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{ 騎士編 }
47. 騎士side.囚えて…… ※
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ようやくその日はやってきた。
監視の衛兵が、部屋に駆け込んできたのは……地面に、薄く這わせた神性に、反応を感じたと同時だった。
限られた中で、予想通りの手段を選んだ彼女……。
リネンを結び、ロープ代わりに、窓から伝い降り脱走した。
無事、地面に着地できて何よりだ。
走り去った方角も、まさに想定通りのものだったが……それには些かがっかりした。
懸命に走る姿に思いを馳せながら……ゆっくりと、時を待つ。
そろそろだろう。
転送神具の外環を回し、座標値を合わせ、手の平で起動させた。
青白い陣が浮かび、それは上方から下方へと、緩やかに身を包んでいく。
目を開けると……薄青色の月光に染められた、荒地が広がっていた。
屋敷から北方へ6リークの距離。
食事中、いつも窓辺から彼女が目を向けていた、その方角……。
予め設置しておいた、座標石の上に立ち……屋敷の方に目をこらす。
あぁ、まだあんなところか……。
下を向き、息も絶え絶えに走る彼女を見つけ、その様子を眺め続けた。
何かに躓いて、勢いよく地面に倒れ込んだ。
それでも必死に立ち上がり、一歩一歩踏みしめ進む……。
転んだ時に足を挫いたようだ。左右に大きくふらつきながら、足を引きずる……。
堪えきれず発光神具を取り出し、稼働させた。
力を振り絞るようにゆっくりと顔を上げ、こちらを見る。
明かりに気付いたようだ。
彼女を照らし続けながら、迎えにいく。
その小さな顔が、闇夜に一層白く照らし出されたその時……虚脱したように、地面にへたり込んだ。
目の前に忽然と現れた、彼女の希望を砕く存在に……よほど驚いたのだろう。
ゆっくりと歩み寄る。近づくほどに鼓動が高鳴る。
虚な瞳が、こちらを見上げた。
「水も食料も持たず、この荒地を越えることは不可能です。無謀な事はおやめ下さい」
そういい手を差し伸べたが、その手を掴む力も無いのだろう……。ただ息を切らしながら、こちらを見上げる。
その顔には……絶望の色が浮かんでいた。
ああ、素晴らしいです。
そうです。
その表情です。
絶望し、諦めて下さい。
その腕を掴み、身体を持ち上げようとした、その瞬間、瞳が鋭く光った。
自ら立ち上がり、手を振り払い、今度は明後日の方向に逃げていく。
(まだそんな気力が残っていたのですか……)
こちらを振り返ることなく必死に走る。
ああ、素晴らしい。貴方はやはり強い人だ。
あの皇城の生活の中でも、その清浄な人格を保ち続けた心の強さ……。
不撓不屈の精神が、その根底にはあるのでしょう。
貴方は純白でいながら、何色にも染められないし、染まろうともしない。
僕も、竜王も、決して貴方を染めることなど出来ないでしょう。
知っていた。
知っていたからこそ愛した。
きっと、そうやって、皇城からも逃げ出したんですね。
必死に走って逃げて、隠れて、捕まって……挙句あの刑罰を受けたのでしょう。
その背中に走る3本の火傷跡……それは皇国で吊るされた、処刑人の背にある烙印だ。
お可哀想に、貴方はただ嫌で逃げ出しただけなのに。
貴方を嫌う者達が、貴方を追い詰め罰したのでしょう。
あの日、屋敷に連れて来て、貴方を着替えさせたのは僕です。
あの、不快なドレスを脱がせて、その傷を見つけて、こんなに小さな身体でどれほどの痛みに耐えたか、想像すると涙が溢れました。
貴方の頬に残った涙の痕跡と、貴方の身体を濡らした僕の涙を拭きながら……馬車から飛び降り、負った傷を治癒したのは僕です。
ただそんな中でも、唯一の救いは……アイツの痕跡が、その行為の痕跡が、身体のどこにもなかったことです。
例え、その烙印があったとて、貴方の体は美しい。
清らかなままの貴方……。
その髪も、身体も瞳も、今は全て僕のものです。
これから先も、貴方を守り続けると心に誓ったんです。
僕だけで、貴方を満たすため……。
だが、必死に逃げる、その後ろ姿を見つめ、考え続ける内に……得体の知れない感情が込みあがり、それは臓腑で不快に蠢いた。
意思のない、空虚な衝動に突き動かされた。
神性を掌に凝集させ、彼女の頭上に向けて放つ。
白銀の光の粒子が、薄い輪となり広がり、手の動きに合わせて、落下した。
その障壁の衝撃を受け、地面に倒れ込み、それでも懸命に足掻き続けるその側で、ずっと見守り続けた……。
その心が折れ、やがて、腕も伸ばせず、力尽きるまで……。
貴方は僕から逃げようとする……きっとそれは僕のせいです。
真心が、愛が、まだまだ伝わらないのでしょう……。
「僕たちの屋敷に、帰りましょう……」
そう声をかけ、ぐったりとした身体を抱き上げた。
力を失い、全体重をこちらに預けたその身体は、吸い付くように自身に密着した。
青白い陣が、彼女と一体となった身を、包み込んでいく……。
瞼を開けると……そこは変わらぬ静けさに満ちた屋敷の前だった。
監視の衛兵が、部屋に駆け込んできたのは……地面に、薄く這わせた神性に、反応を感じたと同時だった。
限られた中で、予想通りの手段を選んだ彼女……。
リネンを結び、ロープ代わりに、窓から伝い降り脱走した。
無事、地面に着地できて何よりだ。
走り去った方角も、まさに想定通りのものだったが……それには些かがっかりした。
懸命に走る姿に思いを馳せながら……ゆっくりと、時を待つ。
そろそろだろう。
転送神具の外環を回し、座標値を合わせ、手の平で起動させた。
青白い陣が浮かび、それは上方から下方へと、緩やかに身を包んでいく。
目を開けると……薄青色の月光に染められた、荒地が広がっていた。
屋敷から北方へ6リークの距離。
食事中、いつも窓辺から彼女が目を向けていた、その方角……。
予め設置しておいた、座標石の上に立ち……屋敷の方に目をこらす。
あぁ、まだあんなところか……。
下を向き、息も絶え絶えに走る彼女を見つけ、その様子を眺め続けた。
何かに躓いて、勢いよく地面に倒れ込んだ。
それでも必死に立ち上がり、一歩一歩踏みしめ進む……。
転んだ時に足を挫いたようだ。左右に大きくふらつきながら、足を引きずる……。
堪えきれず発光神具を取り出し、稼働させた。
力を振り絞るようにゆっくりと顔を上げ、こちらを見る。
明かりに気付いたようだ。
彼女を照らし続けながら、迎えにいく。
その小さな顔が、闇夜に一層白く照らし出されたその時……虚脱したように、地面にへたり込んだ。
目の前に忽然と現れた、彼女の希望を砕く存在に……よほど驚いたのだろう。
ゆっくりと歩み寄る。近づくほどに鼓動が高鳴る。
虚な瞳が、こちらを見上げた。
「水も食料も持たず、この荒地を越えることは不可能です。無謀な事はおやめ下さい」
そういい手を差し伸べたが、その手を掴む力も無いのだろう……。ただ息を切らしながら、こちらを見上げる。
その顔には……絶望の色が浮かんでいた。
ああ、素晴らしいです。
そうです。
その表情です。
絶望し、諦めて下さい。
その腕を掴み、身体を持ち上げようとした、その瞬間、瞳が鋭く光った。
自ら立ち上がり、手を振り払い、今度は明後日の方向に逃げていく。
(まだそんな気力が残っていたのですか……)
こちらを振り返ることなく必死に走る。
ああ、素晴らしい。貴方はやはり強い人だ。
あの皇城の生活の中でも、その清浄な人格を保ち続けた心の強さ……。
不撓不屈の精神が、その根底にはあるのでしょう。
貴方は純白でいながら、何色にも染められないし、染まろうともしない。
僕も、竜王も、決して貴方を染めることなど出来ないでしょう。
知っていた。
知っていたからこそ愛した。
きっと、そうやって、皇城からも逃げ出したんですね。
必死に走って逃げて、隠れて、捕まって……挙句あの刑罰を受けたのでしょう。
その背中に走る3本の火傷跡……それは皇国で吊るされた、処刑人の背にある烙印だ。
お可哀想に、貴方はただ嫌で逃げ出しただけなのに。
貴方を嫌う者達が、貴方を追い詰め罰したのでしょう。
あの日、屋敷に連れて来て、貴方を着替えさせたのは僕です。
あの、不快なドレスを脱がせて、その傷を見つけて、こんなに小さな身体でどれほどの痛みに耐えたか、想像すると涙が溢れました。
貴方の頬に残った涙の痕跡と、貴方の身体を濡らした僕の涙を拭きながら……馬車から飛び降り、負った傷を治癒したのは僕です。
ただそんな中でも、唯一の救いは……アイツの痕跡が、その行為の痕跡が、身体のどこにもなかったことです。
例え、その烙印があったとて、貴方の体は美しい。
清らかなままの貴方……。
その髪も、身体も瞳も、今は全て僕のものです。
これから先も、貴方を守り続けると心に誓ったんです。
僕だけで、貴方を満たすため……。
だが、必死に逃げる、その後ろ姿を見つめ、考え続ける内に……得体の知れない感情が込みあがり、それは臓腑で不快に蠢いた。
意思のない、空虚な衝動に突き動かされた。
神性を掌に凝集させ、彼女の頭上に向けて放つ。
白銀の光の粒子が、薄い輪となり広がり、手の動きに合わせて、落下した。
その障壁の衝撃を受け、地面に倒れ込み、それでも懸命に足掻き続けるその側で、ずっと見守り続けた……。
その心が折れ、やがて、腕も伸ばせず、力尽きるまで……。
貴方は僕から逃げようとする……きっとそれは僕のせいです。
真心が、愛が、まだまだ伝わらないのでしょう……。
「僕たちの屋敷に、帰りましょう……」
そう声をかけ、ぐったりとした身体を抱き上げた。
力を失い、全体重をこちらに預けたその身体は、吸い付くように自身に密着した。
青白い陣が、彼女と一体となった身を、包み込んでいく……。
瞼を開けると……そこは変わらぬ静けさに満ちた屋敷の前だった。
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2024年12月追記
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