ウセモノ横町

椛はなお

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序章【陽之助の日常】

1-2

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『なあ陽之助、どっちが沢山取れるか勝負な!』


5年前の夏、小学生だった陽之助は翔と一緒によく川辺で鮎取りをしていた。

川底で揺れる梅花藻に足全体をくすぐられる感覚が何だか気持ちよくて、二人は笑みを溢す。
鮎の動きは鈍かったがぬるりとした表面が、陽之助の手のひらを撫でるだけで一向に取れやしなかった。


『へったくそだなお前、いいか見てろよ。俺がお手本を見せてやる!』


そう言って翔は陽之助の手から落ちたばかりの鮎を勢いよく掴みにかかった。
手の中で暴れる鮎をもろともせず親指で鰓を抑え込む。次第に動かなくのを確認して、翔はニッと笑い「これがお手本だ」と言わんばかりに陽之助に突き出した。


『どうだ、すげえだろ?』


しかしその時だった。

ビュンと二人の間を大きな鳥が通り、翔は驚きのあまり川底に勢い良く尻餅をついた。バシャンと跳ねた水しぶきが、陽之助にかかる。しかしそれ以上に翔は水浸しになっていた。


『いてて・・・ってあれ?俺のとっ捕まえた鮎は?・・・まさか!』


翔は立ち上がり鳥の過ぎ去った方を見ると、鳥のくちばしにはさっき翔の取った鮎が咥えられていた。
鳥は二人を見るやいなや何食わぬ顔でバサバサと鶴蔡山の向こうへ消えていった。


『ちくしょうあのアホ鳥!覚えてろよー!』


顔を真っ赤にして怒る翔とは裏腹に陽之助はずぶ濡れになった翔にこみ上げて来る笑いが抑えられなかった。
その様子を不思議そうに見ていた翔だが、だんだん笑われている理由が理解できたのか、翔は真っ赤だった顔を更に赤くしたが、悔しかったのだろう。ふいっと背を向けてしまった。

その不機嫌な背中に、翔は笑いすぎた事に腹を立ててしまったのかと思い、陽之助は申し訳なさげに眉根を潜めた。囁くような小さな声で「ごめん」と言うと、「気にしてねぇから」と不貞腐れたようなあどけない声が返ってきた。

けれどだんだん落ち着いてきたのか、翔は意地になって背を向けた事が恥ずかしくなって、照れるような笑みでゆっくり陽之助に向き直った。

安心する陽之助。翔はさっきのことを水に流すように別の話題を持ちかけた。


『なあ陽之助って、ウセモノ郵便の伝説信じてるか?』



その言葉を合図にしたかのように鶴蔡山を通った風が、ざやざやと山の音を連れてくる。

それはまるで、楽しげだった空気が変わった事を知らせに来たみたいだった。

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