1 / 15
1.序章
しおりを挟む
「ロザリンド・フォークロア!貴様の罪をここに暴き、婚約破棄を宣言する!」
急激に流れ込む記憶の奔流に、王太子の言葉は既にノイズとしか認識できない。何とかこの場から逃れようとするが、腕を捻り上げて押さえつけている騎士団長令息の馬鹿力を跳ね除けるのは無理そうだ。
「貴様は私の最愛である…」
ご高説を宣う王太子の足元から、黄金の魔法陣が広がっていく。もう間に合わないのだと悟り、私は目を閉じて呻吟するしかなかった。
***********
ロザリンド・フォークロア。
フォークロア公爵家の一人娘であり、王太子殿下の婚約者。それが私だ。
尤も、ゲームでは名前など無く「悪役令嬢」のみで全てが語られていた。この世界がとある異世界のゲームと言うものに酷似している事、そして私がその世界でかつて生活していた事。全ての記憶は卒業パーティーの茶番劇で唐突に流し込まれたものだ。
私は、その世界では小さな会社の事務員だった。そこで得られる給金は一人暮らしを維持するには心許ないもので、ネットに実況プレイ動画をアップすることでささやかな副収入を得ていたはずだ。
この世界はその実況プレイをしていたゲーム「粛清迷宮」に酷似している。と、つい先ほど思い至った次第である。
そんな土壇場で、と呆れるのはご容赦願いたい。何しろ記憶が蘇ったのがその時だったのだし、仮にもっと昔から記憶があったとしても、粛清迷宮とこの世界を重ねるのはかなり困難であっただろう。
何しろタイトルからも推察されるとおり、件のゲームは乙女ゲームなどではない。悪役令嬢の断罪物をモチーフにした死に罠満載の謎解き脱出ゲームだったのだから。
だから、ジャンルとしてはフリーホラーゲームになる。オープニングは先程の断罪シーンで、魔法陣で飛ばされたこの廃城のような迷宮を脱出することがゲームの目的だ。
主人公である悪役令嬢(つまり私だ)が死ねば即ゲームオーバーだし、選択次第ではヒロイン役の男爵令嬢や攻略対象達もどんどん死んでいく。
脱出時に冤罪の証拠をどれだけ集めているか、何人同行者が生き残っているか。そして誰が生き残っているかでEDが分かれていく、そういったゲームなのだ。
「こ、ここは何処なのだ!」
「いや…怖いわ」
「ロザリンド、これは貴様の謀略か!」
ああ、呑気に気絶していた連中が目を覚ましたようだ。落ち着いて思考を巡らせるのもこれで一旦終わりかと溜息を吐き、私は背後の集団に目を向けた。
女一人、男三人。計四人が私を蛇蝎でも見る目で睨みつけている。女は睨む姿を男たちに見えないようにしているのが、実にわざとらしくて苛立たしかった。
男爵令嬢と王太子、宰相令息。それに騎士団長令息。勿論それぞれに固有の名前はあるが、今の私にはそれ以上の識別号は必要ない。誰がどんな選択でどんな運命を辿るのかが判れば、それだけで十分だった。
「何とか言ったら…」
「全く、あなたと言う人はどこまで…」
「お前のせいでマリアが…」
私がゲームの中のキャラクターたる悪役令嬢なのか。
それとも異世界の記憶を流し込まれただけの、この世界に生きるロザリンドなのか。
或いは、全てが事務員である私の泡沫の夢に過ぎないのか。
それさえも今はどうだっていい。どれが真実かなど現状では知り得ない事であるし、答えがどれであれ、これから取る行動に変わりはない。
私はただ、どのルートに進むかを見極めて、そこに至る選択肢を間違えないように辿るだけだ。
(…生還してやる。絶対に)
煩く喚きたてる連中の罵詈雑言を聞き流し、私は一人決意を込めてスカートの裾に隠れた拳を握りしめた。
急激に流れ込む記憶の奔流に、王太子の言葉は既にノイズとしか認識できない。何とかこの場から逃れようとするが、腕を捻り上げて押さえつけている騎士団長令息の馬鹿力を跳ね除けるのは無理そうだ。
「貴様は私の最愛である…」
ご高説を宣う王太子の足元から、黄金の魔法陣が広がっていく。もう間に合わないのだと悟り、私は目を閉じて呻吟するしかなかった。
***********
ロザリンド・フォークロア。
フォークロア公爵家の一人娘であり、王太子殿下の婚約者。それが私だ。
尤も、ゲームでは名前など無く「悪役令嬢」のみで全てが語られていた。この世界がとある異世界のゲームと言うものに酷似している事、そして私がその世界でかつて生活していた事。全ての記憶は卒業パーティーの茶番劇で唐突に流し込まれたものだ。
私は、その世界では小さな会社の事務員だった。そこで得られる給金は一人暮らしを維持するには心許ないもので、ネットに実況プレイ動画をアップすることでささやかな副収入を得ていたはずだ。
この世界はその実況プレイをしていたゲーム「粛清迷宮」に酷似している。と、つい先ほど思い至った次第である。
そんな土壇場で、と呆れるのはご容赦願いたい。何しろ記憶が蘇ったのがその時だったのだし、仮にもっと昔から記憶があったとしても、粛清迷宮とこの世界を重ねるのはかなり困難であっただろう。
何しろタイトルからも推察されるとおり、件のゲームは乙女ゲームなどではない。悪役令嬢の断罪物をモチーフにした死に罠満載の謎解き脱出ゲームだったのだから。
だから、ジャンルとしてはフリーホラーゲームになる。オープニングは先程の断罪シーンで、魔法陣で飛ばされたこの廃城のような迷宮を脱出することがゲームの目的だ。
主人公である悪役令嬢(つまり私だ)が死ねば即ゲームオーバーだし、選択次第ではヒロイン役の男爵令嬢や攻略対象達もどんどん死んでいく。
脱出時に冤罪の証拠をどれだけ集めているか、何人同行者が生き残っているか。そして誰が生き残っているかでEDが分かれていく、そういったゲームなのだ。
「こ、ここは何処なのだ!」
「いや…怖いわ」
「ロザリンド、これは貴様の謀略か!」
ああ、呑気に気絶していた連中が目を覚ましたようだ。落ち着いて思考を巡らせるのもこれで一旦終わりかと溜息を吐き、私は背後の集団に目を向けた。
女一人、男三人。計四人が私を蛇蝎でも見る目で睨みつけている。女は睨む姿を男たちに見えないようにしているのが、実にわざとらしくて苛立たしかった。
男爵令嬢と王太子、宰相令息。それに騎士団長令息。勿論それぞれに固有の名前はあるが、今の私にはそれ以上の識別号は必要ない。誰がどんな選択でどんな運命を辿るのかが判れば、それだけで十分だった。
「何とか言ったら…」
「全く、あなたと言う人はどこまで…」
「お前のせいでマリアが…」
私がゲームの中のキャラクターたる悪役令嬢なのか。
それとも異世界の記憶を流し込まれただけの、この世界に生きるロザリンドなのか。
或いは、全てが事務員である私の泡沫の夢に過ぎないのか。
それさえも今はどうだっていい。どれが真実かなど現状では知り得ない事であるし、答えがどれであれ、これから取る行動に変わりはない。
私はただ、どのルートに進むかを見極めて、そこに至る選択肢を間違えないように辿るだけだ。
(…生還してやる。絶対に)
煩く喚きたてる連中の罵詈雑言を聞き流し、私は一人決意を込めてスカートの裾に隠れた拳を握りしめた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので歴代最高の悪役令嬢になりました
Ryo-k
ファンタジー
『悪役令嬢』
それすなわち、最高の貴族令嬢の資格。
最高の貴族令嬢の資格であるがゆえに、取得難易度もはるかに高く、10年に1人取得できるかどうか。
そして王子から婚約破棄を宣言された公爵令嬢は、最高の『悪役令嬢』となりました。
さらに明らかになる王子の馬鹿っぷりとその末路――


婚約破棄された悪役令嬢ですが、闇魔法を手に聖女に復讐します
ごぶーまる
ファンタジー
突然身に覚えのない罪で、皇太子との婚約を破棄されてしまったアリシア。皇太子は、アリシアに嫌がらせをされたという、聖女マリアとの婚約を代わりに発表。
マリアが裏で手を引いたに違いないと判断したアリシアは、持ち前の闇魔法を使い、マリアへの報復を決意するが……?
読み切り短編です
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。
越路遼介
ファンタジー
篠永俊樹、五十四歳は三十年以上務めた消防士を早期退職し、日本一周の旅に出た。失敗の人生を振り返っていた彼は東尋坊で不思議な老爺と出会い、歳の離れた友人となる。老爺はその後に他界するも、俊樹に手紙を残してあった。老爺は言った。『儂はセイラシアという世界で魔王で、勇者に討たれたあと魔王の記憶を持ったまま日本に転生した』と。信じがたい思いを秘めつつ俊樹は手紙にあった通り、老爺の自宅物置の扉に合言葉と同時に開けると、そこには見たこともない大草原が広がっていた。

【完結】転生したらもふもふだった。クマ獣人の王子は前世の婚約者を見つけだし今度こそ幸せになりたい。
金峯蓮華
ファンタジー
デーニッツ王国の王太子リオネルは魅了の魔法にかけられ、婚約者カナリアを断罪し処刑した。
デーニッツ王国はジンメル王国に攻め込まれ滅ぼされ、リオネルも亡くなってしまう。
天に上る前に神様と出会い、魅了が解けたリオネルは神様のお情けで転生することになった。
そして転生した先はクマ獣人の国、アウラー王国の王子。どこから見ても立派なもふもふの黒いクマだった。
リオネルはリオンハルトとして仲間達と魔獣退治をしながら婚約者のカナリアを探す。
しかし、仲間のツェツィーの姉、アマーリアがカナリアかもしれないと気になっている。
さて、カナリアは見つかるのか?
アマーリアはカナリアなのか?
緩い世界の緩いお話です。
独自の異世界の話です。
初めて次世代ファンタジーカップにエントリーします。
応援してもらえると嬉しいです。
よろしくお願いします。

【完結】貴方たちはお呼びではありませんわ。攻略いたしません!
宇水涼麻
ファンタジー
アンナリセルはあわてんぼうで死にそうになった。その時、前世を思い出した。
前世でプレーしたゲームに酷似した世界であると感じたアンナリセルは自分自身と推しキャラを守るため、攻略対象者と距離を置くことを願う。
そんな彼女の願いは叶うのか?
毎日朝方更新予定です。
【完結】悪役令嬢が可愛すぎる!!
佐倉穂波
ファンタジー
ある日、自分が恋愛小説のヒロインに転生していることに気がついたアイラ。
学園に入学すると、悪役令嬢であるはずのプリシラが、小説とは全く違う性格をしており、「もしかして、同姓同名の子が居るのでは?」と思ったアイラだったが…….。
三話完結。
ヒロインが悪役令嬢を「可愛い!」と萌えているだけの物語。
2023.10.15 プリシラ視点投稿。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる