竜の手綱を握るには 〜不遇の姫が冷酷無情の竜王陛下の寵妃となるまで〜

hyakka

文字の大きさ
上 下
32 / 69
{ 竜王編 }

32. 再会

しおりを挟む
「こちらは陛下からの贈り物です」

いつもと変わらず不機嫌な様子で、部屋に入って来た召使は、その手に持った大きな箱をハンナに手渡した。

「何かしら?」

背を向けたハンナの後ろで、召使はその顔を歪め、目を細め、私を睨みつけた。
あの一件以来、もう温室に行く気にはなれず、ずっと部屋で過ごしていたが……その時よりも一層、私に対する敵意が増したように感じる。
そんな敵意に心折られて自室にこもって……私はなんて情けないんだろう。

召使から目を逸らしたその時、ハンナが驚嘆の声を上げた。
「ルミリーナ様! なんて綺麗なんでしょう! ルミリーナ様の宴席用のドレスですね!!」

「こちらのドレスで、戴冠式の日の宴席にはご出席いただくように……陛下からのご命令です」

ハンナの喜びの声に対して、呆れるようにため息をついた召使は、無愛想にそう告げると、部屋を後にした。

「ねぇ、ルミリーナ様、さっそくご試着されませんか? こちらに合わせて装飾品も髪型も考えなくちゃあ!」

ハンナが嬉しそうにドレスを手に取り持ち上げる。

鮮やかなブルーのドレス。胸元は淡い水色で、裾にかけて濃紺に変化するグラデーションが、とても美しい。
袖はレースで仕上げられ、金糸の細やかな刺繍が随所に散りばめられている。

「わぁ、大胆ですねっ!」

ハンナが手に持ったドレスを翻した。

腰の中央の位置には、一匹の羽を広げた美しい蝶が、繊細に刺繍されていた。
そして両肩からその刺繍までは、スリットが入り、背中の部分が大きく開かれていた……。

そのドレスを、ただ黙って見つめ続けた……。
切り立った崖に追い詰められ……そのまま落ちていくような……足元がぐらつき、身体が冷えていく。
逃げ出したい。その思いだけがぐるぐると頭の中に渦巻いた。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


周遊を終えて帰路に着く。
通常であれば、視察も兼ねて、各地の主要都市を見て周り、1月以上かけて城に戻るが、今回は携帯型の転送魔具を使用し、経由地を最小限に抑えて移動してきた。
だが、周遊の終盤、黒針林の樹海から大型の魔物が現れたとの報告を受け、急遽その狩りに向かった。
魔物の討伐となれば容易いが、魔瘴石を手に入れる為の魔物狩りは、魔物に瀕死の傷を負わせ、息のあるうちに体内からそれを抉り取らなければならない。その為、討伐より時間がかかる。
だが、今後のルミとの暮らしを考えれば、魔瘴石はあるに越したことはない。
それでも……予想を上回る魔物の数に、想定より帰城が遅れてしまった。

彼女を待たせてしまった。
最後に交わした約束は、思い出す度、心の支えとなって、彼女を渇望し苛立つ気持ちを律する事が出来た。

恐怖心に満ちた顔が、会うたびに変化し、いつしか穏やかな微笑みを向けてくれるようになった。
久しぶりに会う彼女は、また微笑みかけてくれるだろうか……。
やっと開いた彼女の心が、閉じていない事を……強く願う。

城の門をくぐったのは、戴冠式の前日夜半だった。
出迎えの列を作る者たちの顔には、疲労の色が浮かんでいた。
彼女の姿を探したが、そこには無かった。

「ですから『狩り』ではなく、『討伐』にしましょうと申し上げましたのに~。
戴冠式の主役が、前日の夜にこんなに魔物の血と泥にまみれて帰ってくるなんて~」

ぶつぶつ言う侍従に舌打ちを返し、自室へ向かう。
自室の横に備えられた浴場で、熱い湯に体を浸す。
身体に染み付いた魔物の血とその臭気が湯に溶け流れていく。
(ルミはもう眠っただろうか……)
本当なら今すぐ彼女の部屋に駆けつけたい。
そしてその身体を抱きしめたい。
ため息をつき、天井を眺めた……。
理性が勝ってよかった。こんな薄汚れた姿は見せたくなかった。
彼女には、自分の完璧に整った姿だけを見て欲しい。

明け方、目を覚ますと、カーテンの隅間から光が差し込んでいた。
久しぶりの自室の寝台の上で……今日が戴冠式であることを思い出す。

戴冠式など、煩わしくて仕方なかった。
そして、宴席などはそれよりも更に面倒だった。
だが、王となった自分とルミが、衆目の前で連れ添い歩く……それが出来れば、彼女の立場を確立できる。

今日の、唯一最大の目的だった。
彼女を守りたいのか……自分に縛り付けたいのか……。
自分の必死な行動に呆れ、思わず苦笑する。

ふと、鋭く差し込む陽射しに目を向けた。
何の気なしに、窓辺に近づき、扉を開けバルコニーに出た。
にぎやかなさえずりと羽音と共に、小鳥たちが空を舞っていた。
朝日の眩しさに目を細め、顔を背け、彼女の部屋のバルコニーに目をやった。

そこには……こちらを見つめる彼女がいた。
心臓が締め付けられ声も出せず、ただ見つめるしか出来なかった。
ガウンに身を包んだ彼女は、驚いた顔でこちらを見つめ、しばらく後に、花開くような笑顔を見せた。

「カイラス様!」

明るい声が、朝の澄んだ空気に響いた。

心を雲らせていた不安は、一瞬で消し飛び、朝日に熱せられたように、身体が熱を帯びる。

「おかえりなさい……」
そう言い、彼女がバルコニーの手すりに手をかけて、体を前のめりにした。

『待てっ!』
思わず声をあげ、手で彼女を静止する。
出会った頃、バルコニーから身を投げるようなそぶりをした彼女の、その恐ろしい瞬間が蘇る。
片手で口元を抑え、乱れた息を落ち着かせる。
今すぐ、彼女のいるバルコニーまで飛び移りたい欲求を必死に抑えて……。

『待っていろ。すぐ行く』
そう声をかけ、バルコニーを後にした。

彼女の部屋の前にたち、一瞬躊躇していると、ゆっくりと扉が開いた。

夢にまで見た彼女がそこにいた。

「あの……このような姿で申し訳ありません」
『いや、気にするな』

「おかえりなさいませ。お疲れではありませんか?」
『いや、全く。……気にかけてくれてありがとう……』

「あの、カイラス様のお部屋がお隣だなんて、私知らなくて……」

なぜか申し訳なさそうな顔をする。

『あぁ、そのようだな』

フッと笑うと、彼女も微笑み返してくれた。

『不在の間、何か困ったことは無かったか?』

「いいえ……何もありませんでした」

どこか切実な様子で、首を振る。

沈黙が訪れる……。

美しい微笑みを浮かべながら、その澄んだ瞳で自分を見上げる彼女。
ただただいとおしくて……
こらえきれず、彼女を抱きしめた。

片手で頭を撫で……つむじに顔をうずめるように口付ける。彼女の柔らかな髪が、唇と頬を撫でる。

一瞬身を固くした彼女だったが、ふと身体の緊張がとけると、背中に手を回した。

『しばらく、このままでいさせてくれ』

そう言い、彼女を包む腕にいっそう力を込め、彼女の頭に頬を擦り付けた。

ルミの柔らかな身体、その温度、遠征中何度も想像して、身を焦がした。

(全て、俺のものだ)

「カ、カ、カイラス様!!」
突然、彼女が慌て、背中を叩くと身体の隙間に手を入れて、離れようと押してきた……が……それが全力なのか?

渋々力を緩め、彼女を解放し、その目線の先を追うと……侍従が顔を真っ赤にしながら慌てふためいていた。

「わ、わ、私めは何も見ませんでしたー!」

両手で目をふさぎ、そう一声発すると、自室へ続く控えの間へ素早く駆け込んでいった。

ため息をつき、そっと彼女の頬に触れる。

『今日は長い1日になるだろう。今は休んでおくといい……』

そう言うと、その手に彼女の手が重ねられた。

「……はい」

僅かに首をかしげた彼女の頬に……自分の手の平が密着する。
吸い付くようなその感触に、身体の深部が激しく震える。

限界まで自分を追い込むその仕草に、これ以上耐えられなかった。
自らの衝動に鞭を打ち、名残惜しい気持ちを必死に抑えながら、その場を後にした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

りーさん
恋愛
 マリエンヌは淑女の鑑と呼ばれるほどの、完璧な令嬢である。  王子の婚約者である彼女は、賢く、美しく、それでいて慈悲深かった。  そんな彼女に、周りは甘い考えを抱いていた。 「マリエンヌさまはお優しいから」  マリエンヌに悪意を向ける者も、好意を向ける者も、皆が同じことを言う。 「わたくしがおとなしくしていれば、ずいぶんと調子に乗ってくれるじゃない……」  彼らは、思い違いをしていた。  決して、マリエンヌは慈悲深くなどなかったということに気づいたころには、すでに手遅れとなっていた。

【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?

キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。 戸籍上の妻と仕事上の妻。 私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。 見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。 一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。 だけどある時ふと思ってしまったのだ。 妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣) モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。 アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。 あとは自己責任でどうぞ♡ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...