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第二章 龍神の決断

7 それ以上の問題

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1・

朝起きて、いつも通りにガイアスさんと朝食を共にした。

イツキも一緒に食べれば良いのに、護衛官だからと違う場所で食べている。

ガイアスさんにエンジン作成装置の修理費について聞くと、ガイアスさんの名前で国が出してくれたという事らしく、返却は不要だと分かった。

既に沢山世話になってしまっているバンハムーバ王国から離れるのが、辛くなってきた。

そういう心も態度も誰にも見せず、普通を装いつつ登校時間になったのでイツキと一緒に飛空車に乗り込んだ。

昨日のことがあるから、少し気まずい。でもイツキは、いつも通りの態度で話しかけてきた。

「今日の放課後は、エンジン作成作業を見物しに向かわれるのですよね?」

「うん。そうしたい」

「実は今朝方、ロック様から連絡が入りまして、忙しくないなら神殿でお茶しようとのことです。どうなさいますか」

「うっ……忙しいけど、行かない訳にいかないよね。見物を早いうちに切り上げて……いや、すぐに行くことにする。僕も、話したいことがあるから」

「……では、そのように致します」

イツキは、僕がロック様になにを話したいと思っているのか、分かっているかもしれない。でも、何も言わない。

彼の意見は、昨日のあれで全てなんだろうか。もう僕に話すことはないんだろうか。

寂しくなったけど、僕もイツキに何も言わなかった。

学校に到着し、午前中の授業を受けた。

お昼休みになると、僕がどこか行く前に明るいミンスさんがやって来たから、一緒に校庭に出て行った。

今日も僕にお弁当をくれるという。だけど、ローレルさんがいない。

「ローレルさんは?」

「お姉ちゃんは、誰か誘いたいから後で来るって」

「えっ。し、知らない人ですよね……」

「大丈夫よ。すぐ友達になれるわ。きっと」

「きっとって……」

難易度が高いと気付いたものの、もしバンハムーバを出るなら知らない人になど物怖じできない。

ここで慣れるぞと気合いを入れつつ、今日は個別の弁当箱を貰い、ベンチに座った。

感謝して食べ始めてすぐ、ローレルさんの声が聞こえた。

「やっほー。先に食べてるんだね」

「あ、ジェラルドさん」

ミンスさんは、ローレルさんと一緒に来た男子生徒を見て名を呼んだ。

金髪に青い目という典型的なバンハムーバ人の特徴を持った、背が高くて男らしい体格の人。

どこかで見たことがあると不思議に思うと、向こうは僕に気付いて思い切り睨み付けてきた。

それで思い出した。食堂に行った時、入り口付近で僕を睨み付けてきた生徒たちの中にいた。

きっと陸軍派閥の人だろう。

僕はフォークをくわえて凍り付いた。彼は僕をあからさまに睨み付ける。

そしてミンスさんは言った。

「ジェラルドさんは、親戚のお兄ちゃんなの。お姉ちゃんと同級生の、幼なじみなのよ」

「ふ、ふぁ?」

「ショーン君、ベンチを詰めてちょーだい」

彼を連れてきたローレルさんは、僕を押して隙間を作ってベンチに座った。

三人で満員になったので、もう誰もベンチには座れない。

ジェラルドさんが怒る前に、僕はベンチを立った。

「じ、ジェラルドさん? こちらへどうぞ?」

「ショーン君、ジェラルドお兄ちゃんはとてもいい人だから、怯えなくても良いのよ?」

ミンスさんがそう言うが、目付きと表情と雰囲気がとても怖い。

「ローレルさん、どうして彼を誘ったのに、座らせてあげないんですか? 彼のお弁当は?」

「うん、ない」

「どうして呼んだんですか~!」

「それは、ミンスを手伝って貰おうと思ったからさ。ジェラルドは、趣味でドラム叩いてるんだ」

僕とミンスさんは、はっとした。

「お兄ちゃん、私と一緒に文化祭に出てくれるんだ?」

「ちょっと待て。それはどういう経緯なんだ? ついでに、なんでその男子が中央なんだ」

「あのね。私はショーン君が聞きたいっていうから、文化祭の舞台で歌うのよ。既にピアノ伴奏してくれる先輩はゲットしてるから、お兄ちゃんがドラム叩いてくれると、とてもありがたいの!」

「で、その子は?」

「ショーン君は私とお姉ちゃんの友達よ? とっても美人さんでしょ?」

「あたしたち、実は美人三姉妹なんだよ~」

「……」

僕とジェラルドさんは、数秒間固まった。

そのうち、彼は言った。

「……まあ、分かった。そういうことにしておく」

「じゃあ演奏してくれるんだ!」

「ええと、今週中と日曜日は暇だから良いけど……ドラムセットはどうするんだ? 俺、練習用の電子簡易版しか持ってないぞ。舞台用の本物は、いつも借りてるんだ」

「それなら、軽音部で借りればどうだい? 彼らも舞台に立つなら、当日に持ってくる筈だろ?」

ローレルさんの名案に、僕もみんなも頷いた。

ミンスさんもジェラルドさんも軽音部に知り合いがいるようで、借りられそうだ。良かった。

お弁当の方はどうにもならないので、ジェラルドさんは結局僕を睨んで帰っていった。やっぱり怖かった。

2・

放課後になった。

帰る前にミンスさんとウィル先輩に会いに行き、今日は都合が悪いので先に帰ると名残惜しく伝えた。

僕の後ろを歩くイツキが、無理せず部活に行けばいいと言ったものの、ロック様を後回しにはできない。

そういう覚悟で早く屋敷に帰り、前と同じように龍神衣装に着替えて仮面を受け取り、再び出かけた。

裏手の方から中央神殿に到着すると、ロック様が機嫌良く出迎えてくれた。

そのまま、今さらながら広々とした敷地を持つ神殿内部を案内してもらえた。今後、僕が道に迷わないように気遣ってくれたのだろうか。

少し長い散歩のあと、裏庭に面したテラスにあるテーブルで、お茶会となった。

お腹が空いているから、仮面を外してまずはありがたくケーキとお茶をご馳走になった。

イツキにも分けたかったけれど、彼は僕とロック様から少し離れた木陰で周囲を見回している。
昨日のあの時から、何故だかとても遠くに感じる。

僕は少し落ち込んだ。でもロック様は元気いっぱいだ。

学校のことを聞かれたから、宇宙船エンジンの作成をしている部活を成り行きで見物していることと、文化祭の舞台に立つ友人を応援していることを話した。

「そうかあ、学校生活は楽しいんだな。馴染めて良かったな」

「はい、それは、僕もそう思います」

「子供の頃の友人は一生ものだぞ。この先ずっと、何があろうが助けてくれる。だから、彼らとこれからも仲良くするんだぞ」

「はい、そうします」

離れる事になっても、スマホがあればいつだって連絡できる。声も聞ける。

ただイツキに関しては、職務上の問題とかで喋ってくれないかもしれないけれど。

僕がまたイツキを見ると、ロック様は言った。

「喧嘩したのか? 殴り合う仲じゃないだろうから、すぐ仲直りした方がいいぞ」

「え? ……それほど、仲が良くないって意味ですか?」

「いいや、普通に精神的苦痛を受けるたぐいの喧嘩だろって言いたいだけだ。そういう喧嘩はすぐ仲直りしないと、後に尾を引く。とりあえず……殴り合ってみるか?」

「いや無理です。絶対ダメです」

「惜しいな」

何がだろう?

「ところでショーン。聞いたんだが、そのイツキからポドールイ人についてのややこしい事情を聞いたんだってな」

「えっ、あ、その、そうです」

ここで、僕の話を聞いてもらえそうだ。

「あの、ロック様。実は──」

「俺、ああいう暗めの話をするの、苦手なんだよなあ。だから、イツキが説明してくれて助かった」

「は?」

「ショーンは優しいから、同情してすぐ彼らの元に行くとか言い出すだろうが、もうちょっと冷静に考えた方がいい。今だって龍神を背負いたくなくて普通を装って隠れてるのに、神族として他民族に崇められに全く見知らぬ外国に行くって、相当にレベルが高い話だろ?」

「…………ですね」

「無理に行動をして、自分の心を壊したらダメだ。結果として、みんなの迷惑になるかも知れない。だから決意したと思っても、もう一度考え直してくれ。それでも行きたいなら、俺は止めない」

「……分かりました」

相談したかった事が、自分から言い出す前に終わってしまった。それにしても、まさか止めないって言われるとは思わなかった。エリック様は、違う意見かもしれないけど……。

「ショーン君、ちょっといいか?」

「あ、はい。何でしょうか」

「俺、もう龍神を引退しなくちゃいけない。君がポドールイに味方しに行くとしても、先にここで正式な龍神として認められてからになると思う。本当は、もっと先延ばしにしてあげたかったんだが、俺の力はもう限界だ。ショーン君を支えられない。済まない」

「…………え?」

ロック様は、軽めに言い切った。だけど、龍神が引退する時というのは、その体が使用限界を迎えた時で、肉体に龍神の力を宿せなくなった時で……。

それはつまり、もうすぐ死ぬということだ。

なのに、ロック様は嫌に明るい。

死んだ後は麒麟の友人に好きなところに転生させてもらえるといって、笑っている。

死ぬのに。でも、死んでも生き返る。いや、転生して、新たな存在としてこの世界に戻ってくる。

それは……寂しくない事なんだろうか?

ロック様は、僕がただボンヤリと話を聞いていると、さすがに気になったらしくて困った表情を浮かべた。

「泣くかと思ったけど、泣かないんだなあ。それとも、ショック過ぎたんだろうか? えーと、とりあえず紹介しておく。くだんの、俺の友人」

ロック様が部屋の方に向けて手招きすると、そこにいたのだろう人がやって来た。

モデルさんのような美しい容姿の灰色がかった黒髪の男の人で、笑顔も何とも言えない魅力がある……のに、男らしさもちゃんとある。羨ましい……。

ロック様の友人の麒麟さんは、バンハムーバから遠く離れたミネットティオル星国の王様だった。

その地位に驚いたものの、それよりも麒麟といえば、レリクスと同じく他人の転生を意図して手助けできる存在のはず。

「あ、あの、あの、レリクスについてご存知ですか?」

「……知っていますよ。それに、貴方がレリクスなのもね。でもショーン様、見知らぬ人にいきなりその事を尋ねてはいけません」

「あっ……」

注意されてから、まずい話をいきなり振ってしまったと気付いた。しかも僕、もしポドールイ人たちの星に行こうとすれば、自分一人でその秘密を抱え込まないといけないかもしれない。

秘密にしておける自信がない!

僕は、物凄く恥ずかしくなって俯いた。

すると、一度椅子に座ったノア様が席を立ち、僕の横に来て手を差し伸べてきた。

握手かなと思って握ると、彼はニッコリ笑ってくれた。

「ショーン様。出来れば、貴方のお母さんを見せていただけませんか」

「…………はい」

見知らぬ人だけど、ロック様が止めないのでペンダントを渡した。

ノア様は、銀の鳥かご型のペンダントトップの中にある紅色の宝石を、大事そうに扱って観察した。
そして嬉しいのか嬉しくないのか分からない微妙な笑顔を見せて、それを返してくれた。

ノア様は、ロック様の隣に再び着席した。

「何か分かったのか?」

ロック様が聞いた。

「はい。資料にあった通り、妖精族の身が変じて生み出された宝石は、意思を持っています。つまり……ショーン君の母君は、未だにその宝石の中にいるのです」

「!」

僕は驚き、宝石を確認した。

母さんと心で呼びかけ揺さぶると、宝石はボンヤリと光を放った。

「母さん……母さんがいる!」

本当にそこにいると気付いた。その存在に触れたくて手を伸ばし、何かに触れた気がしたので引き抜いた。

ノア様がダメだと叫んだ。けれどもうその声を聞いた時には、僕の手にはレリクスの母さんの体が掴まれていた。

長毛のトラ猫のような母さんは身じろぎして目を輝かせ、大きな声で鳴いた。

「リュン!」

母さんは僕の手から自由になると、今度は僕に飛び付いてきて、腕に噛み付いた。

周囲で強い風が吹き抜け、目を閉じた。

椅子がなくなり、地面に座りこんだ。

目を開けると、そこは宇宙空間の中で、地面などどこにもなかった。
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