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一章 滅びゆく定め

7 まだ見えない未来に向かって

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1・

ポドールイ人たちが現在居住地としているファルクスは、アデンという星と二連星だ。

アデンの方には、今では宇宙中で活躍している魔法技術に優れた才能を発揮するエルフ種族たちの故郷がある。

しかしファルクスは自然環境が厳しい故に移住者がおらず、放置されたままの星だ。そこに、前の故郷の星を失ったポドールイ人たちが、人知れず引っ越した。

最近というか、今の時代の二、三千年前に山で集落が発見され、何度目かに幻の民扱いされたそうだが、もちろん俺はその当時のことなんか知らない。

俺が知っているファルクスは、既にポドールイ人が滅びかけてユールレム人たちの支配下に入った発展した星だ。

残ったポドールイ人たちは、田舎で農作業して暮らしている。まだ行ったことはない。まさか過去の時代で訪ねることになるとは。

運命というのは、本当に分からない。

ポドールイを目指し始めたキャニオンローズ号の内部で、少し黄昏れている俺は、到着するまでの一週間ほどをメリルの勉強に付き合う時間に費やすことにした。

政治を学ぶ資料を、未来より発展していないネット技術を必死になって駆使して探してプリントアウトした。

俺もこないだまで現役の学生で、王様になるのと同じぐらいの厳しい勉強を二年間も缶詰でさせられていたから、その時に得た知識が役立つだろう。

宇宙に出て二日目の朝食の後、作戦会議室を借りた。

そこで資料を手にしてホログラムホワイトボードを使い、メリルとジリアンと見物人たちに対して宇宙国際法の重要箇所を説明し、商法と刑法も要点をかいつまんで説明し、バンハムーバの歴史書を読むのに必要な古語も説明し、宇宙共通語の礼儀正しい使い方も教えた。

バンハムーバとロゼレムを含めた周辺五カ国が結んでいた、歴史的な同盟状況におけるバンハムーバの成した役割も必要と思ったから、当時あった第三次宇宙戦争の戦況と共に説明した。

段々疲れ始めたメリルを気遣って、夕方時間には動植物のネタがいいだろうと思い、バンハムーバの輸出入禁止法によって保護されるべき希少種について、その薬効と共に説明してみた。

そこで今日の授業を終了すると、生徒役のメリルが涙目でノートを閉じた。

「先生、質問よろしいですか」

「何でもいいですよ」

「今日の科目で一番重要視すべきは、どれなのでしょうか?」

「もちろん、宇宙国際法の丸暗記ですね」

「じゃあその、それだけに集中しても良いでしょうか」

「到着まで、時間が一週間しかないですしねえ。じゃあそれまでは宇宙国際法の第二十条までの丸暗記だけにして、到着してから小テストを行います。頑張って百点を取って下さいね!」

丁寧でにこやかにをモットーに先生役を終え、資料をまとめてまた明日と言って会議室を後にした。

廊下で、イージスが腕組みして渋面を作って立っていた。

「お前は鬼か」

「え? 何が?」

「いや、普通あんな突然に難しい勉強ばっかり出来るかよ」

「俺はやったぞ。まあ最初は厳しいけど、その内に慣れてくるって」

俺は慣らされたと思い出しつつフフフと笑い、物置に戻っていった。

2・

夜になって船のパソコンを借り、時折ピッピを撫でながらバンハムーバの現在の状況を調べてみた。

メリルや副長が教えてくれた現実が、ネットの中にも記録されている。

貴族院の活動状況をある程度確認してみたが、外交において他国と上手く連携を取って人と物資の流通を確保し、昔と変わらない生活水準を保っているとあった。

それが本当なら、メリルが言うように貴族院のバンハムーバ王家の者達が権力欲で動いているとしても、無能ではないという証拠になる。

龍神であるフロイスについて行った者の状況を直に見た者としては、たとえ俺も龍神としたって、今の状況ではフロイスとロゼレム国に味方なんてできない。

現実的に上手くやっているのが貴族院なら、彼らを粛清する必要はない。ただ、あくまで龍神に武力で敵対するところは、出来れば話し合いで矯正したい。

とすればメリルに王様になってもらわなくても良くなるのだが、優秀なバンハムーバ王家の人材は一人でも多く欲しいところなので、しばらくは黙って勉強を続けさせよう。

これからの作戦の一つをそう決めた後、宇宙の二大権力者のうちの片割れ、ユールレム国の方の状況を確認した。

今の時代から千年ほど前に、最後となる第五次宇宙戦争があった。侵略戦争としてそれを行ったのはユールレム皇帝で、最終的に謀反を起こしたユールレム王家の一員と皇帝の補佐官たちの手により退治された。

その戦争のあと、民間出身者としての最高地位となる補佐官たちに、皇帝や王の罷免権が与えられた。

今まではユールレムの王の上に立つ者などおらず、暴走してもなかなか止めることが出来ないでいた。だから幾度も、愚かな戦争が行われた。

しかし民間出身者たちが王の罷免権を手にしたことで、王族たちへの牽制となり、王となった者は真に民の事を考えて行動しなくてはいけなくなった。

良き王しか認めない体制が整った事はユールレム国の安定と共に、宇宙文明全体の平和も生み出した。

だからこれから一万三千年ほどの時間が経過しても、大きな戦争は二度と起こっていない。
ユールレムのこの新たな法律は、宇宙一の英断として俺の時代でもとても持てはやされて大切にされている。

が、はっきり言ってバンハムーバにはそういうのが無い。民間出身者とか王族とか関係なく、バンハムーバ人の血を引く者が突然に覚醒して生み出される龍神は、王ではなく神だ。

神を裁く法律はなく、神自身が法律を作る。民は龍神の全てを平伏して受け入れて崇める。バンハムーバ王国と植民地にはそういう法律しかない。

だから横暴な龍神が人殺し……自分に仕える神官を食い殺していた時代なんかもある。そんな時でも逆らわず、ただ龍神が死んで災厄が通り過ぎるのを待つのが国民のしてきた事。

しかし、龍神が同時代に四名ほど存在出来ることが、この制度の破綻を阻止している。

一人狂ったのがいても、他の龍神が実力行使で止める事ができる。歴史的には常に、狂った龍神は正しい龍神に退治されてきた。

俺の前世も、そうして退治された。

だから、国民は今でも龍神を尊敬して崇め続けている。
貴族院について行った国民も、言わないだけで龍神を好きだろう。直接的に害を被ってない限りは。

というか、真摯に龍神について行った方が被害を受けているねじれ現象が起きている。貴族院の支えがあれば、準母星が整備できるのを待たなくても、スラムにいた全員を救えそうなんだが。

どうにか二者を仲直りさせて、全てを丸く収めるたい。

ただ、そのための説得材料がまだ思いつかない。既に殺し合いに発展している状況を打破するには、それを忘れるぐらいの旨みを提示したらいいだろうが、準母星クリスタを整備して渡すだけで納得するだろうか?

どちらも、民だけでなく重要人物たちも憎しみを持ったまま移住してきて、二者の争いが終わらない星を作り出す可能性がある。

俺のいた未来のクリスタは、そんなに殺伐とした場所じゃなかった。それにこの争っている状況があった事実すら、普通の学校では教えていないようだ。

俺が龍神としてこの時代のことを勉強した時に控えめに教えてもらったのは、龍神とバンハムーバ王家のちょっとした対立があった稀有な時代という、この言葉だけだ。

ということは、この対立を稀有なものにしないと、俺の帰りたい未来が維持されないということ。
準母星クリスタを整備して、差し出すだけじゃ駄目だ。みんなの存在を護れない。

どうにか解決策を……と呟きつつ、俺の足下に置いた座布団の上のピッピを気にしながらパソコン画面を睨み続けた。

そしてふと、妙案を思いついた。

ちょうどその時、背後から副長が近付いてきて、声をかけてきた。

「今は何をしているんだ」

「貴族院と龍神サイドの仲直り方法について考えていたんだ。とっても最高な一手を思いついた」

「仲直りなど可能か?」

「二者を呼び出した会談の場で、ピッピちゃんを中央に据えておく。みんな、心奪われて争いを忘れる」

「それはお前だけだ」

「いや、ピッピちゃんならできる。歴史的に名の残る猫の女神様になれる」

本気で褒めると、ピッピは目を開けて俺を見て、ニャーンと鳴いた。

俺はあまりの愛らしさに精神点を半分以上持っていかれて、グッタリした。

「聞いたか! 鳴いた……鳴いたぞ! 返事したあ~!」

「お前大丈夫か? それはいいから、お前のことを聞かせてくれないか。お前……エリックは、どこの誰だ」

そりゃ、そこはどうしても知りたいよな。命に関わる金欠の問題を、得体の知れない男に任せているんだから。

俺は椅子を動かして、副長に向き合った。

「俺はユールレム植民地生まれの、四分の三がユールレム人で残りがバンハムーバ人だ。親父はそこの外交官で、俺は外交官秘書なんかになれたらいいなと思って勉強していた。でも二年前に色々とあって……バンハムーバに引っ越して軍の専門学校に行った。そしてそこでも色々とあって、バンハムーバ母星に捨てられた」

「色々のところは、秘密か」

「もうちょっと後で教えるよ。まあとにかく、元いた場所には帰れない。任せられた仕事が……あって、それを終えれば故郷に帰るつもりだが、実際は帰れないかもしれない」

俺は魔法が苦手で、だから全く勉強していない。帰りたければ時空を越える魔法を入手して、使い手も探さないといけない。

そもそも……全てが終わったとしても、俺が生きていられるかが分からない。

クリスタが準母星に整備された時、それに関与した龍神が……死んだかどうかして、悪いように伝えられていたのしか覚えていない。

もしこの時代の龍神のどちらかの話だったとしても、過酷な任務なのは間違いない。

俺はそれを主導するか、手伝う。ただで済むとは思えない。

俯いてため息をつくと、さっきから俺の足に登ろうと努力しているピッピが必死な様子で鳴き始めた。

ピッピを抱き上げ、優しく抱きしめた。

「俺に付き合わせて悪いな。まさか付いてくると思わなかったよ。でもいてくれると、とても助かる。俺のいた場所が、幻じゃなかったと思える」

既に俺の手の中から消え失せた世界。実感が無けりゃ、いつまでその存在を信じていられるだろうか。

「エリックは、ユールレムの補佐官か?」

「えっ、それ……」

一瞬、目をぱちくりさせた。

言った副長は、真顔になった。

「それいいな! ユールレムに行ったらスカウトしてもらえるだろうか? 考えた事も無かったけど――」

言いかけたら、ピッピが鋭い後ろ足の一撃で俺のアゴを蹴飛ばした。

「ああ、ごめん。悪かった。ピッピは俺より、みんなの方が好きだもんな。一緒に帰ろうな」

「ニャーン」

最高に可愛いピッピが俺を見つめるので、堪らなくて頬ずりした。いつもなら嫌がって蹴ってくるのに、今日は大人しくさせてくれた。

幸せすぎて死にそうになっていると、副長がおいと呼びかけてきた。

「生きてるか? 明日でいいから、船長と会ってくれるか?」

「あ、ああ。いいとも。明日に見舞いに行くよ」

元気になっただろうか。そうならいいんだけど。
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