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銀竜の谷と最後の戦い
44話 長引くクライマックス
しおりを挟む「あはは、そうだったのか。あの娘のお兄さん! どうりでその桁外れな力な訳だよ。しかしいや君も大変だねぇ、変な仲間達に囲まれて! ははは、いやぁ愉快だよ、久しぶりに自分より大変な人を見た。ああ、ありがとう! ここは奢らせてよ」
「……俺は全く何も愉快ではないがな」
リタ一行とシャインレイ、そしてラーヴァナは宿場の食堂を貸切って大宴会を開いていた。
リタは自分が妹のお使いと、不本意にも復活させてしまったであろう魔王を倒す為にここにいる事を話す。
そんな信じ難い話をだがシャインレイはすんなりと受け入れ、そしてその不運に笑った。
嬉しそうにリタの持つ陶器の酒杯に白く濁った酒を注ぐ。
人の不幸が余程好きなタイプなのだろう、シャインレイは先程と打って変わり上機嫌であった。
「それでその魔王の事なんだけれどね……君なら話がわかりそうだから言うけど。君の倒そうとしていた魔王はもういないんだよ」
シャインレイはクイッと酒杯を傾け、真剣な瞳でリタへと告げる。
「僕が先に討伐に向かった。そしてここにいるラーヴァナが魔王だったんだけど、今は邪神にその席が取られたって訳」
「ぶぅぅ!!」
「いや馬鹿な……だがまあ、それなら今までの配下の弱さ、そしてこの魔王とやらの瘴気も得心が行く、か」
横で唯一リタ以外に真面目な顔で話を聞いていたアンナが口から水を吹き出した。
だが当の魔王はへべれけ状態で、同じくそんな状態である六人と共に談笑に耽っている。
時折カーマインと乳比べをし、その合間にミーフェルが入り込もうとしている。
楽しげな光景だ。
ふと宿場の扉が開け放たれ、男が慌てた様子で宿場の店主に「また魔物が現れた!」と喚き散らすのが耳に入って来た。
「で、その邪神と言うのは強そうか? そこの女が恐れるとは言ってもその程度の瘴気で魔王を名乗るのでは参考にならん」
「うん、まあそれは俺も同感だけどさ……と言うか君達兄妹が異常だと思うよ、正直こんなんだけど俺Aランクだからね。邪神もまあ一人じゃどうかなってレベルな気がしたよ、面倒だから放って置いたけど結局これだもんなぁ」
リタ以外の七人とラーヴァナも宿場の騒ぎに酔いが覚める。
窓をのぞけばそこにはオークとゴブリンの混合軍、どうやら魔王城の方角から攻め入ろうとしているようだった。
ラーヴァナは茫然自失で口を開ける。
ミュゼ、ゼオが不可解な擬音を発する。
ミーフェル、リーファが硬直する。
マキナとカーマインがどれくらいの規模で魔法を放てば殲滅できるか相談している。
「一人じゃ厳しい、か……結局魔王を倒せる程の武器も無いままここまで来てしまった。結果配下と魔王は何の脅威でも無かったが、邪神では侮れん。今はこの程度の瘴気だが相当な魔力隠蔽を行っている恐れがある、果たしてどうか」
「ま、魔力隠蔽? そ、それは無いと思うけどなぁ……最初からこれぐらいの邪気は放っていたし、これだけの距離でこの覇気はなかなか不味いと思うけど。と言うより一緒に倒しに行こうよ、目的は一緒なんだから。手柄も上げるし」
「手柄等興味はない、俺は自分の尻拭いをしにきただけだからな」
「じゃあ決まりだ! 明日はとっとと用事済ませて、そうだ。家に遊びにきなよ、君みたいな運の悪い人の話がもっと聞きたいしさ」
シャインレイは嬉しそうにテーブルからタンと立ち上がり、リタの手を握る。「決まりだね」と言うその表情は今までの脱力系が嘘のようであった。
「じゃねぇぇよぉぉ!! 魔物来てんだぞおぃぃ!!」
アンナの怒声にリタとシャインレイが窓の外に視線を向ける。
魔王城に続く森には松明の明かりが列を成し、黄色や緑、黒の魔物達が此方へ進行してくるのが見えた。
住民は何処かへ避難を開始しているようで、宿場の店主も既に姿を消していた。
そう、この村は魔王城からほど近い。
その為に魔王が復活すれば最も早く犠牲になる場所なのだ。
だからこそ村人達は地下に身を隠す。
その都度村は半壊、だからこそ誰もこの村をわざわざ発展させようとしなかった。
リタとシャインレイはまたかと、揃って嘆息した。
「はぁ……またか。と言っても毎度の事だし、ちょっと行ってくるよ」
シャインレイは酒杯の残りをクッと飲み干すと席を立つ。
リタはそれを見て自分も立ち上がった。
「……俺も行こう、ついでにこのままクライマックスになりそうだ」
「え、本当に!? 助かるよでも君、木刀は――要らなかったね」
二人はそう言い宿場を出た。
残りの八人も連られて星降る夜の村外へと出る。
夜風は何処かジメっとして、嫌な瘴気が混じっていた。
「お、おお、おい……う、嘘だろ。行くのかよ、俺達も村の奴らに隠れさせてもらおうぜ!」
「そ、そ、そうよ、それがいい。ヤバい、やばいわ! やばい空気を感じるぅぅ!」
「リタ君、私、援護する」
「わわわ、私もします!」
「いらん、シェイクで終わる」
リタはそう一言だけいい残すと、カーマインとシャインレイの「かぁぁっこいぃ!!」という言葉を聞く前にその場から姿を消していた。
◯
森は既にダンジョン化を進めている。
所々で腐った木の実が異臭を放ち、黒い筋骨隆々なグレートウルフ達が侵入者に対して睨みを効かせようとして逆に恐怖で昏倒した。
月明かりが雲で時折遮られ、森に漆黒の闇が満ちる。闇を掛ける青白い閃光、遅れて来る衝撃波。
森を一直線に突き進むそれに魔物達は恐怖する間も無く、パパパパパパンっと何かが弾ける様な音ともに瓦解して行った。
ゴブリン、ブラックゴブリン、ゴブリンジェネラル。
オーク、ブラックオーク、オークジェネラル、オークキング。
グレートウルフ、ブラックワーウルフ。
トレント、ブラックトレント。
邪神より生を受け、血気はやる魔物達その数、十か五十か。
七十か、百五十か?
二百? 三百?
生まれて数時間。
数日。
数カ月の魔物達は何もわからぬままに次々とこの世界から消えてなくなった。
「ねぇ……冗談でしょ。森から音が消えてるよ君」
シャインレイもリタに加勢しようと全力で森を駆けた筈である。
だが肝心のリタの姿は既に無い。
そして進軍していた筈の魔物達の咆哮も、瘴気も、その気配さえ。
闇に沈んだその森には、ただ夜空の月光だけが音もなく届いた。
森の終点は底の見えない崖だ。
木々の水蒸気が霧となり、魔王城へと続いている長く巨大な橋の視界を阻む。
下は一体どれ程の高さがあるのか、落ちたその先は奈落だろうか。
普通ならそんな事を思うかもしれないが、ただただ巻きで用事を済ませたいリタには関係のない事であった。
霧の先に薄っすらと見える城の先端。
ほんのりといくつか灯る明かりはそれを魔王城だと確信させるには十分だった。
魔王城の真上の空に巨大な魔法陣が突如浮かび上がり、そこから青い落雷が落ちる。
カーマインが援護射撃として魔王城へ直接最高魔法をぶっ放しているのだろう。
だがそれは魔王城全体を覆っているのだろう結界に遮られて消滅した。
「ほぅ……流石はマインだな、あの距離から放てるとは。だが魔法結界か、モノは良い」
一匹のヤコウモリが、間もなく崖と魔王城を繋ぐ橋を渡り終えようとするリタの上をパタパタと飛び回る。
おそらくイービルアイだろう、邪神とやらがリタを監視しているのかもしれない。
その用心深さにはまあまあ感心したリタである。
城門前には両脇にガーゴイルを模した石像が向かい合っている。
二体とも凶悪なその表情は今にも動き出して此方に襲い掛かりそうであったので、リタは二体のガーゴイル像の首を魔斬刀で断っておいた。
刹那「ギャブッ」とおかしな声と共に二体のガーゴイルは紫檀色の肌色を取り戻しその場に倒れ伏した。
「やぁっと追い付いた……はぁ、はぁ! 早すぎるって、こんなに本気になりかけたの数年ぶりだ。あれ、ガーゴイル? しかも二体って、白金貨に届きかねないよコレ」
「そうか、生憎と金銭には興味が無い」
「言うと思ったよ。まぁいいや……さ、男二人でも味気ないしサクッと行こうか」
「ここに来て初めて気が合う奴に会った。ああ、巻きで行こう」
リタとシャインレイは城門を一足で飛び越え、そのまま門塔、側塔と次々上へ登りつめていく。
瘴気が濃くなる。
魔王城の結界は魔法のみを遮蔽するものか、難なく侵入可能であった。
魔王と言えばその頂上と相場は決まっている。
二人は瘴気の元、シャインレイが一度は魔王ラーヴァナと対峙した広間へと窓をぶち破り侵入した。
黒煙が床を這いずりまわる。
黒い影が広間の奥でユラユラと佇んでいた。
邪神の卵から孵りしそれは悪の権化。
悪魔にも成りきれず、生物としての本能もなく、それはただただ瘴気の塊だ。
フォォォと言う不気味な音とも声とも取れるそれは侵入者である二人を威嚇するように溢れる邪気を向けていた。
「……いまいち締まりの無いクライマックスになりそうだが」
リタは邪神の瘴気がもしかして本気でこの程度なのでは? と思い始めていた。
「でもこれは多分、倒すとか、そう言うの無理かもね」
シャインレイは既に邪神ソレが生体でない事を理解し、攻撃すれば何とかなるものではないと判断する。
「問題ない、妹がいる――――」
リタはそう言い目を瞑った。
――兄だ、ミサ。着いた、敵はどうやら邪神
――あ、お兄!? うん知ってる知ってる! そろそろかなって思って準備しててよかった。邪神って言っても魔王に毛が生えて手と足が生えたようなもんだから、お兄なら行けるよ。
高度重合配列、偽召喚の要領で繋げるのはサンブラフの森の祠。陣が発動したらそのコンマ数秒はこっちの封印が解けるから後はミサに任せて! じゃぁヨロシク
――あ、待てミサ。おい、いつからそんなスムーズに兄と呼べるように!? と言うか供物が無いんだが…………
リタとミサの魔力シンパシーは一方的に絶たれてしまった。
この機を予測してリタから魔力通信が入る準備をしていたのは流石と言いたい所だ。
だがしかし、過去にも悪魔や召喚獣に使ってきた偽召喚は本来異界と現界をつなぐもの。行うにはそれなりに魔力の導通を上げる媒体が必要。
いまやそんなものは無かった。
「え、な、何か解ったのかい?」
「これから奴を封印する、だが贄が無い。何か高純度の金属はないか?」
「え、えぇ……何かよく分かんないけど困ったな。僕の剣も高純度プラチナ融合マテリアルだったけど、君の妹さんに折られちゃったからなぁ」
シャインレイは「だからこれで代用してるんだよ」と、嫌味のように魔力剣を創り出し一振りして見せた。
邪神がどこからか黒い影の様な煙で作られたその触手をいくつも伸ばしてくる。
それを二人は最小限の動きを続けながら躱し続けている。
戦闘コスパは最大だ。
「それがないと封印出来ないのかい? 君なら何でも有りな気がするけど」
シャインレイは触手を避けるのが面倒になったのか試しに片手に魔力を集約、月光から届く魔力を僅かに練り混んだシールドを発動して邪神の触手を受けた。
すると触手は弱ったようにフルフルとその動きを緩慢にする。
「何でもありなら物語は苦労しないだろ。直ぐにSランク冒険者だ。ただこの世界の生物は皆弱すぎるのか? だんだん俺の価値観がずれていく気がする」
「お、この障壁効果あるじゃん。いや、まあ君ならSランクでもおかしくないよ……と言うか君の価値観の方がズレてるよ多分。この世界は多数決だからね」
「くっ、まずいな……もうすぐ五千文字だ。巻きで行きたいというのに」
「なにそれ、どうするの? 次回まで引き伸ばしちゃう感じかな? あ、」
シャインレイは戯けた様子でリタを揶揄うが、ふとある事に気付いてしまった。
広間の奥、邪神の玉を割った時の聖剣の歯先があるではないかと。
あの聖剣がどんな金属で純度がどれぐらいかなど知る由もないが、ラドム天皇より賜わりし高貴な代物であることは間違いない。
シャインレイは広間の奥で光るそれを指差し言った。
「リタ、あそこに聖剣の欠片がある。それでどうだい?」
「でかした、見てみない事には解らんがそれで行く。あと二百文字しかない、陣を描く。フォロー頼むぞ」
シャインレイは「余計な事喋るから話が伸びるんだよ」と一言呟き、邪神の周りの床に文様を刻み始めるリタを一瞥する。
邪神の触手や飛び交う暗黒の魔力砲を何の気無しに避けながら魔斬刀で次々と複雑な古代文字、図柄を彫っては繋げていく様は圧巻を通り越して驚異だった。
聖剣を取りに行くシャインレイにも当然その矛先は向いた。唸る邪神が行く手を阻む。
「くそぉっ!! ダメだ」
「え、何がだい!?」
刹那、リタの声が広間に木霊した。
「文字数が限界」と言うリタの言葉にシャインレイは「まあ邪神だしね」と明るく返すが、その広間の空気はそんな二人と正反対に悪気で満ち満ちていた。
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