18 / 69
{ 竜王編 }
18. 温室
しおりを挟む
しばらく空を見上げていた召使は、我に返ると……軽く咳払いをし、話しかけてきた。
「これからしばらく……侍女が戻るまでは、私がお嬢様のお世話をいたします。よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。……よろしくお願いします」
いつもの不機嫌な顔とはまるで違う、笑顔を貼り付けた召使に、少し違和感を感じたが……
思ったほど、嫌われているわけでもないのかも。と思い直した。
ハンナの話では、召使たちのお局的な存在で、時期召使長の候補者でもあるそうだ。
「そういえば、この城に、温室があるのはご存知ですか?
たくさんのユリスの花が、それは見事に咲いていますよ。
一度気分転換に見に行かれてはいかがでしょうか?」
予想外の好意的な提案に驚いた。実はあの謁見の日から、全く部屋の外に出ていない。
静かに目立たず過ごそうとは思うが……正直息苦しさも感じていた。
許されるなら……温室で自然に触れたい。
「そうね。そうしてみるわ」
「では、そろそろ花瓶の花も替え時ですし、生け花など楽しまれませんか? お嬢様のお気に召したお花を数本選んで摘んできてくださいませ……」
てっきり一緒についてくるのかと思ったが、籠と鋏を渡されて、送り出された。
迷路のような王城だが、幸い温室はすぐそばだ。
通路を区切る扉を通り、螺旋階段を降りてすぐ。廊下の突き当たりに……周囲の扉とはまるで違う、壁に隠れるようにある小さな扉……予め教えてもらわなければ通り過ぎてしまっていただろう。
小さな取手を引くと陽光に目が眩んだ。
「わぁ……」
感嘆の声が漏れる。
これは……温室というよりは、まるで植物園のようだ。
ガラスドームが空全体を覆い、温かな陽が差し込んでいる。
南国のような濃厚で甘い香りが鼻をついた。
幾本もの苔むした大木に、蔓性の植物が絡み、野生種のランのような花が木肌に着生している。
大小様々な岩が立体的に組まれ、隙間にもシダや、カラーリーフが植えられている。
まるでジャングルのように、多種多様で特徴的な植物が、計算し尽くされた美しさに形作られていた。
こちらの世界の動植物は、地球のものと似ているようで、大なり小なり違いがあった。
ウサギに似た生き物には小さな角が生えていたり……小鳥が届けてくれた、小さな桃に似た果実は、マンゴーのような味がした。
前世でも今世でも、目にしたことがない美しい眺めに感激し、小径をゆっくり進む。
微かに水音が聞こえ、歩を進めるほどに徐々に大きくなる。
空気が湿っぽくなり、爽やかな水の香りが鼻についた。
大きな岩を横切ると、目の前が開け、小さな広場にたどり着いた。
2メートルほどの高さの岩肌から勢いよく流れ落ちる滝……その下の小さな池には、美しい魚が、長いヒレをドレスのように揺らしながら泳いでいた。
温室の中心部に隠されるように、まるで迷路のゴールのように作られた素敵な空間。
遊び心にあふれたこの温室の設計者に、心の中で賛辞を送る。
感心しながら、周囲を見回すと、広場を縁取るように、たくさんの鉢が置かれ、大小様々な色合いの、蘭に似た形の花が、咲き誇っていた。
出てくる前に召使に言われたことを思い出した。
ユリスはこの、蘭に似た花のことね。
幾本もの細い枝に、黄色い小花をたくさん咲かせた花と、大輪の白い花が規則正しく並んだものを、数本選んで鋏で切った。
そして、都度、鉢に残された無惨な切り口に手を当て祈る。
最後に、ハンカチを池に浸し濡らし、花束の切り口を包みこんで、籠に入れた。
この秘密の広場には、椅子が1脚とテーブルが置かれていた。
少し大きなその椅子に腰掛けると、クッションに身体が沈んだ。
包み込まれるように柔らかく、暖かく……身体が溶けていきそうなほどの心地よさに身を委ねた……その時だった。
広場に、重く鋭い声が響いた。
『何をしている!』
咄嗟に身を縮め、声のした方向に目をやると……
そこには騎士服姿のあの若い竜王が、こちらを睨み見下ろしていた……。
「これからしばらく……侍女が戻るまでは、私がお嬢様のお世話をいたします。よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。……よろしくお願いします」
いつもの不機嫌な顔とはまるで違う、笑顔を貼り付けた召使に、少し違和感を感じたが……
思ったほど、嫌われているわけでもないのかも。と思い直した。
ハンナの話では、召使たちのお局的な存在で、時期召使長の候補者でもあるそうだ。
「そういえば、この城に、温室があるのはご存知ですか?
たくさんのユリスの花が、それは見事に咲いていますよ。
一度気分転換に見に行かれてはいかがでしょうか?」
予想外の好意的な提案に驚いた。実はあの謁見の日から、全く部屋の外に出ていない。
静かに目立たず過ごそうとは思うが……正直息苦しさも感じていた。
許されるなら……温室で自然に触れたい。
「そうね。そうしてみるわ」
「では、そろそろ花瓶の花も替え時ですし、生け花など楽しまれませんか? お嬢様のお気に召したお花を数本選んで摘んできてくださいませ……」
てっきり一緒についてくるのかと思ったが、籠と鋏を渡されて、送り出された。
迷路のような王城だが、幸い温室はすぐそばだ。
通路を区切る扉を通り、螺旋階段を降りてすぐ。廊下の突き当たりに……周囲の扉とはまるで違う、壁に隠れるようにある小さな扉……予め教えてもらわなければ通り過ぎてしまっていただろう。
小さな取手を引くと陽光に目が眩んだ。
「わぁ……」
感嘆の声が漏れる。
これは……温室というよりは、まるで植物園のようだ。
ガラスドームが空全体を覆い、温かな陽が差し込んでいる。
南国のような濃厚で甘い香りが鼻をついた。
幾本もの苔むした大木に、蔓性の植物が絡み、野生種のランのような花が木肌に着生している。
大小様々な岩が立体的に組まれ、隙間にもシダや、カラーリーフが植えられている。
まるでジャングルのように、多種多様で特徴的な植物が、計算し尽くされた美しさに形作られていた。
こちらの世界の動植物は、地球のものと似ているようで、大なり小なり違いがあった。
ウサギに似た生き物には小さな角が生えていたり……小鳥が届けてくれた、小さな桃に似た果実は、マンゴーのような味がした。
前世でも今世でも、目にしたことがない美しい眺めに感激し、小径をゆっくり進む。
微かに水音が聞こえ、歩を進めるほどに徐々に大きくなる。
空気が湿っぽくなり、爽やかな水の香りが鼻についた。
大きな岩を横切ると、目の前が開け、小さな広場にたどり着いた。
2メートルほどの高さの岩肌から勢いよく流れ落ちる滝……その下の小さな池には、美しい魚が、長いヒレをドレスのように揺らしながら泳いでいた。
温室の中心部に隠されるように、まるで迷路のゴールのように作られた素敵な空間。
遊び心にあふれたこの温室の設計者に、心の中で賛辞を送る。
感心しながら、周囲を見回すと、広場を縁取るように、たくさんの鉢が置かれ、大小様々な色合いの、蘭に似た形の花が、咲き誇っていた。
出てくる前に召使に言われたことを思い出した。
ユリスはこの、蘭に似た花のことね。
幾本もの細い枝に、黄色い小花をたくさん咲かせた花と、大輪の白い花が規則正しく並んだものを、数本選んで鋏で切った。
そして、都度、鉢に残された無惨な切り口に手を当て祈る。
最後に、ハンカチを池に浸し濡らし、花束の切り口を包みこんで、籠に入れた。
この秘密の広場には、椅子が1脚とテーブルが置かれていた。
少し大きなその椅子に腰掛けると、クッションに身体が沈んだ。
包み込まれるように柔らかく、暖かく……身体が溶けていきそうなほどの心地よさに身を委ねた……その時だった。
広場に、重く鋭い声が響いた。
『何をしている!』
咄嗟に身を縮め、声のした方向に目をやると……
そこには騎士服姿のあの若い竜王が、こちらを睨み見下ろしていた……。
45
お気に入りに追加
367
あなたにおすすめの小説
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
心の中にあなたはいない
ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。
一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。
悪役令嬢はゲームのシナリオに貢献できない
みつき怜
恋愛
気がつくと見知らぬ男たちに囲まれていた。
王子様と婚約解消...?はい、是非。
記憶を失くした悪役令嬢と攻略対象のお話です。
2022/9/18 HOT女性向けランキング1位に載せていただきました。ありがとうございます。
生まれ変わっても一緒にはならない
小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。
十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。
カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。
輪廻転生。
私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。
【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです
gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】後悔は、役に立たない
仲村 嘉高
恋愛
妻を愛していたのに、一切通じていなかった男の後悔。
いわゆる、自業自得です(笑)
※シリアスに見せかけたコメディですので、サラリと読んでください
↑
コメディではなく、ダークコメディになってしまいました……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる