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{ 竜王編 }

16. カイラスside.謁見

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広間の奥の扉が開かれて、その姿を目にした途端……また得体の知れない、妙な感覚に襲われた。
もう、何度目だろうか……この娘に会ってから度々感じる、奇妙な感覚……。
顔を伏せたまま、ゆっくりと近づくその様子に……もどかしさを感じる。

昨晩の儚気な様相とは打って変わって……明るい午前の光の中で、その身は白さを増し、清純な空気を纏っていた。
髪は結い上げられ、露わになったその首筋は心許ないほど細く、純白の髪に花々が溶けるようにその色を移す……。
静かに娘を見守りながら、その青い瞳を想像する。

既に何度も目にしたその姿……だが、この娘の瞳に、今初めて映る自身の姿を想像する……。
思わず足を組み替え、髪を掻き上げた。

だが、娘は一瞬、立ち止まった後、その足取りが突如不安定なものに変わり……肩が小刻みに震え出した。
呆気に取られ、ただ目を見張るしか出来ず……ようやくその変化の理由に思い至った、その瞬間!……娘は目の前で膝を降り、その身を伏せて泣き崩れた……!

一度もその顔を上げてこちらを見る事もしないまま、平伏し、嗚咽で声を詰まらせながら、必死に声を絞り出し、言葉を発しているが……心乱され、全く頭に入ってこない。

その震えと行動が、自分への怯えからくるものだと理解して、身を裂くような罪悪感に襲われた。

決して晴れやかな表情を期待していたわけではなかったが……。少なくとも、父に対する挑むような目つきでもなく、バルコニーで垣間見た暗い表情とも違う……少しは前向きな表情が見れるだろうと、どこかで期待していた、それなのに……!

滴り落ちる娘の涙に呼応するように……髪に飾られた花々が、その花弁を散らしていく……。
とにかく、そんな姿にしてしまったのは俺だ。俺の責任だ。
衝動的に玉座から立ち上がり、娘の元に駆け寄り、震える身体を持ち上げた。
勢い余って、その華奢な身体は……完全に宙に浮いた状態になってしまった。

目が合った。

湖のように透んだ青い瞳からは涙が溢れ……白いまつ毛を濡らしていた。

(なぜそこまで……苦しげに泣くのだ……)

心の中で問いかける。

娘を驚かせないように、そっと床に下ろし立たせた。
何を言えばいいのか、どうすればこの娘が安心するのか……。
答えのない歯痒さに、苛立つ。

娘はまた顔を伏せた。
小さな肩が小刻みに震えている。

何も出来ない自分にも、ただ怯える娘にも腹が立った。

昨日、老王と夜伽をせずに済んだのは俺のおかげだと声を大にして叫びたかった。

そうだ、俺は彼女に感謝して欲しかったのか……。
勝手に期待し、裏切られ、また自分勝手に憤る。
自分を恥じた。

動揺と落胆を隠し、玉座に戻ると、ひれ伏すような行為は望んでいないと伝えた。

この娘は、この国に宝物とともに送られてきた……。
自分の国に帰ることを望んでいるのだろう……。

なぜか口にすることが憚られたその言葉を、告げる。

『国に帰るか? 父上。いや前国王の側室たちは、各々の領地に返す手筈だ……。お前はどうする。精人の国に帰るか? 来て早々帰らせる羽目になったのだ……。十分な返礼品も持たせよう』

そこまで言うと、落ち着いたはずの娘の顔から血の気が引き、みるみると青ざめていく。

(何故??)

目の前の、娘の思考が……全く理解出来ない。

プライドの高い精人族の、ましてや皇族の姫が……取り乱し、床に平伏し、召使いのようなことをするから、いさせてくれと懇願する。

(一体、なぜそこまで追い詰められているのだ!?)

昨日の達観した無表情な人物とはまるで違う、目の前で醜態を晒す姿に……心が掻き乱されて、どうしていいか分からない。

「どうか……」

そう言いながら乞うように見上げてくる。

『だから、そのように平伏ひれふすなと、言っているだろう!』

思わず怒鳴るように発せられた自分の言葉に、激しく後悔する。

娘は相変わらず懇願するように目を向けてくる。
白い頬が上気し、床に平伏し擦り付けた、肘や腕までが痛々しく赤みを帯びている。

昨夜から、目まぐるしく体内に込み上げ、自分を翻弄する得体の知れない感情に、吐き気がする。

『ここにいたければ、そうするがいい』

揺さぶられ続けた感情が、爆発しそうになるのを押さえながら……言葉を絞り出した。

玉座から立ち去る際に見せた、娘の安堵の表情が目に焼きつく。

何と言えば、あの娘は泣かずに済んだのか。
なぜ矜持を捨て、自らを貶めるのか。
考えるも、平伏す娘の姿が頭に浮かび……途端に後悔が押し寄せる。
娘に発した言葉と、行動……その全てをやり直したい。

『最悪だ……』
思わず、そう呟いた。

大波に揉まれた小舟のような、大きな感情のうねり。
その場に居られないほどの、気持ちの悪い、味わったことのないたかぶり。
この全てが、たった1人の娘に起因するものだと……認めたくはなかった……。
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