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一章 滅びゆく定め
9 手探りで掴む現実
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1・
船の昼時間の前ぐらいからサッシャに槍術を教えてもらい始め、時折見物人たちと手合わせしつつも二時間ほど運動をした。
訓練室にやって来た全員が全員、俺に新しい訓練なんて必要あるのかと疑問を抱いたようだ。
事実、物凄く必要がある。手加減を覚えないと、敵対してくる全員を皆殺しにしそうだ。だが説明が面倒くさいし血なまぐさすぎるので、全部笑って誤魔化した。
訓練を終えてから食堂に行くと、船長に解放されたピッピがいたから近寄りたかったのに、女子乗組員たちの壁ができていて弾き返された。
邪険にしてくれるぐらい、彼女らも俺に慣れてきたようだ。
それは嬉しい事なんだけど、でも失ってしまった大事な居場所を思い出して少し辛い。
まあそれでも今は賑やかさがあることを幸運と思って楽しみ、食堂の隅っこで昼食を取った。
食事を終えてもボンヤリと、ピッピたちの賑やかな様子を眺め続けた。
嫌でも、俺が残してきてしまった人たちを思い出す。
思い出すと辛いから思い出したくないのに、でも思い出したい。
俺が誕生日プレゼントとしてホルンからもらったピッピは、俺が勉強で忙しすぎたので部下たちが世話をしていた。
だからピッピは、部下たちの方が好きなようだ。それに俺の護衛のクロも、俺には厳しいくせにピッピには愛想が良かった。
隙があっても俺には見せっこない乙女の表情を、ピッピといる時は見せていた。
俺はそれを遠くから眺め、勉強がはかどっていないことを教官などに叱られるまではずっと見つめていたんだった。
俺の愛しいクロ。いつも結婚してと言う度に、顔面にパンチをくれていた。
帰ったら、今度はもうちょっと距離を置いて告白しよう。そしたら、受け入れてもらえるだろうか。
クールビューティーで輝いているクロの姿を思い出していると、知らない間に隣に立っていたイージスが肩を揺さぶってきた。
「いくらなんでも、猫に向ける表情じゃないぞ」
「ん? 俺、笑ってたか?」
「よだれ垂らしそうだった」
「ああ、いや、彼女のこと思い出してたんだ。俺の可愛いクロの事を」
「えっ」
イージスが本気で引いた。
「クロってお前、猫か犬が彼女か?」
「違う。それは愛称だ。それに狐種族の一員で、ちゃんと人型女子の姿をしている。安心してくれ」
「安心て…………ええと、彼女がいたのか」
「いるとも。ここに来る前に、結婚を申し込んでいる。だから帰ったら結婚する」
そういう妄想なら、いくらでもはかどる!
俺が再び幸せすぎる自分の世界に突入しようかという時、猛烈に嫌な予感がして背筋が冷たくなった。
咄嗟に宇宙船全体に龍神の力でシールドバリアを張ると、船後方部に何者かからの砲撃が命中した手応えがあった。
船自体のバリアに当たらずに済んだようで衝撃による揺れは起こらなかったものの、敵の襲撃による警戒警報が船内に鳴り響き始めた。
引き続いて砲撃されている中、すぐどこかに行こうとしたイージスの腕を掴んで引き止めた。
「バンハムーバの軍は、この船を警告無しに撃ち落とそうとするのか?」
「いや、俺たちが何者かは知っているからそれはない。あれは宇宙海賊か、ロゼレムの刺客だ」
「なるほど。じゃあちょっと行って調べてくる。後で追いつくから先に行っておいてくれと、船長に伝えてくれ。攻撃的しなくてもいいともな。頼んだぞ」
「何?」
意味が理解できていないイージスの腕を離し、この船の護衛としてもう隠す必要の無い姿に変身した。
全長五メートルほどの蛇に似た、龍神の姿。深い藍色の体色で、背に白い一対の鳥の翼を持つのが、俺の特徴だ。
味方を引っ掛けないように食堂の天井近くに空中浮遊し、後方から迫り来る数隻の宇宙船の気配を察知して、一瞬でそちらの方に向かった。
2・
龍神の姿になると、船の外壁もシールドバリアも普通レベルの威力ならば簡単に突き通ってしまえる。
そして宇宙空間でも窒息することなく、凍えることもなく、通常の生命活動が可能だ。
かつ、本気を出せば光速に匹敵する素早さで宇宙を渡れる。瞬間移動能力も優れ、行ったことがある場所ならば、違う星系の惑星間ですら一瞬で渡る事が出来る。
まさに、人が神と崇めるのに相応しい能力の持ち主だ。
キャニオンローズ号から抜け出てすぐ、砲撃のやって来る方に向かいつつ砲撃のエネルギーをバンバン弾いて散らしていった。
そして一番大きな船を見極め、一瞬で艦内にお邪魔してコックピット内に浮かんだ。
ここにいる賊の全員が俺の姿を見て驚き、動けないでいる間に人の姿に戻り、賊の銃を奪ってリーダーらしき人間の男の頭に押しつけた。
「どこの手の者だ。ただの、宇宙海賊狩りをしている賊か? それとも、ロゼレムから金を貰った刺客か」
「この化け物が。龍神に似せた姿をした時空獣がいると、知っているぞ」
「そうか」
脅しに負けずに返してきたリーダーに、俺はニッコリ笑ってみせた。
そして龍神の力ではなくユールレムの蛇の力を使用してコックピットの外壁を大きく歪め、最後に破壊して風穴を開けてやった。
しかしその寸前に、船から拝借した水を龍神の力で操って膜状にして覆っておいたので、空気漏れは起きずに誰も犠牲にはしなかった。
「いいか、十分間ぐらいの猶予はやる。その間に仲間の船に連絡を入れて、迎えに来てもらって逃げろ。でないと、宇宙の藻屑になるぞ」
俺は銃を捨て、龍神の姿になって天井近くに浮かんだ。
「この水の膜が作れる時空獣がいたかどうか、帰って調べてくるんだな。それで、俺がもし本物だと思ったならば、お前らの主人に見知らぬ龍神が出現したと報告しろ。それだけで褒められるぞ」
最後に声を出して笑ってみせると、リーダーは恐れを見せつつも部下に命令を出し、攻撃を中止させた。そして味方の船に早急に救出に来るように伝えた。
緊急脱出用の船はあるだろうが、遠距離での無事な航行は難しい物が多いのが常識だ。
この宇宙深部では、遭難しそうだ。賊と言っても安全にお帰り願いたいので、味方の宇宙船に乗って帰ればいい。
俺はその撤退作業を眺めて、コックピット内に居続けた。
タイムリミットがあるのに、敵のリーダーが一人逃げずに俺を見上げて立っている。
これは、船と共に沈む覚悟なのだろうか。雰囲気と目付きが軍人ぽい奴なので本当に殉職しそうだ。こちらとしては迷惑だ。
「おい、逃げなくていいのか?」
「本当に龍神かどうかが分からない以上、何もせず帰る訳にいかない。ただし、攻撃もできない」
「面倒くさいな。もうちょっと気楽に考えろ」
俺なら絶対に、命優先なんだが。
「一体どこの軍人なんだよ。いや、軍人だったんだ。もう軍人じゃないなら、依頼主の意見なんかまともに聞くな」
「……」
「まだ軍人か。どこの勢力……まあいいや」
俺は人を殺したくないから、自分が観念して再び床に降りて人の姿に戻った。
そしてユールレムの能力で壊した外壁部分を動かし、形だけとはいえ元どおりにして穴を塞いだ。
「いいか、これは――」
「お前こそ、どこの誰だ」
一気に緊張具合が増したリーダーが、俺を突き刺すような目で睨み付けてくる。
俺は命を助けるのに何故だと思い、少し戸惑いつつも言った。
「俺はユールレムの植民地生まれで――」
「ユールレムの蛇か!」
強い憎悪の念を抱く目を見て、彼が素早く銃を取り出して俺に向けて撃っても、馬鹿なことで全然身構えずにいたから、当たり前ながら攻撃を受けてしまった。
頭と腹に激痛が走り、倒れそうになりながらも瞬間移動して、彼の右腕を掴んで床に叩きつけた。
腕を折られて取り押さえられても抵抗しようとする彼を見て、それでようやく事態に気付いた。
ユールレムがバンハムーバと戦争していたのは、まだほんの千年前。数万年の間、幾度も侵略しようとしてきたユールレムのことを、バンハムーバ勢力圏内の星の民全てが憎んで警戒していてもおかしくない。
バンハムーバ王国が混乱期にある状態で、ユールレムの手の者が侵入してきたとすれば、どこの軍人だろうが侵略を止めるために戦おうとするだろう。
平和が一万年以上続き、見事に平和ボケした俺の頭では、なかなか考えつかなかった現実だ。
「悪い。俺の話を聞いてくれ」
俺は、準母星クリスタに龍神の力を封じたコアを持ち込んだ者の名前が、何故か歴史に残っていないと思い出した。
「俺はユールレムで生まれて育ったが、この黒髪はポドールイ由来のものだ。知っていると思うが、ポドールイ人は強い予言能力を持つため、宇宙の均衡を保つためにユールレムにもバンハムーバにも偏って助力しないようにしている。けれどバンハムーバを混乱したままにしておいては、再び宇宙戦争が起こる可能性がある」
「ポドールイ……人か? 本当にか?」
「ああ。俺はバンハムーバに助力するために、ポドールイ王から派遣されてきた。ただし、ポドールイの決まりである公平を期すために、この動きをユールレムに知られてはならない。故に、宇宙海賊の手を借り、その一員として活動をする。このことを、そちらの雇い主に教えてくれ。あくまでキャニオンローズ号を狙うならば、俺はそちらを本気で始末しなくてはいけなくなると」
俺は彼を離し、折ってしまった腕に治癒魔法をかけた。
「俺の名前はエリックだ。しかし決して龍神として名を記録するな。ユールレムが、ユールレム生まれでポドールイ人の俺に気付けば、問題は果てしなく大きくなっていく」
「分かった。それに……ポドールイ人の龍神……ですか」
「ああ。珍しいだろうけど、実際に俺は龍神だ。祖母がバンハムーバ人なんだ。歴史に名を残せない龍神だが、偽物じゃない」
言いながら、今もまた治癒魔法の苦手っぷりに嫌気が差してきた。
「龍神様。私のことよりも、ご自身の怪我を治療して下さい」
まだ治ってない彼が素早く立ち上がったから、しぶしぶ自分に使用した。撃たれた腹が確かに痛くて、弾が擦った頭の中がぐわんぐわん言ってるものの、それでもまだ平気っぽいんだが。
床に座りこんでふと見上げると、彼の目からは憎しみも疑いも無くなっている。逆に尊敬の念のようなものを見せ、目に涙をためて素早く跪き床に額をつけた。
「止めろ! 腕が痛いだろうに!」
「龍神様より頭が高くいるわけにいきません」
「はあ。外見はそうじゃないけど、バンハムーバ人なのか」
「はい。私はバンハムーバの者でありながら、龍神様を傷つけるなどという大罪を犯した者として――」
「それも止せ。いいか、俺はこれからバンハムーバの者を一つに戻し、新たな故郷を作り出す。目処が立つまで数年はかかりそうだが、この命を賭して母なる星を取り戻す。だからそれを見届けるまで、生きろ。そして新たな大地に根付いて繁栄するんだ。俺の命令を聞け」
「……はい」
彼は自分を始末したく願っているだろうが、同じく龍神の命令を無視できないだろう。きっと大丈夫だ。
他の者が逃げた筈なのに、足音が幾つか通路の方から聞こえてきた。
俺は立ち上がり、龍神の姿に変身した。
「説明は任せた。じゃあな」
彼が何か言う前に、宇宙船から離れて宇宙に出た。
そして、どれだけ距離が開いたか分からないキャニオンローズ号を追いかけて飛んだ。
船の昼時間の前ぐらいからサッシャに槍術を教えてもらい始め、時折見物人たちと手合わせしつつも二時間ほど運動をした。
訓練室にやって来た全員が全員、俺に新しい訓練なんて必要あるのかと疑問を抱いたようだ。
事実、物凄く必要がある。手加減を覚えないと、敵対してくる全員を皆殺しにしそうだ。だが説明が面倒くさいし血なまぐさすぎるので、全部笑って誤魔化した。
訓練を終えてから食堂に行くと、船長に解放されたピッピがいたから近寄りたかったのに、女子乗組員たちの壁ができていて弾き返された。
邪険にしてくれるぐらい、彼女らも俺に慣れてきたようだ。
それは嬉しい事なんだけど、でも失ってしまった大事な居場所を思い出して少し辛い。
まあそれでも今は賑やかさがあることを幸運と思って楽しみ、食堂の隅っこで昼食を取った。
食事を終えてもボンヤリと、ピッピたちの賑やかな様子を眺め続けた。
嫌でも、俺が残してきてしまった人たちを思い出す。
思い出すと辛いから思い出したくないのに、でも思い出したい。
俺が誕生日プレゼントとしてホルンからもらったピッピは、俺が勉強で忙しすぎたので部下たちが世話をしていた。
だからピッピは、部下たちの方が好きなようだ。それに俺の護衛のクロも、俺には厳しいくせにピッピには愛想が良かった。
隙があっても俺には見せっこない乙女の表情を、ピッピといる時は見せていた。
俺はそれを遠くから眺め、勉強がはかどっていないことを教官などに叱られるまではずっと見つめていたんだった。
俺の愛しいクロ。いつも結婚してと言う度に、顔面にパンチをくれていた。
帰ったら、今度はもうちょっと距離を置いて告白しよう。そしたら、受け入れてもらえるだろうか。
クールビューティーで輝いているクロの姿を思い出していると、知らない間に隣に立っていたイージスが肩を揺さぶってきた。
「いくらなんでも、猫に向ける表情じゃないぞ」
「ん? 俺、笑ってたか?」
「よだれ垂らしそうだった」
「ああ、いや、彼女のこと思い出してたんだ。俺の可愛いクロの事を」
「えっ」
イージスが本気で引いた。
「クロってお前、猫か犬が彼女か?」
「違う。それは愛称だ。それに狐種族の一員で、ちゃんと人型女子の姿をしている。安心してくれ」
「安心て…………ええと、彼女がいたのか」
「いるとも。ここに来る前に、結婚を申し込んでいる。だから帰ったら結婚する」
そういう妄想なら、いくらでもはかどる!
俺が再び幸せすぎる自分の世界に突入しようかという時、猛烈に嫌な予感がして背筋が冷たくなった。
咄嗟に宇宙船全体に龍神の力でシールドバリアを張ると、船後方部に何者かからの砲撃が命中した手応えがあった。
船自体のバリアに当たらずに済んだようで衝撃による揺れは起こらなかったものの、敵の襲撃による警戒警報が船内に鳴り響き始めた。
引き続いて砲撃されている中、すぐどこかに行こうとしたイージスの腕を掴んで引き止めた。
「バンハムーバの軍は、この船を警告無しに撃ち落とそうとするのか?」
「いや、俺たちが何者かは知っているからそれはない。あれは宇宙海賊か、ロゼレムの刺客だ」
「なるほど。じゃあちょっと行って調べてくる。後で追いつくから先に行っておいてくれと、船長に伝えてくれ。攻撃的しなくてもいいともな。頼んだぞ」
「何?」
意味が理解できていないイージスの腕を離し、この船の護衛としてもう隠す必要の無い姿に変身した。
全長五メートルほどの蛇に似た、龍神の姿。深い藍色の体色で、背に白い一対の鳥の翼を持つのが、俺の特徴だ。
味方を引っ掛けないように食堂の天井近くに空中浮遊し、後方から迫り来る数隻の宇宙船の気配を察知して、一瞬でそちらの方に向かった。
2・
龍神の姿になると、船の外壁もシールドバリアも普通レベルの威力ならば簡単に突き通ってしまえる。
そして宇宙空間でも窒息することなく、凍えることもなく、通常の生命活動が可能だ。
かつ、本気を出せば光速に匹敵する素早さで宇宙を渡れる。瞬間移動能力も優れ、行ったことがある場所ならば、違う星系の惑星間ですら一瞬で渡る事が出来る。
まさに、人が神と崇めるのに相応しい能力の持ち主だ。
キャニオンローズ号から抜け出てすぐ、砲撃のやって来る方に向かいつつ砲撃のエネルギーをバンバン弾いて散らしていった。
そして一番大きな船を見極め、一瞬で艦内にお邪魔してコックピット内に浮かんだ。
ここにいる賊の全員が俺の姿を見て驚き、動けないでいる間に人の姿に戻り、賊の銃を奪ってリーダーらしき人間の男の頭に押しつけた。
「どこの手の者だ。ただの、宇宙海賊狩りをしている賊か? それとも、ロゼレムから金を貰った刺客か」
「この化け物が。龍神に似せた姿をした時空獣がいると、知っているぞ」
「そうか」
脅しに負けずに返してきたリーダーに、俺はニッコリ笑ってみせた。
そして龍神の力ではなくユールレムの蛇の力を使用してコックピットの外壁を大きく歪め、最後に破壊して風穴を開けてやった。
しかしその寸前に、船から拝借した水を龍神の力で操って膜状にして覆っておいたので、空気漏れは起きずに誰も犠牲にはしなかった。
「いいか、十分間ぐらいの猶予はやる。その間に仲間の船に連絡を入れて、迎えに来てもらって逃げろ。でないと、宇宙の藻屑になるぞ」
俺は銃を捨て、龍神の姿になって天井近くに浮かんだ。
「この水の膜が作れる時空獣がいたかどうか、帰って調べてくるんだな。それで、俺がもし本物だと思ったならば、お前らの主人に見知らぬ龍神が出現したと報告しろ。それだけで褒められるぞ」
最後に声を出して笑ってみせると、リーダーは恐れを見せつつも部下に命令を出し、攻撃を中止させた。そして味方の船に早急に救出に来るように伝えた。
緊急脱出用の船はあるだろうが、遠距離での無事な航行は難しい物が多いのが常識だ。
この宇宙深部では、遭難しそうだ。賊と言っても安全にお帰り願いたいので、味方の宇宙船に乗って帰ればいい。
俺はその撤退作業を眺めて、コックピット内に居続けた。
タイムリミットがあるのに、敵のリーダーが一人逃げずに俺を見上げて立っている。
これは、船と共に沈む覚悟なのだろうか。雰囲気と目付きが軍人ぽい奴なので本当に殉職しそうだ。こちらとしては迷惑だ。
「おい、逃げなくていいのか?」
「本当に龍神かどうかが分からない以上、何もせず帰る訳にいかない。ただし、攻撃もできない」
「面倒くさいな。もうちょっと気楽に考えろ」
俺なら絶対に、命優先なんだが。
「一体どこの軍人なんだよ。いや、軍人だったんだ。もう軍人じゃないなら、依頼主の意見なんかまともに聞くな」
「……」
「まだ軍人か。どこの勢力……まあいいや」
俺は人を殺したくないから、自分が観念して再び床に降りて人の姿に戻った。
そしてユールレムの能力で壊した外壁部分を動かし、形だけとはいえ元どおりにして穴を塞いだ。
「いいか、これは――」
「お前こそ、どこの誰だ」
一気に緊張具合が増したリーダーが、俺を突き刺すような目で睨み付けてくる。
俺は命を助けるのに何故だと思い、少し戸惑いつつも言った。
「俺はユールレムの植民地生まれで――」
「ユールレムの蛇か!」
強い憎悪の念を抱く目を見て、彼が素早く銃を取り出して俺に向けて撃っても、馬鹿なことで全然身構えずにいたから、当たり前ながら攻撃を受けてしまった。
頭と腹に激痛が走り、倒れそうになりながらも瞬間移動して、彼の右腕を掴んで床に叩きつけた。
腕を折られて取り押さえられても抵抗しようとする彼を見て、それでようやく事態に気付いた。
ユールレムがバンハムーバと戦争していたのは、まだほんの千年前。数万年の間、幾度も侵略しようとしてきたユールレムのことを、バンハムーバ勢力圏内の星の民全てが憎んで警戒していてもおかしくない。
バンハムーバ王国が混乱期にある状態で、ユールレムの手の者が侵入してきたとすれば、どこの軍人だろうが侵略を止めるために戦おうとするだろう。
平和が一万年以上続き、見事に平和ボケした俺の頭では、なかなか考えつかなかった現実だ。
「悪い。俺の話を聞いてくれ」
俺は、準母星クリスタに龍神の力を封じたコアを持ち込んだ者の名前が、何故か歴史に残っていないと思い出した。
「俺はユールレムで生まれて育ったが、この黒髪はポドールイ由来のものだ。知っていると思うが、ポドールイ人は強い予言能力を持つため、宇宙の均衡を保つためにユールレムにもバンハムーバにも偏って助力しないようにしている。けれどバンハムーバを混乱したままにしておいては、再び宇宙戦争が起こる可能性がある」
「ポドールイ……人か? 本当にか?」
「ああ。俺はバンハムーバに助力するために、ポドールイ王から派遣されてきた。ただし、ポドールイの決まりである公平を期すために、この動きをユールレムに知られてはならない。故に、宇宙海賊の手を借り、その一員として活動をする。このことを、そちらの雇い主に教えてくれ。あくまでキャニオンローズ号を狙うならば、俺はそちらを本気で始末しなくてはいけなくなると」
俺は彼を離し、折ってしまった腕に治癒魔法をかけた。
「俺の名前はエリックだ。しかし決して龍神として名を記録するな。ユールレムが、ユールレム生まれでポドールイ人の俺に気付けば、問題は果てしなく大きくなっていく」
「分かった。それに……ポドールイ人の龍神……ですか」
「ああ。珍しいだろうけど、実際に俺は龍神だ。祖母がバンハムーバ人なんだ。歴史に名を残せない龍神だが、偽物じゃない」
言いながら、今もまた治癒魔法の苦手っぷりに嫌気が差してきた。
「龍神様。私のことよりも、ご自身の怪我を治療して下さい」
まだ治ってない彼が素早く立ち上がったから、しぶしぶ自分に使用した。撃たれた腹が確かに痛くて、弾が擦った頭の中がぐわんぐわん言ってるものの、それでもまだ平気っぽいんだが。
床に座りこんでふと見上げると、彼の目からは憎しみも疑いも無くなっている。逆に尊敬の念のようなものを見せ、目に涙をためて素早く跪き床に額をつけた。
「止めろ! 腕が痛いだろうに!」
「龍神様より頭が高くいるわけにいきません」
「はあ。外見はそうじゃないけど、バンハムーバ人なのか」
「はい。私はバンハムーバの者でありながら、龍神様を傷つけるなどという大罪を犯した者として――」
「それも止せ。いいか、俺はこれからバンハムーバの者を一つに戻し、新たな故郷を作り出す。目処が立つまで数年はかかりそうだが、この命を賭して母なる星を取り戻す。だからそれを見届けるまで、生きろ。そして新たな大地に根付いて繁栄するんだ。俺の命令を聞け」
「……はい」
彼は自分を始末したく願っているだろうが、同じく龍神の命令を無視できないだろう。きっと大丈夫だ。
他の者が逃げた筈なのに、足音が幾つか通路の方から聞こえてきた。
俺は立ち上がり、龍神の姿に変身した。
「説明は任せた。じゃあな」
彼が何か言う前に、宇宙船から離れて宇宙に出た。
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