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第三章 国葬式と即位式

十九 仲直り

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1・

アルファルド様は僕に、ユールレムという星の成り立ちから教えてくれた。

神の楽園が消え去り、その民が宇宙に散らばって移住するしかなかった時代。ユールレム族の始祖である巨大な蛇の姿をした蛇の王は、彼が選んだ宇宙の一角を一族が安心して暮らせる故郷にしようと決めた。

蛇の王は自らが星の核になり、周辺の塵や小惑星を呼び寄せて一つの大きな星を作成した。

ユールレムの初めての母星の環境が整った後、ユールレム族は全員がそこに移住した。

蛇の王は民が移住してからも星の核の中に眠り、引き続いて恩恵を与えた。

その力は土と火の力で、星のどこの地点の地殻でも操れ、様々な種類の鉱床を他では見られない程のスピードで再生させた。

人の生活において出る不要物は地中に素早く引き込み、どんな危険な物質でも跡形もなく消し去る。

ある時、鉱床が生み出される速度が遅くなり、処理能力が通常の星より少しばかり優れている程度に落ち込んだ。

そうして数万年の豊穣の時が終わり、人々は蛇の王が力尽きて亡くなった事を悟った。

蛇の王の直系の子孫の王族たちは、蛇の王と同じく巨大な蛇に変身して地中にスムーズに潜り込める特技があった。

困り果てた末に、王族の中でも特に力を持つ者が地中深くにある核まで潜っていき、そこで蛇の王の亡骸を発見した。

同時に子孫である者が核にいても、星の土地の操作が可能で、鉱床を元通りに成長させることができ、驚異的な処理能力も復活させることができると判明した。

「……つまり、それからは王族の者が星の核に潜り、ユールレムという星を優れた星であり続けさせる為に眠る事になりました。初期の頃は名誉職で、核に潜りたい王族たちは沢山いました。しかし時代は経過して一族が宇宙進出すると、混血もあり王族の数は劇的に減り、ユールレムの核の蛇になって命を終えたくない者でも、命令で行かざるを得なくなったのです」

「それは……行きたくない人にとっては、死刑と同じ事ですね」

「核で居続ける事で、肉体の崩壊のみならず、蛇の王のように魂すら消費して消え去る者もおりました。死刑以上の問題です。現在は任期を最長でも千年と決めており、それにより魂の消滅を避けています」

「……」

「任期を決めた為に、核に潜る要員の数は増えました。けれども核に潜る力を持つ王族の数は、複数との婚姻が認められた現在でも少ないのです。蛇に変身できる優秀な者ほど生け贄として捧げ続ける事もあり、本当に蛇として力を持つ者の数は激減しているのです。これではいつか、王族たちは滅びます。結果として、ユールレムは宇宙一とも称される影響力を全て失い、宇宙のパワーバランスは崩れ果てるでしょう」

「バンハムーバは龍神誕生のシステムが一族全体に及びますから……ユールレム王族の方々よりも、先に滅びるとは思えません。とすれば、その時が来れば、バンハムーバは一人で宇宙の守護者になるしかないという……事ですか」

アルファルド様は僕がこう言うと、意外そうな表情をした。

「その通りです。ユールレムの力が減じれば、それにより押さえている賊の活動は活発になるし、宇宙に潜む時空獣の化け物も退治できなくなり増えるでしょう。少なくとも、私たちは自分たちの保身を考えるのと同等に、宇宙平和の維持も重要だと考えています。それから」

アルファルド様は、ここで一度唾を飲み込んだ。

「ユールレムは、宇宙文明中の有害物質の受け入れを行っています。処理能力がある土地が維持できなければ、色々な原因で汚染された物の受け入れは出来なくなります。そして安定した鉱物の供給も滞ります。他国の発展と経済にも打撃を与えるでしょう」

「その……出来事は、いつか起こる事……ですか?」

「はい。ユールレムの王族たちは、命と魂を削って永遠に恩恵を与え続ける事はできません。いつか、全てが終わる時が来るでしょう。しかし、そこに一つだけ希望が出現しました」

「そ、それは何ですか? ユールレムの王族さんたちが増えたのですか?」

「いいえ。我らユールレムの王族以外に、レリクスを含む妖精族の変化した宝石も、星の核で同じように動力として働ける事が判明したのです」

「…………」

僕は言葉を失った。ユールレムの王族たちが妖精族たちを必要とするのは、自分たちの欲から生まれた事情じゃない。唯一、彼らの命の肩代わりが出来るものとして……どうしても必要だからだ。

僕はシャツの中のペンダントトップを握りしめ、俯いて歯を食いしばった。

「……ショーン様、それが全ての原因です。我らとて、無力な一族をそのように利用する事に心を痛めています。けれど、そうするしかないのです。分かって頂けますか」

「…………わ」

分かると言いたかったけれど、口から出ない。また涙が出てきて、ボロボロと落ちていく。

王様レリクスが、悲しまないでと話しかけてくる。

ユールレムにいる彼らは全てを分かって協力しているんだからと、言う。

僕は顔を上げた。

「僕は……みんなを犠牲にしたくありません。もっと、別の手はありませんか? 宇宙船のエンジンも、疑似生命体ですよ? 沢山突っ込めば、大丈夫かもしれませんよ」

アルファルド様は難しい表情をした。

「ユールレムは数万年もの時間をかけて、多くの可能性の追求を行いました。しかし戦艦用のエンジンでも、星の核には成り得ないという結果が出ています。少しばかりの補助であるなら、麒麟や龍神様でも星の力の維持ができるようですが、王族の蛇には劣ります」

「龍神も核に潜った事が?」

「ええ、ありますよ。ただそれは核の蛇が事情があり出かけなくてはいけなくなった時の留守番役だったようです。長期で潜ると、星にどんな影響が出るかは判明していません」

「うーん、龍神の属性は風と水ですからね。ユールレムの特性を歪めてしまいそうですね。とすれば、その、宇宙船エンジンが無理で、レリクスの宝石が大丈夫なら……そうだ、ホークアイの宝玉のようなものならば、どうですか?」

「今は無きホークアイの宝玉は、強力なエネルギーを放出する物として常にポドールイの元にありました。ユールレムの核に持ち込む事はできませんでしたが……そういえば、ホークアイの民がまだ存在していた時に、核に入ったという情報はありましたね。彼ら自体ならば代理として働けそうですが、惜しいことにもう滅びました」

「とすると、希望があるのはホークアイの宝玉か、もしくはホークアイ以外の……強力な力を持つ誰か、ですか。でも生け贄は駄目なので、宇宙船エンジンの発展系みたいなもので……。うん、二つとも、結果的に同じ物になりますかね」

僕は胸の高鳴りを覚えた。

マーティス国王に叱られたばかりだけど、僕はポドールイの民の為にホークアイの宝玉みたいなものを作りたいし、体質改善もしてあげたい。もしかしたら、その研究はユールレムの問題も同時に解決できる方法かもしれない。

そうなれば、マーティス国王は宇宙平和のために研究を許可して下さるかもしれない。

レリクスや他の妖精族も、この問題に関しては命も魂も救える。だからどうにかして、早く研究を始めたい!

そう考えていると、アルファルド様が淡々と言った。

「ホークアイの宝玉は、既に壊れたと聞きますが」

「あ、うん。はい、そうですね。えっと、僕もそう聞いています。でもその……ええと。ウフフ」

まだ研究を開始してないので、さっきの失敗を考えて説明するのを止めたら、意味不明な笑いしか出なかった。

アルファルド様は僕をじーっと見つめ、目を細めた。

「代わりの何かがあるのですね」

「えっ、いや、ないです……よ?」

「心当たりが、あるという事ですか」

「うう、その、でもまだ言えません」

分かってと期待を込めた笑顔で対応した。

アルファルド様は何故だか緊張を解き、呆れているような態度で頬に手を当てて深くため息をついた。

「貴方のお目付役はどこです? 私は他国の者ですが、それでもバンハムーバの将来がとても心配ですよ。どうして貴方を一人でほっつき歩かせているんですか」

「えっ、それは、僕が勝手に図書館に走ってきたからだと思います」

そういえば、イツキはここに入れないのだろうか?

周囲を見回してもいない。

「迷子ですか?」

「あれ、そうかなあ? 僕の方が?」

「ええ」

「……イツキ?」

いつも出て来るのに、出てこない。

入室できないんだなと思っていると、アルファルド様が席を立った。

「そのお付きの者を探しに行きましょう。同行します」

「えっ、でも、お忙しいでしょうに」

「これは私のレリクスが私に文字を教えてくれているだけなので、後回しでも良いのです」

「喋って……いるんですか? 学者さんと?」

「確かに学者のようですが、レリクスの王です」

「あっ……私の、レリクスがそうです」

「そうですか。そちらも話せるのですね?」

「ええと……あまり喋ってはもらえません。私が、忙しいからと」

「確かに。では……今も迷子でいるのはまずいのでは?」

「……そうでした。あまりのショックで走って来ましたけど、すぐ帰らないといけなかったような」

「では行きましょう。イツキというのは、龍神助手官ですか?」

アルファルド様が歩き出したので、僕もついて歩いて行った。

「いえ、護衛官です。ぼ……私の助手官も副官長も、まだいません」

「……バンハムーバは平和ですね」

「ええ、その。少しばかり問題はありますが、とっても平和ですよ!」

僕は故郷を褒められて嬉しくなった。

アルファルド様は一度顔に手を当ててから、僕の方を見た。

「ここからは他人の目と耳があるので、絶対に何も話してはいけませんよ」

「はい。そうですよね」

部屋の入り口に差し掛かり、幾人かの生徒たちとまた会った。

彼らはアルファルド様を見つめるだけで話しかけなかったので、その後ろを歩く僕も何も話しかけられなかった。

校内図書館の玄関から外に出ると、石の階段を降りたところでイツキとアデリーさんが一緒に立っている。

邪魔してはいけないと使命感に燃えたのに、アルファルド様は話しかけてしまった。

「貴方がイツキなのだろう? 迷子の小犬が泣いていた」

「アルファルド様、お手数おかけしてしまい、申し訳ありません。ショーン様、行きましょう」

「いやあの……イツキはアデリーさんと帰れば?」

「は? 何故ですか」

「それは……僕はアルファルド様を、家に招待したいんだ!」

「前日ですので許可できません」

「ええっと、じゃあアデリーさんも一緒に来る?」

「駄目ですよ! 今日はお忙しいでしょうに!」

「ええ? ……分かった。今日は諦める。あ、でもアデリーさん、明日は来てね」

「……はい」

アデリーさんは、緊張してアルファルド様の様子を窺っている。僕はハッとした。

「アルファルド様も来て下さいよ。お暇でしたら」

「……既に招待を頂いています」

「良かった。来て下さるんですね。嬉しいです。ええと……あの、アデリーさん?」

「……はい」

「アルファルド様はとても善い方でした。僕、ユールレムと仲良くしていけそうです。だから……友達になれました!」

「ん? は?」

アルファルド様が何か言った。

「アルファルド様、友達になりましょうよ。いいでしょう? またお話しましょう? それで、ユールレムに居場所が無いなら、アデリーさんと一緒にクリスタに住んで下さいよ。ここで就職すればいいんです。何の問題もないですよ?」

「いや、その……」

アルファルド様は、何故かイツキの方を見た。

「だからアルファルド様、もうアデリーさんと喧嘩しないで下さいね? 居場所はここにあります。もう争わなくてもいいんです。僕は受け入れます。何も心配しないで下さい」

僕は親しみを覚え始めたアルファルド様に、ニッコニッコ笑ってみせた。

「ショーン様、少しよろしいですか」

イツキが前に出てきて僕を押し、玄関前の隅っこの方に移動させた。

「何を無理矢理仲良くさせようとしているんですか。そういうのは、本人たちの意思で解決させないといけないんです。そんな命令なんて……ましてや力で操ってはいけません」

「……今、何かまずい台詞があった?」

「物凄くありました。さあ、解除して下さい」

イツキが気合いを入れつつ小声で言うので、僕は戸惑いつつも、さっきの二人への命令は取り消しと呟いた。

さっきは必死だったからか、神族の力が僕の中をいつものように通過していくのに気付かなかったけれど、今は力が発揮できた感覚がした。

取り消しが効果が出たということは、さっきの台詞も効果が出ていたという意味だ。

僕……分かってはいたけど、能力に頭の中身が追いつかない。

必死になって役立とうとしても、問題に気を取られて神族の能力の決まり事をすぐ忘れるし、沢山ある台詞をいちいち考えて口に出してたら、まともな会話にはならないだろうし。

もっと言葉を上手く操れる優秀な者だったり、年を取り経験を積んだ僕が龍神になれば良かったのに……。

明日、正式な龍神になっても、役立つどころかイツキにいさめられるだけだろう……。

「……ショーン様、帰りましょうか」

「うん……その、二人に挨拶を」

僕はとぼとぼ歩いて、アルファルド様とアデリーさんの前に戻った。

「ええと。アルファルド様。さっきの僕の言葉は、そんなに気になさらない方が……いいと思います。変なことを言って、ごめんなさい」

「いいえ……別に、気にしていません。貴方はただ、私と妹が仲直りしてもらいたかっただけでしょう? その気持ちは分かります。私は……」

アルファルド様は、アデリーさんを見た。

「妹に詫びます。私も追放同然やって来たのに、今さら妹と敵対しても意味はありませんしね。……アデリー、済まなかったな。仲直りをしてもらえるか?」

「え? お兄様……追放同然とは、どういう意味ですか?」

「ここでは話せない。取りあえず今は、仲直りを受け入れるかどうかを決めてもらいたい」

「それは、勿論、仲直りしたいです! でも、よろしいのですか? 私などと和解をしても」

「ショーン様の友というだけで和解する価値はある……という打算がない訳ではない。しかし私は、ユールレム王家内の争いに疲れた。それこそ、クリスタに住まい就職したい気分だ。まあ、先ほどのショーン様の言葉も、悪い話ではないのかもな」

アルファルド様は笑いつつ、アデリーさんに握手を求めにいった。

二人はしっかり手を取り、握手した。……仲直りできた!

「仲直り、できた~!」

「そうですね。良かったですね。じゃあショーン様、帰りましょうか」

「うん、うん……じゃあアデリーさん、アルファルド様、また明日!」

「明日は日曜日ですよ!」

「うん、でも式……あっ。そうだ、ミンスさんのロックバンドトーナメントがある!」

僕は思い出して衝撃を受けた。

「走ってないで、ミンスさんを励ましに行かないと!」

「いえ、直に会わずに電話にして下さい! 行きますよ! そもそも、何故走っておられたんですか?」

「あっ……」

僕は重要な事も思い出した。

ポケットに手を突っ込み、しわくちゃになった順位表をイツキに渡した。

イツキはそれを確認してすぐ綺麗に折りたたみ、彼の懐に入れた。

「気にするものじゃありません。こんな事でショーン様の素晴らしさは計れません。全然大丈夫です」

「大丈夫……かなあ?」

「大丈夫です。では皆様がた、失礼いたします」

イツキは、いつの間にかオーランドさんとベルタさんとアルファルド様の補佐官さんも増えていた中で、颯爽と手を振って僕の腕を引っ張り、早足で立ち去ろうとした。

僕は連れられながら振り向き、皆さんに手を振ってさようならと言った。
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