怪物が望むトゥルーエンド

フクベ

文字の大きさ
上 下
2 / 5

お菓子な怪物

しおりを挟む
 降る雨が強くなった。だが、そんなことを気にしている余裕はない。なぜなら目の前に本物の『怪物』がいるのだから。


(早くここから逃げよう……!)

 捕まったらあの巨大な口で食べられてしまうかもしれない。フロルはすぐにでも駆け出したかった。しかし、足がすくんで動かない。

「あれ?もしかして怖がらせちゃったかな。まぁ、無理もないか」

 そう言うと怪物はフロルの目線と自分の目線が同じ高さになるようにかがんだ。羽織っているチェスターコートの裾が水たまりに浸かる。

「このまま立ち話をしても風邪ひくだけだ。ついて来い、俺の家に招待してやる」

 そして笑いながら付け加える。

「安心しな。取って食ったりしないさ」

 帰り道はわからない、行くあてもない。今はただ目の前の怪物が頼りだった。




 
 ボロボロのアパートの錆びた外階段を上る。雨は全くと言ってもいい程に止む気配がない。

「たっだいま~」

 怪物が玄関のドアを開けた。中は真っ暗で何も見えない。

「待ってろ、今灯りをつけるから」

 すぐにパッと白い光が玄関を照らした。大きな手にはランタンが握られている。

「どうぞ上がってくれ」

 怪物はリビングへ案内してくれた。色褪せた赤いソファーとブラウン管テレビ、黒いシミがついた木箱。それ以外は何もない。

「ここがリビングで、そこがトイレと風呂、あっちの部屋は床板が腐ってて危ないから入るな」

 それから怪物は木箱に手を突っ込みタオルを取り出すとポイと投げた。

「ほら、これで拭けよ」
 
 フロルの濡れた黒髪にタオルが被さる。

「あの……、ありがとうございます」

「……まだ怖がってるな。そんじゃあ、とりあえず自己紹介でもするか」

「え?」

「自己紹介だよ。自分のお名前を相手に伝えるのさ。わかるかい、おじょうちゃん?」

 怪物はソファーにどっかりと座り、そして名乗る。

「俺はシャルロット。まぁ、気軽にシャルルとでも呼んでくれ」

 お菓子みたいな可愛い名前だと思った。
 
「えっと、シャルルさん……」

「堅苦しい子だね。シャルルでいいって言ってんだろ、敬語禁止な。んで、おじょうちゃんは?」

「フロル……」

「そっか。よろしくな、フロル」

 そう言うとソファーから立ち上がる。

「なぁ、フロル。お家人間の国に帰りたいのかい?」

「……!」

「協力してやってもいいぞ。俺は親切だからな」

 フロルはシャルルのギョロギョロした目をじっと見つめる。……どう見たっていい人には見えない。

「……本当?」

「ああ、本当さ。お前を元の場所に帰してやる」

 フロルの心は揺れていた。本当にこの怪物を信じても良いのか。

「俺は『偽善者』なんだよ。気まぐれで人助けをする、とっても優しい怪物さ」

(ギゼンシャ……?)

 知らない言葉だった。しかし、今のフロルにはそれが素敵な言葉に聞こえた。シャルルは大きな牙を見せてニヤリと笑う。


「フロル、お前に必ず――――ハッピーエンドをくれてやる!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

リィズ短編集 忍び寄る恐怖

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
ファンタジーでホラーな話、そのよせあつめの作品。異世界要素があるので、ファンタジーにいれた。(※重複投稿作品)リィズ・ブランディシュカ

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

ミッドナイトアクター

jukaito
ファンタジー
23時59分、今日から明日に変わろうとする瞬間に開かれる異空間【ミッドナイトスペース】。 そこで繰り広げられる異形の怪物【ファクター】とスペースに誘われた者達【アクター】による戦い。 今宵も彼らは明日を勝ち取るために己の記憶だけを武器に人知れず幕開ける。

吾輩はハーヴグゥーヴァ

星島新吾
ファンタジー
全てを破壊する化物鯨のハーヴグゥーヴァ。 目覚めた時からその運命は決まっていた。 「海は吾輩の国だ。そこで漁をする人間は敵だ」 ハーヴグゥーヴァによる破壊が人間を襲う。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...