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二章 バンハムーバ復興作戦

十四 サッシャとおしゃべり

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1・

ツキシロと共に龍神マイヨールの遺体のある氷の山まで行き、彼にも状況がどうなっているのか見せた。

同じ意見を持ってくれたツキシロと俺は協力しあい、マイヨールが護ろうとして抱きしめている人物ごと、上手いこと氷の上に瞬間移動させた。

船を壊されていたとしてもマイヨールだけならこの巣から逃げ出すことも出来ただろうに、どうしてもここに一人残せなかったんだろう。

だから共に命を散らせて、死んでから一緒にこの異次元から逃げ出した。そういう理由で、ここに幽霊がいないんだと予想した。

そんな風に色々と考えつつも、レヴァンにテレパシーによる連絡をして、ギャリートロット号に再び巣の中にやって来てもらった。

船が傍に滞空している間に、瞬間移動が得意なツキシロに遺体を船内に運んでもらった。

その作戦は上手く行き、龍神だから丈夫なマイヨールだけじゃなくて、もう一人も一緒に遺体保存用の冷凍機の中に送り込めた。

これで俺は死なずに済むと素直に喜べた反面、巣での出来事とマイヨールの事情が心に重くのしかかり、すぐに暗くなれた。

そんな俺の横に、遺体は見たくない筈のレヴァンがやって来た。

彼は遺体の顔を確認するための小窓を開け、ガラス越しに内部を覗き見た。

「マジか。マイヨールが女で美人だって知らなかった。触っていいか?」

「ぶっ飛ばす」

「あれ、なんか怖いな……ところで、もう一人は誰だ?」

「知らない。だが事情は察してやれ」

「事情か。宇宙戦争中に龍神がユールレム軍人を抱き締めるって、大問題だろうにな。まあ今は幸せそうだ。良かったじゃないか」

ふざけた男だが、その台詞には頷けた。

少し心が晴れたので、自分が寝泊まりしている大部屋に行ってからシャワーを借りて、こっちも借りている部屋着に着換えた。

ギャリートロット号は既に出発している。これから俺はレヴァンとの約束を守り、彼に俺の捕獲を頼んだ依頼者に会う。

まだそれが誰か知らないが、今はどうでも良い気分だ。

遺体は発見でき、俺がクリスタに戻れなくても彼女を運んでもらえるなら最低限の作戦は成功した事になる。

予定通りに彼女をクリスタに埋葬できれば、龍神の力のコアのアンカーになるだろうから、レドモンドがそれを解放してくれても大丈夫だし。

そう思うと、ずっと張っていた気が緩んだ。必死になって走ってきた今、休んで良いと思うとそれこそ死にそうだ。

狭い二段ベッドの下の方で倒れ、うつらうつらした。

もう寝入ろうと思った頃に、扉が開いてサッシャがやって来た。金髪長髪を後ろでまとめ、筋肉質ながら豊かなボディを地味な作業服にいつも隠してしまっている美人さん。

このギャリートロット号に乗った後も槍術を教えて貰っている師匠なので、眠気を振り払い起き上がって座った。

「ちょっと話と……頼み事があるんだけど、良いか?」

「ああ、普通に叶えられる事なら何でも」

恩返しするっきゃないでしょという笑顔を向けると、サッシャも満面の笑みを浮かべて、ベッドに座る俺の横に座った。

「ツキシロに聞いたんだが、エリックにはクロという想い人がいて、それは未来にいるんだろう? それで、まだ正式には付き合ってないって?」

「うえっ、ツキシロはそこまで教えたのか。まあ、確かにそうだよ。まだ返事を貰えてないんだ」

「エリック様はもう未来に帰還できるようになったから、きっと付き合いだすんだろうけどね」

「俺もそう思う」

なんでこの話題なのか不思議に思いつつ、俺とクロがキャッキャウフフする想像をしてしまった。

「でも、今はまだ付き合ってない。だからさ、この過去の世界で誰かと付き合って、子供を残して帰ってくれないか」

「……はあ!? あり得ない、ありえな~い! なんだよこの展開は!」

「いや、冷静に検討してくれ。エリック様は既に、この時代で英雄になっている。それに龍神でありユールレムの蛇でもある稀有な方だ。本人でなくとも、子を残していってくれさえすれば、我々はとても安心できるんだ」

「安心ってさ……それよりも、子供が利用されまくる未来しか思い浮かばないぜ? こういう話は止そう。ここだけの話としても、クロにバレる恐れがある」

「でも、まだ付き合ってないだろ」

「止してくれ。俺の心は意外とガラス製品なんだ。この話題に触れないでやってくれ」

「ガラスねえ。今ならキャニオンローズ号の女子は、全員ウエルカム状態だけどね。どうする?」

「どうするじゃね~。いらん」

「私でも良いんだぞ?」

「止めてくれよ師匠。セクハラ反対」

「えー。じゃあしょうがないから、諦めるよ」

滝のような汗が流れ落ちてしまった。

「……そういえば、ローザ船長はクラッド副長が好きじゃないのか?」

「ん? いや、逆だよ。クラッド副長がローザ船長を好きなのさ」

「へえ。あの船にいそうじゃない雰囲気のクラッドだから、どちらかの問題で海賊になったんじゃないかと予想したんだが、逆か」

だから引き入れたじゃなくて、だからついて来たなのか。

「クラッド副長は本来は、出奔するローザ船長についてこなくて良かった身分と立場を持つ方なんだ。ハッキリと話題に上った事はないけれど、それだけが賊になった原因だと思う」

「一途だな……でもあの国王が追放されたら、二人は結婚できるよなあ。よし、俺も応援しよう」

「そうか」

サッシャが、短い返事と共に何か不思議な笑顔をくれた。俺はその意味が分からず、普通の笑顔を返した。

「あれ、そうだ。クラッド副長の黒髪はユールレム由来じゃないんだな。俺がユールレム関係者って知った頃の拒否感っぷりからすると、人間由来か。ロザレムが人間の星だから、当たり前と言えば当たり前か」

「ああ。片親がバンハムーバ人で……バンハムーバの国籍も持っている。キャニオンローズ号の船員のほとんどが、その両国だけの関係者さ。副長も私もみんなも、ユールレム人と和解しようなんて思ったのは、エリック様と出会えたからだ。ユールレム人も信頼できるって、思えるようになったんだよ」

「おっ、そう思ってもらえるのは嬉しいなあ。俺のいる未来じゃ、ユールレムとバンハムーバはまだ確執もあるけど、普通に仲良くやってるんだ。良い人たちだから、今の時代でも仲良くしてあげてくれ」

「とはいえ、向こうが銃口を突きつけて来ない時だけだね」

「ははは」

確かに向こうも仲良くなろうという意思がないと、和解しようなんて無理だ。

俺がこれからユールレム国のどれだけ偉い人と会えるか分からないが、できるならバンハムーバとの本格的な和解について提案してみたい。

それこそ、銃口が向いていない時に話題に上げないといけないだろうが。

会話の間が開くと、サッシャが残念そうにため息をついた。

「あーあ、エリック様もユールレム王家の一員なんだから、彼らみたいに沢山の愛人を抱えても平気な人だったら良かったのにな」

「その話題まだ続いてたのか。というかさ、多妻制および多夫制のユールレム王家の面々は、全員が全員、好きでその制度に乗っかってるんじゃないと思うぞ。まあ一部はノリノリで乗っかってるだろうけれど、彼らの特性上仕方がない制度なんだ」

「へえ? 彼らに、何の秘密があるんだい?」

サッシャがこの話題にノリノリで、俺に顔を近付けてきた。

「えーと、よく考えれば分かることだけどな。ユールレムの蛇を生み出す力があるのは、ユールレムの国民全員じゃなくて、ユールレム王家の血だけだ。ユールレムの蛇はその力で母星を耕し、新しい鉱物資源を次々と生み出す力があるし、いずれ母星が寿命で崩壊しても、ユールレムの蛇がコアとなることで母星の再生が可能だ」

「一人の力で星が一個誕生するっての、確かに凄いよな」

「そうさ。だから王家の者は、永遠の繁栄を手に入れるために、どうしても優秀な蛇の力を持った子供たちを必要とする。普通に一夫一婦制にすれば、国民に対して圧倒的少数しかいない王家の血なんか簡単に薄まって、すぐ滅びる。その滅びに対抗するには、出来る限り子供を多く作って、優れた力を持って生まれた者同士を選んで結婚させる。それの繰り返しさ」

「ああ……なるほど。バンハムーバの龍神の場合は、国民全員が始祖の龍神の子孫で、誰でも覚醒する可能性がある。どうしても残すべき血筋なんて、直系の王家の人たちでもいないも同然だものな。オシドリ夫婦でいいって訳か」

「そうそう。龍神の方が、この問題についてはかなり気楽なんだよ。無理矢理結婚させられなくていいし、子供も作らなくても構わないし」

「そう考えると、ユールレムの闇は深いねえ……これから行くのに、大丈夫かい?」

「……それは分からない。ただ、下手したら結婚させられそうだから、それはどうしても回避してやる」

「うーん、難しいんじゃないかい? だったらここで先に――」

「からかわないでくれ!」

確実にからかっているサッシャから逃げようと、立ち上がって部屋を出た。

出てすぐの通路にクラッドとイージスが立っていたので、共犯者だと確信した。

彼らにも文句を言おうと口を開きかけたところ、通路の向こうから手下を連れたレヴァンがやって来た。

「悪いが、自由を謳歌するのはこれまでだ。この服に着替えてから、大人しく俺達にとっ捕まってくれ」

「もう? 相手が来るのが早くないか?」

「先に連絡して、この星域に呼んでおいたんだ。元々、この近くでふらついてる船だしな」

レヴァンの部下がくれた衣装を受け取りつつ、彼の依頼者とは宇宙船で会うのかと思った。

「あー、寝なくて良かった」

寝ぼけて会いたくないからそう言ったのに、例の三人の雰囲気が変わった。

「普通に寝てなくて良かったの意味だぞ!」

叫ぶと、サッシャは笑いクラッドは視線を逸らし、イージスは後ろを向いた。

この野郎どもと思いつつも一人で部屋に戻って、受け取ったばかりの衣装に着換えた。

その礼服は、この時代の正式な龍神衣装ではないけれど、バンハムーバ軍服の豪華版のようなものだった。

レドモンドは、色々とありつつも俺のために仕立ててくれたのか。とても嬉しい。

俺にとっての戦闘服となるそれを着て、誇らしい気持ちになり背筋を伸ばして部屋を出た。
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