ウセモノ横町

椛はなお

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序章【陽之助の日常】

1-3

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「ウセモノ郵便」とは、翔や陽之助が生まれるずっと前からこの鶴蔡の町に伝えられる都市伝説のようなもの。

鶴蔡山の麓、雑木林の中にある赤い丸型ポストに失くしたモノを書いた手紙を入れると翌朝には失くしたモノが帰って来るという内容である。

その起源がこの土地に存在する霊験あらたかな何かなのか、はたまた噂が転じて広まったただの創作物か。真相は定かではない。

だがそんな摩訶不思議な噂や都市伝説に無関心な陽之助だったが、どんな内容であれ翔の口から出た話題はなんだって好きになれた。陽之助は食い気味に頷くと翔はニッコリと笑む。

どこか安心したような笑みはそのまま鳥が飛び去った方を振り向いた。

『さっき鳥にさらわれた鮎のことウセモノ郵便に書いたら、あの鮎って帰って来るとおもうか?』
『え?』

鶴蔡山のなだらかな輪郭を眺める横顔が問いかける。あまりの予想外な内容につい間抜けた反応をしてしまった。
しかし気になるのだろう。伝説や噂に敏感な年頃の翔にとって、その伝説が本物なのかどうか。

開いた瞳の中、山の緑が反射する中で混ざり見える興味津々な色がより一層、翔を少年にさせた。


だけどさっきの鮎は失せ物ではない。


失せ物とはそもそも「所有者」本人が物を失くしたことによって生まれる名称であり、あの鮎の所有者は翔ではないため失せ物ではない。
そもそもあの鮎は「物」ではなく「生き物」で、そして失くしたのではなく、ただ鳥にさらわれただけなのだ。失くしたとは全然ちがう。

だからあの鮎をウセモノ郵便に書いたところで、鮎が帰ってくることはないのだ。


それをきっと翔は知っていて聞いたのだろう。陽之助がそのことを素直に答えると「そりゃあそうだよなぁ・・・」と言ってその場に屈みこみ水浸しになっていたズボンがより一層水に浸かった。

『別にあの鮎を取り戻したいわけじゃないんだよ。ただ、なんか気になんじゃん。ウセモノ郵便が本当かどうかさ。』

翔は水面に顔を映しながら、話を続ける。

『すっげー試したいけど、失くした物って直ぐ見つかるじゃん?だから試そうにも試せないし。それに噂の割には誰も信じてなかったんだよ。』

翔の話はそこで止まった。言葉が詰まった様子はない、ただ切迫した想いに翔は喉を詰まらせた様子だった。
きっとウセモノ郵便を信じたせいで周りからいろんなことを言われたのだろう。肝心な所は話さなかったが薄々そんな気がした。
ただ、うなだれたまま残念そうに笑う姿が、なんだか切なくて同時に言いえぬ愛らしさを感じた。
まるで欲しいものを無理して我慢する弟を見るような感覚に近かった。

陽之助も翔との同様に膝を曲げ、背丈を合わせる。流れる冷たい水と、太もも越しにやわやわと揺れる梅花藻の存在を感じる。

はっと見開いた翔の目が陽之助を正面で捉えた。突然の行動に口がポカンとおの字になっていた。

『ははっ冷たいや。』
『・・・陽之助?』

屈みこんだせいでズボンの中へ水が入るが、そんなのお構いなしだ。
それよりも、翔の悲しい想いは、自分の言葉で払拭させたかった。


『提案なんだけどさ。もしお互い何か失くして探しても探しても見つからない失せ物をしたのなら、一緒にウセモノ郵便に手紙を書こうよ。ウセモノ郵便が本当に失くしたモノを届けてくれるのか俺たちで検証してみようか。』


陽之助は弟のような翔をなだめるかのように微笑みかけた。
しかしこの言葉は翔を慰めるための口約束ではなく陽之助の本心であった。翔と一緒なら例えそれが都市伝説だろうが何だろうが、全てが楽しく、大切な思い出になる。

陽之助の提案を聞いた翔の表情は元の明るさを取り戻し、満面の笑みをうかべた。

『・・・うん!約束な、絶対だぞ!』

そう言って翔は小指を突き出すと、それを陽之助の小指と絡めた。
また一つ約束が生まれて心が踊るように嬉しくなる。

そしてその後はビショビショに濡れた互いを笑いあい夕暮れの帰路を共にした。

それがこの川辺で生まれた翔との思い出。

他にもこの鶴蔡の町にはそんな翔との思い出が沢山あった。
秋にはふもとの越和こしわ神社で一緒に焼き芋をして、冬には降り積もる雪の上を転げ回ったりもした。


どれもこれも忘れられない大切な思い出だった。




それがあの出来事を機に最後になるなんて未だに信じられなかった。




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