悪役令嬢に転生したと思ったら、乙女ゲームをモチーフにしたフリーホラーゲームの世界でした。

夏角しおん

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12.謎の男

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「ギル、ギル!?」
魔法陣から出る事もなく、男爵令嬢は王太子の愛称を呼び続けている。確かに一緒に魔法陣に入ったはずの王太子がこの階層に転移していないのだから、彼女からすれば取り乱すのも無理はない。
男爵令嬢は、王太子がこの迷宮の水を飲んだことを知らないのだ。と言うよりも、あの水が原因であることは、プレイヤーでも初めは解らなかった。周回プレイで悪役令嬢が水を飲み、魔法陣に取り残されるゲームオーバーで漸くそれを知ることができたのだ。
恥ずかしながら事務員が黄泉戸喫を知ったのも、その時のコメント欄で教えてくれた方がいたからである。そう言う訳で王太子は、今頃第四階層で一人取り残されているだろう。
気の毒だとも思わないが、思ったところで魔法陣は一方通行だ。今更何をやっても、第四階層には戻れないから仕方がない。
「ねえ、ギルは何処! あなた、彼に何をしたのよ!!」
男爵令嬢に掴みかかられても、返答は出来ない。と言うか、この子もいい加減に私が喋れない事を覚えてくれないだろうか。学習能力が無い事は嫌でも思い知らされているが、この位はもう覚えてもいいと思うのだが。
「あ~。本当に、やめて欲しいよねえ」
唐突に聞こえた声に、私たちは息を呑んでそちらを見た。細身の長身に白いスーツを着込んだ男が、胡散臭げな笑みを浮かべながらそこに立っている。
誰だ、こいつ。
「アンノ!」
ゲームにはこんなキャラは居なかった。私が眉をひそめていると、男爵令嬢は私から手を放してその男に駆け寄っていた。飛びつく男爵令嬢を抱き止め、アンノと呼ばれた男は優し気に髪を梳いている。
「やあ。最後の一人も居なくなったみたいだから、流石に黙っていられなくて介入したよ」
「そうなの。みんな死んじゃって…もう私、どうしていいか!」
男爵令嬢へ向ける表情とはかけ離れた、凍てつくような視線をこちらに向けてくる。知らず背筋がざわめき、私は動揺を悟られないよう渾身の微笑みを返した。
「君さあ、迷惑だからこういうのやめてくれる?」
男爵令嬢を首にぶら下げたまま、腰を抱いた男が私を見下す。
あいつらと言いこの男と言い、この世界の男はこの辺りに標準偏差の中心があるのだろうか。父のように優しく誠実な人間は酷く希少なのだろうと頷き、母は奇跡の当たりくじを引いたのだなあと考えた。
帰ったら、両親に思う存分甘えてみたいものだ。これだけの試練を潜り抜けて生還したのだもの、いい年をしていようとも赦されていいはずではないか。
逃避じみた事を考えている間にも、男は私に向かって数歩歩み寄ってきていた。後退さるのも癪で、私は油断なく様子を如何いながらもその場に留まる。
「いくらED後と言っても、ゲームの内容をここまで改ざんするのは駄目だろ。君は悪役で、断罪されて人生終了。そのはずなんだから、潔く諦めなよ」
お前は何を言っているんだ。
EDどころか、今が本編真っ最中だ。しかも私はゲームの通りに進行させているのだから、ますます以て言っている意味が解らない。改ざんしていると言うのなら、それはむしろこの男の方ではないか。
他ののゲームと間違えている可能性はと一瞬考えたが、これだけの罠と謎解きがすべて一致する乙女ゲームなどあるはずがないと思い直す。徹頭徹尾理不尽な言い様に、私は眦を釣り上げて遠慮なく男を睨みつけた。
「おっかねー。なに、無口なキャラなの? そういう設定?」
いちいち言い方が不愉快だな。にやついた顔で見下してくるこの感じは、あの三馬鹿を全部混ぜて割るのを忘れたような雰囲気で嫌になってくる。
やっと全員いなくなったと思っていたのに、なぜ代替品のような知らないキャラが出てくるのか。
「アンノは神様の遣いなんだからね! あなたももう御終いよ、悪役令嬢!」
電波な事を叫び始める男爵令嬢に目を見開く。それを驚愕を受け取ったのか、二人は揃って鼻を膨らませた。二人ともかなりの美形だと言うのに、そうすると諸々残念で台無しになるが指摘はすまい。
「改めて。俺は神様のお使いのアンノウン」
胡散臭さこの上ない名を名乗り、男は今更のように人好きのする笑みを浮かべて手を出してきた。本心は嫌だったが止むを得ず握手に応じると、危惧した通り手を引かれて胸の内に収まってしまう。
とりあえず話を聞かなければ、先に進ませてくれそうにない。私は色々を一旦諦めて、とりあえず腕を突っ張って薄く厚みの無い胸板から距離を取った。

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