竜の手綱を握るには 〜不遇の姫が冷酷無情の竜王陛下の寵妃となるまで〜

hyakka

文字の大きさ
上 下
12 / 69
{ 竜王編 }

12. カイラスside.バルコニー

しおりを挟む
そもそも、精人族の宝物にある名剣を手に入れるため、この宴席には出席したのだ。
大臣や家臣たちの無駄口に付き合うくらいなら、魔物相手に剣を振るっていた方がマシだ。

剣に対する興味もつい失せて……まだ、しつこく話しかけてくる大臣を一蹴し、さっさと席を立ち自室に戻ってきた。

まだ、広間では宝物を肴に、酔っ払った、家臣たちで賑わっている事だろう。

そもそも、娘に近づいたところで、俺は何を話しかけるつもりだったのか……。

娘の挑むような横顔、僅かに垣間見えた安堵の表情を思い出すと……得体の知れない不快感が、腹の底から喉元まで湧き上がった。

グラスに並々と酒を注ぎ、喉に一気に流し込む。
ソファに腰掛け、気を落ち着かせようとするが……いつまでも気持ちは晴れない。
バルコニーに新鮮な空気を吸いに出た。

しばらく考え込んでいると、隣から突然物音が聞こえた。
振り返って、その姿が目に入った瞬間……思わず息を止めた。

白く長い髪が、風に吹かれ……宙に舞っていた。
細い肩紐から伸びる華奢な腕。
透き通るような肌は、夜の暗がりの中でも、月の光を集めたように輝いていた。
少し困ったような表情をして、顔にかかった髪を払い、耳にかける。

月明かりの中で、照らされた娘は……先程とは別人のように、自身無さげな、暗い表情を浮かべていた。

突然のことに驚きはしたが、冷静さを取り戻し、そのまま静かに息を押し殺す。
もしこちらを見て、目が合えば……驚くのではないか。あの娘を無闇に驚かせたくはない。

気配を殺して、立ち去ろうとした、その時だった。

バルコニーの柵に近づき、身を乗り出した彼女が、落ちそうなほど身体を下に屈めた。

(落ちるっ!)
瞬間叫びそうになる。

上体を後ろに逸らし、柵から後ずさる彼女を見ても……破裂しそうなほどに高まった動悸が収まらない。

(なんだ今のは!? 身を投げようとしたのか?)

娘は、そのまま後退り、ベンチに腰掛けるとおそらく身を横たえたのだろう。
こちらからは、見えなくなった。

なぜ隣の部屋に?
主塔の3階、大廊下を進んだ最奥にある自室。
その自室と、控えの間を挟んですぐの『賓客のための部屋』が、彼女がいたバルコニーへと続く部屋だ。
そこは本来、信頼に厚い諸侯や、傍系の血筋の者に充てがわれる部屋だ。

疑問は湧いたが、先ほどの娘の姿態が脳裏から離れない。
背中を伝う冷や汗……未だ激しく打つ鼓動を抑えようと、深く息を吐き、部屋に戻る。

そこに扉を叩く音がする。
返事をするや早いが……興奮した侍従が駆け込んできた。

「いつの間にお戻りになられたんですか?! いやはや! 宴は精人族の姫の舞でもちきりですね!
殿下もご覧になりましたよね?! 宝物もまぁ見事で! じっくり見ていたら……
気づくと殿下がいらっしゃらなくて! 慌てましたよ~あはは」

軽口を叩く侍従は、よく気が利いて有能ではあるが……随分なおしゃべりだ。
これでも本人は自重しているつもりらしい……。
全くどうして、こいつを侍従に選んだのか……今ほど悔やんだことはない。

厳しい視線を向けるが……おしゃべりは止まらない。
ため息をつき、酒を準備するように伝える。

「そういえば。姫様は今宵、床入りされるそうで。側室として、順調に迎えられればお立場も安定しますし……一安心されていらっしゃることでしょうね」

振り返ると、侍従が腕にぶつかった。
こちらに差し出したグラスの酒がこぼれ……足を濡らす。

『今なんと言った?』

襟を掴み、見下ろすと……侍従は血の気を失い、何のことかわからないと言った様子で……肩をすくめ、押し黙った。

手を離し、侍従を押し退け……ぞんざいに扉を開け放ち、王の居室へ向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...