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{ 竜王編 }

26. カイラスside.その為に……

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また、彼女の喜ぶ顔が見たい。
あのデザートを口にした時のように……
美味いものを与えれば簡単に叶えられるだろうか。
肉料理には手もつけていなかった……彼女の故郷では海産物が食卓に登ることも多いときく。
故郷の味であれば、食が進むかもしれない。

早速、娘のための料理を明日に備え準備するよう、調理場へ指示を出した。

翌日、いつもの時刻に温室に足を運ぶ。
温室を一周した後、広場に設けられた専用の席で、午餐をとるのが習慣だ。
煩わしい連中と顔を合わすこともなく、執務から離れ、ただただ静かに楽な時間を過ごす。
だが今日は……その空間に、訪れるだろう人のことを想うと、身体が熱を帯びた。

食卓は指示通りにしつらえられ、滝の音も消されていた。
椅子に腰を落とし空を見上げる。

彼女の足音が近づく。
振り向き、何気なくかけたその一言に、彼女が慌て、謝る。
(しまった!)
急ぎ、否定するも遅く、また彼女の謝る姿を目にして、自分の胸がひどく痛んだ。

彼女が俯き、そっと席に座る。
何か、話しかけようと考えるが、まるで思いつかない。
剣を振り回すガサツな男達に、口煩い家臣のジジイ‥‥そんな奴らとしか会話してこなかった事が、今更悔やまれる。
心の中でため息をつきながら、ふと彼女の方を見ると、不思議そうに滝を眺めていた。
『遮音の魔具だ』
そう言うと、あっけに取られた表情をする。向かいで悩んでいる男のことなど気にも留めず……ただただ不思議そうに、滝と水面、そして魔具を交互に見つめる娘の顔には……無邪気な好奇心が浮かんでいた。

言葉少ない彼女だが、その表情は多くを語る。

料理が運ばれてきた。
彼女の口からため息が漏れる。
驚き、瞳を大きく開き、皿を見つめる。

彼女の唇と同じ色の貝を選び、フォークに刺し、じっと見つめた後に、その小さな口に運ぶ。

水色の瞳が輝いた。
嬉しそうに、口元を緩ませながら、一口ずつゆっくりと丁寧に咀嚼して、飲み込む。
人の食べ方など、今まで気に留めた事すらなかったが、とても好ましく思えるその食べ方が……ただただ愛らしい。

話しかけると、またゆっくり考えた後、一言一言紡ぎ出すように返答が帰ってくる。

普段、会談などで、口ごもったり戸惑うようなそぶりを見せる奴には問答無用に舌打ちし、邪険にするが。
穏やかな水の流れのように紡がれる言葉に、とらえられ……こちらまで、そのペースに合わせてしまう。

彼女の周囲に流れる不思議な時間と空間に迷い込んだように……
彼女の声に聞き入り、その口元に魅入った。

彼女に話しかけ、彼女が応える。
当たり前のようで、つい先日の謁見の際の態度を思えば、それが奇跡のように感じる。

彼女の故郷の話になった時、どこか、遠くを見るような目をした。

呼びかけようとした時、ふと名前を知らないことに気づいた。
周囲の者も自分も、「精人の姫」と読んでいたからだ。
だから、何気なく尋ねた、ただそれだけだったのに……その瞳がかげり、何かを発しようと口を開くも……固まったまま、みるみると顔色が悪くなっていった……。
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