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{ 竜王編 }

14. 老王は息子を思う

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開け放たれた扉から、息子の後ろ姿が見えなくなると……
老王は、椅子に座り込み、大きく息を吐いた。

室内に駆け込んできた、騎士や召使が、荒れた部屋を必死に整え始めた。

重臣がにじり寄り、全身を眺め回す。
この身体に、怪我のないことを確認すると、安堵の表情を浮かべた。

「明日から……カイラス、あの者が王になる。万事、計画通りだ。後の事は任せたぞ。」

そう伝えると、畏まった様子で仰々しく頷き、去っていった。

居室が破壊された代わりに、得たものは……随分と大きかった。

まさか、覚醒者であったとは……。
竜人族の中でも、魔素を具現化させるだけではなく、体内に取り込み、身体の組成を変性させ竜化する者を『覚醒者』と呼ぶが……ここ数百年、覚醒者は現れていなかった。
この事を伝えれば、祭り騒ぎで喜ぶだろう家臣共を考えれば……あいつのことだ、面倒事を避けるために隠していたのだろう。

王位につくことも了承させた……。
いい年になっても、城に居着く事なく、魔物狩りにばかり現を抜かす呆れた息子……だが王としての資質は充分だった。
ある程度の自由を認める代わりに、執務を任せても……難なくやりとげ、有能であることを証明した。
だからこそ、家臣たちも、くたびれた老王ではなく、全てにおいて歴代最高とされる能力を持つ、カイラスを早く王座に付けたかったのだろう。
……私だってそうだった。

そして……この全ての結果を導いた原因……
舞い踊る、精人の姫を……食い入るように見つめていた息子の、その横顔を思い出した。

竜人族は、諦めが悪く、執着心が強い。
王家の男などは、その極みだ。
そして、まるで定められた運命のように、たった一人の女に惹かれ、愛を尽くす。
私がカイラスの母にそうであったように。
支配地域の周遊の際に……領地民に混ざり、細腕に鎌を持ち、嬉しそうに麦穂の刈入れを行う女がいた。
宴の席で再会し、その女がミンク族の領主の娘であったことが分かった。
その時は、初めての感情に戸惑うしかなく、その地を離れたが……日を追っても女の顔が脳裏から離れず、帰城後はその存在を夢にまで見て、狂おしいほどに渇望した。
結局、またミンク族の領地に赴き、領主に頭を下げ、正妃として娘を貰い受けた。

だが、120年ほど生きる竜人族と比べ、短命種のミンク族の寿命は長く見積もっても……僅か40年ほど。
それが、自分をひどく悩ませた。
子が出来るとさらに、精神的な結びつきが強まったのか、深く執着し、愛したが……同時にそう遠くない未来に、最愛の妻の命が失われる事を考えると、恐怖心に襲われ気が狂いそうだった。
その恐怖の原因となった妻に、愛憎のような感情まで芽生えた。
妻一人にだけ向けられる愛を抑えるために……側室を迎えた。
慰めにはなったが、その愛の代わりになどは到底なり得なかった。
妻は、死んだ後に残される私の事をおもんばかり、側室を迎えた理由を理解してはいても……失望したことだろう。
恐怖に負けた私は……妻の寿命が近づくほど、恐れをなして……逃げるように母子と距離をおいた。
そして、出会って十数年で……美しいままに、その寿命を迎えた妻。
その亡骸に縋りつき、泣く幼い我が息子、カイラスは……恨みのこもった目で私を見ていた。

どうすれば良かったのか。
共に縋りつき泣き叫べば許してくれただろうか。
だがあの時は、そうしたい気持ちを必死にこらえるだけで、息子を慰めることも出来なかった。
今でも、深い後悔と共に、あの日の息子の姿が蘇る。

息子が即位を拒み続けたのも、私への反抗心があってのことだろう。
言いよる女に興味もなく、無碍に扱う……それも、自らの父母を見て落胆したからだろう。

だが、あの時……。
あの娘を見つめる息子のその瞳には……今まで見せたことのない興奮の色が確かに浮かんでいた。

精人族の姫の舞いは……まるで神の末裔であることを証明するかのように美しく、あの場にいた者全てを魅了した。

だが、あれほど冷淡な男が……
何事も器用にこなしはするが、実のところはなんに対しても興味を持たない、冷めた男が……
感情を露わにし、食い入るように見つめ、露骨な好奇心を向けていた。

自分も経験したからこそ、知っているからこそ分かる。
これはきっと………そうなのだろう。
父親としての確証に満ちた勘だった。

精人族の姫の部屋を、息子の隣室である『賓客のための部屋』に変え、『夜の相手をさせる』と場内に広めさせた。

あとは待つだけだった。
食いつくか、食いつかないか。

結果は予想以上だった。

王族の中でも、そういう相手に生涯出会うことのない者もいる。
どちらが幸せかは分からない。
息子にとって、吉と出るか凶と出るかは分からないが、妻を愛したことそれ自体は人生で最大の祝福だった。
だからこそ、最愛の息子に芽生えたその感情……その瞬間に立ち会えたことが何より嬉しく、感慨深くもあった。

例え、誤解され、憎まれても、それが息子の幸せに繋がるのであればそれでいい。
また、幸いにも……精人族であれば竜人族とそう寿命も変わらぬだろう。

顔をあげ、壁の一点を見つめる。
「ルーナ、お前も喜んでくれるだろう……。」
亡き妻の肖像画に向けて、ゆっくりと話しかけた。
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