怪物が望むトゥルーエンド

フクベ

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灰色の街

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 寒さで目が覚めた。フロルはゆっくりと体を起こしてから、一瞬考える。

(そっか。ここは……)

「おはよう。そのソファー、寝心地よかっただろ?」

 そう、ここは怪物の国。床の上であぐらをかいて裁縫をしているのは、頭から二本の角を生やしたソレだった。

「うん……。眠れたよ、ありがとう」

「そりゃよかった。……よし、できたぞ!」

 怪物シャルルはフロルに灰色の布を突きつけた。

「何、これ?」

「やるよ」

 シャルルは布を投げる。寝起きなので反応が遅れた、顔でキャッチする。

「ナイスキャッチだ。お前をそのままの格好で歩かせるわけにはいかないからな」

 フードが付いた灰色のケープだった。雑な縫い目が見える。

「ありがとう……!作ってくれたの?」

「ああ、けっこう苦労したぞ」

 シャルルは立ち上がって大きな伸びをした。それから木箱に手を入れ、カーキ色のチェスターコートと黒いハットを取り出す。

「準備しろ。お家に帰りたいんだろ?」

「うん、わかった……!」

 フロルはソファーから飛び降りて灰色のケープを身に着けた。




 雨は降っていなかった。ただ、分厚い雲が空を覆い隠している。街は変わらずモノクロ写真のようで、人の姿は見当たらない。でも何故だろう、人の気配を感じる。

「シャルル、あなた以外の人たちは……、この街には他の怪物たちはいるの?」

「当然だろ。怪物の国だぜ?まぁ、その日を生きることが精一杯のやつ、死んでいくやつがほとんどだけどな」

「死んじゃうの?」

「そうさ。まともな生活が成り立つやつなんざ、この街にはいねぇけどな」

 シャルルは歩き出した。フロルも後に続く。建物が連なる、静かな寂しい道を歩いた。しばらく歩くと開けた場所に出た。

「ねぇ、シャルル……。行き止まりだよ」

 視界に映るのは広くて深い漆黒の溝。こちらが向こう岸に行くことを拒むように口を開けている。

「どこが行き止まりなんだよ」

 シャルルはケープのフードをつまむとフロルを肩に担いだ。

「……すごく嫌な予感がする」

「察しがいいな。現地の人である俺を信じろ!まぁ、けどな!」

 嫌な予感的中。シャルルは助走をつけて溝を飛び越える、とても生きた心地がしなかった。

「よし。行こうぜ」

 まだ心臓がバクバクと音を立てるフロルをよそにシャルルは再び歩き出した。




 大きな建物の前までやって来た。窓が割れガラスが散乱している。

「気をつけて歩けよ。足を切っても包帯は持ってないからな」

「大丈夫なの……?」

「俺か?俺は足の皮が厚いから大丈夫だ」

 シャルルは靴を履いていなかった。大きな足が動くたびにガラス片がパキパキと鳴る。

「ここからなら入れそうだ……、怪我しないように慎重に行け」

 二人は割れた大きな窓を潜った。汚れた便器が並んでいる、どうやらトイレのようだ。

「おい、見ろよ!手洗い場に石鹸が残ってやがる!いただいていこうぜ!」

「石鹸?」

 この世界では石鹸が貴重なのだろうか。フロルはシャルルのテンションに戸惑う。

「誰だ!そこにいるのは!」

 怒鳴り声が響く。トイレの入口にボロ切れを着た四つ目の怪物が立っていた。

「いやぁ~、すまんね。ちょっとトイレを借りようと……」

「その手の石鹸は何だ?さてはお前、薄汚い泥棒だな!」

「この辺りじゃ泥棒なんて珍しくもないだろ」

「何だと!?お前のようなドブネズミとこの俺を一緒にするとは……」

 言いかけて四つ目は全ての目を同時に見開いた。じりじりとフロルに近づいて来る。

人間子ども……!?人間子ども……、それがあれば俺たちは!いや、俺は……!」

 その手がフロルに伸びた――瞬間、シャルルの大きな手が四つ目の顔面を捕らえた。ミシミシと音を立てた後、果実のように砕ける。床に赤黒い果汁が飛び散った。

「あ~あ、手が汚れちまった」

 フロルは水がたまっていた手洗い器に手を突っ込み、石鹸でごしごしと洗い始める。


 フロルがシャルルこの怪物を再認識した瞬間だった。
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