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3.男爵令嬢の死亡フラグ
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剣山エリアを抜けて階段を上がると、使用人の居住区らしきエリアに入る。
多数ある部屋を探索してヒントのメモを入手したり、壁の文字や先人の手記を読んだりしなければならない。また鍵のかかった魔法陣の部屋もあり、重要なイベントが発生する中心的なエリアである。
後ろからは相変わらず、男爵令嬢を慰めるついでに私を貶める言葉が聞こえてくる。今更振り返ろうとも思わないが、チクチクと待ち針の先端で突かれるような痛みは無くならない。
反応がないからと言って、傷付かない訳ではないのだ。しかし彼らに伝える術は無く、また伝えた所で理解などされまい。サンドバッグに意志や感情があるなど、彼らからすれば噴飯物の異説なのだろうから。
「全く、何を言っても反応をしない。つくづく薄気味の悪い女だ」
吐き捨てるような声。いつもの悪口を耳に流し、足を止めて深呼吸を一つ。
さあ、いよいよこの部屋だ。
狭い部屋だ。ざっと見回すと壁の端に追いやられた朽ちたベッドと、それに今にも崩れそうな机と椅子がある。
その机の上に、水の入った瓶があった。その前に一旦立ってから、部屋の端に進む。本来なら「取りますか?」と選択肢が出てくるのだが、現実ではそんな物は無いため一旦認識してから退くと言う方法を取った。
「おい、水があるぞ!」
「私、喉が渇いたわ…」
「マリアが飲むといい。俺はまだ大丈夫だ」
記憶にある通りの会話が聞こえる。私は止める事もせずに本棚のメモを入手し、それをストレージに放り込んだ。粛清の迷宮では魔法が封じられて使えなくなるのだが、何故かこのストレージだけは使える。
まあ、これが無ければメモ以外のアイテムを持ち歩けないから仕方ないのだろう。普通に考えて、パーティ用のドレスを着た令嬢が、あれもこれも手に抱えて罠の中を走れるわけが無いのだ。ストレージに入れてしまえば、冤罪を証明する証拠品も取り上げられずに済むから有難い。
さて、この階層で手に入るのは、男爵令嬢の自作自演の情報だ。
残念ながら、証拠ではない。彼女が主張する大部分は自分で破ったり水を被ったり転げ落ちたりしたものばかりだから、これを捏造と断じる証拠を見つけるのは難しいだろう。
ただ断罪の目玉とも言える罪状は暗殺未遂であり、メモにはいつ、どこで、誰に。どのような方法で依頼したか。また資金を作るために宝石を質入れした店と、その日時などが記されている。
内容を確認し、ストレージに放り込む。と、背後で男爵令嬢の小さな悲鳴と咳き込む声が聞こえた。
「な、に。これ…!」
瓶の中身を一口飲んだ男爵令嬢が、噎せながら異変を訴える。それを受け取った宰相令息が中を確認し、苛立たし気にそれを机に戻した。毒ではなくただの塩水だが、乾いた喉には覿面に効いた事だろう。
「ひどい…ひどいよぉ」
哀れがましく泣き出す男爵令嬢を、彼らが取り囲んで慰める。私が瓶に指一本触れていないことが解っていたから、鼻白む小劇場を眺めるだけで済んだ。
これがもし水を手にしていたなら、取り上げられた挙句に殴られていた所だったのだ。お前が塩を入れたのだろうと言う、あり得ない言い掛かりで以て。
四人から目を離さず、机の上に置かれた瓶を手に取る。
これを触らずに部屋を出ようとすると、死にイベントが発生してしまう。瓶を手に部屋を出ようとすると、突然天井から振ってきたものが男爵令嬢の顔に張り付いた。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
魂消る悲鳴を上げ、男爵令嬢が仁王立ちに近い姿勢のまま膠着する。顔全体を覆いつくさんばかりの大きい蜘蛛が、可愛らしいであろう貌が歪む所を上手く隠していた。
即座に取って返し、突っ立つばかりの役立たずどもを押しのける。男爵令嬢の肩を掴んで瓶の中を蜘蛛にかけると、蜘蛛は赤子のような悲鳴を上げてあっさりと逃げて行った。
つまるところ、これは飲料水ではなく聖水だったのだ。まだしつこく泣きじゃくる男爵令嬢の守は男共に任せて、私は用の無くなった部屋を後にする。
これで、男爵令嬢の死亡イベントは回避した。
後は鍵を見つけて、この階層とおさらばするだけだ。
多数ある部屋を探索してヒントのメモを入手したり、壁の文字や先人の手記を読んだりしなければならない。また鍵のかかった魔法陣の部屋もあり、重要なイベントが発生する中心的なエリアである。
後ろからは相変わらず、男爵令嬢を慰めるついでに私を貶める言葉が聞こえてくる。今更振り返ろうとも思わないが、チクチクと待ち針の先端で突かれるような痛みは無くならない。
反応がないからと言って、傷付かない訳ではないのだ。しかし彼らに伝える術は無く、また伝えた所で理解などされまい。サンドバッグに意志や感情があるなど、彼らからすれば噴飯物の異説なのだろうから。
「全く、何を言っても反応をしない。つくづく薄気味の悪い女だ」
吐き捨てるような声。いつもの悪口を耳に流し、足を止めて深呼吸を一つ。
さあ、いよいよこの部屋だ。
狭い部屋だ。ざっと見回すと壁の端に追いやられた朽ちたベッドと、それに今にも崩れそうな机と椅子がある。
その机の上に、水の入った瓶があった。その前に一旦立ってから、部屋の端に進む。本来なら「取りますか?」と選択肢が出てくるのだが、現実ではそんな物は無いため一旦認識してから退くと言う方法を取った。
「おい、水があるぞ!」
「私、喉が渇いたわ…」
「マリアが飲むといい。俺はまだ大丈夫だ」
記憶にある通りの会話が聞こえる。私は止める事もせずに本棚のメモを入手し、それをストレージに放り込んだ。粛清の迷宮では魔法が封じられて使えなくなるのだが、何故かこのストレージだけは使える。
まあ、これが無ければメモ以外のアイテムを持ち歩けないから仕方ないのだろう。普通に考えて、パーティ用のドレスを着た令嬢が、あれもこれも手に抱えて罠の中を走れるわけが無いのだ。ストレージに入れてしまえば、冤罪を証明する証拠品も取り上げられずに済むから有難い。
さて、この階層で手に入るのは、男爵令嬢の自作自演の情報だ。
残念ながら、証拠ではない。彼女が主張する大部分は自分で破ったり水を被ったり転げ落ちたりしたものばかりだから、これを捏造と断じる証拠を見つけるのは難しいだろう。
ただ断罪の目玉とも言える罪状は暗殺未遂であり、メモにはいつ、どこで、誰に。どのような方法で依頼したか。また資金を作るために宝石を質入れした店と、その日時などが記されている。
内容を確認し、ストレージに放り込む。と、背後で男爵令嬢の小さな悲鳴と咳き込む声が聞こえた。
「な、に。これ…!」
瓶の中身を一口飲んだ男爵令嬢が、噎せながら異変を訴える。それを受け取った宰相令息が中を確認し、苛立たし気にそれを机に戻した。毒ではなくただの塩水だが、乾いた喉には覿面に効いた事だろう。
「ひどい…ひどいよぉ」
哀れがましく泣き出す男爵令嬢を、彼らが取り囲んで慰める。私が瓶に指一本触れていないことが解っていたから、鼻白む小劇場を眺めるだけで済んだ。
これがもし水を手にしていたなら、取り上げられた挙句に殴られていた所だったのだ。お前が塩を入れたのだろうと言う、あり得ない言い掛かりで以て。
四人から目を離さず、机の上に置かれた瓶を手に取る。
これを触らずに部屋を出ようとすると、死にイベントが発生してしまう。瓶を手に部屋を出ようとすると、突然天井から振ってきたものが男爵令嬢の顔に張り付いた。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
魂消る悲鳴を上げ、男爵令嬢が仁王立ちに近い姿勢のまま膠着する。顔全体を覆いつくさんばかりの大きい蜘蛛が、可愛らしいであろう貌が歪む所を上手く隠していた。
即座に取って返し、突っ立つばかりの役立たずどもを押しのける。男爵令嬢の肩を掴んで瓶の中を蜘蛛にかけると、蜘蛛は赤子のような悲鳴を上げてあっさりと逃げて行った。
つまるところ、これは飲料水ではなく聖水だったのだ。まだしつこく泣きじゃくる男爵令嬢の守は男共に任せて、私は用の無くなった部屋を後にする。
これで、男爵令嬢の死亡イベントは回避した。
後は鍵を見つけて、この階層とおさらばするだけだ。
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