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二章 バンハムーバ復興作戦

7 クリスタでの生活

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1・

クリスタの一日は、宇宙標準時間の二十四時間に近い。その自転サイクルで生きられる事も、体内時計が二十四時間に近いバンハムーバ人たちが暮らすのに適したところだ。

その恩恵を受けての、翌日。

おいそれとは毒に負けない体質だから宇宙服が不要な俺は、普段着のままぶらぶらと外に出ていった。

小屋の前で浄化能力が地上にいても引き出せるか試していると、小屋の裏手から宇宙服着用の誰かがこちらを窺ってきた。

運命に関わる話し合いは明日の筈なのでその存在じゃないとは分かるものの、小屋の陰からじーっと見つめられるのは気持ち悪い。

近付いて行くと、その存在は今さらながら顔を引っ込めた。次に顔を出したと思ったら二人に増えていた。

「エリック様、お久しぶりでーす」

明るい声で挨拶してくれた方が、ヘルメット越しながらポプリだと気付けた。もう一人は機関士見習いのルッコラのようだ。

「キャニオンローズ号はどこに?」

「フィル様の命令で少し外出しています。私たちは、居残りです」

「どこで寝泊まりしてるんだ?」

「こっちにも小屋があるんですよ。ほぼ作業小屋ですけれど」

小屋を回避して裏手に回ると、ワンルームマンション一室分ぐらいの大きさの平屋が、俺とフィルのいる小屋に背中合わせで存在していた。

小屋の片隅には素焼きの植木鉢とプラスチック製らしいコンテナがあり、何か植えたらしい土の様子が確認できる。

「なに植えてるんだ? 土と水と空気を浄化しないと、発芽しないかもしれないんだが」

「一応、バンハムーバにもあった花の球根で、毒素に強いものを持ってきてみたんです。それで、芽が出るかどうか観察しています」

「夏休みの宿題みたいだな」

植木鉢とコンテナに照準を合わせているのだろうビデオカメラが、すぐ傍に設置されている。

その脇には、小さな旗を持った小人の置物やカラフルな風車が並んでいる。状況はどうであれ、ガーデニングを楽しんでいるようだ。

せっかくなので、この辺り一帯を浄化できるよう、龍神に変身して地中に潜り込んだ。

どこかに漂い出てしまうと駄目なのでバンハムーバのコアをまだ体内に抱えたまま、それを通してユールレムの蛇の浄化能力を使用した。

ユールレムの力は使いすぎると意識を失うから、余力を残して作業をした。そして何となく手応えがあった感じがしてから、地上に戻ってみた。

小屋から大気汚染のレベルを計測する機械を持ってきて、確認をしてみた。気のせいではなく大気中の毒素が減っている。

俺がこの作業をしている間に、ポプリとルッコラがそれぞれ水と土壌の汚染レベルを自前の機械で測ってくれた。両方とも同じように毒素が減ってくれていた。

大気汚染に関してはすぐ別の場所の空気と混じって毒素レベルが上がるだろうし、表面にある水や土壌も雨風で再び汚染されるだろう。

けれど、適度に力を使って数分でこの良い結果が出たのだから、本格的に星の中で眠って作業をする事で、星の全ての地域に多大な影響を同時に与える事ができると思われる。

俺の命に関わる問題だとしても、良い実験結果が出て嬉しくなった。

上機嫌な俺は、暇つぶしもあり二人をフィルのいる方の小屋に誘った。

三人揃って玄関を入ってすぐのクリーニングルームで風に吹かれまくって、奇麗になってから中に入った。

フィルが朝早くから作っていたケークサレが焼き上がったということで、味見がてら切って出してくれた。

ヘルメットを取った二人と俺はテーブルにつき、紅茶と共にほんのり甘いホイップされた生クリーム添えのケークサレを食べてみた。普通に美味しい。

「ケークサレって何ですか」

一口食べた後で、ルッコラが質問した。

「分かり易く説明すると塩ケーキです。甘くない、料理としてのケーキなんです。それは数種類のナッツのケーキなので、おやつにもなりますよ」

フィルはいつもの素敵な笑顔で答えつつ、お代わりが必要だと踏んだらしくケーキを新たに切りはじめた。

ここ数日間、保存食しか口にしていないという二人の食欲は凄まじかった。

結局はケーキが食べ尽くされる間に、俺は彼女らの仕事について質問した。

俺が出奔した後に、事情を詳しく説明された上でローザ船長はフィルに雇われる事を同意した。

そしてアデンでこの宇宙未開地調査用のプレハブ小屋の建築キットなどを素早く購入した後、フィルを連れてこのクリスタに来た。

ここに小屋を突貫工事で建ててすぐに、俺がツキシロと共に空から落ちてきたらしく、拾って助けて中に突っ込んでくれたそうだ。

それで俺が眠っている間にキャニオンローズ号は違う仕事に出て行き、二人が留守番で残ったという。

「保存食しかないんだったら、こっちに来てフィルにご馳走してもらえば良かったのに」

「えーと、でもフィル様はポドールイの王様ですし、畏れおおいです」

その割に遠慮せず食べ尽くしたポプリは、微妙な愛想笑いを見せる。

「料理が趣味って言ってるし、暇つぶしらしいから大丈夫だと思うけどな」

フィルを見て言うと、彼は頷いた。

「明日の朝にキャニオンローズ号が帰還する筈ですので、それまでの食事を作りましょうか?」

「「よろしくお願いしま~す」」

正直な笑顔の二人はハモった。

2・

お昼過ぎ。
みんなでフィルの手料理を堪能した後、久しぶりにツキシロと会った。

この周辺の危険な時空獣を殲滅してきたらしく、さすがの彼も疲れを見せていて、フィルの作ったカレーピラフを山盛り食べ尽くした。

とはいえ、クリーム色の着物と藍色の帯が全く汚れていないのは、彼の圧倒的な実力の証だろうか。

「そういえば、俺も時空獣の退治に出た方が良かったのか。まあまあ体力も戻ったし、明日まで暇だし」

ツキシロの食後のお茶を同じテーブルについて眺めつつ、今ようやく気付いたので言ってみた。

「いや、お主は休んでおれ。星の中で作業をするのが、エリックの任務じゃろうに」

「まあそうだけど」

ツキシロもフィルも、俺を楽にしてくれる為に無償どころか私財を投げ打つ形でも助力してくれている。いい人たちなんだが。

「どうして、俺にこんなに良くしてくれるんだ? フィルはまだ、彼の子孫が俺をここに飛ばした責任があるからと思えるけど、ツキシロはどうして協力してくれるんだ?」

「前にも言ったじゃろう? クロに泣いて頼まれたんじゃ。ワシも、己の子孫が可愛くて仕方ないんじゃよ」

「枕元に立ったっていうけど、それだけか?」

「うむ。その時に、お主の事情を少し聞いたしな。クロの頼みが無くとも、助力したいと思えたんじゃ」

「俺の事情って……恥ずかしい話じゃないよな?」

「……なにがあったんじゃ?」

「忘れてくれ」

クロとの恋愛は紆余曲折すぎるので、知られたくない。

「普通に、お主の大変だった過去の事情を聞いた。普通の者なら、あれを聞けば誰しも手を差し伸べたくなる」

「えーっ、それも忘れてくれないか。俺は同情されたくて、あんな重苦しい過去を背負ってんじゃない。今の俺がやってる事に同意なら、味方してもらいたい」

「贅沢な男じゃのう。無論、エリックの成そうとしていることにも共感している故の選択じゃ。だからそう、遠慮はするな」

「ならいい。俺はもう、誰にも同情されて可哀想がられたくないんだよ。クロも……そんなに心配しなくてもいいのに」

俺がこう言うと、ツキシロは驚いた目をしてまじまじと見つめてきた。

「二度と生きて戻らないと知りつつ見送るしかなかった者を、涙無くして語れるものか?」

「重荷にはなりたくない。俺はみんなが未来で楽しく生きてもらえるように、ここで頑張ってんだけどなあ。ああ……向こうも向こうで大変なのは分かるけど、感情出し尽くして俺の死を悼むより、ただ良くやったって褒めてもらいたい」

「ワシが後で、お主の墓前で思う存分褒めてやるぞ。だから、心置きなく働いてこい」

「じゃあ頼んだ。俺は、そのぐらい軽くて明るい方が好きだ」

まだよく知らない存在といえ、死ぬことが決定している俺を前にしても動じないツキシロ。彼は、とても強い人だ。だから明るく振る舞ってくれる。

そして……彼の子孫のクロも強い人だ。どんな事情も真正面から受け止め、命を張って逃げることなく歩き続けてきた人。

性格はちょっとツンデレだけども、芯が強くて……堂々としてて、俺の駄目なところも、馬鹿なところも何もかもしっかり受け止めてくれて……。

だから俺はクロを好きになったんだと、今さらながら気付いた。

クロをはっきりと思い出すと、少し涙が出た。

「最後に……もう一度、クロに会いたかったなあ」

「会えるぞ。魔法で作り出す映像としてじゃが」

「え」

「映像でも、未来の本物と繋がっているものじゃ。最後に、お主の想いを伝えるといい」

「えっと、それは、いつ?」

「明日以降、ワシが小屋にいる時に声をかけてくれ」

「わわ、分かった! じゃあその時に頼む! それで最後の……って、そうか、最後だよなあ……」

もう少し多めに涙が出そうになったから、椅子を立って独りで外に行った。

殺風景な現在のクリスタの荒野を見て、遥かな未来、ここでクロに出会うのだと思うと、不思議な感覚がした。
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