者。彼らは全員死刑にされる罪を犯している。
しかし、それを実行するだけでは争いは終わらない。不幸な子供が不幸な大人になり死んでいく負の連鎖は止められない。
宇宙平和の守護者とうたわれるユールレム王国の実態はこんなものかと、軽く絶望した。

カルゼットはこの場で生き生きとしている大勢の者たちを眺め、自分に何ができるだろうかと考えた。

4・

バンハムーバ母星に到着したエリックとジェラルドの一行は、即座に龍神の中央神殿に入り忙しい時間を過ごし始めた。

溜めておいた仕事の処理に、新しい龍神としての挨拶回り。そして、戦闘訓練。

新米の神官であるパーシーは、エリックとジェラルドが本気で戦闘訓練している様子を、先輩の神官たちと共に宇宙軍基地の運動場の一角で眺めている。
そしてふと、遠くの空に視線をやった。
少しばかり考え事をしている間に、幾度目かの手合わせは終わった。

棒を手にしたジェラルドはぐったりしながら控え室に戻り、ベンチに座った。

パーシーがタオルを差し出し、ジェラルドはそれで汗を拭う。

「エリック様って、剣の扱いは苦手とか言いながら、物凄く嬉しそうに切り込んで来るんだもんなあ……たまらない」

ジェラルドはパーシーに愚痴を言いつつ、コップの水を受け取り飲んだ。

パーシーは、様々な武器の置かれた方を見た。

「次の武器はどれになさいますか?」

「ああ、もう、お勧めしてくれたら嬉しいんだけど」

銃以外の武器の扱いをあまり得意としていないジェラルドは、エリックとの手合わせで得意になれそうな武器を見繕うつもりでいた。けれど強敵を相手にした時、付け焼き刃では全て同じだという結論に達してしまい、もうどうでもいい気分になっていた。

パーシーは微笑み、運動場で神官と話をしているエリックを指差した。

「ん? 剣か? でもなあ、同じ武器だと弱点なんかも同じになって、敵を相手にする時に不利に……とか、考えるのは杞憂か。じゃあ、振り回してくる」

ジェラルドは、休んでいないエリックが嬉しげに手招きしているのを見て、龍神になったことを若干後悔しつつも、練習用の無骨な大剣を手にして再び対戦しにいった。

エリックとジェラルドが戦う様子を本当に楽しげだと思って見つめるパーシーは、もう一度空を見上げた。

「そこで間違えば、我らは負けますよ」

パーシーは小声で呟き、それ以上はよそ見せずに視線を二人に戻した。
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