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第三章 国葬式と即位式

6 木曜日の市民講座への道

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1・

木曜日の朝早く、コンビニに立ち寄ってから学校に向かった。

イツキと別れて教室に入り、まだ他に生徒がいないのを確認してから、買ったばかりの手帳を取り出した。

「ジャジャーン。生まれて初めてのスケジュール帳だあ!」

今までは学生として地味な生活をしてきた上に、友達と遊ぶのはお互いの家や近所などという変わりないもので、スマホのスケジュールアプリを使うまでもなく家の壁掛けカレンダーに書き込むだけで十分対応ができた。

しかしこれからは多忙になるだろうから、大人になってバリバリ働くようになったら持ちたかったスケジュール帳を購入してみた。

僕、本当に就職できるんだと感動しつつも、十月のスケジュールを見開きのページに全て書き込める場所を開いて、使ってみることにした。

これを落とした時に拾ってくれた人が龍神のものと分からないよう、一応暗号とか略式で書いた方がいいだろう。

そう考えつつ、まずは基本的な問題として、中間テストの期間を記した。

次に三日後のロック様の国葬式を書いた。その次の日曜日が、僕の即位式だ。

明日とあさっては礼儀作法の授業。それから……。

そういえばウィル先輩が何故か参加する陸軍の訓練は、来週の週末だったような気が。

それにミンスさんが出場するロックバンドトーナメントは……来週の日曜日、首都近郊のスタジアムで開催される。

観客として行って投票するには、当日券は売り切れるかもしれないから、前売り券を買うべきとミンスさんが言っていた。

アデリーさんも行けるだろうか。一緒に行けるなら良いんだけど、どうも来週の日曜日に出掛けられる気がしない。

ミンスさんの方の当日スケジュールは、十時から夕方まで開催されて、トーナメント表の順に演奏が行われ、いつミンスさんがステージに立てるかは今のところ不明だ。当日にくじ引きって、ミンスさんがくれたメールに書いてある。

それ以前に……僕の即位式と被ってる。僕が休む訳にいかないが、途中で抜け出せたりするだろうか?

僕が考えても分からないことなので、席を立って廊下に出て、隣の教室を覗き込んでみた。

イツキが彼のクラスメイトの男子と談笑している。絶対に邪魔できない威圧感がある。

だけど諦めきれないで扉の影から視線を送っていると、そのうち気付いたようで廊下に出てくれた。

「ショーン様、できるならば御用の時は声をおかけ下さい。もしくは、メールや電話や手招きでも良いのですが」

「あ……うん。次からそうするよ。それで……」

僕はスケジュール帳を開いて十月の予定表をイツキに見せた。

ギュウギュウ詰めの辺りを指差すと、イツキは頷いた。

「ウィル先輩とジェラルド先輩の訓練は、金曜の夜から日曜の夜までです」

「あ、それも知りたいことだったんだけど、ミンスさんの応援に、行けるかな?」

「普通なら無理です」

イツキはキッパリと言いきった。やっぱり。

「じゃあ普通じゃない方法は?」

「即位式の控え室から、瞬間移動で抜け出すなどです」

「僕は瞬間移動できな……したことないよ」

「修行すればできますよ」

「修行できる時間が……ないかも」

「じゃあ諦めましょう」

「イツキが代わりに行ってよ! それでミンスさんに投票して!」

「私はお側を離れられません」

「じ、じゃあ……オーランドさんに頼む」

「……式に立ち会わせないのですか」

イツキが少し強い口調で言った。専属の神官さんだし、それはまずいのか。

僕は黙ってしまった。

イツキはため息をついた。

「本当は、このように日常を犠牲にすることをここで学んでいただきたいのですが……どうしてもミンスさんを応援したいんですよね?」

「……優先順位があるのは、分かってる。でもその……応援したい。ミンスさんは、僕の大事な人だ」

そう言うと、何故かイツキが辛そうな表情をした。

「…………あの、ショーン様? その表現は……」

「うん?」

「……いえ、何も。私の同僚を向かわせますので、時々電話で聞かせてもらいましょうか」

「イツキの同僚さんは、式に立ち会わなくても良いのかな」

「彼らは大丈夫です。見えない場所にいるのが仕事ですので」

「おお、なんか格好いい! 僕もそういう職……は似合わないけど、憧れるなあ」

「ショーン様は本当は男らしいですものね。頼りになります」

「そ……そうかな」

イツキに褒められて照れたところで、幾人かの生徒たちが廊下を通った。

立ち話はそこまでにして、僕は教室に戻った。

そしてミンスさんに自分は行けないけど知り合いに行かせるとメールを打って、送ろうかと思ったところで、アデリーさんが登校してきた。

その姿を見て、一緒に行くかと思っていたことを思い出した。

僕は震えながら席を立ち、アデリーさんの席の前まで移動した。

「おはようございます」

取りあえず挨拶したら、アデリーさんは微笑みつつ返してくれた。

「ショーンさん、おはようございます。今日の市民講座のことですが、本当に一緒に行ってもいいとお思いですか?」

「はい。今日の夕方から夜にかけては全然大丈夫ですよ。……テスト勉強しなくても、平気ですか?」

「今日一日ぐらいならば、平気です。ショーンさんは、大丈夫なのですか?」

「あ……はい。もちろん」

たぶん大丈夫。

「では……絵付けの市民講座に共に行きましょう。向こうで準備していただく粘土の皿やコップに絵を描き、後に焼いてできあがった陶器を送っていただくというシステムの講座です」

「陶芸なんですね。面白そうじゃないですか」

「興味がおありですか?」

「うん……はい。ちょっとだけ」

「では、良い選択でした。先に予約を入れなくてはいけないようなので、入れてみます」

「あ、アデリーさんが入れて下さいますか? 僕が入れても良いですよ?」

「いえ……少しはこういう手続きを、自分の手で行ってみたいのです」

「そうですか。では、あの、できるなら三人でお願いします。僕の友人も行きたがるでしょうから」

「……ミンスさんではありませんよね?」

「あ……隣のクラスの男子です」

「あ……あの方ですね。分かりました。三人で予約を入れてみます」

「よろしくお願いします」

僕は一仕事終えたと思い、感謝してから席に戻った。

そしてスケジュール帳を見て、何も問題解決していないと気付いて頭を抱えた。

僕にはこのノートが必要だというのも、気付いた。

2・

ロックバンドトーナメントの事はまた後で話そうと決めて、昼休みは久しぶりに一人でパンを食べた。

そして放課後になり、アデリーさんに声をかけて一緒に廊下に出た。

イツキがいたので、質問してみた。

「イツキも絵付け教室に行くよね? 予約入れちゃったけど」

「ええまあ、席があるというのでしたら、ご一緒いたします。そちらの方は?」

そういえば紹介してなかった。

「クラスメイトのアデリーさんだよ。アデリーさん……彼は僕の友達のイツキ君です」

「イツキさん、どうも、初めまして」

優雅な身のこなしで軽く頭を下げたアデリーさんから、ふわりと良い香りが漂う。お花の香りだろうか?

素敵な女の子だなあと思いつつイツキの方を見ると、彼は何故か固まっていた。

「イツキ? 何があったんだよ?」

「えっ、あ、いえ、何も。私はイツキ……と言います。よろしくお願いいたします」

イツキは少し慌てつつ、アデリーさんにぴょこんと頭を下げた。

アデリーさんも何かあるのか、少し慌てているようにも見える。

それからは会話もなく、二人は僕について歩き始めた。

何だか変な雰囲気だなと思いつつも、駐車場に歩いていった。

そして迎えのオーランドさんと合流して僕んちの飛空車で一緒に行くかどうかアデリーさんに聞いていると、黒髪の若い女性がスッとやって来て僕らを睨み付けてきた。

「そこの庶民、アデリー様と対等に話すなど言語道断だ。離れろ」

「ベルタさん。彼らは、先に伝えておいた私の友人です」

「アデリー様、ご自身の立場をお忘れなきように。このバンハムーバにおいて、友人となるべきものなど一人もおりません。それに女友達かと思いきや男子がおりますし、運転手も男です。絶対に共に行ってはいけません」

威嚇しかしてこないスレンダーな灰色スーツの彼女は、イツキとオーランドさんを指差した。

「あの……僕も男です」

「! では今日の外出は取り止めにします。帰りますよ」

「ベルタさん……」

連れられようとするアデリーさんは、ただオロオロしている。

どうにかしたいけど、僕にこの百戦錬磨のユールレム人ぽい女性に立ち向かえる精神力はない。だけど……一緒に行ってあげたいんだ。

「あ、あの、でも──」

「却下!」

怒鳴られてギクッとして黙ってしまうと、オーランドさんがスッと前に出てくれた。

「お言葉ですが、このショーン様はティリアン財閥の縁者であられます。ティリアン財閥の名は、ユールレム勢力圏でも聞かれた事はありますでしょう?」

「確かに。ユールレムでも民間の船は、ほぼティリアン製です。しかし、どれだけ金を持っていようが民間人ではありませんか。アデリー様と友人などと、おこがましい」

「私たちは、アデリー様が行きたいとおっしゃられた市民講座の付き添いです。庶民として、王族の方の命令に従いたいだけです。では、我らは先に行きます。貴方様は、後から来られて下さい」

「えっ……」

ベルタさんという人は驚いた。僕も驚いた。

しかしオーランドさんは何も気にせず、僕とイツキを飛空車に詰め込むと、向こうの意見を聞かないまま出発してしまった。

程なく市民講座が開かれているカルチャーセンターに到着できたんだけど、アデリーさんが来るかどうか不安で駐車場をウロついてしまった。

イツキは黙って立ち尽くし、そんな僕を見つめるだけ。

今日はもうダメかなと思って、泣きそうになった。

そこに、十分間ほど遅れてアデリーさんちの飛空車が到着した。

僕は嬉しくて泣きそうになり、どういうことか聞きたくてオーランドさんに視線をやった。

「子分は親分の命令を聞くものです」

「……うん、良かった! アデリーさ~ん!」

アデリーさんが飛空車から降りてきたので、駆け寄っていって手を差し出した。

アデリーさんがニコリと笑って手を取ってくれようとしたのに、ベルタさんがその間に素早く手を差し出して、僕の手を遮断してしまった。

続いてイツキが僕の腕を掴んで下がらせたから、距離はもっと開いた。

それでもアデリーさんが機嫌が良さそうに笑うので、僕も笑えた。
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