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10.初めての宝物
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最期の踏ん張りどころ、第四階層だ。
この迷宮は全部で五階層あるが、最後の階層は今まで集めたアイテムや覚醒度に応じて様相を変える、成績表のような階層だ。だから命を危険に晒して探索するのは、ここが最後なのである。
最後の難関である王太子の日記を手に入れたら、後はこの邪魔者を間引くだけ。足取りも軽く歩を進めようとした私だったが、背後から呼び止める声にせっかくの気分を台無しにされてしまう。
しぶしぶ振り返ると、寄り添う男爵令嬢を抱き寄せる王太子。その目はいつもの蔑みを帯びた愉悦ではなく、恐怖と焦燥に彩られていた。
「お前は…なぜ平気なのだ」
「…」
「アレクとレオンが死んだのだぞ。解っているのか?」
何故と言われても。王太子の尻馬に乗って私を長年虐げてきた挙句、自分の罪を私に擦り付けて殺そうとした相手の死に何を感じろと言うのだろうか。その場で飛び上がって万歳をしなかっただけ、私は慎み深いと思うのだが。
心底不思議そうに見返す私をどう思ったのか、王太子は顔を歪めて男爵令嬢を抱きしめる。不愉快ではあるが答えは求めるまい。得られたところでどうせ、呆れるか腹が立つかのどちらかなのだろうから。
気を取り直して、先に進む。この階層は王族の居住区と同じに作られており、罠は魔獣あり刃物あり毒ありの総集編だ。体力の配分を考えて進んできた私でも疲労を感じるのだから、喚き放題騒ぎ放題の背後二人はもっと辛いだろう。
そしてこの階層にも、生死を分ける分岐点がある。ある地点を通過する時にメンバーが分断されるのだが、特定のアイテムを持っているかどうかでどちらと別れるかが決まるのだ。
王太子か男爵令嬢。もしも他に生き残りがいたなら、どちらであれ私とはぐれた方に同行する結果になる。今回は王太子と同行しなければならないので、アイテムを先に取りに行くとしよう。
特異点を迂回し、王妃陛下の私室に入る。謎解きのメモを取って鏡台に向かい、ダイアル式の鍵を集めた情報から導いた数字で解錠した。
中から出てきたのは、手紙の束である。古いものは十年前。最新のもので一月前。誕生日や季節の節目に限らず、思いを込めて綴られた公爵家から私宛の手紙たち。
熟読する余裕はないが、それでも何通かは目を通す。王宮に連れていかれてからは一度も会えていない両親だが、私の事を思い、身を気遣い、会いたいと願ってくれている気持ちが良く伝わってきた。
ここを出れば、両親に会える。会えたなら上手く笑えるだろうか。声を取り戻したなら、初めに何と言葉を送ろうか。
つい読むことに没頭し、背後の気配に気づくのが遅れる。振り向きざまに距離を取るが、いつの間にか近づいていた王太子は手紙を取り上げる出なく怒鳴り散らすでなく、戸惑ったかのような表情でこちらを見ていた。
「お前は、そんな顔もできたのか」
「…?」
「ずっと、感情の無い人形だと思っていた」
自覚は無かったが、感傷的な顔でもしていたのだろうか。
そうであっても、こんな手紙を読むときくらい愁傷な顔をしてもいいだろう。物心ついてから初めて手に入れた大切な宝物を破かれないよう、私は王太子から目を離さずに慎重にそれをストレージに収納した。
王妃陛下の私室を出ると、いよいよ件の特異点に向かう。この階層の足元は古いとはいえ毛足の長い絨毯で、足が限界を迎えた男爵令嬢も脱いだ靴を手に持って移動していた。割れた硝子でもあればどうするつもりなのだろうと思ったが、口に出す術は無いので思うに留めておく。
ともあれ、ぴたりと密着しながら移動していた王太子と男爵令嬢が、ここに来て普通の距離を保って後について来ている。この二人を分かつなど出来るのだろうかと内心不安だったが、この様子なら大丈夫だろう。
「きゃあ!」
私と王太子が特異点を通過し、後に続こうとした男爵令嬢を遮るように下から柵がせり上がってきた。策は天井に届くほど長く伸びて漸く止まり、見事に王太子と男爵令嬢はここに分断された。
「マリア!」
「ギル!」
柵越しに呼び合い、またしても寸劇が始まる。幾ら嘆いてもこの柵はどうにもならないと解るまで大分と時間を食われたが、どうにか二人ともそれぞれ合流できる道を探そうと言いあうまで劇を進めてくれた。
もういいですか、と聞くこともできないのは不便なものだ。この先のイベントさえこなせば大事無く合流できるのだから、早くしてもらえないかな。
腕を組んで待っていると、漸く王太子がこちらに向かってくる。向き合うとまた不快な言葉を吐かれるだろうから、声の届く直前で背を向けて先を進んだ。
「…いう…ろが…」
背後から何か聞こえた気もするが、振り返らない。聞き直した所であの人間が有用な事を喋るなど、まずありえない事なのだから。
この迷宮は全部で五階層あるが、最後の階層は今まで集めたアイテムや覚醒度に応じて様相を変える、成績表のような階層だ。だから命を危険に晒して探索するのは、ここが最後なのである。
最後の難関である王太子の日記を手に入れたら、後はこの邪魔者を間引くだけ。足取りも軽く歩を進めようとした私だったが、背後から呼び止める声にせっかくの気分を台無しにされてしまう。
しぶしぶ振り返ると、寄り添う男爵令嬢を抱き寄せる王太子。その目はいつもの蔑みを帯びた愉悦ではなく、恐怖と焦燥に彩られていた。
「お前は…なぜ平気なのだ」
「…」
「アレクとレオンが死んだのだぞ。解っているのか?」
何故と言われても。王太子の尻馬に乗って私を長年虐げてきた挙句、自分の罪を私に擦り付けて殺そうとした相手の死に何を感じろと言うのだろうか。その場で飛び上がって万歳をしなかっただけ、私は慎み深いと思うのだが。
心底不思議そうに見返す私をどう思ったのか、王太子は顔を歪めて男爵令嬢を抱きしめる。不愉快ではあるが答えは求めるまい。得られたところでどうせ、呆れるか腹が立つかのどちらかなのだろうから。
気を取り直して、先に進む。この階層は王族の居住区と同じに作られており、罠は魔獣あり刃物あり毒ありの総集編だ。体力の配分を考えて進んできた私でも疲労を感じるのだから、喚き放題騒ぎ放題の背後二人はもっと辛いだろう。
そしてこの階層にも、生死を分ける分岐点がある。ある地点を通過する時にメンバーが分断されるのだが、特定のアイテムを持っているかどうかでどちらと別れるかが決まるのだ。
王太子か男爵令嬢。もしも他に生き残りがいたなら、どちらであれ私とはぐれた方に同行する結果になる。今回は王太子と同行しなければならないので、アイテムを先に取りに行くとしよう。
特異点を迂回し、王妃陛下の私室に入る。謎解きのメモを取って鏡台に向かい、ダイアル式の鍵を集めた情報から導いた数字で解錠した。
中から出てきたのは、手紙の束である。古いものは十年前。最新のもので一月前。誕生日や季節の節目に限らず、思いを込めて綴られた公爵家から私宛の手紙たち。
熟読する余裕はないが、それでも何通かは目を通す。王宮に連れていかれてからは一度も会えていない両親だが、私の事を思い、身を気遣い、会いたいと願ってくれている気持ちが良く伝わってきた。
ここを出れば、両親に会える。会えたなら上手く笑えるだろうか。声を取り戻したなら、初めに何と言葉を送ろうか。
つい読むことに没頭し、背後の気配に気づくのが遅れる。振り向きざまに距離を取るが、いつの間にか近づいていた王太子は手紙を取り上げる出なく怒鳴り散らすでなく、戸惑ったかのような表情でこちらを見ていた。
「お前は、そんな顔もできたのか」
「…?」
「ずっと、感情の無い人形だと思っていた」
自覚は無かったが、感傷的な顔でもしていたのだろうか。
そうであっても、こんな手紙を読むときくらい愁傷な顔をしてもいいだろう。物心ついてから初めて手に入れた大切な宝物を破かれないよう、私は王太子から目を離さずに慎重にそれをストレージに収納した。
王妃陛下の私室を出ると、いよいよ件の特異点に向かう。この階層の足元は古いとはいえ毛足の長い絨毯で、足が限界を迎えた男爵令嬢も脱いだ靴を手に持って移動していた。割れた硝子でもあればどうするつもりなのだろうと思ったが、口に出す術は無いので思うに留めておく。
ともあれ、ぴたりと密着しながら移動していた王太子と男爵令嬢が、ここに来て普通の距離を保って後について来ている。この二人を分かつなど出来るのだろうかと内心不安だったが、この様子なら大丈夫だろう。
「きゃあ!」
私と王太子が特異点を通過し、後に続こうとした男爵令嬢を遮るように下から柵がせり上がってきた。策は天井に届くほど長く伸びて漸く止まり、見事に王太子と男爵令嬢はここに分断された。
「マリア!」
「ギル!」
柵越しに呼び合い、またしても寸劇が始まる。幾ら嘆いてもこの柵はどうにもならないと解るまで大分と時間を食われたが、どうにか二人ともそれぞれ合流できる道を探そうと言いあうまで劇を進めてくれた。
もういいですか、と聞くこともできないのは不便なものだ。この先のイベントさえこなせば大事無く合流できるのだから、早くしてもらえないかな。
腕を組んで待っていると、漸く王太子がこちらに向かってくる。向き合うとまた不快な言葉を吐かれるだろうから、声の届く直前で背を向けて先を進んだ。
「…いう…ろが…」
背後から何か聞こえた気もするが、振り返らない。聞き直した所であの人間が有用な事を喋るなど、まずありえない事なのだから。
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