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{ 竜王編 }

15. カイラスside.安らかな寝顔

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煌々と灯りに照らされた、自室へ続く廊下を、足早に歩を進める。
自身のやるべきことはやった。
だが……哀れな精人の娘に施した慈悲に対する、充足感とは相反するように……次々と腑に落ちない事柄が頭に浮かぶ。

まだまだ先延ばしに出来たはずの、「王」という面倒な役目……。
それをあんな娘への同情心から……引き受ける事態に至るとは……。

『クソッ!』 思わず悪態をつく。

了承した後の、どこか満足気な父親の顔を思い出して、もう一度殴り込んでやりたいと思った。

部屋に戻り、侍従を下がらせた。
きっとあの騒ぎはこちらまで聞こえただろう。
心を落ち着け、ゆっくりと扉を開け、バルコニーに出た。

風の止んだ静かな夜……。
目を閉じ感覚を研ぎ澄ますと、規則的な寝息が伝わってきた。
バルコニーの柵を飛び越え、隣にうつった。
娘はまだベンチに横たわって眠っていた。

(こんな得体の知れない娘の為に……)

また、味わったことのない不快な感情に襲われる。
僅かに後悔の念が混じり、舌打ちすると、娘の肩がピクリと揺れた。

深くスリットの入った服の裾がベンチから流れ落ちて、脚があらわになった。

寝着にしては心許ない服装に、その理由が思い出された。
『あのクソジジイ』
思わず口をついて出た悪態に反応するように、少女が「んっ」と小さく息を吐いたが……幸い目は覚まさなかった。

どうやら眠りは深い。
まだ夜は冷える。
このままでは身体にこたえるだろう……。

両腕で、慎重に抱き抱えると、あまりに軽く虚をつかれた。
手の平に、娘の素肌が触れる。
まるで、新雪のように軽く、柔らかだ……。
部屋に入ると、そっと寝台におろし、掛布をかけた。

娘の安らかな寝顔を見つめる……。
先程までの鬱屈した後悔と腹立たしさは無くなっていた。

(夜中に目が覚めるかもしれない……)

廊下に続く扉を開け、部屋を出ると、控えていた衛兵が、驚いた様子でこちらを見た。

『彼女……精人の姫の部屋に、軽食を準備しておくように伝えろ。絶対に起こすな』

突然のことに衛兵の目が踊る。

『もう一度言わせるのか?』

「はぃぃぃっ!!!」
駆け出していった。

彼女の側には控える者もいない。
どうやら、侍女も召使も連れてきていないようだ。

恒神星の討伐の後に、定例で開催される宴の席で見た皇女は、皇国から多くの侍女や召使を引き連れて、供された離宮を占拠するほどであったのに……。

娘の細い腕や、バルコニーで見せた暗い表情が思い浮かんだ。
途端、また訳のわからない、胸苦しさに襲われて……その感情を拭い去るように、足早にその場を後にした。


翌朝、恐る恐る侍従が姿を現した。
昨夜の父との件は、既に城中に広まっているのだろう。

ただ玉座の主が変わっただけのこと。
もうしばらく前から、重大な指針や国政、外交は俺が担っていた。

家臣も異論なく、まるで何の変化もなく、今日予定されていた面談や会合が勧められるだろう。

『おい、妹が城の侍女をしていただろう』
「はい? へっ? ハンナのことですか?」

とぼけた顔で慌てふためく様子に、ため息をつきながら
これからはその者が侍女として、精人の姫に仕えるように……また用意が整い次第、謁見の間に連れてくるように手短に伝えた。

「えぇっと……。
あの、ご朝食後は大臣達との会合を予定しておりまして……。
ご即位にあたっての、緊急会議などなど……。
本日は既にご予定がいっぱいのため……」 

目が合う……。

「いえっ!はい!
姫様との謁見ですねーーー!
大臣にはお待ちいただきましょー!
ではではー!」

逃げるように出て行った。
おしゃべりな侍従だが……このような察しの良さは、高く評価している。
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