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{ 竜王編 }

13. 老王vs若き王

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老王は、グラスを傾けながら、面白おかしそうに、男を眺めた。
歳は24、いや25になっただろうか?

あどけない表情で肩車をせがんできた、幼き頃の面影が僅かに残るその瞳に……今は怒りの色を浮かべ、こちらを睨みつけている。

いつの間にか自分の背丈をこえるほどに成長し、鍛え抜かれた体躯で、名実ともに竜人族の最高の戦士となった息子の……その精悍な肉体からは、抑えきれない怒気を感じる。

この者の母が亡くなってからは、まともに会話することもなかった。 
……いいや、その遥か前から、私が、この者を遠ざけてきた。

悔やんでも悔やみきれない愚かな過去を振り返る。


……男が憎々しげに、口を開いた。

『恥ずかしくないのか? 何十も歳の離れた娘を側室に加え、ましてや……』

「ふんっ。元々そのつもりで迎えた女だ! 忌々しい精人族どもめ……あの場で斬り殺さず、側室に加えてやっただけでも、幸運だろう。今頃娘も感謝しておるわ!」

老王の慈悲のない言葉に、男は腹の底から、怒りが湧いてくるのを感じた。
人生でこれほどの怒りを感じたことはあっただろうか。

自分が何をどうしたいのかも分からない。
ただあの娘に対しての……父の目にあまる振る舞いの果ての、蛮行に、虫唾が走る。

その湧き上がる怒りと、衝動に呼応したかのように……黒々とした魔素が周囲に沸き、纏わり付くように、男の身体の1箇所に集中していく。

「お前!! その腕は!!!」

老王の叫び声が部屋にこだました、その瞬間、その体は宙に浮き、壁に強く打ち付けられた。

老王の胸ぐらを容赦なく掴み持ち上げる、男の右腕。
だがその腕は……黒々とした数千の鱗で埋め尽くされ、老王の首を串刺しにしそうなほど、鋭く伸びた爪が爛々と光っていた。

男の黄金の瞳が拡がり、瞳孔が縦長のスリットのように薄く開く。

『あの娘が支援軍の対価というなら、あの軍を率いたのは俺だ。俺が手にする権利があるはずだ……』

衝動的な暴挙と、怒りに満ちた顔とは相容れないような……
重々しく冷静な声が響いた。

「うぅ、分かった。もう良い。……分かったから、手を離せ」

老王は片腕を必死に振りながら、先ほどとは打って変わって、弱気で豹変した態度で懇願する。

男の頭が一気に冷静さを取り戻していく。

「もうこの際、王位もお前に譲る。王になれ! さすればあの娘もお前の好きなようにすればいい!」

男はその物言いに、少しの違和感を感じた。
ここ数年、即位を先延ばしにしてきたのは、周知の事実だ。
顔を合わすたび、父や家臣にせっつかれていたが、王として玉座に縛られる生活は面倒に思えた。
戦士として、仲間と共に魔物の討伐に明け暮れていた方が性に合う。

王としての重圧などはなかったが……王になれば、なさねばならぬ責務もあり鬱陶しかった。
それだけが、王位を継ぐことを先延ばしにしていた理由だった。

黙って、老王から手を離す。

崩れかけた壁には幾本ものヒビが入り、まだパラパラと残骸が落ちていた。
衝撃により倒れ、壊れた家具が部屋中に散乱している。

男は老王を凝視し、少し考えたあと……事も無げに答えた。

『分かった』

あっさりと、まるで大した事でもないように。

男はこの瞬間、北大陸を支配する竜人族の『王』となったのだ。

「今の言葉!! たがえるでないぞっ!!」

そう叫ぶ老王に背を向けて……その若き王は、部屋の扉を開け放った。

扉の後ろで、おそらく固唾を飲んで室内の様子を伺っていたのだろう……顔面蒼白の家臣と騎士達が、室内に駆け込んだ。

何人かの家臣が物言いたげに男の方を見たが、男はなんのことはない無関係な様子で目を逸らし、その場を立ち去った。
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