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{ 騎士編 }
42. 女神の啓示
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その頃の記憶は……あまり無い。
ただ、普段と何も変わらない平穏な日々を送った。
それは、彼女がいないだけの、静かな日常だった……。
皇女の護衛騎士として、任務をこなし、剣の鍛錬に打ち込んで……空いた時間は書物に目を向けた。
だが、その日は突然訪れた。
何秒か何分か……意識が不明瞭になり、徐々に視点が定まると……目の前に置かれた本の、開いたページが濡れていた。
自分の頬が濡れており、そこを伝って涙が滴り落ちていた。
また次の日、同じように、ふと我に返ると、目の前に剣先が迫り、頬を切り裂いた。
鍛錬中の怪我など良くある事……同僚に神性で治癒して貰えばいいだけだ。
だが、問題はそれだけで終わらなかった。
来る日も来る日も同じような事が起きた……。
次第に、集中が途切れるようになり、意識のない時間が増え……唐突に涙することが多くなった。
まるで、自分が自分では無いような、地に足がついていないような不思議な感覚だった。
やがて、夜も眠れぬようになり……ようやく眠れたと思っても、深夜に飛び起きた。
激しい動機と、酷い寝汗で全身が濡れていた。
何かの病かと思い、医者に診せても、問題は突き止められなかった。
原因も分からぬまま……日常は、呆気なく崩壊した。
そんな時、書棚に仕舞い込んでいた白い箱を、ふと思い出し手に取った。
箱を開くと、そこには、美しい羽ペンが収められていた。
真っ白で優美な羽……。
繊細な模様が彫られた金色の柄には、彼女の瞳と同色の蒼水玉が嵌め込まれていた。
瞬間、彼女と目が合ったような気がした。
「どうして、助けてくれなかったの?」
その瞳は……咎めるようにそう問いかけた。
これまで必死に蓋をして、隠し、押さえ込んだ感情が、渦となって自分に襲いかかった。
その場に崩れ落ち、声を上げて咽び泣き、懺悔した。
産まれた時から、一身に不幸を背負って、生きてきて……これから先も、竜の国で、延々と苦しみ続けるだろう彼女。
虐げられ続け……心を閉ざして、救いを求めることすら諦めていたのだろう……。
平気なそぶりを見せていたのに、本当は、竜の国になど行きたくはなかったのだ。
誰かに助けて欲しかったのだ。
彼女の事を、何も分かっていなかった。
苦しみに気づいてあげられなかった。
彼女への気持ちを隠し、ただ優しく振る舞うしか出来なかった、自分は……なんて愚かだったんだろう。
もっと言葉を交わしていれば……
正直に気持ちを打ち明けていれば……
いや、彼女を強く思うその気持ちのまま、縋りついていれば……
彼女もその心の内を僕に打ち明けて、共に寄り添い慰め合えた!それなのに!!
助けてあげたかった……!
彼女の救いになりたかった……!
贈り物も渡せず、微笑む彼女を見ることも叶わず、何も果たされずに、無惨に切り裂かれた初恋。
一晩中泣き明かした……。
自覚してからは、常に彼女を思い続け……胸が痛み、苦しくて、涙がこみあげた。
時間が経っても、胸に穿たれた穴は塞がることなく広がり、自らを飲み込んだ。
ふとした瞬間に襲ってくる、後悔と、憤りは、体を震わせ、立っている事も出来なくなった。
いつの頃からか、夢に出てくるようになった彼女は、悲しみに満ちた、諦めの表情で自分を見下ろした……。
必死に膝をつき、許しを乞う。
夢の中で、毎晩決まって行われる彼女への懺悔……慈悲と救いを求める懇願は、いつしか彼女の姿をした女神への信仰心へと変化していった。
それは、心を保ち、生き続けるための自衛の手段だったのかも知れない。
全てを捧げても、その慰めを得たいと思うその気持ちは……手の届かない、遥か遠くの地にいる彼女を、特別な神のような存在へと高めていった。
そんな時だった。竜の王国の戴冠式に、皇女の護衛として帯同の任を受けた。
それは、明らかに、遠く離れた地にいる彼女からの啓示だった。
輝きに満ちたまっすぐな道が、目の前に開けた……。
これは、彼女が……僕の女神様が示した道標だ。
彼の地で、彼女はただひたすら耐えているだろう。
いつか誰かに助けてもらえるという望みさえ抱かぬまま……。
これは僕だけが出来る、僕だけに与えられた使命だ。
僕の女神を助け出し、そして、そして……。
確固たる信念が形を帯び、心の中の全てを占めていった……。
「待っていてください……。貴方様を救い出して見せます」
口に出したその決意は……身体を興奮で震わせた。
それから、夢に出てくる僕だけの女神は、後光を放ち、微笑みを浮かべて、自分を見下ろした。
まるで、待っているとばかりに、その両腕を広げて……。
ただ、普段と何も変わらない平穏な日々を送った。
それは、彼女がいないだけの、静かな日常だった……。
皇女の護衛騎士として、任務をこなし、剣の鍛錬に打ち込んで……空いた時間は書物に目を向けた。
だが、その日は突然訪れた。
何秒か何分か……意識が不明瞭になり、徐々に視点が定まると……目の前に置かれた本の、開いたページが濡れていた。
自分の頬が濡れており、そこを伝って涙が滴り落ちていた。
また次の日、同じように、ふと我に返ると、目の前に剣先が迫り、頬を切り裂いた。
鍛錬中の怪我など良くある事……同僚に神性で治癒して貰えばいいだけだ。
だが、問題はそれだけで終わらなかった。
来る日も来る日も同じような事が起きた……。
次第に、集中が途切れるようになり、意識のない時間が増え……唐突に涙することが多くなった。
まるで、自分が自分では無いような、地に足がついていないような不思議な感覚だった。
やがて、夜も眠れぬようになり……ようやく眠れたと思っても、深夜に飛び起きた。
激しい動機と、酷い寝汗で全身が濡れていた。
何かの病かと思い、医者に診せても、問題は突き止められなかった。
原因も分からぬまま……日常は、呆気なく崩壊した。
そんな時、書棚に仕舞い込んでいた白い箱を、ふと思い出し手に取った。
箱を開くと、そこには、美しい羽ペンが収められていた。
真っ白で優美な羽……。
繊細な模様が彫られた金色の柄には、彼女の瞳と同色の蒼水玉が嵌め込まれていた。
瞬間、彼女と目が合ったような気がした。
「どうして、助けてくれなかったの?」
その瞳は……咎めるようにそう問いかけた。
これまで必死に蓋をして、隠し、押さえ込んだ感情が、渦となって自分に襲いかかった。
その場に崩れ落ち、声を上げて咽び泣き、懺悔した。
産まれた時から、一身に不幸を背負って、生きてきて……これから先も、竜の国で、延々と苦しみ続けるだろう彼女。
虐げられ続け……心を閉ざして、救いを求めることすら諦めていたのだろう……。
平気なそぶりを見せていたのに、本当は、竜の国になど行きたくはなかったのだ。
誰かに助けて欲しかったのだ。
彼女の事を、何も分かっていなかった。
苦しみに気づいてあげられなかった。
彼女への気持ちを隠し、ただ優しく振る舞うしか出来なかった、自分は……なんて愚かだったんだろう。
もっと言葉を交わしていれば……
正直に気持ちを打ち明けていれば……
いや、彼女を強く思うその気持ちのまま、縋りついていれば……
彼女もその心の内を僕に打ち明けて、共に寄り添い慰め合えた!それなのに!!
助けてあげたかった……!
彼女の救いになりたかった……!
贈り物も渡せず、微笑む彼女を見ることも叶わず、何も果たされずに、無惨に切り裂かれた初恋。
一晩中泣き明かした……。
自覚してからは、常に彼女を思い続け……胸が痛み、苦しくて、涙がこみあげた。
時間が経っても、胸に穿たれた穴は塞がることなく広がり、自らを飲み込んだ。
ふとした瞬間に襲ってくる、後悔と、憤りは、体を震わせ、立っている事も出来なくなった。
いつの頃からか、夢に出てくるようになった彼女は、悲しみに満ちた、諦めの表情で自分を見下ろした……。
必死に膝をつき、許しを乞う。
夢の中で、毎晩決まって行われる彼女への懺悔……慈悲と救いを求める懇願は、いつしか彼女の姿をした女神への信仰心へと変化していった。
それは、心を保ち、生き続けるための自衛の手段だったのかも知れない。
全てを捧げても、その慰めを得たいと思うその気持ちは……手の届かない、遥か遠くの地にいる彼女を、特別な神のような存在へと高めていった。
そんな時だった。竜の王国の戴冠式に、皇女の護衛として帯同の任を受けた。
それは、明らかに、遠く離れた地にいる彼女からの啓示だった。
輝きに満ちたまっすぐな道が、目の前に開けた……。
これは、彼女が……僕の女神様が示した道標だ。
彼の地で、彼女はただひたすら耐えているだろう。
いつか誰かに助けてもらえるという望みさえ抱かぬまま……。
これは僕だけが出来る、僕だけに与えられた使命だ。
僕の女神を助け出し、そして、そして……。
確固たる信念が形を帯び、心の中の全てを占めていった……。
「待っていてください……。貴方様を救い出して見せます」
口に出したその決意は……身体を興奮で震わせた。
それから、夢に出てくる僕だけの女神は、後光を放ち、微笑みを浮かべて、自分を見下ろした。
まるで、待っているとばかりに、その両腕を広げて……。
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