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{ 竜王編 }
25. カイラスside.温室にて
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目の前の娘は、落ち着かない様子で……皿の料理を細切れにするばかりで、口に運ばない。
先程は、とても気持ちよさそうに椅子に腰を深く沈め、柔らかな表情を浮かべていたが、今はその身を固くし……憂鬱そうだ。
『気に入らないか?』
尋ねた声は、魚の跳ねた音にかき消され……こちらを見て戸惑っている。
質問を変えた。
『上手いか?』
顔色を伺うように、困り果てたような顔をする。
娘がそのような表情を見せるたび、味わったことのない罪悪感に苛まれる。
娘はゆっくりと答えた。
「……はい。ありがとうございます。
けど、あまりたくさん食べられなくて……申し訳ありません」
まるで、小さな鈴の音のように、優しく空間に満ちる声。
耳を済まさなければ、滝音にかき消されてしまいそうな、溶けて消えてしまいそうな儚さだ。
こちらが無理に誘ったのだ。
申し訳なく思う必要は無いのに、まるで叱られているかのように身を縮める。
本当はこの場を終わらせて、部屋に帰らせてやることが……彼女にとっての最良かもしれない。
だが、この場をここで終わらせたくはなかった……。
侍従に指示し、デザートを用意させた。
結果、その思いつきは……期待以上に大きな実を結んだ。
瞳を輝かせ、驚きに満ちた表情を浮かべた彼女は……悩み、慎重に手を伸ばして菓子を手に取った。
時折目を伏せて、嬉しそうに小さな口を動かして、ゆっくりと味わう。
その様子に……目が釘付けになった。
こちらのことなどお構いなしに……おそらく自分が一口一口どれだけ時間をかけて味わっているかすら、気付いていないだろう。
見られていると気づけば、また壁を作るかもしれない。
肘をつき、ユリスの鉢に顔を向け、菓子の並べられたスタンドの隙間から、時折彼女に目を向けた。
甘味は目にするのも嫌だったが、彼女の口元についたクリームは……とても美味そうに見える。
「あの……」
突然のことに驚き顔を向けると、彼女がこちらを正面から見つめていた。
今まで何度も見つめてきた彼女の瞳。
だがまるで、今初めて目を合わせたように……新鮮に感じた。
丁寧に礼を述べる彼女の声は、相変わらず小さく……だが、暖かで柔らかな響きに、心からの感謝の気持ちが伝わってきた。
気持ちが昂る。
『……この温室は、気に入ったか?』
「はい。美しくて……暖かくて……とても落ち着きます」
母が深く愛し、造り上げたこの小さな楽園。母との思い出で満たされたこの空間……。
人の立ち入りを厳しく制限したのは、他の者が踏み入れば、その思い出が汚されてしまうように感じたからだ。
だが、目の前の娘が、母の温室を気に入った……たったそれだけのことが、自分の胸を満たしていく。
徐々に早くなる鼓動……目頭が熱くなる。
唐突に、自分に襲いかかった感情の波に戸惑い、立ち上がった。
侍従に、ユリスの花束が入った籠を渡し、見送るよう告げる。
『先に席を立ってすまない。
これからも、ここで好きに過ごすといい……』
焦る気持ちを堪え、話しかけた。
最後に見た娘の瞳は明るく、口元には柔らかな微笑みが浮かんでいた。
先程は、とても気持ちよさそうに椅子に腰を深く沈め、柔らかな表情を浮かべていたが、今はその身を固くし……憂鬱そうだ。
『気に入らないか?』
尋ねた声は、魚の跳ねた音にかき消され……こちらを見て戸惑っている。
質問を変えた。
『上手いか?』
顔色を伺うように、困り果てたような顔をする。
娘がそのような表情を見せるたび、味わったことのない罪悪感に苛まれる。
娘はゆっくりと答えた。
「……はい。ありがとうございます。
けど、あまりたくさん食べられなくて……申し訳ありません」
まるで、小さな鈴の音のように、優しく空間に満ちる声。
耳を済まさなければ、滝音にかき消されてしまいそうな、溶けて消えてしまいそうな儚さだ。
こちらが無理に誘ったのだ。
申し訳なく思う必要は無いのに、まるで叱られているかのように身を縮める。
本当はこの場を終わらせて、部屋に帰らせてやることが……彼女にとっての最良かもしれない。
だが、この場をここで終わらせたくはなかった……。
侍従に指示し、デザートを用意させた。
結果、その思いつきは……期待以上に大きな実を結んだ。
瞳を輝かせ、驚きに満ちた表情を浮かべた彼女は……悩み、慎重に手を伸ばして菓子を手に取った。
時折目を伏せて、嬉しそうに小さな口を動かして、ゆっくりと味わう。
その様子に……目が釘付けになった。
こちらのことなどお構いなしに……おそらく自分が一口一口どれだけ時間をかけて味わっているかすら、気付いていないだろう。
見られていると気づけば、また壁を作るかもしれない。
肘をつき、ユリスの鉢に顔を向け、菓子の並べられたスタンドの隙間から、時折彼女に目を向けた。
甘味は目にするのも嫌だったが、彼女の口元についたクリームは……とても美味そうに見える。
「あの……」
突然のことに驚き顔を向けると、彼女がこちらを正面から見つめていた。
今まで何度も見つめてきた彼女の瞳。
だがまるで、今初めて目を合わせたように……新鮮に感じた。
丁寧に礼を述べる彼女の声は、相変わらず小さく……だが、暖かで柔らかな響きに、心からの感謝の気持ちが伝わってきた。
気持ちが昂る。
『……この温室は、気に入ったか?』
「はい。美しくて……暖かくて……とても落ち着きます」
母が深く愛し、造り上げたこの小さな楽園。母との思い出で満たされたこの空間……。
人の立ち入りを厳しく制限したのは、他の者が踏み入れば、その思い出が汚されてしまうように感じたからだ。
だが、目の前の娘が、母の温室を気に入った……たったそれだけのことが、自分の胸を満たしていく。
徐々に早くなる鼓動……目頭が熱くなる。
唐突に、自分に襲いかかった感情の波に戸惑い、立ち上がった。
侍従に、ユリスの花束が入った籠を渡し、見送るよう告げる。
『先に席を立ってすまない。
これからも、ここで好きに過ごすといい……』
焦る気持ちを堪え、話しかけた。
最後に見た娘の瞳は明るく、口元には柔らかな微笑みが浮かんでいた。
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