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{ 竜王編 }

33. 皇国からの列席者

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自室に戻ると……ルミとの大切な時間に水を差した大罪人が、悪びれることもなく、興奮した様子で出迎えた。

「陛下のあんな優しいお言葉遣いは初めて聞きました~!
本当に姫様にご執心ですね~!」

『黙れ』

「これでまた妹に話すネタができました~!」

首元を鷲掴みにし、持ち上げた……。

「グゥッ」

手を離すと、地面に四つん這いで着地して……不服そうな顔をしながら、涙目で見上げて来る。
そんな目をしたところで……こいつが全く懲りていないことは、良く知っている。
これ以上、その無駄口に付き合う気はない。

『早く準備に取り掛かれ』

召使が、ベストの最後のボタンを留める。
ゴテゴテと飾り付けられたジャケットを羽織らされ、嫌気がさす。
召使長は、未だあれやこれやと装身具を見比べて、小間使いに指示を出している。
『それではなく、右端のものにしろ。』
白理石に、明るい青の蒼水玉が嵌め込まれたピンが、目に留まった。
そのピンでマントを留める召使長の、すぐ横で……侍従はこちらを上から下まで眺めまわしニタニタと笑う。

「いや~昨日まで、魔物の血の臭いを発していたお方が、見違えましたね~!
美丈夫ですね~!! 姫様もきっと惚れ直しますよ~!」

やはり懲りていない……。

帰城したものの、ルミとの午餐も叶わず……おそらく夕刻までは会うこともないだろう。
彼女が戴冠式に参列することはない。
もしそのような事になれば、噂を聞いた有象無象の輩に取り囲まれるだろう。
彼女を蛇の巣穴に放り込むような事は、出来ない。
だが……彼女のいない場所も時間も……とても空虚で無駄なものに感じる。

先程の柔らかな頬の感触を思い出し、手の平を見つめたその時、声がかかった。

「お時間です」

『あぁ』

戴冠式の前に、皇国から来た列席者との、会談が予定されていた。

「いやはや! この度はご足労いただき誠にありがとうございます。皇太子様は相変わらず美麗でいらっしゃいますな! 皇女様も、おふたがたとも美の極致でございますな~!」

顎髭を撫でながら、重臣のひとりが調子良く口にしたその言葉に……思わず舌打ちしそうになる。
普段であれば、精人族を憎々しげに評す者たちだ。
だが……本人たちを前にして、そう言いたくなる気持ち……共感は出来ないが、理解は出来る。

円卓の斜め向かいの席で……その優美な姿勢を崩す事なく、軽く会釈を返した、皇国の皇太子。
艶やかな銀色の長い髪は、波打つたび虹色の輝きを帯び、繊細な細工を思わす目鼻立ちは、精人族固有の美貌だ。
そして何度か目にした、あの男特有のあの笑み……。

「その善良な心を映すような、慈愛に満ちた微笑み」と評されるその笑みが……自分には中身のない虚なものに感じてしまう。
まるで、冷たい、石膏像のようだ。

ルミの方が、美しく、そして温かく笑う。

およそ1年半前に精人の国で起きた魔物の異常発生と、それに伴う支援要請を思い起こす。
防御と治癒に特化した精人族の特殊な能力……だが防御と治癒では魔物は殺せず、そしていくら他種族と比べ、肉体的に優れているとはいえ……通常の剣で戦っては、魔物の群れには歯が立たない。
ひとたび神性で作られた障壁が破壊されれば、見るも無惨な結果となる。
要請を受け、支援軍を率い駆けつけたが……魔物の大群は既に幾つかの村や都市を蹂躙し、新たな街が標的となっていた。
精人族の兵士は力つき、障壁も崩れようとしていたその時だった。戦地にその姿を現した皇太子は、そびえるほど巨大な障壁を、一瞬で街一帯に張り巡らした。

人々の頭上で、王冠のように光り輝く障壁……歓喜に沸く住人達の声は、空気を震わせた。
そしてそれに呼応するように、街の外では、竜人族の戦士達が、凄惨な戦いを繰り広げた。
討伐が終了したのは、それから僅か半日後の事だった。

皇国の住人は、目の前で起きた奇跡に目を見張り、皇太子をあがめるように讃えていたが……
自国の一大事にもっと早くこの男が、駆けつけていれば、地図から複数の街が消える事も無かったのではなかろうか?

他国の支援軍を、さも当然のように受け入れ、飄々とするこの男の態度に……生粋の精人としての本質……他種族を見下す姿勢が垣間見えた。
この男は、竜人族でさえ掌の駒のように思っているのではないだろか?

また、ルミをあのように追い詰んだ要因のひとつかも知れない目の前の男に、更に不信感が芽生えた。

儀礼に則り、祝い品の目録を受け取る。
『遮音』『灯火』『発熱』『転送』等々……そこには希望通りの魔具の名が列記されていた。
礼を述べ、返礼品について記載した目録を渡す。

祝い品と返礼品……などとボヤかしても、所詮いつもの取引だ。
魔具を受け取り、魔瘴石を渡す。
だが、今回要請した物……これら全ては、ルミのための物だ。
皇国の出身であるルミは、少なからず、魔具を利用した快適な生活に慣れていただろう。
こちらで、不便を感じることがあってはならない。

会談が終盤に差し掛かった頃、皇太子が、唐突に前国王である父に問いかけた。

「そういえば……従妹はもうそちらの慣習に馴染めましたか?」

水が流れるように穏やかに響く声は……ルミとの血の繋がりを感じさせた……
だが……目を細め、その横顔に、鋭く視線を送る。

「うむ」
父が、こちらに振り向く。

『はい。手厚くもてなしておりますよ』
父に代わって、そう答えると、それに相槌を打つように父も頷いた。

「そうですか……大切な従妹です。可愛がって頂けているなら何よりです」

皇太子はそういうと、また父に視線をむけ穏やかに微笑んだ。

何を白々しい……身ひとつで彼女を放り出しておいて……。
幼くして両親を亡くした、後ろ盾のない皇位継承者に対して……おそらく邪険に扱ってきたのだろう。
精人族に対しての、当てつけのような父の要求に対して……都合よく利用され、捨てるようにこちらに送り出された事は既に明らかだった。

だが、そのおかげで……彼女と出会うことができた。

『そう、彼女をこの度、正式に私の妃に迎えようと考えております』

僅かにその肩が揺れる。

「妃?」

貼り付けたような笑顔そのままで……若干その声音は低くなったように感じた。
老王とこちらの顔を見比べ、憂うような、戸惑いを含んだ眼差しを向ける。

『元々そのつもりで、こちらに送られた姫でしょう。
相手が、父から私に……そして側室ではなく、正妃に変わっただけのこと』

固まったように見えた表情は、瞬間、明るい笑顔に変わった。

「それは驚きました! まさか、従妹が貴殿の妃になるとは……。
久しぶりに会って話したいのだが、可能だろうか?」

『もちろん構いません。正式な場で、私も同席いたしましょう』

「……大切な従妹に会って、労うだけです。そのように堅苦しい場を設ける必要はないでしょう?」

先程、一瞬だが表情が凍りついたように見えたのは、気のせいか?
この者を疑う気持ちが、そう見せたのか……今は柔和な笑みを浮かべているその瞳の……真意を探るように目を細めた。

『いいえ。ご存知でしょう? 竜人族は伴侶に対して、特別に配慮します。察してください』

「……では、後日……正式な場を設けて頂きましょう」

『ええ、おそらく今日よりも大規模な婚礼の式を開きます。……そちらにご招待差し上げましょう』

わざとらしく微笑みを返すと、貼り付けたような笑みがいっそう濃くなった。

沈黙が流れる……。
不穏な緊張感を感じ取ったのか……重臣が落ち着きなく立ち上がった。

「で、では……皇太子様と皇女様には、戴冠式までお部屋でお休みいただきましょう!
ささやかながら、お部屋にお食事もご用意致しておりますので!」

皇太子は、相変わらず流麗な所作で、音もなく席を立つと……こちらを振り返ることもなく、悠然と立ち去った。
だがその後ろで……どこか不安気な表情を浮かべた皇女は、何かを窺うように皇太子の背を見つめ……その後を足早に追って行った。
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