転生者の兄と死に戻りの義弟~義弟の親密度を上げすぎると世界が滅ぶが既に最高値を超えている~

豆腐

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第二話

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「俺はクラース。これからよろしく、アレクセイ」

 柔らかな栗色の髪の毛。穏やかな碧の瞳。
 突然現れた自分という存在に緊張しているのか、その笑顔は少しぎこちなかった。
 けれど。

 会いたかった。ずっと会いたかった。
 記憶よりもずっと幼く小さいクラースの姿。
 泣き出したかった。抱きしめたかった。抱きしめてほしかった。
 そのすべての感情を押し殺して、差し出された手を握った。

 あたたかい───

 クラースに最期に触れた日のことが蘇る。
 少しずつ失われていく熱。大好きだった目は、自分どころか、もう何も映さない。
 アレクセイは泣いた。物心ついてから初めて、声を上げて泣いた。
 聞いたものの胸を締め付けるような慟哭だった。

 その日からの記憶は曖昧だ。
 感情と思考が分離されたような、自分であって自分ではない感覚がずっと続く。
 おそらく、自分はあの日死んだのだ。
 クラースが息を引き取ったあの日に。
 クラースが存在しない世界など、何もかもがどうでも良い。
 いや、クラースを取り上げたこの世界など、滅んでしまえばいい。
 燃やして燃やして燃やし尽くして…そして狂った自分は、最期には自らの命を絶った。
 血塗られた身体を捨て、魂だけになったとしても、クラースには会えることはないだろう。
 あの優しく、清らかな義兄には……


 そして、目が覚めた。

 遠い記憶にある天井。
 そっと手を動かしてみると、思った通りに動いた。
 ただ、拭いきれない違和感がある。

 ベッドから体を起こし、両の手を見る。
 ……小さい。
 今度はベッドから降りて、部屋の隅にある姿見の前に立つ。
 ……予想どおり、幼い。

 これは夢だろうか。それとも、今までがひどい悪夢だったのだろうか。
 おそらく、そのどちらでもない。
 記憶ははっきりとしている。
 この体はまだ十にも満たない時分のようだが、この意識は成人したものだ。
 それに、夢にしては五感が鮮やかすぎる。

 鏡の前で思案していると、コンコン、と扉が叩かれた。

「あら、おはようございます、アレクサンドライト殿下。
 もう起きていらしたんですね」

 そう言いながら部屋に入ってきた、若い侍女の姿には見覚えがあった。
 さすがに名前は覚えていないが。

「長い移動も本日でおしまいですね。お体は大丈夫ですか?」

 優しく自分に話しかけながら、着替えをさせてくれる侍女のことを、
 そういえば好ましく思っていたように思う。

「わたくしはこれでお別れですが……
 グランヴィル公爵様のお宅には殿下とおひとつしか変わらないお嬢様と、
 少し年上のご子息様もいらっしゃると伺っておりますから、きっと楽しくなりますよ」

 グランヴィル公爵。

 ドクン、と心臓が跳ねた気がした。
 その名を忘れたことは一時もない。
 グランヴィル公爵家、そしてその子息クラース。

 これが夢でも、狂った末の妄想でも、それでもいい。
 もう一度、あなたに会うことができるのなら───

 * * *

 身支度と軽めの朝食が済んだ後、馬車に乗せられて何時間経っただろうか。
 窓から見える風景が見慣れたものになるにつれ、胸が高鳴る。
 そして到着したグランヴィル公爵邸は、かつての記憶通り、歴史を思わせる重厚な建物ながらも、手入れの行き届いた花と緑で、柔らかな美しさを感じさせた。
 つきそいの護衛に先導され邸宅の正面へ進むと、こちらも記憶通り、優しげなグランヴィル公爵夫妻の姿があった。

「初めまして、アレクサンドライト殿下。
 長旅お疲れ様でございました。
 私はこの地を治めておりますグラシス・グランヴィル。
 こちらは妻のシャーリーと申します」

 公爵に紹介されたシャーリーは、にこりと微笑みながら美しい所作で挨拶をする。

「初めまして、グランヴィル公爵、公爵夫人。
 アレクサンドライト・ユリーカーです」

 自分で発した声の高さに内心驚きながら、挨拶を返した。
 これがもし…過去の世界なのだとしたら、自分は現在7歳のはず。
 7歳としての振る舞いに、おかしなところはないだろうか。
 そんな懸念をよそに、グランヴィル公爵は笑顔のまま、執務室へと自分だけを招いた。

 そこで自分は、アレクサンドライトの名を隠し、以降はアレクセイと名乗ること。
 グランヴィル公爵遠縁の子を預かるという体になる、という説明を受けた。
 ひとつひとつの説明に頷くのは、見た目は7歳のこどもに過ぎない。
 きっとすべてを理解できてはいないだろうと、公爵は思っていることだろう。

「これから私は殿下のことを、息子と思って接します。どうぞご了承ください」
「はい」
「……そしてあなたにもどうぞ、私たちを家族だと思って思って頂きたい」

 過去にもかけられたであろう公爵のその言葉の意味を、今はじゅうぶんに理解できた。
 アレクサンドライトはその身分故にあやうい立場だった。
 幼い頃から各地を転々とし、実の父母の記憶もおぼろげだ。
 仕える者たちは皆丁寧に接してはくれたが、心を許し許される関係ではなかった。

(寂しかったのだろうな)

 この自分はまだ7歳。
 しょうがないこととはいえ、成人の意識を持っている今は恥ずかしさも覚える。
 落ち着ける場所を持たず、ひとりで過ごしていた日々。
 それも今日で終わることを、自分はもう知っている。

「さて、そろそろ家族を紹介しましょう。
 マーク、息子たちを連れてきてくれ」

 公爵が部屋の外に控えていた使用人にそう命じ、5分ほど経っただろうか。
 実際にはわずかな時間だったのだろうが、はるかに長く感じられた。
 使用人が執務室の扉を開く。
 逸る気持ちを抑えるため、静かに深く、息を吐く。
 気が狂うほどに思い焦がれたクラース・グランヴィルと、その妹の姿がそこにあった。


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