竜の手綱を握るには 〜不遇の姫が冷酷無情の竜王陛下の寵妃となるまで〜

hyakka

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{ 竜王編 }

23. 贈り物

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自室の扉を開けると、ハンナが笑顔で出迎えてくれた。
4日ぶりに会うハンナの変わらぬ様子に心がほぐされて……つられて笑顔を返すと、手を引かれ、ソファに案内される。

ハンナもソファに腰掛けるように促すと、横に座り、嬉しそうに故郷の土産話と、初対面の見合い相手について、話し始めた。
突如、持ち上がった縁談に……乗り気になれず、どう断ろうかと思案に暮れていたようだが、実際会ってみたら、まんざらでもなかったようだ。
頬を染めながら、尽きること無く話し続ける様子が、とても愛らしい。

(これが恋バナというものなのね)

前世では、養母に人間関係まで管理されていて、今世では生まれた時から蔑まれ見下されていた私にとって……ここまで気兼ねなく話し合える相手は初めてだ。
自分の話しをする事には慣れていないので、今もハンナの話に耳を傾ける事が多いが……自分に笑顔で話しかけてくれる。それがとても幸せだ。
ハンナが嬉しいと、私も嬉しい。

一通り話し終え、満足気に微笑むハンナだったが……少し表情を曇らせた。

「私のいない間、お困りごとなどありませんでしたか?ご不便なくお過ごしになられましたか?」
「ええ、大丈夫よ。どうして?」
「いえ、あの……この国では、精人族のことを快く思ってない人もいますので……姫様を残していく事が心配だったんです。……もし私のいないところで意地悪なんてされたら、言ってくださいね!」

どうりで……あの年配の召使の明らかな敵意は、やはり精人族であるという理由からなのね。
直接的な害は加えられてはいないものの、あから様に不遜な態度を取られるのは、召使と私の二人きりの時だ。
ハンナも、ハンナの兄であるセディンも、佇まいや着衣からして、城の召使や衛兵たちより身分が高いようだ。
ハンナがそばにいる限りは、私に敵意を持つ人も簡単には手が出せないのかも知れない。

「分かったわ。ありがとう」

結局、ハンナが不在の間、召使が私の世話をしにくる事はなかった。1日1度の竜王との午餐がなければ、ハンナが帰って来るまで飢えて苦しんでいた事だろう。だがもう済んだことだ。今更蒸し返すことはない。

まだ心配そうにこちらの様子を伺うハンナに、心配事を増やすことにならないか戸惑ったが……やはり伝えておいた方がいいだろう……ここ連日続いた竜王との午餐のことを話す事にした。

あまり長く話す事には慣れていないし、上手に説明できるかも分からなかったが……ハンナは目を見開いて、じっと耳を傾けてくれた。

途中一度だけ、「あの温室ですか?!」と驚いた様子だったが、最後まで聞き終えると、しばらく考え込んでいた。

「陛下が……そうですか。いや、ちょっと待って、それって……そういうことよね……」

何かを確かめるように独り言を呟くと

「あの、ちょっとだけ出てきますね。兄に会わなくちゃいけないので!」

そう言い部屋から出ていってしまった。

いつものようにバルコニーに出て読書をする。
夕方になって、戻ってきたハンナと部屋のテーブルを囲んでパンとスープの夕食をいただいた。

そして嬉しいことに……熱い湯につかる事もできた。
部屋に隣接する浴室の、冷たい水しか出ないのかと思っていた蛇口が……ハンナが持ってきた神聖魔具をその蛇口の側の窪みに嵌めると、温かい湯が出てきたのだ。

前世の記憶にだけ残る「入浴」というものが、こうも気持ちの良い物だとは……この身体で初めて経験する、湯の温もりに……心まで溶けていくようにリラックスして、ハンナと去り際の挨拶を交わしたかどうかさえ曖昧なまま、その夜は深い眠りに落ちた。


翌朝、身支度を整えていると、扉を叩く音が聞こえた。
振り向き返事すると、小さく扉が開かれハンナが顔だけをそっと覗かした。

「うふふ。姫様」
何事か嬉しそうに、少し悪巧みをするような表情のハンナにつられて、笑顔で首を傾げると……扉が大きく開け放たれた。

元気よく飛び込んできたハンナの、その後ろには……たくさんの衣服がかけられた、ラックが並び……召使達が大小様々な箱を抱えている。
驚き目を見開く。

「これ全部! 姫様への贈り物だそうですよ! 陛下からの!!」

ハンナは、言葉も発せず固まる私の腕を組み、ルンルンとテンション高く、隣接するドレスルームに入って行った。
空っぽだったドレスルームに次から次に、様々な物が運び込まれる。
宝石の散りばめられたドレスに、レースのショール、幾本もの日傘と色とりどりの美しい靴や鞄。
オーロラ色に輝く真珠の耳飾りに、繊細な細工の髪飾り、大きな宝石の嵌め込まれた首飾りなど……技巧を凝らした様々な装身具。
極め付けは、可愛らしいふわふわのぬいぐるみに、羽ペンまで。
最後尾の召使が運び込んだ重そうな箱には、宝石箱が収められていた。
蓋を開けると、輝きを放つ大小様々な宝石のルースが目に飛び込み、美しい音色が奏でられると同時に、その横にある陶器の男女の人形がくるくる周り、踊り出した。

思いもかけない事態に、ただ唖然とするばかりの私の側で……ハンナは次々と手慣れた様子で箱を開け、中身を確認して手際よく並べていく。

「このドレス、姫様の雰囲気にぴったりです! 靴はこちらがよく合いますね! わぁ、みてくださいっ、この首飾り!! こんなに大きな氷晶石初めてみました!」

「凄いですね~。陛下は、よほど姫様のことお気に召されたようですね~。普段はこんな気遣いされる方ではないんですよ!」

本当に? カイラス様が、私などにこんな気遣いを?
戸惑いつつも、目の前に並んだ、様々な衣服を眺める……。
私がこの城で過ごすようになって着ていた服は、全てハンナの私物の服だ。
謁見の際に着用したドレスが私の唯一の着衣だったのだ。
あのようなドレスを毎日着るわけには行かず、ハンナに召使用の服をもらえないかと相談したところ、ハンナが自分の服を持ってきてくれたのだ。
ドレスと呼ぶほど華美ではなく、前世のワンピースに近い清楚な服は、とても動きやすく気に入っていた。
ハンナが留守の間、手元に2着あったものを、交互に着ていたので……手持ちの服が少ないと思い、気遣いしてくださったのだろうか?
何だかちょっと恥ずかしい。

その時、未だ興奮した様子のハンナが、大きな叫び声を上げた。

「これは!!」

大きなアタッシュケースの中に、金細工が施された小さなガラスの箱がいくつも納められ……そこから様々な色が透けて見える。
(絵の具かしら?)
振り返ったハンナの手には筆が握りしめられ……心なしか目が据わっている。

(あっ、あれは……化粧筆?)

「………ふふふ。さぁ、姫様! 今日も必ず陛下から呼ばれます。準備しますよ! 念入りにね!!」

ハンナの目つきが……ちょっと怖い。

昼を迎え、ここ数日決まった時間にやってくる騎士と目が合う。
いつもと違うからって、そんなマジマジと見ないで欲しい……。

「それでは、姫様をくれぐれもよろしくお願いしますね!」
ハンナは、騎士に勇ましく声をかけると……こちらに目を向け、小さくガッツポーズをした。

ハンナに見送られ自室を後にすると心細くなり……温室の扉を目の前にすると、引き返したくなった。
石畳を歩きながら、俯き足元をみる。
ヒールの高い靴に身体が慣れておらず、躓きそうになったが、必死に体勢を整えた。
小径を曲がると、静かな広場に、こちらに背を向けて座るその姿が見えた。

一緒に過ごすことにも慣れてきたと思ったのに……いつも、目にした途端、心臓が破裂しそうなほど激しく打つ。

彼の前に立ち、そっとドレスの裾を持ち、お辞儀した。
皇国で、マナー教師から鞭打たれながら練習したこの挨拶。
今更ながら、あの訓練に耐えて良かったと思う。

「この度は、このような素敵な品々をお贈りいただき、ありがとうございます」

冷静を装えているだろうか……未だ激しく打つ鼓動は静まる気配さえない。

『あぁ。……よく似合っている』

ため息をつくように静かに発せられたその言葉に、顔をあげると……穏やかに微笑む竜王と目が合った。
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