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一章 滅びゆく定め

4 飽和する星ロゼレム

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1・

翌日。

余り眠れずに早いこと起きてブラブラしていて、気付いたことがある。

ユールレム王家の血により使用できるユールレムの蛇の地の力で、この船の不備を察知してしまった。

ただの客人がいきなり助言すると怪しまれるかもしれない。しかし船が壊れた場合、結局俺が龍神の力で助けないといけないだろうから、先に言っておいた方がややこしくない。

朝時間になり食堂に人がチラホラやって来た中、昨日俺を拾ったうちの一人、俺と同じ黒髪長髪のイケメン男がいたので、彼に近付いていって呼び止めた。

「名前忘れたけど、副長なんだろう? ちょっとこっち来てくれないか」

「お客人。悪いが物置で座っていてくれないか」

「酷いな。せっかく人が……とにかく、大事な用事があるから来い」

問答無用で彼の腕を掴んで引っ張り、通路の途中まで行って離した。

「この辺りの外壁、以前に戦闘で壊れた事がないか?」

「答えるつもりはない」

「あのさ、怪しいのは分かってるんだが、危険かもしれないから言うぞ。外壁が壊れた時に傍にある配管に傷が入ったようで、いま壊れかかってる。水が流れている配管が壊れたら厄介なのは知ってるだろう? 早く、修理した方がいい」

俺が壁を指差して言うと、副長は明らかに敵を見る目付きをした。

「お前は、そんな事まで分かるのか。それも魔法を使って察知したのか?」

「そ、そうだ。怪しまれるのは承知で言うが、俺の魔法は随分昔に発動して、それからずっと効果を発揮している。鋭くなった感覚が、俺に異常を知らせてくれた」

「それが、魔法を使用した形跡がない事の言い訳になると?」

「事実なんだから仕方ないだろう! 船が壊れたら、俺は隠しておきたい力まで使ってしまうことになる! それが嫌だから先に教えたんだ」

「お前の力で壊れた船を救えると? そんな魔法、聞いた事もない」

「応急処置するだけだ。その間に、どこかの星に降りてもらわないと、本格的に壊れたら救いようがない」

「悪いが、お前の言う事など信用できない。それよりも、そんな怪しいことを言うお前を自由に出歩かせられない」

いるのに気付いていたが、イージスたちが背後から近付いてきて、俺に銃を突きつけてきた。

ここまで扱いが悪くなるなら、船の整備のしかたなんて知らないが、ユールレムの蛇の力でこっそりくっつけておけば良かった。

大人しく魔法封じの手錠をかけられて連行されようとすると、食堂の方からピッピが走って追いかけてきた。

「来るな。離れてろ」

言っても通じないと分かりながらも、ピッピに言った。

もちろん言う事なんて聞かない小猫なので、俺の足元まで来ると一生懸命にすり寄ってきてアピールし始めた。

俺が下がると、その分ついてきた。きりが無いんじゃないかと思っていると、ピッピは不意に方向を変えて、壁に向かって何度もジャンプし始めた。

俺は驚いたが、素直に言った。

「配管の亀裂は、そこの壁の向こうだ」

すると、副長ははため息をついて拳銃を取りだして構えた。

「これはお前の使い魔か」

冷たい口調の彼が躊躇なく撃つと分かった瞬間、俺の感情が抑えきれずに溢れ出した。

周囲を揺るがす衝撃波が消えると、船の警告音が響き始めて危険を知らせるアナウンスが流れはじめた。

俺の耳にも水音が聞こえているが、配管が壊れた。というか、俺が壊した。

手錠の破片を捨てて片手でピッピを抱き上げ、もう片手を壁につけた。

壁の向こうだから何してるか察知されないと割り切り、龍神の力で水の流出を防ぎ、ユールレムの蛇の力で壊れた箇所をきっちりとくっつけた。

「応急処置はした。でも、最寄りの星にすぐ降りてくれ。素人の修理なんか、信用ならないぞ」

壊れた銃を持って立ち尽くす彼らに言い、ピッピのご機嫌伺いをした。

「悪いな。驚かせちゃったなあ。大丈夫か?」

両手で抱き上げて頬ずりすると、威嚇されて蹴られて引っかかれて噛み付かれた。

「じゃあ、俺は物置で座ってるからな」

余計な軋轢はもうごめんだから、暴れるピッピと共に大人しく退散した。

2・

物置で居眠りしている間に、夕方時間になっていた。

そして無事にどこかの星に到着したのか、船のエンジン音がせず、外に大勢の人の気配を感じた。。

ピッピを連れて物置を出て、昇降口まで行って外の様子を伺った。

宇宙港といえば、近代的でスタイリッシュで巨大な建築物しか見た事がない。

なのにここは野ざらしで、検閲もなにも無いんだろう野っ原のど真ん中の駐車場ぽく宇宙船が並んでいる。

大勢の人が入り乱れ、船の整備をするのもいれば機械で荷物を運んでいるのもいる。立ち話しているのもいれば、商人なのか物を売り歩いているのもいる。

子供が走り回り、誰かが喧嘩しているような声も聞こえてくる。

とても混雑しているが、生命力に溢れていて活気が良い。

タラップから外に出てみると、機材を持ってきて外壁を外して修理を始めるところの技術者たちの姿が見えた。

降りきったところでイージスがいて、俺を見て申し訳なさげな表情をした。

「ここは何て言う星なんだ?」

「ロゼレムだよ。バンハムーバの最寄りの星さ」

「ああうん、位置は分かった。今までは、宇宙港以外に見た事が無かった」

「ここも宇宙港だぞ。ただ、バンハムーバ人の難民が形成した、臨時の港だ。こんな状態だが、受け入れてくれただけでありがたい。みんな、出来る限り故郷の傍にいたいんだ」

「……やっぱり、イージスはバンハムーバ人か。聞きたいんだが、龍神はどこにいる」

それを聞くと、イージスは本気で緊張した。
俺から視線を外し、遠くの方を指差した。

「第一位のフロイス様は、ロゼレム王家の庇護の下、フォルビア城に滞在されている。あと、バンハムーバ復興機関の本部にいるかもしれない。それか、首都の龍神の神殿にいるかも」

「第二位の龍神の名前は?」

「えっ……レドモンド様は、バンハムーバで会ったあの方だ」

「そうか。じゃあ第三位は?」

「いない。まだ生まれていないのか、もう生まれないのか、誰も知らない」

「心配しなくても生まれるさ。今はちょっと色々とあって忙しいから、生まれて来ないだけだ。それじゃ、俺はもう行く。迷惑かけたな」

「いや、こっちが迷惑かけただろうに」

「船が無けりゃ、ピッピが逃げられなかった。本当に感謝してる。ありがとう」

笑って感謝して、短い間だったが世話になったキャニオンローズ号に背を向けて適当に歩いて行こうとした。

でも抱き締めているピッピを見下ろし、このままでは駄目だと思った。

踵を返してイージスの前に戻ろうとすると、キャニオンローズ号の中からタラップの上に人影が立った。

副長と俺が槍を破壊した美人と、それと見知らぬ華奢な美人が一人。

金髪に少しピンク色が入っている、つややかな長髪が美しい。
だが美人なだけでなく、人の上に立つ気迫と気品と力強さを感じる。

「あんたが船長だな? 頼みがある」

呼びかけて小走りで近付こうとすると、イージスが体を張って止めに来た。

「勘弁してくれ。近づかないでくれ」

「ああ、悪い。俺は怪しい奴だった」

自分で言って自分で笑った。

「いつまでここに滞在するんだ?」

イージスに聞いたが、彼は知らないとみえ船長の方をチラリと見た。

「現地時間の明日午後六時です。国際標準時間ではありません」

美人の船長が、華麗な声で答えてくれた。

俺は、何とかなるかと割り切った。

「それまで、ピッピを預かってくれないか? 俺と一緒にいても世話が出来そうにないんだ」

「そう言われても困る」

イージスが答えた。そりゃそうだが。

「俺は仕事があるんだ。ピッピを連れていけない。お金はないが後で必ず恩返しするから、預かってくれ」

俺はイージスの肩の上に、ピッピを置いた。

ピッピは驚いて暴れて飛び降りかけたものの、運動神経の良いイージスに捕まって逃げられなくなった。

「じゃあ頼んだ!」

「ちょっと待て! お前、貴族院の手の者か!」

「なんだそれ!」

俺は走って逃げながら、叫んで返した。

イージスの台詞を聞いた通りがかりの人々が全員凍ったので、何か物騒な誤解をされていそうとは感じつつも、早く龍神に会って帰って来るために本気で走って宇宙港から立ち去った。

3・

宇宙港らしき野原を出てすぐ、近代的では決してない掘っ立て小屋のような建物の並ぶスラム地帯に突入した。

金髪で青い目のバンハムーバ人たちが、質素な生活をしている。

俺が学んだろう歴史では、バンハムーバの恒星が異常活動を行うと分かってから実際に被害が出始めるまで二十年ほどの猶予期間があり、バンハムーバ人たちはその間に他の星に都市を築いて引っ越したとあった。

引っ越した先での生活は、先に人がいた星では少しばかりの軋轢があったものの、酷く取り扱われる事はなかったと書いてあったのだが。

実際に目にすると、一万三千年ほど前の記録が当てにならないと実感できた。

スラム地帯を通り過ぎ、市場に差し掛かった。

貧しさと混雑、ほこり塗れで抑圧感のある暗さ。

もっと違う場所に引っ越せばいいのに、バンハムーバ人たちはそうしてまでも母星の傍にいたいのだろうか。

彼らを見るのが憐れになってきた頃、市場の一角で主人らしき茶髪のおっさんに怒鳴られるバンハムーバ人の若者を見た。

ただ荷物を落としただけなのに、蹴りを入れている。そして耐えるだけの青年。

それを誰も、止めようともしない。バンハムーバ人も、このロゼレムの民も。

こういう場所で感情のままに人を助けても、根本を変えなくては俺が立ち去った後でバンハムーバ人たちがより被害を受けるだけだ。

そうは分かっているが、俺は彼らの間に割って入った。

「もう許してやれ。見苦しい」

「見苦しいだと? こいつは俺の使用人だ! どう扱おうが勝手だろうに!」

主人の方は、感情的に俺を突き飛ばそうとした。

俺はそれを避け、よろけた彼を冷たく見下ろした。

「俺はユールレム人でな」

「えっ」

再びかかってこようとした彼は、動きを止めた。

「我がユールレムが、バンハムーバのように混乱期に陥っているとは聞いたことがないだろう? 向こうでは、今でもキチンと宇宙国際法が遵守されている。ロゼレムも国連に加盟しているんだから、俺が裁判を起こせば、お前は裁判所に出頭しなくちゃいけない。それは面倒な事じゃないか」

「そ、それもそうだな」

彼は、俺の黒髪を見て大人しくなった。

「ここで話し合って終わらせよう。少しばかり、使用人に優しくすればいいだけだろう?」

「……はっ。まあ、そうだな。いつも通り、優しくしてやるさ」

彼は言い捨て、道に座り込んでいる青年に呼びかけると、さっさと歩き去った。

青年は荷物を拾うと、俺に感謝してその後をついて行った。

こっそり治癒魔法で傷を癒やしたが、また後で同じ事の繰り返しだろう。

本当に根本をどうにかしないといけない。

二人の龍神は、一体何をしているんだろうか。

悲しくなって立ち去ろうとして、ある看板に目が止まった。

胸が激しく鼓動する。

これはチャンスだ。

俺は葛藤があったものの、散髪屋に飛び込んだ。
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