悪役令嬢に転生したと思ったら、乙女ゲームをモチーフにしたフリーホラーゲームの世界でした。

夏角しおん

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14.男爵令嬢の選択

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「来たか、ロザリンド・フォークロア公爵令嬢。王位継承権第四位…否、三位を持つ娘よ」
王太子はもう脱落したので、事実上は三位だ。わざとらしく訂正して見せたこの粛清迷宮の主は、謁見の間にある玉座からこちらを見下ろしたまま楽しそうに呼びかけた。
年のころは二十代前半の、これまた美しい男だ。無言のまま最敬礼を取ると、翳した人差し指に青い光を灯らせて近く寄るように命じてくる。
「沈黙の呪法をかけられているのだったな。今解いてやろう」
害意を感じさせない速度で放たれた光が、私の喉に接触する。一瞬だけ静電気が放電されるに似た痛みが爆ぜて、私の喉は正常な機能を取り戻した。
「ロザ、リン…ド、ヴォ、グロア。に、ござ…ヴぁず」
潰れかけたヒキガエルのような、掠れてしゃがれた酷い声。久しく使われていなかった声帯を無理に押し出して発する声は、酷く耳障りで無様なものだった。
それでも、私の声だ。遠く昔に失った、王妃と王太子に奪われた私の言葉だ。
拙い声で礼を述べると、精巧な彫刻を施された銀杯が差し出された。喉を滑らかにするための回復薬と説明され、帰れなくなることはないと駄目押しされて大人しく飲む。
清しい薄荷の後味を残して喉を通り過ぎて行ったそれは、私の声をヒキガエルから澄んだ乙女の声に変えてくれた。
「改めまして、ロザリンド・フォークロアと申します。粛清迷宮の主にして初代国王陛下が王弟、キリエ・エレイソン殿下におかれましてはご機嫌麗わしゅう」
「ほう。よくぞそこまで情報を集めたものよ。して、後ろの二人は?」
ここに来れるのは私の他は一人だけ。もう一人、感知していない男がいる事に主は眉を寄せる。何者かと聞かれても私にもわからないので、ここは本人に説明させるべきだと後ろを振り返った。
「アンノウン様。この館の主であるエレイソン殿下にご説明を」
「…いや。ていうか、これってまさかゲームの進行なわけ?」
「そこも含めて、あなたの口からご説明を。私にはあなたの言葉は理解いたしかねます」
それは本音だ。事務員としての記憶を総合すれば、何となくだが見えてくる仮説はある。しかしこの場で、勝手な想像でしかない話を殿下に聞かせるのは不敬と言うものだろう。
ゆえに、一次情報としてアンノに直接説明をさせるのが最適解のはずだ。私は脇に退き、エレイソン殿下側になるよう角度を調整してから再度説明を促した。
渋々ながらアンノが話した内容は、やはり私の予想と同じものだ。すなわち不慮の死のお詫びに異世界転生させてもらった女子高生が、ならばと乙女ゲームのヒロインになる事を願った。
乙女ゲームなるものを知らないアンノがどういった物かを聞き取り、それに合致する世界の一つに彼女を転生させた。
それが普通の乙女ゲームであったなら、どうと言う事は無かった。彼女は艱難辛苦乗り越えて美男子と愛を育み、幸せな未来を掴むこともできたかもしれない。
しかしいい加減に話を聞き、適当に選別した世界は乙女ゲームではなかった。選りにも選って粛清迷宮と言うゲームの世界に放り込んでしまったなど、案外悪意あっての事ではないのかと穿ちたくなる不手際だ。
オープニングの前からこの世界は確かに存在していた。だから彼女は自分をヒロインだと思い込み、王太子や側近候補を次々と落して逆ハーレムを築いた。
しかし断罪の時にこの粛清迷宮に飛ばされ、ハーレム要因は一人残らず死んでしまって今に至る。気の毒にと思わなくもないが、私には彼女の運命を救う義務も権限もありはしない。
「…話は分かった。で、どうするのだ」
「どう、とは」
「私はこれ以上、何かをする気はない。迷宮の出口はすぐそこにあり、出ればお前の言うEDが始まる。今更、何かをする余地があるとは思えないのだが。お前は何をしたいのだ?」
エレイソン殿下の言う通りだ。既にことは為された後で、後はエレイソン殿下との問答を済ませばゲームはクリアとなる。そこから先はもう、私ですら関与できない大人の采配があるだけだ。
「わ、私は。この子が幸せになるのを見届けるまでが仕事で」
「その娘が幸せになる余地はない。帰れば自分のした事が明るみになり、その咎で裁かれる。王族を誑かし、高位貴族令嬢を貶めた罪で処刑は免れまい」
男爵令嬢が悲鳴を上げた。しかし彼女のした事は子供の喧嘩や悪戯では済まされないのだ。男爵家も彼女を切り捨てる暇もなく連座で破滅するだろう。私としてはむしろ、彼女よりもその家族に同情したくなる。
「困る。そうだ、あんた。あんたが何とかしてくれ!」
「私ですか?」
「そうだ。あんたはあいつらの冤罪の証拠を持っているんだろう。悪いのはあいつらで、この子は利用されただけだって言ってくれれば」
「無理ですよ。何処をどう言いつくろっても、婚約者の居る相手に言い寄って大騒ぎを引き起こしたことは事実です。それはパーティーの出席者全員が見ているのですから、誤魔化すことなど出来ません」
もっと言えば、私が困る。何だかんだ言っても高位貴族令息と王太子がみんな死んだのだ。群衆も貴族社会も犯人を求め、石を投げる対象を欲しがるだろう。
幾ら被害者であり正義を執行した生き残りと言っても、私もそれを前には只では済まない。だから男爵令嬢を連れ帰り、稀代の毒婦だと群衆に石を投げられて。ヘイトを受ける器として処刑されてくれなければ困るのだ。
そうでなければ、私が被害者として庇護を受ける事すら難しくなる。すげなく断った私に食い下がろうとするアンノを、エレイソン殿下は静かな声で制した。
「いっそ、この処刑されて世界から退場した方が良いのではないか? その後で改めて乙女ゲームなる世界に転生させればいいと思うのだが」
「痛みや苦しみを緩和する術くらい使えるのではないですか? 私も少しだけ我慢してもらって、この世界と縁を切る方が良いと思いますわ」
私の言葉添えに、男爵令嬢も思案する顔を見せた。元はと言えば望んだ世界ではない殺伐とした場所に放り込まれたのが原因なのだから、さっさと本来の煌びやかでヒロインに優しい世界に行けるのならその方が良いだろう。
アンノが渋っているのは、再申請に当たって自分の怠惰で間違った世界に放り込んだと知られたくないからだろう。訓戒や厳重注意はもう通り越していたのかもしれず、こうなると上司のミスと言う言葉も怪しく思えてしまう。
「処刑って、やっぱり怖いよね」
「認知力を下げて痛みを遮断する措置さえあれば、夢見心地で終わると思いますよ。私も一瞬で終わるよう、斬首刑になるよう働きかけますから」
「じゃあ…そうする」
男爵令嬢は同意した。あとはアンノが自分のミスと向き合ってちゃんと手続するだけだ。肩の力を抜いた私に、エレイソン殿下が苦笑交じりの言葉をかける。
「気持ちはわかるが、最後の問答だ。王の血を受け継ぐものよ、王太子の死に思う事は?」
そうだった。この返答でロザリンドの覚醒度が判るようになっている。今となっては消化試合感が否めないが、アンノと違い私はマニュアルを尊重する性質なので手順に沿って終わらせましょう。
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